今回は止む無く(?)弥生の出番はありません。
彼女にはゆっくりと療養して貰いましょう。
弥生達が保健室でワイワイしている頃。
生徒会室では楯無と虚が様々な事後処理に追われていた。
「よかったのですか? 簪様と一緒にいなくて」
「……私の方がまだ心の準備が出来てないから。それに……」
「それに? なんです?」
「弥生ちゃんが休んでいる所にこれ以上人間がいたら、彼女だって休むに休めないでしょう?」
「お嬢様にもそんな気遣いが出来たのですね……」
「それどういう意味っ!?」
「そのままの意味ですが?」
(前に簪ちゃんが言ってた事って……もしかして本当に……?)
自分に対する周囲の評価が妙に気になってしまう楯無だった。
「……今日のあの子達は本当にお手柄だったわ」
「そうですね。流石は代表候補生と言うべきでしょうか」
「それもだけど……」
「弥生さんの事……ですね?」
楯無は無言で頷き、パソコンを操作する指を速める。
「自分の身を挺して他者を守る…。こんな事、普通はやりたくても出来ないわよ?」
「いくら自分が専用機を所持しているからと言って、それでも危険な事には変わりないですからね……」
「弥生ちゃんは文字通り『人命』を救った。これは紛れもない善行よ。場合が場合なら感謝状とか勲章が貰えたかも」
「本人は自覚していないかもしれませんが」
「かもね。本音ちゃんから話を聞く限りじゃ、自分の事には本当に無頓着みたいだし」
少し苦笑いを浮かべて、小休止の為に手を止めて体を伸ばす。
「……なんであそこまで優しい子に、あれ程の非道な事が出来るのかしらね……」
「狂人のやる事なんて、私達のような人間には到底理解できませんよ」
「そうね……」
紅茶を飲みながら心をリラックスさせて、指をポキポキと鳴らす。
「さて……と。弥生ちゃん達の頑張りに報いる為にも……」
「今は私達が頑張りましょう。そして……」
「必ずや弥生ちゃんの傷の事を判明させてみせるわ」
「前当主様にもご協力を頼んだと聞きましたが?」
「一応ね……。私の権限だけじゃ可能な事はどうしても限定されちゃうから……。お父さんの事だから、来月初頭辺りに調査結果は出ると思うけど……」
「それに甘んじることなく、我々は我々で調べられることを調べましょう」
「当然! それが……私が今、弥生ちゃんに出来る唯一の事だから……」
その日、夜遅くまで生徒会室の灯りは消える事は無かったと言う。
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バンッ! と言う音と共に、理事長室の扉が開かれた。
「来ましたか……」
轡木十蔵。
普段は学園の用務員を装っている老人の男性だが、その正体はIS学園の頂点に君臨する理事長その人である。
彼は覚悟を決めた顔で机に座って佇んでいた。
「十ちゃん!! 弥生が倒れたとはどういう事じゃ!!!」
必死の形相で入室してきたのは、白髪をオールバックにして黒縁の眼鏡を掛けたスーツ姿をした初老の男性。
「すまない……平ちゃん……」
「謝罪はいい! どういう事か説明してくれ!!」
「分かった……」
十蔵は心から申し訳なさそうにしながら、事の経緯を詳細に説明した。
「謎のISがいきなりやって来て、それから他の生徒を護る為に弥生が……」
「あぁ……。我々大人がついていながら……本当に不甲斐ないと思っているよ……」
「いや……。それを言うなら、大事な義娘の危機に対し、真っ先に駆け付けられなかった私も同罪じゃ……」
メガネの男性は落ち込みながら備え付けのソファーに座った。
「だが……彼女には本当に感謝しているんだよ。あの子がいなかったら、間違いなくあの場にいた生徒は死んでいた……」
「そうじゃな……」
入室当初とは違い、今は少しだけ嬉しそうにしている男性。
その顔は僅かではあるが笑っていた。
「それにしても、あの弥生が自分から誰かを守るために行動するとはな……」
「そんなに珍しいことなのかい?」
「そうじゃな……。弥生は基本的に他人と余り関わろうとはしない。小学校、中学校でも基本的には一人でいる事が多かったようじゃ」
「そうなのか……。私が聞いた話では、彼女は多くの友達と一緒に過ごしているらしいが……」
「弥生に友達が……?」
これまでの弥生の事を知っている身としては到底信じられず、思わず目頭が熱くなる。
「矢張り……弥生をIS学園に入学させたことは間違いじゃなかったのかもしれん……」
「それを言って貰えると、私もこれまで頑張った甲斐があると言うものだよ」
彼に釣られるように、十蔵もニコニコ顔になる。
二人の老人が笑いあうと言う、なんとも言えない光景ではあるが、不思議と変な感じはしない。
「あの専用機は平ちゃんが用意を?」
「一応はな。私にも独自の伝手があるからのぅ。勿論、弥生に手渡す前に私の手で細かい調整や改造は施しておいたがの」
「だと思った」
