豊かなスローライフを目指して   作:どん兵衛

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三話

 

 袁紹と結束して曹操と戦うハメになった。

 字面だけを見ると官渡の戦いを思わせる物々しさだが、そんな大袈裟なものではない。

 君主となる前の、勢力を築き上げる前の曹操と袁紹の小競り合いに僕が巻き込まれてしまった形だ。「どうしてこんなことに…………」と愚痴りたくもなるが、僕にも責任の一端はある。

 

「────そう、劉表を助っ人にね」

「おーほっほっほっほっ!そういうわけですので華琳さん。宣戦布告に参りましたわ!!」

 

 しかし、巻き込まれるのは正直困り物。

 それも抗議するって話のはずが、いつの間にやら宣戦布告にすり替わってるし。

 僕は袁紹の横に突っ立っては腕を組み、目の前で優雅に腰を下ろす曹操を眺めながら考える。

 袁紹の求める勝利は曹操をギャフンと言わせ、土を舐めさせること。流石に土は舐めないだろうし、舐めさせてはいけないが、勝負に勝てばギャフンとぐらいは言ってくれるかもしれない。

 

「ふーん。まあ、気が向けば相手してあげるわ。私は麗羽と違って暇じゃないしね」

「キィー!腹立たしい小娘ですこと!」

 

 ここで問題となるのはどの分野で勝つか。

 曹操は完璧超人に思えるが、勝つ隙はおそらくある。「比武を競う」だとか「叡智が問われる」王道の勝負となれば勝てないだろうが、サブカルチャー系の勝負であれば勝算は0じゃない。

 例えば歌だとか踊りだとか。曹操が苦手な分野を突けば勝算はあるはずだ。だが苦手な分野を突いたコスい戦いに勝ったからといって、曹操が素直にギャフンと言ってくれるかはわからない。

 

「劉表さんからも言ってやって下さいな!」

「────ん?ああ、うん。そうだね…………」

 

 わからないが、話が縺れて曹操に睨まれるってのも、ぶっちゃけ勘弁してほしいところ。

 まあ、ここは真剣に勝つ道を模索するよりは袁紹の下っ端役にでも興じつつ、矢面を避けて無難にやり過ごすが賢明か。そうと決まればここは一つ、典型的な下っ端役を演じるとしようかな。

 

「ゲヘヘヘ袁紹殿、コヤツめ我らの宣戦布告に怯え強がっておるようですなぁ」

「おーほっほっほ!やっぱりそうですか!」

「宣戦布告も済んだことです。この場は見逃してやると致しましょうか。グヘヘヘヘ…………」

 

 うん、こんなところかな。

 あまりの雑魚台詞に油断してるとあっさり死にかねん恐怖すら覚えてしまうぐらいだ。

 ここは曹操の怒りを買う前にさっさり引き上げて、その裏で言葉巧みに袁紹と話をつけては僕のポジションを落とすがベスト。僕はそう考え、袁紹と共に引き上げようとしたのだが────。

 

「おーほっほっほ!おーほっほっほっほ!それでは、わたくし華麗に失礼しますわ!!」

「────え?一人で行っちゃうの!?」

 

 あっさり袁紹に置いて行かれてしまった。

 踵を返し、高笑いを浮かべ優雅に立ち去る袁紹。僕は呆気にとられてはその背を見送った。

 

「…………………………」

「…………………………」

 

 僕の背から放たれる強烈なプレッシャー。

 やってしまった。振り返ることも憚られる重圧の中で僕は胃に鋭い痛みを感じていた。

 

「────怯え強がっている、ねえ」

「それは言葉の綾でして他意は…………」

「で、この私を見逃してやると。ふーん?」

「べ、弁解を。この愚か者に弁解の機会を与え賜りますように御慈悲を…………!」

 

 僕はこれでゲームオーバーなのか。

 曹操の甘美な声に篭った有無を言わせぬ圧。僕は己の発言の愚かさを心底呪った。

 背中にダラダラと汗をかきながら曹操の言葉を待つ。気分は執行の刻を待つ罪人のそれ。曹操が並の王であれば僕の目指すスローライフへの道は途絶えていたかもしれない。だが────。

 

「はい、説明」

「────へ??」

「こっちを向いてさっさと説明しなさい」

 

 真の王者はやはり格が違った。

 真の王者は哀れな愚者の行いを許す度量があった。僕は執行猶予が与えられたことに感涙する。

 僕は振り返り、そして簡潔で且つ明瞭に事態の説明をした。袁紹をディスることで許しを得ようという浅ましい考えも一瞬過ぎったが、それはちょっと違う気がしたのでやめておいた。

