豊かなスローライフを目指して 作:どん兵衛
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文官の募集は武官のそれと比べると、僕の中での期待はそれほど高くはなかった。
と言うのも人手不足の武官と違い、文官の方は募集をかける段階で既に潤っているからである。
ただ潤っているだけでなく質も高い。特に幕僚の文官七人は、この時代でも上位に食い込む能力を誇っている。内政、行政事において七人を上回る人物なんて大陸全土を見回しても稀だろう。
それこそ蜀の孔明や鳳統。呉の周瑜と陸遜。魏の荀彧に郭嘉クラスじゃないと上回っているとは言い切れない。挙げた人物が全体的に軍師層に寄ってる気もするが、要するに誰もが認める超大物。後の三国にも数えるほどしかいない傑物でもないと明確に上回っているとは言い切れない。
「────ま、言い換えると格上。上位互換が存在するってことだけど、こればっかりはね」
仕方がない、と思ってしまう。
流石に孔明や郭嘉と知恵比べをして勝てなんて無茶は言えないし言っても負けるだろう。
それでも僕の幕僚はこの時代でも、上の下から上の中クラスの人物であることは間違いない。僕にはそれで十分だった。今の領土を治めるには十分過ぎるほどの人材が厚く揃っている。
そして今回の募集で幕僚クラスを望むのは酷だと考える。その理由は難しいこともなく、簡単にポンポン現れるようなレベルではないからだ。本来なら一人いれば満足していい人材である。
「期待してないわけじゃないけども…………」
現実的には非常に厳しいだろうと思う。
武官は先天的な資質によって才を示せる可能性も高いが、文官の場合はそうもいかない。
優れた智者の資質を持っていても字を覚え、書物を通し知識を学ばなければ才を発揮するのは困難だ。そして学ぶということは本来、それなりの出自であることが求められるものでもある。
全員が全員そうというわけではないが、次の三国時代の文官も家柄の良い人が多い。幼少期より学問を修め、大人になっては国の役人となるのがこの時代の王道。僕や華琳や麗羽だってそう。
王道の出世コースは孝廉に挙げられ郎官となり、その後は地方領主を勤め上げた後、また中央に戻っては位人臣を極めること。麗羽の目標である三公はこのコースの終着点でもある。僕も遺憾ながらこの流れにぴったり嵌っているが、これから世が荒れ有耶無耶になるから大丈夫だろう。
この出世コースは定員の枠が少ない。
そんなわけで出世コースに乗り損ねた人や、そもそも興味がない人は生まれ育った地に残る。
そしてそのまま、その地の領主に仕えることが多い。優れた人材が欲しい領主サイドと、一族の威を高めたい人材サイドとのニーズが一致しては、良い感じの関係を築きやすいのだろう。
現に僕の幕僚もそうだ。蔡瑁を筆頭に蒯越、蒯良、馬良、馬謖はこの地の出身者である。僕が私塾から蒋琬と費禕を引っ張って来なければ幕僚は地元出身者で染まっていた。そして実際に良い関係を築けている。だから余計に、他領から優れた人材が流れて来ることが想像出来なかった。
「────うん。今回は、ほどほどの結果に納まるだろう。武官の時は驚かされたもんなぁ」
このような理由から僕はそれほど、文官の募集には高い期待を寄せてはいなかった。
ほどほどの結果に納まり、その中から年単位で物になる人が出て来てくれれば儲けものといった考えだ。文官の方は実際のところ、不足していた武官のついでに集ったという面も強い。
それでも僕の予想通りには進まない世界。事実が小説より奇であることを何度も思い出させてくれる世界。そんなわけで今回もやはり僕は、予想とは反して大きく驚かされることになった。
試験当日、集まった仕官者は試験場にて、こちらが用意した様々な問題を解いていく。
つまりはテストを受けてもらう。形だけの簡易なテストではなく、途中何回か小休憩を挟みつつ数時間、みっちりと重厚な問題を解き、そして一定の点数を超えた人が晴れて合格者となる。
合格者はその後、政庁に入ってキャリアスタート。まずは下積みから始め、それからは各々の能力に応じて出世して行く。事前に連絡を取り合っていた都時代の知り合いや、城で働いている人の知人などはコネで少し上から始まったりもするが、即幕僚入りなんてことは流石にないだろう。
上級仕官者を募るといっても段階は必要だ。
不足していた武官の筆頭であり、さらには衝撃的な腕っ節を披露した魏延は例外のようなもの。基本は下積みから徐々に周囲に認められ、段階を踏んでから上がって来る形が好ましい。
そりゃ一番良いのは能力に応じた順に高い地位へと就けることだが、組織内での人間関係なども考慮すると、能力重視よりも年功序列の方が連帯感も帰属意識も生まれやすく思う。華琳あたりは成果主義で推し進めるだろうが、僕は年功序列の方がしっくりくる。だって元は日本人だし。
「年功序列と言っても最古参の人でも一年半か。そこまで気にするほどの差はないが…………」
