豊かなスローライフを目指して 作:どん兵衛
「えっと────この部屋でいいのか?」
そう言ってズカズカと入室してきた美少女を見た際、僕の五感は完全にピンときた。
身の丈より長く太い、見たことがない大きさの金棒を引っ提げて入室して来た美少女。もうこの時点で面接して来た他の武官候補者達とは、明らかに一線を画して別格のオーラを放っていた。
「────ふむ。なるほどね」
そして極めつけは彼女の容姿。
女の子にしてはボーイッシュな髪は黒を主体とし、前髪の一部から右側頭部にかけ、白いメッシュが流れるように入れられている。腕には手具足を付け、首元にはピンクのチョーカーときた。
服装もなんだろう。時代を大きく先取りしたシャレたもの。顔もやっぱり可愛く、胸も果実のように大きい。ああ、これはもう決まりだろう。彼女の名前を聞く前から、僕は確信を深める。
「ちょっとアンタ!得物の持ち込みは禁止よ!」
「む、そうなのか?」
「当たり前じゃない。ここは太守様の御前よ?はい、もうアンタ帰りなさい。不合格!」
「はっ?────いや、待て待て待て!まだワタシは何一つとして話してないのだぞ!?」
「話すまでもないわよ。常識一つ理解せぬ愚か者に、時間を割く暇なんて太守様にはないの!」
これは確実に合格、と思った矢先。
蔡瑁が捲し立てるように不合格の烙印を押しては、せっかくの逸材を追い返そうとしていた。
いや、待ってくれ蔡瑁。目の前の彼女は僕の知る、次代を彩る主力の人物像と一致している。まだ名は知らぬが、間違いなく大物だ。それを追い返すだなんてとんでもない────と、口に出せたら楽なのだが、そんなことを突然言い出しても、二人に不審に思われるのがオチだろう。
「まあまあ、落ち着こうか蔡瑁」
「劉表様……?」
「結論を出すのは早計だ。君も掛けてくれ。そして名前と志望動機を聞かせてもらえないかな」
ここは逸らず冷静に、これまで通りの面接を行ってから彼女を採用するのが正解に違いない。
僕は蔡瑁を宥め、入室して来た彼女を席につかせる。あくまで冷静を装う僕の内側では、鼓動が高鳴っていた。「よしよしよし!」と何度も心の中で反芻させる。待望の大物武官だ。絶対に将として登用する。だからこそ、だからこそ逸ってはダメだ。変な太守だと思われてはいけない。
「劉表様がそう仰るのであれば…………」
「ふむ、志望動機か。武者修行の旅の途中で南郡の評判を聞き、どんな太守が治めているか興味をもったのが理由となる────って、えっ?」
僕の正面の席へと座り、志望動機を述べ始めようとした彼女。と、不意に目が合った。
目が合った瞬間、彼女は言葉を止めてしまったので、僕は威圧的にならないようにとニッコリと微笑む。何も心配しなくてもいいよ。君はもう合格間違いないから。むしろ辞退しないでね。
そういった意味を籠めて、僕はニッコリと微笑みかけると、彼女は瞬時に熟れたトマトのように顔を真っ赤に染めた。そして言葉もなくボーっと僕を見ている。「何事?」と僕は助けを求めて蔡瑁の方を向くと、蔡瑁は「まあ、気持ちはわかるけど、雑!」と誰に言うでもなく呟いた。
「え、蔡瑁。彼女はどうしたの?」
「劉表様はお気になさらず。この城に仕える女官達も度々患う、突発的な病のようなものです」
「それを聞いて気にしないのはちょっと…………」
僕だけが状況を理解できていなかった。
こういった場合、僕は状況を正しく理解したいと考えるけれど、それは時と場合によった。
他に興味を引かれる事が起これば話は別である。今回の場合は彼女が次に発する言葉。正確には彼女の名を聞いた瞬間、僕は喜びのあまり、小さな疑問なんて即座に吹っ飛んでしまった。
「──────ッコイイ」
「なにか言った?」
「え?いや、その────なんでも、なんでもない!ええっと、アレ?ああ、ワタシの名前か!」
僕の問いかけに彼女は真っ赤な顔を二度三度と左右に振り、なにか否定の意を示す。
そして着席して早々に立ちあがると、一つ息を吐いては調子を整え、胸を張ってこう続けた。
「ワタシの名は魏延。字は文長!広く武人を求めていると聞きつけ、はるばるやって来たぞ!」
「お、おお…………魏延。魏延か!」
魏延と聞いた瞬間、僕は涙が出そうになった。
魏延。蜀漢が誇る猛将の名。確か出身地は荊州で、三国時代の序盤は劉表に仕えていたはず。
