豊かなスローライフを目指して   作:どん兵衛
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十話

 

 優れた人材を登用、または雇用する方法。

 この時代、それらを一括りにスカウトと表すなら、スカウトの方法は大きく三つに分かれる。

 一つ目はスカウトする側が人材の下へ直接出向く方法。雇用主側から出向くことで、誠意の高さを伝えるというのは効果的だと思う。三国時代で有名なのは、劉備と孔明の三顧の礼かな。

 二つ目は人材側から仕官という形で出向いて来る方法。僕が現在進行形で文武官を募っているのもこの方法だし、何時の時代も変わらぬ王道の手段だ。言ってしまえば太守である僕も、出身郡の考廉に挙げられては国に仕官した形でもある。

 

 そして三つ目。

 あるいは先に挙げた二つよりもこの方法が、優れた人材を得る確率は高いかもしれない。

 それは第三者からの推薦によって人材をスカウトするという方法だ。例えば先日加入してくれた魏延が「○○って場所に黄忠と甘寧が居てさー」なんて言ってくれば三つ目の方法にあたる。

 そこまで大物じゃなくとも誰かに「農政に明るい者に心当たりがあります」と言われ、僕が「なら呼んでくれ」とスカウトすればそうだ。推薦人材の優れた点は、ハズレが少ないことかな。

 

 と言うのも推薦する人が、わざわざ下手な人材を推薦する必要なんて無いからだ。

 身内や知り合いを贔屓させたいという思惑や、推薦することによって推薦された人から見返りを得るという魂胆も考えられるが、それらは後のメリット、デメリットを考えると恩恵が薄い。

 仮の話だが、推薦した人が大惨事を引き起こしてしまったら、推薦者は無関係とはいかない。高い確率で連鎖しては責を問われることになる。「君の推薦した人材がやらかしたんだけど、どうするの?」と聞かれ「そんなもん知るか!」と答えられる勇者は中々いないし、いちゃダメだ。

 反対に、推薦された人が偉業を成し遂げたりでもしたら、こちらも推薦者は無関係とはならない。高い確率で連鎖しては功を得られることになる。功とは褒美や出世。他にも諸々あるかな。

 まあ、これはかなり極端な例だが、このように後々も関係が続いていくことを考えれば、下手な人材を推薦するよりも優秀な人材を推薦する方がメリットが大きいんじゃないかと考えられる。

 

 推薦者視点でもう一つ大きなメリットを挙げるなら、立場が良くなるということもあるかな。

 職場での立場、つまりは上からの覚えが良くなるということもあれば、自分の才を売り込もうとする人達からの印象も良くなる。印象が良くなれば多くの人が推薦者の下を訪ねて来ては、やがて人脈も広がり、以降は推薦する人材の幅が広がるという好循環へ繋がっていくことになる。

 要するに名声が上がるというわけだ。「人を見る目がある」という評価を得られれば、とにかく良いことが多い。そういうわけで第三者からの推薦はハズレが少なく、当たりの人材が多くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前置きが長くなったが話は本題に入る。

 僕が南郡へと赴任して来た当初の頃から、推薦の話となると頻繁に話題に挙がる人物がいた。

 

「────司馬徽。司馬徽、ねえ」

 

 それは司馬徽(しばき)という名の女性だ。

 曰く司馬徽は人の本質を見抜く才能に長けた清廉の士であり、必ずや僕の助けになるとのこと。

 年は妙齢の域に達してはいるがまだまだ働き盛りであり、在野に埋もれさせるは非常に惜しい人材らしい。今は隠士の如く山中に住んでは、そこで学問所を開いているという話であった。

 

「司馬の姓か。でも、河内郡の司馬一族とは違うのね。うーん、どっかで聞いたような…………」

 

 推薦者に「学問所の場所は何処?」と聞くと「南郡は襄陽県です」と返事が返ってくる。

 南郡って僕の治める領内じゃないか。それに僕の居城が襄陽城だから、襄陽県内だと近いかな。山中と聞いて「ああ、あそこの山岳地帯かな」という目星が付く程度には近所だった。

 司馬徽。どこかで聞いたような名だな。司馬と聞くと、後に司馬懿を排出する河内郡の司馬一族を連想してしまうが、その司馬とは無関係のようだ。だが、なんだか聞いたような名だ。司馬繋がりで引っ掛かっているだけなのかな。まあ、推薦に挙がるぐらいなんだから優秀なんだろう。

 

「ふむ、気になるなら招けば済む話か。幸い場所も近いし、話でも聞かせてもらって────」

 