基本はそんな感じで進めようと思う。
歴史の長い期間で見るなら、おそらく今回の募集で入った人までが古参扱いとなるのかな。
無難に堅実な人材が入ってくれれば嬉しい。一度に多くを求め過ぎるのは余裕の無い証拠でもある。年単位で物になってくれれば十分だ。
そんな風に考えながら僕は試験場の近くを一人で歩いていた。どうやら丁度、試験の休憩時間と重なったようで、辺りには普段目にしない仕官者らしき人々の姿も見受けられた。
休憩時間とばかりに羽を伸ばす人もいれば、僅かな時間を惜しんで勤勉に努めている人もいる。人によって余暇の過ごし方は異なるもの。そんな風に人の移りを眺めている時のことだった。
「────────おや?」
多くの見知らぬ仕官者の中、目の端に見覚えのある少女達の姿を捉える。
仕官者達の中でも一際若く小柄な三人娘。僕の記憶が確かなら去年に一度、話をしたはずだ。
一人目は紫紺のベレー帽を被った金髪ショートの少女。二人目はツバの長いトンガリ帽子を被った、蒼く澄んだ長い髪を両サイドで結んだ魔法っぽい少女。この二人は服装が同じである。
そして三人目。髪を薄紅色に染めた、白と赤の巫女装束を身に纏う少女。三人共、去年出会った時と変わらず目立つ服装だから覚えている。思えばこの世界の服装って固定的な気がするな。
「この調子で頑張ろうね!」
「うん!絶対みんなで受かろうね!」
「せやせや、しかし試験ってそない難しくないな。狭き門の方が都合はええんやけども…………」
ともあれ、この子達も試験を受けているのか。
以前、出会った時よりも活発な姿を見せる三人。実に良いことだ。元気があって何よりだ。
思わず声をかけてみたくもなるが、試験休憩中の仕官者を捉まえて話しかけるってのも憚られる。確か僕が太守ってことも気づいていたはずだし、プレッシャーに感じるかもしれない。
そんな風に躊躇っていると、ベレー帽を被った少女が僕の姿に気づき「はわっ!」と声をあげた。そしてその声を合図とばかりに残りの二人も僕に気づく。魔女っぽい少女が「あわわっ!」と驚いたのに対し、巫女の少女は人懐っこい笑みを浮かべると、次の瞬間にはその足を動かした。
「────こんにちは!」
そして軽快にステップを踏みながら僕の下へと駆け寄ると、元気よく挨拶をくれた。
「やあ、こんにちは」
「こんなとこで出会えるなんてツイてるわぁ。なあなあ、ウチらのこと覚えてくれてはる?」
そう言って微笑む薄紅色の髪をした少女。
なんともコテコテの関西弁だ。だがこの時代に関西なんて地方はない。何処かの州の方言、または郡や県の方言なのかな。聞き馴染みはないが、それが却って僕を新鮮な気持ちにさせた。
「覚えているよ。元気そうだね」
「ホンマに!?」
「ホンマにホンマに。また会えて嬉しいよ。ただ今回は、遊びに来たわけじゃないのかな?」
以前、出会った時の会話も覚えているが、今この場で持ち出すようなことでもないか。
こうして再会できたことが一つの答えでもある。今日、再び出会えたということは、前回の話が好意的に受け止められたということだろう。それが僕にはとても嬉しかった。
薄紅色の髪をした少女と話していると、やがて「はわわ」「あわわ」と驚いていた二人も僕の下へと近づいてきた。二人は見るからに緊張した様子で僕を見上げると、胸に手を当てて一つ息を吐き、そして僕の問い掛けに返事をする。
「は、はい。私達は試験を受けにきました!」
「朱里ちゃんの言う通りでしゅ!この日のためにいっぱいいっぱい勉強しました!」
まあ、そうだろうね。
試験日の今日。試験会場の近くで再会したということは当然、この子達も仕官者なのだろう。
「ふむ、ふむふむふむ…………」
僕はそう呟きながら三人を見る。
三人共若い。いくらか若すぎる気もするが、年齢制限などは定めてなかったし問題ないか。
それに能力も高そうだ。前も聡い子達だと思ったが、こうして再会するとその印象は強くなる。
メタ的なことを言うなら赤青黄色とカラフルな髪色や、その個性的で近未来的な服装が僕の知る人材見抜きポイントに引っ掛かる。なんとも反則的な判定の仕方だが、今のところは鉄板だ。
「ふむふむ、なるほどね…………」
メタ的じゃない見方をしても同じ感想だ。
以前に感じた陰のような部分は既に無く、少女達の澄んだ瞳には強い光彩が宿っていた。
才智の片鱗が現れている。有望株だろう。断言することまでは難しいが、僕も太守として多くの人を見てきた。まだ未熟ながらも見る目を培えてきているという自信もある。だから────。
「はわわ……太守様の視線が…………」
「あわわ……まるで体の隅々まで…………」
「舐め回すように見られとる!ハッ!これはもしや『グヘヘ。アッチの試験もしようか』なんて強権発動からの艶本展開に突入するんか……?アカンッ!仕官者のウチらじゃ絶対逆らえへん!」
────間違いない、のかな。
