豊かなスローライフを目指して   作:どん兵衛
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二話

 

 私塾へ通い始めてから半月。

 僕は学問を修めることと並行して、顔を繋いでおくべき有力者を見定めていた。

 有力者の定義は個人としての能力は勿論のこと、その個人を輩出した一族が有する影響力の強さ、または広さなどの要素を加味した上で、僕が独断と偏見と未来知識を元に調査している。

 と言っても半月程度では、まだ正しくわからないことの方が多い。今の段階で自信をもって選出するなら、後世まで名が遺っている大物ぐらいだろう。そして本来ならば、そんな大物には早々出会えるものではないはずだが────。

 

「────運が良いのか。それとも悪いのか」

 

 作り上げたマル秘資料を手に持ち呟く。

 現段階でも有力者候補はそこそこいたが、中でも突き抜けている人が二人いる。

 一人は曹操。そしてもう一人は袁紹だ。どちらも説明不要の人物ではあるが、曹操は総ての能力が傑出しており、袁紹は家柄が半端じゃない。

 未来という結果を元に語るなら曹操が勝者で袁紹は敗者であることは事実だ。だが、そんな何十年も先の話をしても仕方がないだろう。袁紹、というか袁家の影響力はこの時代でも屈指。

 本来ならこの時代、または年代は袁家の一族である袁紹に媚びとけば鉄板。まず外さない選択なのだが、ここに曹操が加わると話は難しくなる。何がそんなに難しいのかというと────。

 

「────曹操と袁紹。もう既に仲が悪そうなんだよな。いつも言い争ってるし…………」

 

 曹操と袁紹が早くも不仲であるせいだ。

 きっかけかは知らないが、性別が反転してようが曹操と袁紹は戦う宿命にあるらしい。

 戦う宿命を背負った両雄。そのどちらか一方と親しくなるということは、もう一方と敵対することを意味する────のかもしれない。

 まあ、そこまで大袈裟な話でもないかもしれないが僕は初日、うっかり地雷を踏み抜きかけたことをきっかけに曹操と、それなりに話をする間柄になっていた。一歩間違っていれば未来の処刑リストに名を連ねるハメになっていたかもしれないが、回避した今となっては良い思い出だ。

 そんなわけで割と曹操に近いため、袁紹と接触するのを躊躇っているというのが一つ。そしてもう一つは袁紹の性格にある。なんと表現したらいいのやら。ともあれ場面を私塾へと移す。

 

 

 

 

 

「おーほっほっほ!おーほっほっほっほ!!」

 

 授業中、突然高笑いを始める美少女が一人。

 静寂の室内に響き渡る声。声の主は輝く金糸の巻き髪、というか縦ロールのド派手な美少女。

 服の上からでも、はち切れんばかりの存在感を誇る胸。形も良い。間違いなく大物だ。わがままボディが高笑いとともに前後に揺れている。

 

「麗羽!うるさいわよ!」

「あーら華琳さん。授業中に大声を張り上げるだなんて、はしたないですわよ!」

 

 その美少女こそが袁紹だった。

 いかにも金持ちそうなド派手な容姿に、絵に描いた貴族を体言するかのような高笑い。

 常に自分が目立っていないと我慢ならない、自信家タイプのお嬢様。袁紹を簡単に言い表すとこの表現が相応しく思う。おっぱいでかくて可愛いけど、安易に近づくと不味い予感がする。

 早くも僕の中で定番化しつつある曹操と袁紹の言い争い。騒ぎが収まるまで他の生徒達はみんな静かに背景と同化する道を選んでいた。なるほど、都の生徒は優秀だ。僕もそれにスッと倣う。

 

「華琳さんのチンチクリン!」

「はぁ!?」

「だーって事実ではありませんこと?」

「────へぇ、そう。麗羽、貴女がそういうつもりなら、私にだって考えがあるわ!」

 

 曹操と袁紹。

 話している面子は強力だけど内容はアレだ。そして決まって袁紹が言い負かされる。

 二人は不仲、というか喧嘩友達にも見えるけど、実際はどうなんだろう。曹操に聞けば、あるいは話してくれるかもしれないが、踏み込んだ話をするには好感度が足りてないように思う。

 このように袁紹がド派手な容姿と突拍子もない行動を平気でとる、曰く形容し難いデンジャーな性格をしていたため、僕は簡単に声をかけることを自重し、安易に動かず見に徹していた。

 私塾に通い始めてから半月。まだ焦って事を急ぐ必要なんてない。そして傍から見ている分には眼福と呑気に考えていた。だが────。

 

「────こ、これは見逃せませんわ…………」

「────ん?」

 

 呑気に考えていた僕は失念していた。

 あるいは曹操と袁紹が美少女であったことから、いくらか心が緩んでいたのかもしれない。

 

「なんか近くで声が聞こえたような気がするけど誰もいないし────気のせいかな」

 

 こちらが相手を見ている時は、相手もこちらを見ているかもしてないということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと劉表さん。お話よろしくて?」

「────へっ?」

 

 それから少しばかり後のこと。

 私塾の長い廊下を歩いていた僕は不意に、袁紹に声をかけられては間の抜けた声を出した。

 

「────へっ?お話?────僕と??」

「ええ、そうですの。わたくし、貴方にどうしても言いたいことがありますのよ!!」

 

