外套の騎士   作:ヘリオスα

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8.星の聖剣(上)

 蒼穹遥かなり。阻む白雲もないままに燦々と輝ける日輪は、地上の喧騒など知らぬと変わり映えしない日差しを投げかけながらじわりじわりと天頂へ昇り詰めていく。

 翻ってみるに、つい先ほどまで耳を聾する轟音や目にも鮮やかな閃光で騒々しかった地上は、今では打って変わってしんと静まり返っていた。

 

「……まさか、逃すとはな」

 

 容赦ない陽光に焼かれながら、一人立ち尽くす褐色肌の女戦士はぼそりとつぶやく。その言葉尻からは少なくない驚愕の色が見て取れる。

 アルテラ。世には戦闘王アッティラ、破壊の大王として知られる彼女は、つい先ほどまで相対していた一人の騎士を脳裏に思い描いていた。

 

 不思議――いいや、不可解な相手だった。アルテラをして明確な障害足りえる強者ではなかったが、こと戦において抱いたことのない衝動を彼女に覚えさせた男だった。

 

 アルテラは、自己を一種の機構であると認識している。立ちはだかるものを壊す、栄えるものを壊す――文明を、破壊する。この肉体はただそのためだけに在ると定義している。故、彼女が戦闘中に考えるのは相手の脅威度と規模、そしてその破壊に如何ほどの出力が必要となるか、だ。

 

 その、真人間というには少しばかり歪んだ精神性はアルテラがもつ特殊な事情に依る。彼女はヒトの姿形を持ってはいるが、その実、真正のヒトとは言い難い。母なる存在から産み落とされた一己の命ではないのだ。

 気が遠くなるような、記憶を記録も残っていない遥か古に築かれたと思しき遺跡にて、フン族の長に見出されたのが彼女だった。長は見出だした幼子を自身が治める村へ連れ帰り、幼子はすくすくと成長してアッティラ大王となった。

 だからか、著しく()()とは言えないのだが――彼女には、常人とは違った精神性が見られる。

 

 体の奥底、魂の深淵より湧き上がる漫然とした破壊衝動。自己を機構であると定義し、破壊の道具として扱う本能。それはさながら呪いのように、アルテラ自身にも詳細のわからない()と一緒になって彼女を蝕んでいた。

 

「嫌悪、あるいは恐怖。何時振りか、その手の感情を抱いたのは」

 

 今回の戦闘で生じたそれらの情動。人としては当たり前に感じるはずのそれらだが、今回ばかりは例の破壊衝動や夢と出所が同じものであると彼女は直感していた。すなわち今生にて生じた精神由来ではなく、その先。もっと深い……そう、()()()()()とでも呼ばばいいのか。彼、ローマの騎士を一目見た時から湧き上がるそれは、そんな本能的な忌避感だった。

 

 本当なら、そんなものを感じるはずはない。数度打ち合っただけでアルテラは実感として理解していた。あの騎士には伸び代こそ豊富に認められるものの、今はまだまだ粗削りな部分の方が目立つ。長ずれば優秀な戦士になるのは確実だろうが、まだまだ彼女の足元にも及ばない。

 それでも、幾度となく打ち寄せる言い知れない感情の波がためにアルテラはしばらく観察を続けたが、あの騎士のどこにそんな脅威を感じたというのか。結局は最後の最後まで把握できなかった。

 

 とはいえ、まだあの騎士が死んだと決まったわけではない。彼は上空から大地に叩き落とされはしたが、アルテラは止めを刺したわけではないし死体の確認もしていない。可能性はまだ残っている。……残ってはいるが、十中八九死亡していることだろう。その証拠に、あれほど吹き荒れていた灼け付くような魔力が燃え尽きたように消え失せている。

 

 しかし――もしも、あれでまだ生きているのなら。

 剣以外に交わせるものもあるだろうかと、ふとアルテラは思いを巡らせた。

 

「生き残っているならば、連れて帰るのも一興か。ブレダが何というかな」

 

