外套の騎士   作:ヘリオスα

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0.楽園の塔にて

 星の内海。世界の裏側。誰一人訪れることなく、立ち去ることのない永遠の園。およそ人の手では永劫たどり着けぬ理想郷に、それはあった。

 楽園の果てに立つ白亜の塔。一人の魔術師が生涯……いいや、惑星(ほし)が終わるまで閉じこもっている、出入り口のない物見の(うてな)。一人の妖精がその魔術師を捕らえるために用意し、仕上げに魔術師本人が手を加えて築き上げた、理想郷に突き立つ牢獄だ。

 いずれ訪れたはずの自身の死さえ放り投げて、魔術師はこの塔に引きこもった。そうして、時折訪れる妖精たち以外誰も存在しないその場所で、塔の最上より虹に輝く瞳で世界を見渡して――虹という超常の輝きが示す通り、彼の瞳は特別なもので、同じ時代であれば隅々まで俯瞰して見届けることができた――世界の表に暮らす人々の暮らしを、祝福と共に見つめ続けた。

 そうやって、外界を見渡して無聊を慰めながら、彼は静かに終焉を待つ。惑星の鼓動が潰え、そこに生きる者たちの全てが消えて、自己を保つ理由も術もなくなった時、彼もようやく終わりを迎えるだろう。

 

 

 だが。決して常人にはたどり着けぬ、この理想郷の果てを訪れる奇特な人影が在った。

 

 

 虹の瞳をきらりと輝かせて、魔術師が徐に杖を振る。途端、数多の結界が塔の最上を覆った。塔のそびえる理想郷、その空気は星の始まりから変わることなく多分なエーテルを含む劇物の一種である。神秘の薄れたものが口にしたならば、内側から爆ぜて赤い花を咲かせることになる可能性すらある。そんな劇物を、エアコンにスイッチを入れて温度調整するように薄めて見せた魔術師は、ゆっくりと振り向いた。

 

 そこには、つい先ほどまで影も形もなかった一人の人間が茫然とした様子で佇んでいた。

 

 ここに唯一滞在していたこの魔術師は、良くも悪くも常人からかけ離れた存在だ。陽に透かした髪は瞳と同じように虹に輝き、流れるように足元まで伸びている。そしてゆったりとした白いローブを着込み、ねじくれた長い杖を突く姿はおとぎ話の魔法使いそのものだ。これでしわくちゃの老人であったなら完璧だっただろうが、生憎とその柔和な様子の美貌は青年としてのそれだった。

 見かけはその特徴的な瞳と髪以外に人と変わりない。しかし、その内面は間違っても人に近しいなどとは言えないものだ。言葉を選ばずに言えば、彼の価値観、ライフスタイルは一般人から見れば昆虫に等しい。なぜならば、この魔術師は夢魔と呼ばれる、人間の夢に寄生する高次元生命と、その宿主である人間との間に生まれた混血児であるからだ。

 彼は人と夢魔、相容れぬ双方の価値観を共有している。だから人々が遺す美しい物語(歴史)を好んだし、自分が見たい美しい結果(ハッピーエンド)が得られるように人間側へ肩入れすることだってあった。だがそこに至る過程、払われた犠牲、完成した物語がもつ価値そのものを理解することだけはしなかった。

 

『ああ、なんてこの絵は美しいんだ。けれど、内容にも、創られた過程にも、微塵も興味がわかないな』

 

 そんな風に世界を捉えながら、彼は美しい結果(ハッピーエンド)だけを求めて長年人界をさすらって、微笑みと共に人々に手を貸してきた。

 

 人はみな彼を賢者として敬い、感謝をささげていた。だが、当の魔術師の方はそれに何ら感じることはなかったのだ。夢魔の性質として〝感謝〟という思念は摂取するに足る養分であったが、それ以上の価値を見出せなかったし、見出そうともしなかった。

 

 加えて、彼はその出自から魔術師としても並外れていた。夢魔の父親から授かった魔力と世界を見渡す瞳が相まって、人類史上数えるほどしかいなかった最上位の魔術師(グランドキャスター)として人理に刻まれるほどだった。とはいえ、彼がある()()()の果てにこうやって楽園の果てに閉じこもってしまった以上、世界のほうから彼を感知することはできなくなってしまったのだが。

 

 対して、今ここを訪れた彼/彼女は凡庸そのものと言った人間だ。人並外れた容姿を持つわけでもないし、取り立てて優秀な魔術師というわけでもない。外観からして極々普通の人間といった様子からは、図らずも人畜無害という言葉が湧きあがるほど。