一瞬で自信が薄れてきたな。僕の人を見る目なんてまだまだ未熟も未熟なのかもしれない。
「え、ええ…………」
「その展開見たことあるよ紅里ちゃん!」
「あわわっ!予習してきた内容と酷似するね!」
思わず困惑しそうになる僕を余所に、あとの二人の子も同調するような言葉を発する。
舐め回すようになんて見てないよ、というか予習ってなんぞ。僕の知らない試験でも開かれているのかと深読みしそうになるも、そんなわけないよな。そもそもなんの試験だって話だ。
有望株かどうか早くも疑問符が付きそうな三人。女の子ってよくわからんね。思い返せば麗羽も時々よくわからない話を挟んできたっけな。やれ「婚姻」がどうとか、やれ「うっかり異母姉妹に話してしまった」とか。特に何もなかったから深くは言及しなかったが謎の会話もあったっけ。
華琳はまともだったけど春蘭と秋蘭とはちょくちょく噛み合わない話もあったし、やっぱり男女での違いというのがあるのかもしれない。まあ、それを差し引いてもぶっ飛んだ内容だけど。
「────!」
「────!────────!?」
「────!────────────!!」
その後も姦しい少女達の会話を耳にしながら同期の華琳と麗羽のことを考える。
都を旅立ち、それぞれの任地へ就いてからもう一年半になる。みんな領主とあっては、中々旧交を温めるとはいかないことだ。たまには手紙の一つでも書いてみるのもいいかもしれない。
僕がぼんやりそんなことを考えていると、やがて周囲の仕官者らしき人々が示し合わせるかのように試験会場の方へと歩き始める。おそらくは休憩時間の終わりが近づきつつあるのだろう。
「────さて、楽しいお喋りもここまでにしようか。どうやら時間が迫っているようだ」
それを受けて僕は一つ手を叩きそう告げると、三人はピタッと話を止めては僕の方を見る。
その時に僕は、僕を見つける少女達の眼差しに羨望の色が一際濃いことに気づく。そのことに少し驚くもすぐに納得する。士官を志すということは、そういう風に見てくれているのだろう。
残り僅かな時間の中で、僕は少女達にかけるべき言葉を探した。「頑張れ」や「応援している」とシンプルに激励するのもいい。ただ、僕は伝えてみたかった。この少女達へ対する強い期待感を。これから数年、数十年先に繋がる期待の意を込め、僕は短くも力強くこう言った。
「────驚かせてくれ。この僕を…………!」
それは明るい未来へ向けた渇望の意。
今はまだ、花とは呼べない青々しい新芽へ向けた、僕なりに最上級の激励の言葉。
この言葉を少女達がどう受け取ってくれたのかはわからない。ただ一言、小さく打ち震える少女達が放った言葉を聞いた僕は高い満足感を覚える。きっと期待に応えてくれるだろうと。
「「「────はいっ!!!」」」
心地の良い三つの声が耳を通り抜ける。
深々と頭を下げ、弾けるように走り去っていく三人の背を見送りながら僕は思う。
新芽が花咲く日は五年、十年。いや、二十年先になるかもしれない。それでも領内の未来が明るいことを僕は確信する。いずれは少女達が幕僚の末席に就く、なんて日が来るかもしれない。
豊かな想像を膨らませながら僕は上機嫌に城へと戻る。我ながら威厳のある振る舞いだったとも自画自賛。そして思う。次に少女達と再会するのは、少女達が下積みを重ね成長を遂げた後になるだろうと。おそらく何年か先のことだろうと僕は思っていた。そう思っていたのだが────。
「────────────えっ?」
少女達との再会の時はあまりに早かった。
具体的には即日。城へと戻った僕がふと仕官者名簿に目を通したことに起源する。
いや、再会が早いのは喜ばしいことだ。少女達が試験を無事に合格し、こうして成績優秀者として通したのだから立派なもの。そこに異議を挟む余地などない。ないのだけれども────。
「姓を諸葛。名を亮。字は孔明と申します!」
「私は鳳統。字を士元と申しましゅ太守様!!」
「水鏡女学院、三天龍の一角【赤龍】徐庶元直とはウチのことや!武も智もバッチコイやで!」
────お名前が派手過ぎやしませんかね。
諸葛亮孔明。鳳統士元。徐庶元直。凄く強そうな名前が三つ、立て続けに聞こえてきた。
次の三国時代でもトラウマ人口、百万人は優に居そうな強ネームが聞こえてきて困惑。僕の名前は劉表って言うんだけど、もしかして劉の字が同じだから劉備くんと勘違いしているのかな。
「確かに驚かせてみろとは言ったけど…………」
これは驚かせ過ぎじゃないですかね。
本当にどうしよう。と言うか僕は一体、どうすればいいのだろうか。誰か教えてください。
少女達の屈託のない瞳に射抜かれる中、僕は不意に夢で出会った伏竜と鳳雛のことを思い出す。ひょっとしてアレは予知夢だったのかな。いや、そんなこと普通は気づかない…………よな。
10月12日付けで投稿した最新話の出来が酷いので、削除して1から書き直します。
多くの御意見ありがとうございました。失敗を教訓にこれからも精進して参ります。