南郡に赴任と聞いた時から僕はずっと、いや、劉表として二度目の生を受けた時からずっと渇望し続けていた将の名。ああ、ようやく出会えたのか。ホント何処に行ってたんだよ魏延。
僕は嬉しさのあまり今すぐ魏延を抱きしめて、全身でこの喜びを伝えたい衝動に駆られるも、己の立場を考えてはギリギリで思い留まった。ただ、もう嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
「────そうか。遂にこの日が来たのか!」
ほんの少し前まで「武官なんて別に…………」とスカしていたのが嘘のように心が躍る。
僕も本当に現金なもので、史に燦然と名を刻む猛将と出会えたら、そしてその猛将を登用出来る機会に恵まれたら手の平だって返してしまう。ああ、魏延。本当に、本当によく来てくれた。
「よく来てくれたね魏延!僕は────」
「くぅら!アンタは敬語一つ使えんのか!」
遂に僕の時代が来た、と確信する。
そして満面の笑みを浮かべては僕からも名乗り返そうとするも、蔡瑁が声を張り上げて阻む。
「なっ!ワタシだって敬語ぐらい使えるぞ!」
「じゃあ使いなさいよ!立場わかってんの!?」
「わかっているが師匠が以前、人と親しくなる秘訣とは腹を割って話すことと仰っていてな」
「アンタの師匠のことなんて知るか!流れ者が偉そうな口を利くなんて真似が許されるわけないでしょ!ああ、もうダメダメね。アンタなんて不合格に決まって──────ふが、ふがふが」
「いや、ホント勘弁して」と僕は心中で叫ぶ。
またしても蔡瑁が魏延に突っかかっていったので、僕はすぐさま蔡瑁の口を手で塞いだ。
蔡瑁の言葉は何も間違っちゃいないけど、魏延ならノープロブレムだ。所詮この世は弱肉強食。というか実力主義。本来なら僕の方が魏延に敬語を使わなきゃいけない立場でもおかしくない。
僕の奇襲に蔡瑁は左右に結ばれた、二つの長い髪を上下に動かしては動揺を示す。なんだか生き物みたいに動いていて少し面白い。僕は蔡瑁が落ち着くのを待ってから手を離し「君の気持ちは受け取った。ここは一つ、太守である僕に任せて欲しい」と言ってその肩にポンと手を置いた。
「劉表様……?」
「みなまで言うな。全部わかってるよ」
君だって二人組の相方が欲しいんだろう。
なら僕に任せておくといい。蔡瑁が頷いたのを見てから魏延と対峙する。よし、合格させるか。
「君の名は魏延なのか!」
「ああ、ワタシの名は魏延だ!」
「実に良い名前だね!将器が伝わってくるよ!はい、合格!君の仕官を心より歓迎します!!」
僕は拍手を交えて魏延を祝福する。
ここは勢い重視。変な理屈なんていらない。魏延が相手ならば必然の即決。必然の合格。
「本当か!?よーし、ワタシはやったぞ!」
「ちょ、劉表様!?」
全身で喜びを表す魏延と困惑する蔡瑁。
悪いな蔡瑁。他のことなら君の意見にも耳を傾けるが、魏延クラスだと合格は覆らないんだ。
魏延の強さを見れば君もわかってくれるだろう。今は納得がいかないかもしれないが、最初ギスギスし合うというのも王道の展開だし、時間をかけて良い感じに友情を育んでくれたらいい。
僕はそんな期待をしつつ、そろそろ今日という良き日の締めに入りたかったのだが────。
「劉表様!」
「どうしたの?」
「本当にこのような言葉遣いも碌に知らぬ、蛮人を登用してもよろしいのでしょうか!?」
「いや、蛮人って…………。それに言葉遣いなら、蒋琬や費禕も僕と対等の口を利いてるしね」
珍しく蔡瑁が粘り腰で僕も困惑する。
蔡瑁と魏延って相性悪いのかな。僕も二人の歴史的な関係までは残念ながら把握してないし。
性別が反転しているから尚のことわからん。魏延は胸が大きいから、貧乳の蔡瑁が嫉妬しているとか。ありそうだ。だが、それは安易に口にしてはいけない。それを僕は華琳から学んでいた。
「お二人は古き御友人でもありますよね!」
「そんなに古くもないけど、そうだね」
「それならば、あたしも理解が及びます。ですがこの者は、百歩譲っても流れの新参者です!」
「君の言いたいこともわかるが、これから魏延は君と同格の同僚となるんだ。良き先達者として、色々と彼女の面倒を見て上げてほしい」
「まさかの幕僚待遇ですか!?」と絶句する蔡瑁。「そりゃそうよ」とばかりに頷く僕。
