外套の騎士   作:ヘリオスα

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※本日は二話連続更新です。未読の方は前話よりご一読ください。


10.決着

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)

 

 ――赤、朱、緋。視界の全てが焔に染まる。

 灼熱一閃、日輪の威光を以てあらゆる障害を灰燼に帰す。紅蓮と光輝を思うさま振るうこれこそは『ガラティーン』。太陽の熱線にて万物を焼き尽くす焔の聖剣。この星を生誕より見守り、時に恵みを、時に試練を与えてきた灼熱の星の力そのもの。

 

 不思議と熱さは感じなかった。聖剣を手にしたその瞬間から、この身は熱への耐性を得たらしい。当然といえば、そうなのだろう。

 

「……来る」

 

 熱風、火炎、閃光、それらすべてを併せ持ち、眼前で荒れ狂う灼熱の奔流。生物非生物問わず、あらゆる存在を焼尽せしめる紅蓮の波濤。

 会心の手ごたえだった。初めてにしてはこれ以上ないほどに。全力で放った至高の一撃だった。

 

 だというのに、この向こう――あらゆる存在を融かし、燃やし、蒸発させ、一切の抵抗を許さない地獄のような光景の先から、確かに迫りくるものがある。

 

 目を閉じたなら容易く思い描ける。虹の燐光をヴェールのようにまとったアルテラが、魔力光の尾を引きながら焔に呑まれた大地を駆けるその艶姿を。それはきっと、宇宙という暗黒の海を泳いでいく一条の彗星によく似ている。

 

 

 『転輪する勝利の剣』、『軍神の剣』、双方ともに破格の宝具だがその性能は正反対だ。かたや、日輪の灼熱を以て眼前に在る一切の障害を焼き払う、広域拡散型の『転輪する勝利の剣』。かたや、その刀身に破滅的な魔力を充填し、担い手とともに一直線に貫く一点集中型の『軍神の剣』。殺傷範囲は転輪する勝利の剣に軍配が上がるが、突破力に関しては比べるべくもないほどに軍神の剣が上をいく。たとえ同等の破壊力を持っていようとも、真正面からぶつかり合えば分が悪いのは圧倒的に転輪する勝利の剣のほうだ。

 

 

 加えて言えば、これが初めての真名解放である俺に対し、アルテラはこれまで十数年もの間軍神の剣を振るい続け、その扱い方を十二分に心得ている。馬鹿正直に宝具をぶつけ合うだけでは勝てないのは当然だ。

 

 

 ――だから、そう。勝ちにいくには、()()しかない。

 

「のっけから、無茶をさせて悪いな」

 

 わかっている。わかっていた。ただ真名解放しただけでは、あの破壊の大王を倒せはしないと。

 だから、だから――俺は、既知(未知)に手を伸ばす。

 

 脳裏をよぎるのは、未来、己と並び立つとされるある騎士と彼が至った絶技。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――言葉にすれば簡単だが、本来放出するはずのものを内部に蓄えるというのは、すなわち至近距離に爆弾を抱え込むようなものだ。そのうえ本来の用途ではない以上、聖剣にも担い手にも重大な過負荷がかかる。

 

 それに――あれは、人類最高峰の才を授かった男が、血のにじむような努力の果てに手に入れたであろう奥義だ。

 

 ぶつけ本番で成功させようなど烏滸がましいにもほどがある。

 

「っても、やらなきゃ、なぁ」

 

 死ぬのだ。出来なければ死ぬ。

 俺だけじゃない。大王の蹂躙はローマ全て飲み込む。

 

 みんなが死ぬのだ。

 

「――――」

 

 故に、躊躇はしない。

 

 

 彼の努力を弄ぶことになろうとも、

 

 九割九分九厘失敗するとしても、

 

 成功したところで聖剣か自分、あるいは双方が致命的な欠陥を受けようとも、

 

 

「護ると、決めたから」

 

 

 大上段にガラティーンを構える。……そういえば、これは『天の構え』とかいうのだったか。なんとも、この聖剣に似合いの名だ。

 魔力を練り上げる。熱く。激しく。真名解放時のそれと同じだけを聖剣に向けて流し込み、そして空になりつつある体内に再び魔力を熾す。それをさらに聖剣につぎ込んで、こらえきれず吹き出しそうになるのをすかさず体内へ引き込む。この循環の際生まれる僅かな余剰領域で再び魔力を熾し――あとは、それを無限に繰り返す。