 彼/彼女は、ある世界にてこの魔術師と縁を繋いだ存在だった。もともと魔術師でもないし、一風変わった経歴を持つ()般人でもない。ただ、レイシフトという、時間及び世界跳躍に関する技術に対して抜群の適性を生まれ持っていただけの、そこらにいくらでもいるただの学生だった。この適性は魔術師であろうがなかろうが、普通に過ごしていれば全く必要とされないのだが、彼/彼女が居た世界では非常に重要な意味を持つ。それが為に、彼/彼女はこの魔術師と縁を繋ぐことができたといっていい。

 

 だが、それはまた別のお話だ。

 

 今重要なのは、世界の壁を跳び超える資質を備えているということ。この資質がずば抜けて高いために、彼/彼女はこのように縁を結んだ相手、あるいはこれより縁が結ばれる予定の相手の居る時空へうっかり転がり込むようなことを何度か体験していた。

 

 ああ、またか。なんて、慣れ切った様子で周囲を見渡して、彼/彼女は目の前で飽きもせずに世界を見渡していた魔術師に目をやった。

 マーリン。声が深閑とした楽園の塔に響く。いつも通り人好きのする笑みを浮かべていた魔術師は、その声により笑みを深くして応えた。

 

「驚いたな、まさか此処まで踏み込めるなんて。まあ、何はともあれ、歓迎するよマスター。ようこそ理想郷(アヴァロン)へ……と言っても、ここにはこの塔以外何にもないんだけれどね。それで、どうしたんだい? ササンの王妃ではないけれど、眠れないというなら、寝物語に何か語って聞かせようか」

 

 ああいや、彼女のお話を聞いていては結局夜が明けてしまうかな、なんて言って、魔術師――マーリンは、改めてにっこりと笑って見せた。己が縁を結び、力の一端を預ける主人として目をかけている存在が現れたことを、言葉の割には不思議に思っていないようだった。

 

「王の話……は、もういいかな。君だって、そろそろ違う話を聞きたいだろう? さて、どの物語にしたものか……」

 

 片手を顎にやって、マーリンは悩まし気に首をかしげて見せる。

 

 

 彼はこの塔に閉じこもる前に、数多くの仲間と共にとある王に仕えていた。誉れ高く、清廉で、その在り様はさながら地上にあって光を失わぬ星の如き輝ける王に、マーリンはいつものように助力して―――そして最後に、自分が犯した罪をまざまざと見せつけられた。

 以来彼は、この塔に閉じこもった。自らの犯した過ちの結果を、自らに刻みつけ、永遠に忘れないために。二度と容易く、人の営みにちょっかいを出せぬように。

 

 

 故に、彼が自信をもって語れる物語は、どうしてもその王と傍仕えの騎士たちの話が主となる。先に伝えたように、彼は世界を見渡す千里眼を保有しているため、その気になれば古今東西の英雄譚を語れるだろうが、元より彼は魔術師であって語り部ではない。王と騎士たちの話以外で現実を物語として語り聞かせるには、マーリンにとってほんの少しばかりハードルが高かった。

 

「そうだね――うん、アレにしよう」

 

 ぽん、と一つ手を打つと、彼は三度、満面の笑みを浮かべる。

 

「最近、こちらに紛れ込んだ妖精が、面白い話を持って来たんだ。それはどうやら、違う世界の僕と、ある騎士との物語らしい」

 

 さあ、座って。その言葉と共に、音もなく床がせりあがって椅子となる。さりげなく行使された神代の神秘に軽く目を開きながら、マーリンの主はゆったりと椅子に腰かけた。想像していたよりも柔らかな座り心地に驚くと、背中にはいつのまにかクッションまで用意されている。

 

「長話になってしまうからね。これくらいの気づかいはするさ」

 

 ありがとうと言いながら、マスターの目はこれから語られるであろうマーリンの物語に興味津々といった様子で輝いていた。無理もない。マーリンが語るのは何時だって王かその配下の騎士の話だけで、当のマーリン自身は端役程度にしか顔を出したことがないのだ。語り部である以上それも仕方がないのだが、だからこそ今回の物語はマスターの好奇心を強くくすぐった。

 

「期待してくれてるところ悪いんだけど、これはあくまで別の私と、そして()()を変えた一人の騎士の話だからね?」

 

 苦笑しながら、マーリン自身も石椅子をくみ上げて腰掛ける。

 

「では始めよう。これは此処からとても近く、そして遥かに遠い場所で紡がれた――――一人の魔術師と、騎士の物語だ」

 

 




初めまして。

年末にこたつに入ってうとうとしていた時に見た夢をきっかけに、衝動を抑えきれなくなって書き上げました。

クォリティーが低いのは重々承知ですが、頑張って完結させたいと思います。

後々質問コーナー等設けてみるつもりですので、ご指摘、疑問点は遠慮なくお寄せください。


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