外套の騎士   作:ヘリオスα

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6.その剣は誰が為に 下

 砂塵舞う平野。未だ中天には届かぬ日輪が容赦ない光線を投げかける中、破壊の化身と対峙する。

 なんて華奢な肢体なのか。その細く、引き締まった肉体はいっそ芸術品のようだ。()()から思っていたのだが、こうして実際に見ると余計に強く思う。これで大気を引き裂き大地を砕く超常の業を容易く行使して見せるのだからたまったものではない。

 

 先の応酬でも心臓が止まる思いだった。直前になって引き出した知識がなければ、初撃で馬ごと両断され吹き飛んでいただろう。

 ……あいつには悪いことをした。俺に付き合わせて、まだまだ長かったであろう軍馬としての生を華々しく散らせてしまった。これでまた、負けられない理由が一つできたか。

 

 とは言えそれで恐怖を抑え込めるかといえば話は別だ。一歩間違えれば即座にああなっていたのは自分――その事実に腕や足が震えそうになるのを押し殺し、内心の怯懦を悟られまいと毅然として笑みを浮かべて見せる。

 

「んじゃ、ちょっくら俺と踊ってもらえますか。アルテラ殿?」

 

 呟いた途端、アッティラ――アルテラの顔色が微かに変わった、気がした。

 内心舌打ちする。普通、自分の秘密が初対面の人間に知られていれば多少なりとも動揺すると思ったのだが、アルテラに大きな変化は見られない。

 秘密、それはアルテラという名前そのもの。

 

 

 アルテラ――そんな名前の英雄は()()()()()

 

 

 アルテラという名は、『この世界』でアッティラという呼び名を嫌った彼女にフン族の長老たちが送ったもう一つの名だ。故に世界に響く彼女の勇名はアッティラのみであり、アルテラという呼び名はフン族の、それも彼女に近しい者たちだけが使う名前だった……はずだ。

 

 だからこそ、これまで顔も知らなかったローマ兵の俺がその呼び名を知っていることは彼女にとって計算外のことのはず。あわよくば精神的な揺さぶりを、なんて思ったが……流石は戦闘王、どこぞの未熟者と比べて年季が違う。この程度で揺らぐほど軟ではないか。

 

 

 ならば是非もない。あとは馬鹿正直に真正面からぶつかるのみだ。無謀だろうが何だろうがやってやる……!!

 

 

 魔力を熾す。燃料は好きな物を持っていけ。俺の中にある全てをくれてやる。もっともっと燃え上がれ。じゃなきゃ、あの破壊の化身には到底届かない。

 

「――おおっ!!」

 

 体中の血が焼けた鉄に変わったような感覚。毛細血管の一本一本にまで染み渡る灼熱が、体を焼いて駆け巡る。もしあの太陽を飲み込めたなら、こんな気分なのだろうか。

 

 ――いいや。いいや、まだ足りない。足りるわけがない。

 

 これが太陽の熱? この地表全てを照らし、灼き払う天上の焔がこの程度?

 

 舐めたこと言ってんじゃねぇよ。不足不全、貧弱貧相。たかだか体の内でくすぶる程度の熱で思い上がるな。

 

 もっとだ、もっと。俺自身を焼き尽くしたってかまわない。何度も言うが、本当なら今の俺ではアルテラに追いすがることさえ不可能なのだ。この拮抗状態だって奇跡のようなモノ。不意に俺の口から飛び出した『アルテラ』の名と、初見で軍神の剣の挙動を見切ったことが必要以上に彼女を警戒させているだけ。

 

 故に、勝機は今しかない。

 

「はっ――!!」

「っ!」

 

 踏み込む。限界まで強化した両足が、乾いた大地を踏みにじって砂埃を激しく巻き上げた。

 

 先の言で大きな変化は見られなかったが、多少の意識を戦闘以外に割かせることができたのか。ほんの僅かアルテラの気配に空隙が生まれ、俺の踏み込みに対する動きが一拍遅れる。それをついて俺の剣が彼女に迫った。両手で構え、大地を踏み抜きながら繰り出す刺突。体中に満たした魔力にものを言わせて行ったそれは、まさに疾風の如き勢いでアルテラの胸に突き立たんとする。

 

 俺の剣が風なら対するアルテラの軍神の剣はまさに光か。目の端に三色光が閃いたと思った瞬間には、跳ね上げられた軍神の剣が掬いあげるように俺の剣を弾いていた。鉄の塊でもぶん殴ったような、腕を痺れさせる衝撃。魔力と太陽の加護によるブーストがなければ確実に剣を取り落としていただろう。まったく、その細腕のどこにそれだけの腕力があるというのか。

 

 ちらと刀身に目をやる。先ほどは加減を間違えて自壊させてしまったが、今回はうまくいっているようだ。しかし、神造兵装の原典ともいえるあの軍神の剣とまともにぶつかった代償は大きかった。全霊の魔力で強化していたにもかかわらず、刀身にはそぎ落とされたような跡がついている。

 

 二度も三度も受けられない。初めからそのつもりだったが、これで確定だ。守りにおいては回避一択、攻めにあっては一撃必殺。狙うはただその一点しかない――!