 と、僕は司馬徽を招こうと考えるも「本当にそれでいいのか?」という言葉が脳裏を駆ける。

 司馬徽は話を聞くに半ば隠士。隠士とは煩わしい世間から身を離しては、静かにひっそりと暮らす人のことを指す。だいたい隠士とは優れた人が多いのだが、優れた人でもないと静かにひっそりと暮らすなんてことは叶わないからだろう。

 

 スローライフを目指す僕が、静かにひっそりと暮らしている隠士を公の場へと招く。

 果たしてそんなことが本当に許されるのだろうかと自問する。太守である僕が招くと口にすれば、城のみんなは招聘の準備に取り掛かるだろう。この地の領民である司馬徽は、この地を治める太守である僕の招きを拒むことは難しい。

 一度でも招かれれば、司馬徽を高く買う人が多いこともある。仕官の話に流れるのは必然。それを断れば反感を買い、受ければ隠士ではなくなってしまう。なんとも司馬徽には迷惑な話だ。

 僕は僕の興味本位のためだけに、司馬徽を招くなんてことが許されるのか。しばしの自問、そしてやがては自答に至る。違う、そうじゃないはずだと。僕がするべきことは招くことじゃない。僕は同志────否、師の静謐を支えるべきだと。

 

「────いや、司馬徽殿のことは以後、推薦に挙げることを禁ずる。司馬徽殿が学問所を開いているというのは、学問を奨励している僕の領地方針とも一致する。以後は食糧や物資の寄贈という形を取っては、陰ながら支援していこうか」

 

 自問自答の末に、僕は答えに辿り着いた。

 隠士とはつまり、豊かさは些か怪しいがスローライフの古代版ではないかという解釈に至る。

 僕も劉表という恵まれた立場でなければ、司馬徽殿のような隠士ルートを歩んでいた可能性が高い。というか、おそらくそうしていただろう。

 つまり司馬徽殿は僕の人生の先輩。いや、人生の師匠にあたる人物と考えて間違いはない。つまり僕は師匠の弟子だ。弟子である僕が、師匠を呼び付けるなんて所業が許されるわけもない。

 

「ふむ、まさかこんな形で師に巡り合うとは人生、何が起こるか本当にわからないな。ま、今更でもあるか。師匠────じゃなかった。司馬徽殿の学問所に支援物資を届ける際は、特に礼節を重んじるようにとの通達を出してくれ!」

 

 これがだいたい、僕が南郡へと赴任して来てから半年前後に起こった出来事だったかな。

 一方的に人生の師を得た僕は高い満足感と共に、遠き未来への活力を漲らす。いつかは師匠のお話も拝聴したいところだ。僕はそんなことを考えながら、日々の忙しい政務にも励んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 師匠との一件にはまだ続きがあった。

 あるいはここからが本題か。とある日のこと、僕の下に師匠から丁寧な文が送り届けられた。

 その文こそが僕と師匠との交流の始まりでもあった。文の内容には食糧や書物、煤や筆といった支援物資を、僕が師匠の学問所へ送り届けたことに対する感謝の言葉が長く綴られていた。

 恐れ多くも師匠から文を頂いた僕は、その文に対する返事を返す。「お気になさらず」といった旨の内容。僕はこの地を治める領主なのだから、この地に住み、僕を支えてくれている領民の方々へ支援をするのは至極当然のことであり、感謝されますと却って恐縮してしまいますと。

 

「────少し硬い?でも師匠相手に弟子が礼を逸するなんてことは、あってはならんしな」

 

 これが僕と師匠との交流の始まり。

 以降は定期的に文でのやり取りを主に交流を交し合う。師匠を招くことは難しくとも、近場だし僕の方から師匠の学問所を訪ねるという手段もあったが、これも立場が立場なだけに難しい。

 郡太守が学問所を訪ねるってのもな。悪いことではないのだろうが、師匠の静謐を妨げる遠因になりかねないと自重する。「ならばいっそ、お忍びで」とも考えたが、膝元の城下町でさえ忍んでもバレる僕が、城外で忍べる自信はなかった。きっと統治者としてのオーラが出ているのだろう。

 

「────近いようで遠い距離、か。まあ、それもいい。支援とは本来、静かに行うものだ」

 

 師匠が健やかであるのならそれでいい。

 僕はそのように考えては見返りを求めず、ただ自分が成すべきことを成そうとする。

 学問の奨励。これは師匠だからどうという話だけではなく、長期的に見れば必ずプラスになることでもあった。次代を担う人材というのは、なにも極一部の英傑だけに限った話ではない。

 その英傑の脇を支える人材や、さらにその人材を支える人が居てこそ組織は強くなる。戦争において兵士の数こそが勝敗に最も影響するように、組織においても人材の多さこそが、その組織の精強さを表すと言っても過言ではないはずだ。