 

「つまり、まるまるうまうまと」

「はい。ご明察の通りであります!」

「ふーん、そう。あの麗羽が、ねえ。ホント相変わらず騒がしい子だけど────」

 

 審判の刻を前に静かに唾を飲み込む。

 そして僕はおそらく、曹操は離反か内通を命じてくるものだと身構えていたのだが────。

 

「────ま、いいんじゃないの」

「なんと!────よろしいので??」

「別に麗羽が騒がしいのはいつものことだし。あの子が満足するまで付き合ってあげるといいわ。それと変に畏まるのウザいからやめなさい」

 

 曹操は意外にもあっさりそれを認めた。

 油断というよりは余裕なのだろうか。勝者の余裕。なんにしても僕も首の皮が繋がったな。

 

「了解。そういうことなら僕も気兼ねなく、曹操殿を打倒すべくエグい謀を考えるとするよ」

「貴方も大概図太いわよねぇ」

 

 そんなこんなで話はついた。

 曹操から曹操打倒の許可が下りたので、僕はしばらく袁紹に協力して過ごすことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日から曹操に挑む日々が続いた。

 といっても僕が矢面に立つことは滅多になく、ほとんど袁紹が曹操に挑む構図であった。

 袁紹は王道の真っ向勝負を好んだが、真っ向勝負で曹操に勝つ道はあまりに険しく、僕らは連日敗北を積み重ねる日々を送る。

 

「ギャフン!ですわ」

「────ま、こんなところね」

 

 果敢に比武を競おうにも怪我をしない程度に軽くいなされてしまい────。

 

「────は────じゃない?」

「────が────ではありませんこと?」

「なら────の場合──────となるけど貴女はそれでも────────」

「ええっと、そうなりますと────わたくしとしましては────?────────??」

 

 舌戦に関しては見る影もない。

 これについては袁紹がどうという話よりも曹操が強すぎて相手にならない恰好だ。

 本気で勝とうとするなら孔明クラスを引っ張ってこなければならないだろう。あるいは禰衡。

 だが禰衡を刺客に差し向けるものなら、僕も本気で死を覚悟しなければならないことは明白。連鎖して処刑されても文句がいえない。

 まあ、そこまで命懸けで挑むこともない。最初はどうなることかと思いはしたが、今となってはそれなりに楽しんでもいる。ぶっちゃけ眼福だ。この前は袁紹のパンチラが見えたりもしたし。

 

「で、まだ続けるのかしら?」

「ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬ………………」

 

 おっと、今日も勝敗が決したようだ。

 僕は僕の役割を果たすべく曹操と袁紹の間に入っては、本日の対戦終了の合図を告げる。

 

「袁紹殿、今日はこのへんで勘弁してやろう」

「そ、そーですわね!今日は残念ながら本調子ではなかったので仕方ありませんわよね!!」

 

 僕は袁紹の本調子を見たことないけどね。

 そんなこんなで連日、曹操相手に敗北を積み重ね続けてきた僕らであったが────。

 

「袁紹殿、今日は天気が優れないしそろそろ」

「そ、そーですわね!!」

「袁紹殿、星の巡りも悪そうだしそろそろ」

「そ、そーですわね!」

「袁紹殿、お腹も空いて来たしそろそろ」

「そ、そーですわね?」

「袁紹殿、飽きてきたしもう帰ろっか」

「────ちょ、ちょっと劉表さん!だんだん雑になってきてはいませんこと!?」

 

 負けっぱなしというのも面白くない。

 敗北を積み重ねること一月。せっかくなので一度ぐらいは本気で勝ちを狙うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曹操に勝つ。

 そのために僕が提案した方法とは私塾の試験での点数を競うことであった。

「なにをバカげたことを…………」と思うかもしれないが、これには僕なりの根拠があった。王道の手段で曹操から勝利を収めるたいのであれば、おそらくこの方法が一番勝算が高いはずだ。

 

「────と、言うわけで明日は、明日行われる試験の結果で勝敗を決そうと思うんだ」

「え、それって大丈夫ですの?」

「大丈夫大丈夫。たまには学徒らしい対決方法も悪くないと思うんだけど二人はどうかな?」

 