これは魏延だからどうという話だけではなく、軍備に目を向け始めるからには文官だけでなく武官も必須。従って今日、面接で取った武官の一番手は、無条件で幕僚入りさせる予定だった。
だからこそイマイチ渋い人材ばかりで困っていたが、一番手ではなく二、三番手で取る分には歓迎する。伯長(百人将)や曲長(千人将)や軍長(三千~五千人将)待遇で取るのなら問題はない。ちなみに魏延は軍長より上の、万を超える軍勢を率いる将として登用するつもりだ。
「これは太守である僕の決定だ。含むところがあるかもしれないが蔡瑁、君ならわかるよね?」
「…………………………」
「ああ、初対面であるワタシのことを、そんなに高く買ってくれているのか!これが真の主君を仰ぐ心地っ!一目惚れ────いや、一目見て感じた胸の高鳴りは、やはり本物だったのだな!」
喜ぶ魏延と反し、蔡瑁の表情は優れない。
不服そう。まあ、それも仕方ないか。この手のことはすぐに解決することでもない。贔屓しているように見える、というか贔屓しているんだけど、時間が解決してくれることを願おうか。
それに贔屓ということなら、僕は蔡瑁の一族である蔡氏のことも贔屓していた。蔡氏の出身県では県令(市長)は無理だが、県丞(副市長)以下の主要ポストの人事権を蔡氏に一任していた。
その地の県令からは「いや~キツイっす」と難色を示されたりしたが、僕は「逆に考えるんだ。楽が出来る、そう考えるんだ」と言って押し切った。結局、蔡氏から任命された人が期待を裏切らずにきちんと働いてみせたので、後に楽を覚えた県令からは正しい人事だったと感謝された。
「…………は、はい。勿論わかります」
「そうか、ならよかった」
「あたしは劉表様の決定には異を唱えません。ですが、あの頭が高い流れ者には別ですっ!」
と、まあ結局は実力が物を言う世界。
だから僕はこれまでと同様に、やがて時間が解決してくれる問題であると考えていた。
が、武官は文官のそれとは違い、そう長く時間が掛かることでもないらしい。目をギラつかせ席から立ち上がる蔡瑁。蔡瑁は魏延に向かって指を差すと、挑発するように促してこう言った。
「流れ者!アンタに口の利き方を叩きこんであげるわ。その得物を持って付いて来なさい!」
「ふん、さっきから黙って聞いていれば偉そうなチビだな。だが、わかりやすいのは嫌いではない。それにワタシの実力を示す良い機会だ!」
武官は目に見える武勇を示すことで、自らの価値をわかりやすく証明できるもの。
テンプレのような蔡瑁と魏延のやり取りを聞きながら、僕も「怪我しないようにね」と言って立ち上がる。「加減します!」と返事を返す蔡瑁。いや、怪我に気をつけるのは君だと思います。
面接は魏延が最終者であったこともあり、僕ら三人は鍛錬場へとスムーズに場所を移す。
城外にある鍛錬場は掃除が行き届いてはいたが、あまり使われているような形跡はなかった。これからは活用していかないとダメだな。
得物の長槍を振るってはアップを始める蔡瑁。僕は他の幕僚六人を呼び、さらに手が空いていた兵士達と観戦に励む。みんな仕事はあったが、魏延のお披露目は早い方が何かといいだろう。
「────あの姉ちゃん、強そうだな」
「お、わかるのか?」
「いや、あんなデカい金棒を平然と握ってんだもん。あれで弱いわけないだろうさ」
「違いないね。蔡瑁だって弱いってことはないだろうけど、少し厳しい勝負になると思うな」
僕は右隣にいる蒋琬。
「ふーん、あの子が武官の筆頭候補か」
「候補じゃなくて内定済みだ」
「なるほど、中々風格があるな。で、あの子は麻雀でカモっても大丈夫な子?」
「…………武官をカモると場外戦に発展しかねないからな。そのへんは自己責任でどうぞ」
そして左隣にいる費禕の二人と談笑を交わし合いながらその時が来るのを待った。
鍛錬場は次第に緊張感に包まれ始めたが、僕だけはのんびりと眺めていた。まあ、魏延の圧勝だろうと。もしも蔡瑁が一矢報いるのなら、それはどんな展開だろうかとも少し考えた。
やはり勝負事だし、先手必勝になるのかな。蔡瑁が魏延から先手を取れれば、あるいは大金星もあり得るのかもしれない。僕はそんな期待もいくらか寄せていたが、開始直前に放たれた蔡瑁の言葉を聞いて、勝敗を完全に察してしまう。
「────流れ者!先手はくれてやるわ!」