 まだまだ若く、若輩者の僕が言うのは烏滸がましいことかもしれないが、統治者というのはそうあるべきだと考えていた。だからこそ僕は領内発展の一環に学問の奨励を据えた。今日明日ですぐに芽が出ることではないが、長期的に見れば必ずプラスになることであると信じていた。

 

「────まあ、領内で育った人材は必ずしも僕に仕えなくてもいいんだけどね。そうなってくれれば一番良いけど本来の一番は、その人が仕えるに足ると見込んだ主に仕えることだろうし」

 

 僕はそのように考えては、師匠との文でのやり取りにおいても度々この話を話題に出した。

 ありがたいことに師匠は僕の考えを肯定してくれた。その上で「もっと欲張ってもいいのではないか」と仰っては「優れた統治者とは、優れた臣下を求めるものです」と助言をくれた。

 師匠は僕に対してかなり好意的でいてくれた。僕の内に秘めた隠士としての資質に気づかれたのかもしれない。そして「大魚を見つけては逃さぬよう」との助言を与えてもくれた。「大魚は稚魚とは異なり、居着くためには十分な広さと、清い水が必要になるものです」とも仰ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 師匠との交流はその後も続いた。

 師匠との交流が深まるに連れて、僕は師匠が開く学問所の生徒達とも交流をもつようになった。

 交流と言っても直接的な面識を持ったわけではなく、学問所への支援のお礼にと感謝の文、手押し花や草の冠といった、手作りの心温まる品々が僕の下へと送り届けられたりしていた。

 

「────ふふふ、見てくれ魏延。いいだろ?」

「お、おう。そうだな!」

「こっちは学問所の生徒からもらった草の冠。それでこっちは街の子供からもらったドングリだ。食べてって言われたけど、流石に食べるのはちょっとアレだから、記念に取っておこうかな!」

 

 執務室へとやって来た魏延に自慢する。

 領民の子供からのプレゼントや、弟弟子妹弟子からのプレゼントというのは嬉しいものだ。

 厳密には僕の方が後の弟子かもしれないが、気分を味わっているだけなので知らん。僕は兄弟子として一人で勝手に楽しんでいるだけだ。

 一度うっかり師匠のことを師匠と文に書き記してしまい、師匠を困惑させてしまったがこれも仕方がない。だって師匠は師匠だからね。訊ねられたが、そこは有耶無耶にして事なきを得た。

 

「しかし、こうして見ると劉表。やっぱりお前って良い太守してんだなーって思うよ」

「まあね、それほどでもあるかな」

「ワタシの見る目も捨てたもんじゃないな。ふむ、それで草の冠と。どれどれどれ────」

 

 そう言いながら魏延は、おもむろに草の冠へと手を伸ばす。そして手に持った瞬間────。

 

「────あっ!」

「ん?」

「ごめん、壊しちゃった…………」

 

 瞬く間に冠の結び目を壊してしまった。

 なんてガサツな。これには僕も苦笑い。だけど、まあ壊れやすい物でもあるし仕方ないか。

 

「ま、まあ、結び目を繋ぎ合せれば大丈夫さ」

「そ、そーだな!よし、ここはワタシが責任を持って直すことに────って、ああっ!」

「傷口が広がってるんですが、それは…………。ああ、違う違う。僕が直すから貸してくれ!」

 

 これ以上、壊されちゃたまらんとばかりに魏延から草の冠を奪還しては、僕の手元に保護する。

 取り上げられた魏延はシュンと落ち込んでは反省の色を見せたが、別に怒ってはいない。ただ壊されたら困るだけだ。僕は魏延が壊してしまった結び目を丁寧に修繕してはホッと息をつく。

 

「────ふぅ」

「直ったのかっ!?」

「いや、間に合わなかったよ」

「そんな……。ワタシの、ワタシのせいで…………」

「冗談だよ。直った直った。反省しているようだし煩く言わないけど、触るなら大事に扱ってね」

 

「おう!」と魏延が笑顔で答える。

 これでいい。でも魏延は何しにやって来たんだろう。まさか破壊しに来たわけじゃあるまいし。

 やって来た理由を訊ねると、魏延は「そうだった!」と思い出しては本題へと入る。魏延の話は頼んでいた兵の訓練のことだった。うんうん、と僕は二度頷く。君の本職は武官だもんなあ。

 

「ワタシの訓練なんだけどな!」

「うんうん」

「真っ直ぐ行ってブッ飛ばすの基本を教えるためにさ、まずは全員ブッ飛ばしてやったぞ!」

「基本…………?」

「ああ、そうとも!ブッ飛ばされたことがない者がブッ飛ばすことなんて出来やしないからな!」

 