 不安そうな袁紹に笑顔で返事を返す。

 袁紹はこれまでに曹操との対決の内容で試験結果をチョイスすることはなかった。

 無意識に勝てない分野と避けていたのかもしれない。が、僕はこの対決にこそ光明を見いだしていた。悪くても三割。下手すれば袁紹の方が分が良いなんてこともあり得る対決だ。

 

「わたくしは構いませんわ。劉表さんにお勉強を見てもらっている成果も気になりますし」

「そうかいそうかい。曹操殿はどう?」

 

 僕の根拠としてはこうだ。

 私塾の試験は明確に答えがある問題だけではなく、思考・思索といった要素を含む自由回答式の問題も数多く出題される。

 例をあげるなら「○○の場合における、最も相応しい行動を200文字以内で答えよ」といったタイプの問題だ。勿論、それに合った模範解答はあるが、曹操はその模範解答を選ばないはずだ。

 

「────なるほど、これが貴方の謀というわけね。既に麗羽にも手を回していると」

「僕はただ勉強を教えたに過ぎないよ」

「私が優秀と認めただけのことはあるわね。ええ、いいでしょう。この勝負しかと受けるわ!」

 

 ほう、分が悪いのを承知で受けてきたか。

 革新的な発想が主な曹操の思考と保守的な私塾の先生方の思考は相反するもの。

 つまり曹操が高得点を狙うためには保守的な先生方が好む解答をしなければならない。革新的で斬新な発想を捨て、伝統的で無難な解答をしなければならないということになる。

 試験のためとはいえ、果たしてどこまで寄せきれるのか。それに加えて袁紹は名族らしい伝統的な解答をさせれば右に出る者はいない手堅さをなぜか誇っている。これが僕の描く勝ち筋だ。そのために地味に地道に袁紹に一般的な勉強を教えたりもした。正直けっこう手応えもある。

 

「君は明日、敗北を知ることになるだろうね」

「ふふふっ言ってなさいな。私に本気を出させたことを悔いるがいいわ!」

「なんだか蚊帳の外ですが、わたくしも早く帰って、お勉強頑張りますわ!!」

 

 お膳立てはバッチリ整えたぞ。

 だから勝ってくれよ袁紹。ホント今回は曹操に勝つビッグチャンスだからマジで頼むぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日の試験後。

 この日は先生方にお願いして一人ずつ答案用紙を返却する方法をとってもらった。

 名前が呼ばれ、そして点数が告げられる。悪い点数だった人は周囲の目に恥ずかしそうに俯く。悪いことをした気がしないでもないが点数は自己責任だ。悔しさをバネにしてほしい。

 刻一刻と近づくその瞬間を前に高まる緊張。そして遂に袁紹の名が呼ばれた────。

 

「袁紹さん92点です。頑張りましたね」

「わたくしが92点!?────劉表さん!わ、わたくし、わたくしやりましたわ!!」

 

 明らかにざわめく教室内。袁紹の普段の評価がなんとなく窺えてくるが、今はよし。

 答案用紙を手に満面の笑みを僕に向ける袁紹。可愛い。可愛いがまだ油断は禁物だ。曹操なら下手をすれば苦手分野でも超えてきかねない。そんな不安も確かに、確かにあるが────。

 

「あ~ら、これは決まりましたわねぇ」

「…………………………」

「おーほっほっほ!おーほっほっほっほっほ!────ゴ、ゴホッ…………む、むせましたわ」

 

 袁紹の挑発にも反応せず、こめかみに手をあてて瞳を閉じる曹操は自信無さそうに見える。

 これはマジで勝ったかもしれない。遂に曹操の常勝神話に終止符を打ったのか。そんな淡い期待が脳裏に過ぎるも、そこはやはり天才曹操。僕らの思惑の遥か上をいった────。

 

「曹操さん96点です。とても頑張りましたね」

「────ふ、ふぅ。まあ、当然の結果ね」

 

 結局、曹操は曹操だった。

 わずかに吐息が漏れるも表情に変化はない。勝てなかったか。良い勝負だっただけに残念だ。

 曹操はチラッと僕の方を向いては「どうよ?」とばかりに顔を上げた。はい、完敗です。袁紹も凄く頑張ったんだけどね。やっぱり役者が違うのかな。ホントに後一歩だったんだけどな。

 

「あらら?さっきまで聞こえてきた可愛い負け犬の遠吠えが聞こえてこないわね~?」

「…………………………」

 