全てを納得したように頷き、背もたれに体を預ける。
やっと安心できたといった顔だ。
「彼女なら今は保健室にいる筈だが、顔でも見て行くかい?」
「いや……今はやめておこう。下手に会ってホームシックにでもなったら大変じゃし、弥生の療養の邪魔はしなくはない」
「そうか……」
「さて……と。そろそろ私はお暇させて貰うとするかの。いきなり押しかけて済まなかったな」
「いや……平ちゃんの行動は当たり前だよ。寧ろ、来なかったらこっちから直接国会まで謝罪をしに行くつもりだったぐらいだ」
「相変わらず、妙な所で律儀じゃの」
「それはお互い様じゃないのか?」
「確かに」
はっはっはっ……と笑い声が理事長室に木霊した。
彼らの友情は、幾つになっても不動のものらしい。
ある意味で、最も理想的な関係かもしれない。
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屋上。
真っ赤な夕焼けが水平線に沈もうとしている景色を見ながら、一夏と鈴は向かい合っていた。
「で? こんな場所まで呼び出して何の用? わたしもクタクタだから、部屋に戻って休みたいんだけど」
「そんなに時間は取らせない」
「そ。ならいいけど」
鈴の態度はとてもそっけない。
嫌っているわけではないが、かと言って好意的とも言い難い。
「俺……さ。ついさっき思い出したんだ。前にした鈴との約束ってヤツ」
「今更?」
「あぁ……今更だ」
約束を思い出してしまったからこそ、一夏は先程以上に落ち込んでいた。
自分がした事がどれだけ酷い事なのか理解してしまったから。
「『あたしの料理が上達したら、毎日酢豚を食べてくれる?』……だったよな?」
「アンタにしては上出来じゃない。正解よ」
「そっか……」
思い出したと言っておきながら、自分の記憶力にいまいち自信が無かったのか、正解だと聞いて心からホッとしていた。
「でもさ……これってどういう意味なんだ? 毎日酢豚って……」
「はぁ……。んな事だと思ったわよ」
「え?」
この男は……。
約束を思い出しても、その意味を正しく理解していなければ全く意味が無い。
やっぱり、朴念仁はどこまで行っても朴念仁なのだった。
保健室でのやり取りを考えると、三歩進んで二歩下がる……と言った感じか。
「もういいわよ。ぶっちゃけ、約束の事とか意味とか、マジでどうでもいいから」
「そ…そうなのか?」
「そうよ」
あれだけ怒られたのに、想像以上に鈴のサッパリした態度に、一夏の方が逆に驚いてしまった。
「それよりも、一夏に聞きたい事があったのよね」
「なんだ?」
「アンタさ……弥生の事をどんな風に思ってるの?」
「や…弥生の事っ!?」
弥生の名前が出た途端、一夏の顔が夕日のように真っ赤に染まる。
「あぁ~……やっぱいいわ。その顔見ただけで分かったから」
「え……えぇ?」
「自覚ないの?」
「はぁ……?」
どうやら、この朴念仁は自分の気持ちにすら鈍感なようだ。
彼が恋愛をする日は本当に来るのだろうか?
「言っとくけど……あたし、負けないから」
「お…おう?」
この宣戦布告をどんな形で受け取ったのか。
それは彼だけが知っている。
この日から、一夏と鈴は昔のような友人関係から、別の意味で一歩進んだ『
それは、別の少女達にも言える事なのだが、一夏はその事を全く自覚していないだろう。
ライバルは、彼が思っている以上に多い。
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IS学園の地下50メートルに存在する空間。
そこはレベル4の権限を持つ者しか入室を許可されない、特別な場所だった。
千冬はそこに暗い表情のまま入ってきた。
「織斑先生ですか?」
「遅くなって悪かったな……」
「い…いえ……大丈夫ですよ?」
普段は凛としている千冬が落ち込んでいるのを見て、途端に焦りを見せる真耶。
「い…板垣さんはどうでした?」
「元気そうにしていたよ。少なくとも、『今回のこと』でこれと言った外傷は無かったみたいだ」
「それはよかったです……。私も本当はお見舞いに行きたかったんですけど……」
「後で様子ぐらい見てきてもいいだろう。それよりも……」
「はい」
仕事の顔になった二人の教師は、目の前の台に鎮座している残骸と化したISに視線を向ける。
「凰さんやオルコットさんの見解通り、これは無人機で間違いないです」
「矢張りか……」
千冬も、無人機の動きを見た時点である程度の予想はしていたが、こうして改めて解析結果として見せられると、不思議と納得してしまう。
「二人の攻撃によって機能の中枢が完全に破壊されてますから、修復などは不可能だと思います」
「コアの方は?」
「未登録のコアでした。念の為にコアナンバーから調べてみたんですけど……」
「いや。未知のコアだと分かれば、それでいい」
未登録のISコア。
それの存在が、千冬にある人物の顔を思い出させていた。