「ほー!ならばワタシからいかせてもらうぞ!」
その言葉を聞いて僕は「はい」と頷く。
大金棒という得物から見て、いかにもフィジカル特化の魏延に先手を与えちゃダメだろうと。
僕は蔡瑁の避けられぬ敗北を予感する。「秘策でもあるのか?」と考えるも、余裕ぶっこいている蔡瑁は、武の心得のない僕から見ても隙だらけに映る。あれで魏延の大金棒を防げるのかな。
「────よし!もらったっ!!」
「────────────なっ!?」
そして結果も、まさにその通りだった。
先手を得た魏延は勢いよく接近すると蔡瑁へ向かい、威勢の良い掛け声と共に大金棒を地面スレスレからすくい上げるように天へと薙ぎ払う。
蔡瑁は魏延の大金棒を槍の桿で受けようと試みるも受けた瞬間────両足が宙に浮く。そして勢いそのまま体ごと宙へ飛ばされては二転三転と回り、後は重力に戻され地面へ落ちていった。
「お、おお……。もう…………」
その光景はさながら交通事故の現場。
観戦していた僕ら文官組はポカーンと口を開いては、その光景にただただ目を見張る。
兵士達は即座に歓声を上げていたが、僕らは再起動にまで少しの時間が必要だった。想定通り魏延の圧勝に終わったわけだが、先手がどうとかそういう次元の話じゃなく、ただ凄まじかった。
「…………あの子をカモるのだけは止めとくわ」
費禕がボソりと戒めるように呟いた。
この場にいる誰もが、魏延の力を認めざるを得ない圧勝劇。魏延を知る僕ですら驚いた。
思考が再起動すると、次に僕は蔡瑁の身の心配をする。吹き飛ばされては派手に落ちてたけど大丈夫なのかな。骨とか折れたりしていないだろうかと、僕はおそるおそる蔡瑁の傍に近寄る。
「怪我は大丈夫かい、蔡瑁」
「ふ、ふえぇぇぇ。劉表様ぁぁぁ…………」
幸いにも蔡瑁は大丈夫そうだった。
地に倒れたまま悔しそうに瞳を潤ませてこそいたが、目立った外傷は特に無さそうだ。
頑丈というのも武将に求められる資質なのかもしれない。僕は今にも泣き出しそうな蔡瑁を慰めて立たせると、服に着いた土を払ってあげた。
「蔡瑁」
「劉表様…………」
「ふむ、意外と元気そうだね。もう一戦やる?」
「鬼ですか!?」と蔡瑁が抗議の声を上げる。
僕の小粋なジョークで元気になった蔡瑁に「次は期待してるよ」と声をかけ、次に魏延を見る。
魏延は大金棒を片手で肩に担いでは、兵士達の歓声を浴びながら誇らしそうに佇んでいた。僕に気づくと人懐っこい笑みを浮かべ、褒めて欲しそうに駆け足でこちらへと近づいてくる。
「どうだ!ワタシも中々やるだろうっ!」
「中々なんて次元じゃなかったよ。本当にビックリした。君は南郡一、いや荊州一の将だろう」
僕は思ったままの感想を述べ、勝者を称える。
魏延は照れ臭そうに、でも嬉しそうに笑みを浮かべた。いや、本当に凄まじかった。今日で僕も武将の重要性というものを再確認させられた。やっぱりこの世は、力こそ正義なのかな。
僕だけじゃなく幕僚達も武将の、武官の重要性を認識したことだろう。これからは軍備を進めることにも反対意見は少なくなりそうだ。魏延が先頭に立って頑張ってくれることだろう。
「時に魏延。部隊指揮は出来る?」
「…………指揮。ふむ。指揮、か────」
最後に確認をかねて魏延に訊ねてみる。
ここで「無理!」と言われてしまえば、僕も違う手を考えていたのだろうけど────。
「────理論は知っている!」
「よーし、理論を知っているなら大丈夫だな!これからよろしく頼むよ魏延。君が僕の第一将だ」
まあ、いくらか不安な返事だったが、きっと大丈夫だろう。なんたって彼女は魏延なんだから。
「はい、今日からは八人で二人組を作ろうか!」
こうして僕にも待望の武官が加わった。
将として魏延。軍長、曲長、伯長クラスにも数名ずつ加わり、軍としての形も整いつつある。
幕僚も魏延が加わっては八人となった。文武官の比率は未だにおかしいが、そのうち内部昇格なり外部招聘なりで改善されていくことだろう。
ともあれ僕にとっては大満足の結果だった。これは三カ月後の文官の方も期待が出来るのかな。戸惑いがちに魏延を誘う蔡瑁を眺めながら、僕は風に運ばれてくる新緑の香りに頬を緩める。
伯長、曲長、軍長の呼称は割といい加減です。
誤字報告いつもありがとうございます。一向に無くなる気配がありませんが、大変助かってます。