 

「あああ!!」

「フッ!」

 

 至近の間合いだからか、あの鞭のような一撃は放たれない。見知った剣としての軌道を描き、空間を削り取る様な異音を響かせながら無造作に三原色の刃が俺に振り抜かれる。

 間合いを詰めたことで独特なあの撓る剣閃は封じることができたようだが、だからと言ってアルテラが弱体化したかといえばそんなことはない。打ち合ってみてわかったが、身体能力はギリギリ拮抗している。振りぬかれる剣閃に対応はできている。だが経験、技量、精神諸々含めてアルテラがはるかに上回っているのだ。一ミリたりとて油断も楽観もできはしなかった。

 

「ッ!」

 

 今だってそうだ。横一文字、と見せかけて急停止した軍神の剣が、唐竹に軌道を変えて襲い来た。慣性を無視できるだけの筋力があるのか、あるいは軍神の剣は見た目通り光の如く重さを感じさせないのか。どちらにしろこんなでたらめをすまし顔で見せつけてくるのだ。内心滝のように冷や汗を流しながら、この絶妙な拮抗状態を維持できるようあくまで余裕を保ったように見せかけつつ、身を捻って躱す――

 

「ぐっ!?」

 

 ――つもりだったのだが。

 背を過るぞくりとした予感にすかさず後転。身を捻って軍神の剣をかわそうとした刹那、風切り音を響かせて飛来する物があった。

 矢だ。フン族ご自慢の弓騎兵が、こちらを射程に収めたらしい。彼らは軍神の剣に巻き込まれるのを恐れてか、俺達を大きく迂回しながらも行きがけの駄賃とばかりにこちらめがけて射かけてきていた。

 

「こ、のっ」

 

 

 くそったれ、どんな撃ち方してやがる……ッ! アルテラと至近距離で切り結んでいたはずなのに、奴には掠りもしないでこちらにばかり矢玉が降り注ぐっ。

 

 

 見通しが甘かったというほかない。親玉と一騎打ちしていれば滅多なことで矢なんか飛んでこないだろうと思っていたが、予想以上に弓騎兵の練度が高い。

 いや、当然か。相手は百戦錬磨のフン族だ。この程度の芸当が出来なければ、ゲルマン諸民族を圧迫してローマ帝国にさえ牙をむくなんて真似をしながら生き残るなどできないのだろう。

 

「砕けろ」

「く、そっ」

 

 最後の一射。眉間を狙って飛来した矢を叩き落した、その直後。矢に対処する隙に距離を取られたアルテラから、あの鞭の如き剣閃が弧を描いて飛び出した。

 再びの胴を薙ぐ一撃。上か、下か。逡巡する暇などない。とっさに選択したのは下、あの初撃と同じようにくぐりぬけて躱した。

 視線を前に向けるとさらに数歩引き下がったアルテラの姿が見えた。まずい、この距離は奴の距離だ――戦慄がよぎると同時、ミドルレンジから繰り出されるのは縦横無尽に迫る斬光の嵐。どれ一つとしてブラフはない。目に映る全てが掠っただけで肉を抉り骨を砕く絶死の一撃……ッ!!

 

「チィ……ッ」

 

 撓り伸長するそれらは見掛け以上の間合いと不規則な剣筋を持つ。おそらくは籠める魔力を気持ち増やす程度で容易くあの刀身は伸長し、軽く手首をひねるだけで剣筋は脈打って周囲を巻き込むのだろう。紙一重なんてやっていたら瞬く間に寸断される――が、大きな回避行動をとっていてはこの距離は二度と詰められない。

 

 

 リスクは承知。そのうえで一歩踏み込まなければ勝機は永遠に訪れない。

 

 

 直上へ跳ね上がる切り上げに対し半身だけを退く。触れた物全てを焼き切る魔光がかすめ、頬が裂けた。噴き出すはずの血は蒸発し、痛みより先に彼の刀身が放つ熱量に思わず呻きがもれる。

 しかしこれまで大げさな回避を繰り返していたことが功を奏したか、アルテラからの瞬間的な追撃は放たれなかった。顔面を這うじりじりとした痛みを噛み潰し、脚力を強化して離れた彼女めがけて踏み込――

 

「がっ?!」

 

 迫る悪寒。先の矢などとは比べ物にならない圧迫感が右上から降り注ぐ。反射的に翳した鉄剣に右上からの斬り下ろしが炸裂し、痛烈な一撃を受けて鉄剣がぎゃりぎゃりと悲鳴を上げた。脚部を強化していたはずなのに、アルテラの一撃は耐えることを許さずに後ろへ向けてたたらを踏ませる。

 間髪入れず次の一撃。取って返した剣光が足を潰しにかかり、たまらず跳ねて躱せば翻った追撃によってさらに遠方へと弾き飛ばされた。

 この間、恐ろしくそして忌々しいことにアルテラはその場から一歩たりとて動いてはいなかった。

 

「あ、ああぁぁっ!!!」

 

 広がる距離はそのまま俺の焦りまで拡げていく。叫び声と共に気炎をあげようとも現実は覆らない。

 

 赤い瞳が冷たく輝く、剣で受ける回数が跳ね上がっていく、秒単位で追い込まれていく――ッ!!