「……真耶」
「なんですか?」
「後で時間があれば、佐藤先生の所に行ってくれないか?」
「佐藤先生?」
「……副担任として、お前も知っておくべきだと思ってな……」
「はぁ……」
こんな事を言っているが、実際は真耶にも自分と同じ物を背負ってほしいと思っているのかもしれない。
彼女が知ってしまった真実は、人一人で抱えるには余りにも重すぎるものだったから……。
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某所にあるとある施設。
一人の女性が顔からバイザーのような物を取って、シミュレーターのような機材から出てきた。
黒く長い髪と目元に装着している不気味な目が描かれたバイザーが特徴的な美女だった。
スタイルが非常によく、大人の女性と言った雰囲気だ。
「ご苦労様でした。姉さま」
「……………」
それを出迎えたのは、白髪のショートヘアの褐色肌の少女で、彼女は逆に控えめなスタイルで、少し幼さが残っている。
「………………」
「そうですか。いくら不完全な遠隔操作をしていたとは言え、姉さまが遅れを取るなんて……。代表候補生と言う存在を甘く見ていたかもしれません。各国の候補生と代表の評価を上方修正しておきましょう」
『姉』と呼ばれた黒髪の美女は一言も喋っていないが、それでも意思の疎通は出来るようで、普通に会話が成立していた。
「……………」
「はい。それに関しては問題無いかと。我々の技術によって精密に複製しましたから、こちらの仕業とバレる可能性は限りなく低いでしょう。その代わり、あの『天災兎』が全ての罪を被ってくれますよ。なにせ、あの『ゴーレム』のオリジナルは彼女の作品ですから」
手に持っていたドリンクを手渡し、美女はそれを無言で飲む。
「上の命令とは言え、こんな下らない事をさせられるなんて……。いくら私達姉妹が『彼女達』の後釜とは言え、雑事にかまけている暇は無いのに……」
「……………」
「分かっています。この騒ぎを聞きつけて『姉さま』もこちらに気が付いて動いてくれればいいですね」
手に持ったタブレットを操作しながら椅子に座り、その灯りで顔が照らされる。
「あの時、姉さまの攻撃を防いだ少女……。彼女は一体……」
そう呟く彼女のタブレットには、アーキテクトを装備した状態でビームを必死に防いでいる弥生が映し出されている。
誰も知らない場所で、闇の胎動はとっくの昔に産声を上げていた。
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・・・・
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「かくして、漆黒の破壊者は勇気ある少女達によって倒され、学園には再び平和が戻った……と言ったところですか」
目の前の食事を食べ終えた、とある金髪の美女が口元を拭きながら静かに呟いた。
「それ……なんスか? 詩かなにかですか?」
「そんな所です。私は吟遊詩人ですから」
自分の所持品である竪琴を見せながら、傍にいる赤い髪の少年に微笑んだ。
「つーか、マジでいたんですね~…吟遊詩人って。てっきりゲームや漫画の中だけの存在だと思ってましたよ」
「そうでもないですよ? 日本にはいないでしょうが、北欧などに行けば意外といるものです」
「マジっスか……」
感心するように頷きながら、食べ終えた皿を片付け始める。
「そういや、お姉さんも外国の人ですよね? 日本には観光か何かで来たんですか?」
「観光……と言うよりは、妹達に会いに来た…んですかね」
「妹さんスか……。ここら辺に住んでるんですか?」
「いえ。正確には『会えるかもしれない』と言った方が正しいんです」
「……詳しくは聞かない方がいいみたいですね」
「すみません」
「いえいえ! お客さんのプライベートに踏む込むような事をした俺こそすんませんでした」
「お気になさらず。私は別に気にしてませんから」
にっこりと微笑んだ彼女の笑顔に、少年は思わず照れてしまう。
「それでは、お会計をお願いしましょうか」
「はい。んじゃこっちに……」
少年の後ろを着いていき、会計を済ませる女性。
笑顔を絶やさぬまま、優美に店を後にした。
「ありがとうございました~!」
少年の定型文を聞きながら、彼女はふと後ろを振り返って店の看板を見る。
「五反田食堂……ですか。また機会があれば訪れたいですね」
去り行く女性の姿は、まるで女神のように美しく、道行く人々を全て魅了し尽くしていた。
「IS学園……か。少しマークしておいた方がいいかもしれませんね……」
今回は本当に弥生の出番がなかった~!?
初めての『おじいちゃん』登場。
名前はまだ出しません。
べ…別に考えていない訳じゃないからね!
そして、オリジナルキャラもご登場いただきました。
どんな形で物語に絡んでくるのかは、これからのお楽しみ。