 ただ、本職の話は僕には難しかった。

 いや、ブッ飛ばしちゃダメでしょ。ボディーランケージにしてもハード過ぎやしないかね。

 どうも畑違いのためか僕にはピンとこないが、あるいは体験主義という考え方もあるのかな。

 僕は少し考えるも「魏延の方針なら間違いないだろう」という結論に至る。素人が横から口を挟むってのもなんか違うし、よくわからんが魏延ならきっとなんとかなるだろうと────。

 

「────ふむ、引き続き頼むよ」

「おう!それでなんだけどさ。明日の演習で外の城壁を使いたいんだけど、いいか?」

「攻城戦を想定しての訓練かな。兵の配置決めや、梯子を掛けて城壁を登らせてみたり?」

「訓練は城壁からの下りが中心だ!無論、己が磨き上げた肉体のみを駆使して下っていく!!」

 

 なんとかなる────よね。

 魏延の言葉に絶句しそうになるも、きっと深い意味があるんだと信じる。いや、信じたい。

 

「下り?登りじゃなくて?」

「ああ、下りだ!」

「下る意味…………と言うか死んじゃわない?」

「大丈夫!益州時代、師匠の下にいた頃に行っていた鍛錬を、ワタシなりに応用しただけだ!」

「益州って、そんなにヤバいのか…………」

「地形が険しいからな!それに本気で不味かったら蔡瑁が止めるから平気のはずだ。問題ない!」

 

 同じ師匠でも、えらい違いだな。

 僕はいくらか訝しんで魏延を見るも、魏延は自信アリという堂々たる態度を崩さない。

 正直ダメな応用パターンの気配がしているが、ひょっとして本当に問題ないのかな。演習を行う意図はさっぱりだけど、蔡瑁のフォローが入るならば大丈夫、なのかもしれない。流石にただ飛び降りるだなんて投身行動は取らないだろうし。

 わからん。わからんが、おそらくは深く聞いてもわからんだろう。ならば魏延を信じる他ないか。演習で怪我人が出るのは普通のことだし、怪我で済むのなら大丈夫のはずだ。蔡瑁もいるし。

 

「まあ、うん。無理はしないようにね…………」

「任せとけ!!」

 

 翌日の演習では幸い重傷者は出なかった。

 傷の軽い人達を集めては、後々に特殊部隊が結成されたので一応の成果はあったのかな。

 ただ特殊部隊の人達は、この話をする度に「魏将軍の無茶ぶりに付き合わされるのは辛かった。あの演習に意味あったのかな……」と零していたので多分、演習自体に深い意味はないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文官の試験日も迫る、とある夜のこと。

 僕は夢を見ていた。奥行きのない真っ白な空間の中で僕は、人懐っこい狐を抱き抱えていた。

 

「────────伏竜」

 

 と、無意識に口が開く。

 すると真っ白な空間が色を帯び、僕の眼前に現れるは池。その池の奥底には竜が潜んでいた。

 僕が竜に手を伸ばそうとすると、抱き抱えていた狐がちょんちょんと僕の首元を叩いた。僕は狐に導かれるように別方向を向くと、そこには黄金に輝く大きな卵が一つポツンと置かれていた。

 

「────────鳳雛」

 

 と、無意識に口が開く。

 すると黄金に輝く大きな卵にヒビが入り、やがて卵が割れては鳳凰の雛が孵る。

 池底に潜む竜と鳳凰の雛が僕をジッと見据えていた。静かにジッと僕が声をかける時を待っているようであった。僕は師匠の助言を思い出しては、伏竜と鳳雛に声をかけようとした────。

 

 

 ところで丁度、僕は夢から目が覚めた。

 夢心地の朝、僕はまだ目の前に竜と鳳凰の雛がいるんじゃないかという錯覚に襲われた。

 だが、そんなわけもなく、やがて目が冴えてきた僕は珍しい夢を見たことを嬉しく思いながら、夢で見た竜と鳳凰の雛に思いを馳せた。

 

 その日、師匠から文が届いた。

 内容は「門下の書生を数名、試験場へ向かわせますので、よろしくお願いします」とのこと。

 名前を教えてくれたら優遇したのにな、と僕は兄弟子ぶりながらも「大歓迎です」と返事を書き、その日が来るのを待ち遠しく思う。

 師匠の号が【水鏡】であることを知るのは、僕の下に天才軍師達が訪れた後のことだった。

 

 




オリキャラは蔡瑁。徐庶。鄧艾の三名で確定。
後は出ても名前だけの登場がほとんどになることかと。益州組も何れは出すかも知れませんが、当面は三名で進めます。次話に徐庶と、はわあわ軍師。鄧艾は兵卒からの叩き上げとして書こうと思っているので、本格的な出番は中盤以降。




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