 僕は完全に失念していた。

 同じ私塾に通っておきながら、袁紹から話しかけられる可能性を考えていなかったことを。

 僕はてっきり、僕から話しかけない限りは袁紹との関係は進まず退かず、良くも悪くも不変であると勝手に思い込んでいた。

 迂闊。あまりに迂闊だ。そのせいで僕は声をかけられた驚きのあまり碌に頭が回らなかった。何を言われるのか想像がつかない。僕は僕が気づかないうちに袁紹の逆鱗に触れてしまったのか。

 

「う、うん。勿論、よろこんで」

「当然ですわね。言いたいこととは、あのクルクル頭の小生意気な小娘のことですわ!!」

「────え、クルクル頭?君のこと??」

「違いますわよ!クルクル頭の小生意気な小娘と言えば、華琳さんのことに決まってますわ!!」

 

 華琳って確か曹操の真名だよな。

 確かに曹操の髪もクルクルしてるけど、君の髪はその十倍クルクルしてるんですが。

 しかし引っ掛けであってにせよ、テンパっていたにせよ、うっかり初っ端から袁紹を刺激してしまった。これは不味い。曹操と話をした時に犯した過ちを繰り返してはいけない。とにかく冷静に対応しないと。そう冷静に、冷静に────。

 

「キィー!それともなんですの!わたくしの方が小生意気な小娘だと貴方は仰りたいの!?」

「ど、どうどう。落ちついて落ちついて」

「これが落ちついていられますか!せっかく、せっかくわたくしが同族のよしみで、貴方を助けて差し上げようと思いましたのに!!」

 

 同族のよしみってなんだそりゃ。

 なんだかよくわからないが、ともかく逆鱗に触れたわけではないことにホッと胸を撫で下ろす。

 現在進行形で袁紹は憤ってはいるが、ここは巧みな話題展開で意識を逸らすが正解か。宥めすかし、この場は気分良くお引き取り願おう。

 

「同族のよしみ?」

「あ、間違えました。名族のよしみですわ!」

「はあ、名族のよしみ。まあ、確かに僕は前漢皇族の血の流れを汲む家柄の生まれだけど、袁紹殿の袁家と比べると格落ち感が否めないなあ」

 

 なるほど、そういうことか。

 僕の血のルーツは一先ず置いておくが、少なくとも袁紹に名を知られる程度には有名らしい。

 まあ、血筋が良いからって調子にのって袁家と構えるものなら秒殺されるけどね。結局は古い血筋よりも、今現在の力が物をいう時代だ。このへんは何時の時代も変わらないのかもしれない。

 

「それほどでもありますわ!」

「いやはやホント素晴らしい────じゃ、僕はそろそろ失礼するよ!」

「ちょ、ちょっとお待ちになって!わたくしまだ話を始めてもおりませんわ!!」

 

 そそくさと立ち去ろうとするもストップをかけられてしまう。ダメだったか。

 袁紹とは色んな意味でお近づきになりたいが、色んな意味でお近づきになりたくないという、なんとも悩ましい立場にある。少なくとも僕の考えがまとまるまでは、静観しておきたかった。

 それに話ってなんだろう。曹操の名前が出ただけで嫌な予感しかしないが、逃げられないなら聞くしかない。ちょっと愚痴を聞かされるぐらいで解放してくれたら幸いだけど、どうなるかな。

 

「それで僕に話?」

「わたくし見てしまいましたの。劉表さんが華琳さんに惨い仕打ちを受けているのを!!」

「え?身に覚えがないんだけど…………」

「隠さなくてもよろしいですわ。わたくし見てしまいましたの。華琳さんが劉表さんにワザとぶつかっては理不尽なことを言っている場面を。あれは、あれは明らかに確信犯でしたわ!!」

 

 あの場面を見られてしまったのか。

 確かに傍から見れば曹操の言動は理不尽かもしれないけど、そもそもの事の発端は僕の失言にあるわけで、別に虐められてるとかどういうわけではない。むしろちょっと嬉しいぐらいだ。

 

「いや、その件なんだけど…………」

「ああ、仰らないで!わかりますわ!」

「いや、ホント僕ら別に仲が悪いとか…………」

「あの陰湿な華琳さんの仕打ちには断固として抗議すべきだと思いますわ!ええ、そうです!」

 

 違います。僕の話を聞いて下さい。

 善意で言ってくれているのはわかるけど違います。ホント貴女の勘違いです。

 そう力強く言えたらいいのだけど、どうにも袁紹は既に自分の中で結論を出した上で話を切り出しているようだ。つまり僕の話を碌に聞かない。熱心に否定してもぜんぜん聞いてくれない。

 僕はしばらく説得を試みるも、袁紹がその手のタイプであると気づいた後は「まあ、別に抗議ぐらいしてもいいかな」と思うようになった。曹操はそんなことで気を悪くするような人じゃないし、それで袁紹の気が済むのであれば、僕も善意の申し出を断るようなことはしない。

 

「うん。まあ、いいんじゃないの」

「ええ、その通りですわ。巨悪に対し毅然とした態度で挑むことも名族としての務め!!」

「そうだね。多少は言い合いになるかもだけど、終わった後は爽やかな握手をだね────」

 

 そう安易に考えたのが間違いだった。

 そして話が案外、穏やかな方法で済む流れになったことから、僕はすっかり失念していた。

 

「やはり高貴な血族は団結するものですわ」

「そうかもね」

「わたくし達で巨悪な華琳さんをギャフンと言わせては、土を舐めさせて差し上げましょう!」

 

 袁紹は可愛いだけではなく、とてもデンジャラスな性格をしていることを────。

 

 








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