 

「ぐ」

 

 燃えている。身体の内から。魂の内から。俺という存在全てが、火柱になって燃え盛る。

 滅茶苦茶だった。たとえるなら直結した二つのダムか。決壊寸前まで流し込んだ水を放水し、次のダムにため込み、その水をもう一度くみ上げて前のダムに注ぐ。無論その間も常に氾濫寸前の大河から水が流れ込み続けている。

 

 なんだそれは。まったくもって意味不明。こんなことを考えられるとは、俺もまだまだ余裕があるらしい。

 

「ぁあア゛……ぐぅぅう゛う゛ぅ……」

 

 傷口が鮮血を吹く。青あざが皮膚の下でさらに広がる。

 焼けている。燃えている。もう灰になろうとしている。

 

「ぎ、ぐ……あ、あぁあぁぁ……」

 

 漏れ出す声は人語を為してない。獣でさえもっとまともに哭くというもの。

 一秒ごとに、身体が末端から死んでいく。

 

「う゛ぅぅうう゛う゛ぅぅっ!」

 

 駄目だ。ああもう駄目だ。もう限界だ。これが限界、ここが…………限、界?

 

 

 

 否、否否。

 

 

 

 限界など……疾うに、疾うに踏み越えている――ッ!

 

 

 

「づぅ……」

 

 ガラティーンがぐずっていた。やめてくれ、もう無理だ、早く使ってくれ――そういうように、ぱちぱちと細かに火花を飛ばして抗議している。炎熱への耐性を得たはずの体にそれが当たる度、目の前が真っ白になるような激痛が意識を灼いた。

 だがやめない。まだやめない。

 自負がある。これならやれる、と。如何にあの大王といえ、これを受けてはタダでは済まない。絶対に倒せるはずだ。

 

 だから――確実に、当てる。その瞬間まで魔力の循環も精製も絶対にやめない。

 

 その瞬間は、あと何秒後か。

 発動直後と比べ、火勢は格段に弱まっていた。比例して、莫大な圧が勢いを増して迫りくるのをびりびりと感じる。

 来ている。すぐそこまで。

 

「が……あ、ああぁァアア゛ア゛あア゛――――!!」

 

 

 来い、来い、来い、来い来い来い来い来い――ッ!!

 

 

 

 

「――――!!!」

 

 

 

 

 紅蓮が裂ける。破滅の白が、虹の残照を撒き散らしながらすべてを塗りつぶして顕現する。

 

 届いたぞ、と。破壊のヴェールの向こう側で、真紅の瞳が確かにそう告げていた。

 

 

 ああ、よく届いてくれた。

 待っていたんだよ、お前を。

 

 

「燃え尽きる時だ――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――無だ。何も無い。そういうほかない。

 いや違う。あるにはあるのだ。それだけが、天上の焔に炙られた大地に深々と残されている。

 

 見るがいい。縦一文字、大地に刻まれた斬撃を。一時間以上経ってなお煙を上げる黒々とした傷口を。外套の騎士の全力は、ローマの荒野に無間の闇を孕むクレバスを作り出した。

 

 日輪の聖剣、ガラティーン。それの、破損さえ厭わぬ、最大出力を踏み越えた限界出力による一撃――即ち太陽系()における()最大の爆発現象(フレア)を模した、正真正銘、いかなる存在であろうとも灼滅せしめる究極斬撃。

 外套の騎士がたどり着いた、彼だけの剣。たとえ、その始まりが模倣であったとしても――これは、彼にしかなしえない、彼だけしか扱えない一撃だった。

 

 

 だが。

 そんなものを放って、無事でいられるわけがない。

 

 太陽とは、己が身を削って輝きを放つ星の名だ。その星の力を宿す聖剣から限界以上の、原典たる星の力そのものを引き出そうとすればどうなるかなど言うまでもない。

 

 西ローマ、いやさ西欧諸国を脅かす神の鞭、破壊の大王を究極の一撃で退けた代償に、彼は己自身を燃やし尽くして焼滅した――

 