 

 この僅かな応酬で俺の動きを解析したとでもいうのか、こいつは。一歩踏み出そうと力んだ瞬間、その出端を挫くように取り分け強烈な一撃が叩き込まれる。前に進むどころの話じゃない。その場に留まるのでさえ一苦労だ。刻一刻と速く、鋭くなっていく剣戟に喘ぎながら死に物狂いで活路を探す。剣は見る見るうちに摩耗し、あっという間に半分ほどの肉をそぎ落とされていた。ストックは残り一、だがそれを取り出す隙を奴が与えてくれるかどうか――何はともあれ今は耐えるよりほかにない。剣と共に赤熱していく脳を抑えつけ、死の舞踏を踊り続ける。

 

 

 一分か、十分か。それともたったの数秒だったのか。時間感覚が狂いきったような頃、不意に空白が訪れた。おかしい、手を緩める理由などどこにもないはず。

 まあなんだっていい。疲労しきった剣を取り変える絶好のチャン――?!

 

「え」

 

 無数に尾を引いていた斬光が消える――否、集束する。直下。轟々と爆音を響かせて、大地を割り砕きながら極大の切り上げが叩き込まれ、岩塊ごと天高く跳ね上げられた。間抜けな声をもらしながら、俺の体は瓦礫と一緒に宙を舞う。

 

 

 ――なんて、出鱈目な。

 

 

 切り上げなんて、どれだけ大げさに振るっても地表を擦って火花を散らせながら繰り出す程度だろう。それが軍神の剣と、アルテラというそれを十全に振えるだけの操者によって規格外の領域……冗談抜きに大地を引き裂く一撃にまで昇華されている。

 

 

 

 思い知らされた。階段を上がるとか降りるとか、そんな次元の話ではない。段数ではなく階層自体が違っていた。俺の前に横たわっていたのは、最早生物としての位階さえ違っているような気さえする圧倒的な実力差だったのだ。

 

 

 

 階段で足踏みしているような俺では、アルテラの立つステージに永劫たどり着けるはずもなかった。

 

 今までのは本当の本当に小手調べ。大見得を切って見せた俺の実力が如何ほどのものかを測るための試金石。

 

 故に。

 

 実力の程を測り終えたのなら、あとは応じた力配分で排除するだけ。

 

「多少、頑丈だったな。お前は」

 

 剣を突き立て、手ごろな岩塊にしがみつく。その岩塊ごと不規則に回転していたせいで上下の方向感覚さえあやふやにされたころ、頭上からぞっとする声が響いた。

 

「だが、その生存もここまでだ――目標、破壊する」

「ッ?!」

 

 俺よりはるか上、おそらくは自らが跳ね上げた無数の岩塊を足場に上り詰めた其処より、流星の如くアルテラが迫りくる。詰めの一手、確実にこちらを殺す一撃。吹き上がる魔力は少なく見積もっても先ほどまでの倍以上。だというのに足場は心もとなく、避けようにも余剰のスペースなどない。

 直撃は確定。ならば受け止めるしかない。

 

 受け止める、しか――

 

 

 

 

 ――――受け止める? アレを?

 

 想像できない。仮定さえままならない。生身で隕石を受け止めるようなものだ。木端微塵になってはいおしまい――

 

「――お」

 

 ――おしまいの、そのあとは?

 

「おお」

 

 ――粉砕された、そのあとは?

 

「おおお」

 

 ――俺が消し飛んだ、そのあとは。

 

 

 いったい誰が、こいつを止める?

 

 

「おおおおああああァァ――――!!!」

 

 腑抜けるな呆けるな臆するな慄くな――手前は何のためにここに居るッ!!

 

 背中から三本目の鉄剣を抜く。鉄原子が形作る格子一つ一つの隙間に全霊の魔力を満たす。この身のすべてに後先考えない強化を施す。

 

 来るなら来やがれ避けてたまるか逃げてたまるか諦めてなんかやるものか――――!!

 

「――――」

 

 

 

 

 

 

 

 ――拮抗は、一瞬。

 一秒さえ耐えることなく、両手の剣は砕け散った。

 

 




どうも、遅くなりました。

ここでお知らせ、というか本来もっと早く明確にすべきことだったのですが。

本作の世界観について。
とりあえず書きたいことを書きます、ええ。つまりプロト時空とステイナイト時空の両方を書くということだ(吐血)。


まず現行のストーリーはプロト世界で行きます。外套の彼は今後ブリテンに渡り、そこで星の光を担う青年と、彼を導く花の魔術師と出会うでしょう。

その次。

現行ストーリーから分岐する形で、彼は同じように星の光を担う少女と出会うでしょう。


いやぁ、この遅筆は何を血迷っているんでしょうね(白目)
ただでさえいつ終わるか分からないってのにこの様である。いや申し訳ない。

とりあえずプロトルートを完結できるよう頑張りたいと思います。
拙い作品ですが、最後までお付き合いいただけたなら幸いです。

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