 そして次は曹操が袁紹を挑発する順番となったが、魂が抜けた袁紹は反応を示さなかった。

 ああ、負けたか。残念に思いながら明後日の方向を向く僕は、先生に名を呼ばれていることに気づくのが数テンポ遅れてしまった。

 

「────さん。劉表さん」

「────あ、はい。すいません」

 

 気づいた時には教室中がざわめいていた。

「なんだろう?」と思いながら僕は席を立っては周囲のざわめきを尻目に教壇へと歩く。

 途中、曹操のスカイブルーの瞳が僕を見定め、快晴の空のように強い光を放っているように見えた。そして機嫌が良さそうだった。僕にはよくわからなかったが、先生の言葉を聞くと同時にその理由を知ることになる。それは────。

 

「劉表さん100点です」

「────────えっ?」

「劉表さん100点です。貴方は将来、優れた儒者となるでしょう。先生も鼻が高いですよ」

 

 僕がまさかの満点を叩きだしたせいだった。

 100点満点。「なんでだよ」と心の中で呟くも、思えば今回の試験は解答に苦戦しなかったな。そして袁紹に勉強を教えていた僕が袁紹以下の点数を取ることは確かに考え辛い。

 しかし100点満点か。僕の保守的な思考と先生方の保守的な思考が絶妙に噛み合ったのかな。なんにしても嬉しいもんだ。この完璧な結果には思わず少し、調子にのってしまいそうになる。

 

「うーん、僕もやるもんだな」

「────そうね、大したものね。お陰で私は貴方の予言通り敗北を知らされてしまったわ」

 

 余韻に浸っている僕にかかる声。

 声の主を見ると、そこにはニッコリと微笑む曹操の姿。ん、さては僕に気でもあるのかな。

 そんな冗談を口にしかけるも、曹操から放たれるプレッシャーに自重する。そして気づく。曹操より高い点数であったことに。ワンチャンスを活かしたのは袁紹じゃなくて僕の方だったのか。

 

「ええ、そういうことだったのね」

「いや、これはだね、曹操殿…………」

「貴方の真の謀とは、本気になった私を真正面から粉砕することにあったわけね…………」

 

 いや、本命は勝ちたがっていた袁紹です。

 なんか妙な流れになりそうなので嫌な予感もする。誰か彼女を止めてくれないでしょうか。

 

「貴方を低く見積もっていたつもりはないけど、これは認識を改めざるを得ないわね」

「ちょ…………!」

「ええ、いいでしょう。これからは貴方のことを今より一段階上の認識に改めるとするわ」

「曹操殿、それって良い意味だよね?」

「ええ、勿論。少なくとも私にとっては良い意味よ。貴方にとってどうかはわからないけどね」

 

 つまりどういうことなんですかね。

 曹操はそう告げると含みのある微笑み浮かべ、疑問符を浮かべる僕にこう続けた。

 

「────今日この瞬間より私の真名を預けるわ。【華琳】と呼びなさい。敬称もいらないわ」

 

 そう言い残すと曹操は──いや、華琳は僕の返事も聞かず満足そうに教室を後にした。

 今回の勝利を機に曹操の僕に対する評価がかなり上がった模様。評価が上がることが良い事なのか面倒事のリスクが高まったのかの判断がつかないが、今は素直に真名を預けてもらえたほど親しみを覚えられたことを喜ぼうと思う。

 

「────うん。やっぱり嬉しいもんだな。教室中のみんなにめちゃくちゃ見られてたけど」

 

 僕の真名は次に会う時にでも預けようか。

 そしてその後、抜けた魂が戻ってきた袁紹から自分のことのように盛大に祝福された。

 こちらも評価がかなり上がった模様。華琳のことを話すと袁紹からもすぐに真名を預けられたので僕も預けた。袁紹の真名は【麗羽】。真名を預けられると、やはり深い親しみを感じる。

 

「どうして麗羽は華琳と仲悪いのさ」

「ええ、それはですね────」

 

 その流れで華琳との不仲の理由を尋ねてみる。

 てっきり深い理由でもあるのかと思いきや、そんなこともなく普通に浅かった。

 要するに「キャラが被ってるから」互いに気に入らないそうです。「ふーん」と僕が適当に空返事をするとちょっと麗羽に怒られた。

 

 後日、袁家の当主から「娘の成績を上げてくれたことに対する感謝状」と「心許りの品物」が届き困惑するハプニングこそあったが、おおよそ僕は都での生活を楽しんでいる。

 

 




誤字報告ありがとうございます。これからも気をつけます。

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