 

 

「…………ん、ぐ

 

 

 

 ――はず、だったが。

 

「――――生きてらぁ

 

 クレバスの起点から数十メートル。爆風に弾き飛ばされ無様に大の字になって転がる騎士の姿があった。

 

 

 二つの幸運が、彼の命を救った。

 

 

 一つは、時間。聖剣使いとしては未熟な彼がこれだけの大技を手繰れたのは、偏に時が彼の味方をしたからといってもいい。正午、太陽が中天に上りきる時間。外套の騎士に与えられた太陽の加護、その最後の一滴が降り注ぐ瞬間。ガラティーンの性能が最大限発揮されるごくわずかなそのタイミングだったからこそ、聖剣は許容限度以上の魔力を注ぎ込まれながら破損することなく、外套の騎士の期待に応えることができた。

 

 そしてもう一つは――これは幸運と呼ぶには、少々皮肉なものだが――彼が、まだ聖剣使いとして未熟であったことそのもの。ある意味、これも時間が齎した幸運であるともいえる。

 もしも本当に、聖剣から原典たる日輪の力を完全に引き出せていたのなら、彼は問答無用でその魂ごと燃え尽きてあとには灰さえ残ることはなかっただろう。しかしながら、彼は聖剣使いとしてはあまりにも未熟だった。無論、聖剣を手にしたこと自体これが初めてなのだから当然なのだが。結果として、彼は命が尽きる寸前まで魔力を注ぎ込んで自滅しかける程度の()()で済んだのだ。

 

 とは言え、その未熟さ故に彼は命を拾ったのだから、結果的には最良の結末を得られたといっていいだろう。

 

「……らっきー

 

 へにゃりと、脱力しきった顔で彼は笑った。何も思い残すことはないとでも言いたげだ。

 事実、彼は満足していた。アルテラを倒し、友を護り、仲間を護り、ローマを護り――父を、護った。その事実だけで、彼は満足だった。

 そのうえ、死を覚悟してはなったあの全霊の一撃の後に生きていて、その実感を得ることまでできたのだ。

 

 これ以上ない、至福の瞬間だった。

 

「…………」

 

 ようやく開いた瞼が、また落ちようとしている。全身から力みが抜けていく。焦点はずれ、呼吸は浅く、鼓動は間隔を空け、思考がぼやけていく。

 

 あれだけの激戦だったというのに、その終わりは、ひどく穏やかで――

 

 

 

 

トゥニカァー!!!

 

 

「ンあっ?!」

 

 

 

 ――そして同時に、ひどく騒がしかった。

 

 決着からはや一時間以上。フン族はとっくのとうに敗走し、勝鬨さえもう聞こえない。だというのに決戦の地は灼熱に包まれたままで、今になってようやく人が入ることができるようになったのだ。それでもまだ陽炎が立ち上り、足を踏み入れた人間に大粒の汗をだくだくと流させているのだが。

 そうやって、汗のしぶきを散らせながら、くたばった様に倒れ伏す外套の騎士を探し回る影があった。

 

「熱い! 暑い! 死ねるッ!」

「全部あの馬鹿のせいだ! 加減ってのを知らねぇのかアイツは!」

「どこ行った?! まさかあの裂け目に落っこちてねぇだろうな?!」

「燃え尽きたり……してないよ、ね……?」

「……このままだと、俺たちもアイツも蒸し焼きだな」

 

 命懸け、なんて言葉とは程遠い。とても日常的な喧騒。ほんの数時間前まで浸っていた現実。それが足音を立ててへ駆け戻ってくるのを外套の騎士は身に沁みるような思いで感じていた。

 

 

 

 

 震える腕に、最後の力を注いで。

 

 

 

 

「――勝ったぞおぉぉッ!

 

 

 

 

 高らかに、彼は勝鬨を上げた。

 




もう一度。

一週に一度の更新を怠ってしまい申し訳ありませんでした。

さて、次話にてとりあえずローマ編に一区切りをつけようと思います。
ローマ・アルテラ編を長々と引きずってしまった、反省。

最後に、誤字報告、評価、一言評価、感想、お気に入り登録、諸々ありがとうございます。
その一つ一つが私の励みになります。
これからも更新頑張ります。
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