 驚くべきことに――といっても、アルテラ自身も気づいていないのだが、それでも確かに、今の彼女は安堵からくる微笑を浮かべていた。自身を破壊そのものであると断言し、立ちふさがった相手を冷静冷酷になぎ倒してきた彼女が、だ。捕虜を捕ることより何より、その表情にこそブレダは驚愕することだろう。

 

 彼女の兄ブレダは、フン族の長の直系に当たる男児であった。彼は父が連れ帰ってきた幼子を妹と認め、できうる限りの世話をしてきた。そんなブレダにもどうしようもなかったのが彼女の破壊衝動だ。年を追うごとに強くなる彼女の欲求を満たし、かつ一族の繁栄を導くために彼はあらゆる手段をとってきた。今回の遠征もその一環だった。

 

 

 しかし、アルテラがこんな表情を見せたのはこれが初めてのことであった。

 

 それはつまり――あの騎士の撃破が、アルテラにとってそれだけ重要であったと。

 

 打倒したことで思わず気を緩めてしまうほどに、あの騎士に感じ入るものがあったと。

 

 そう言外に示していることに、果たして彼女は気づいているのか。

 

 

「さて……奴は、どこに墜ちたか」

 

 ほんの一瞬浮かべた微笑をかき消して、アルテラは常日頃の無機質な表情(仮面)を被りなおす。

 ぐるりとあたりを見渡すが、直前に彼女が引き起こした大破壊の余波で辺りにはもうもうと土ぼこりが立ち込めていた。生憎風はなく、今でも視界は数メートルもない。

 僅かに困ったような顔を見せ、ため息とともに軍神の剣を構えなおすと――

 

「――――ん」

 

 土煙の向こう。馬のかける音がしていた。

 アルテラの表情が変わる。五、六騎の騎兵がこの付近まで接近しつつある――超人的な感覚で瞬時にそれを看破してのけた彼女は、土ぼこりを払うために構えた軍神の剣をゆっくりと構えなおす。

 

 彼の騎士による妨害はフン族側にとっては慮外の出来事であった。本来ならアルテラと軍神の剣(フォトン・レイ)を前面に押し出した横綱相撲でローマの軍勢を蹂躙する予定だったのだ。故に速度重視の騎兵、それもローマ側に比べれば圧倒的少数による電撃作戦を決行してきたのだが……あの騎士がために計画は大きな遅延が発生していた。今頃ブレダたちはアルテラが復帰するまでの遅延戦闘に苦慮しているはずだが――

 

「…………」

 

 潰走してきた味方か、あるいはローマ側が放った追撃、追手の類か。

 前者はないだろう、とアルテラは考える。体感でそれほどの時間は経っていない。この程度で全滅ないし潰走するほどブレダは戦下手ではないはずだ。しかしそうなると後者の線も怪しくなってくる。

 そうやってアルテラが騎兵の正体を図りかねていると――

 

「トゥニカぁッ!!」

「トゥ二カのっ!! 何処だ?!」

「くそくそくそっ!! 何が起こってんだ畜生がッ!!」

「返事しろトゥニカぁーッ!!」

 

「……成程」

 

 聞き馴染みのない単語。声だけでもわかる必死に探し回る様子。察する。彼らはローマ側の戦士だ。それも先の騎士に近しい連中。

 ぐっ、と握りこんだ軍神の剣が、アルテラの戦意に反応して淡く瞬いた。

 

「お前達は、ローマ軍か」

 

 沸き立つ旋風。新緑の魔力光を伴って土ぼこりが吹き流され、隠されていたアルテラの姿がはっきりと浮かび上がる。

 

「なんだコイツ、どっから出てきた」

 

 異変を察して騎兵の一人が声を上げた。アルテラの推測通り、その姿はローマ兵のものだ。それも、あの騎士同様かなり若い。新兵といって差し支えないローマ兵ばかり五人もそこには集っている。

 紅い瞳を冷たく光らせ、アルテラは五人のローマ騎士をじろりと睨めつけた。

 

「おい、こいつだぞ。トゥニカのがカチコミかけた異民族のやつ」

「女じゃねぇか。ふざけんなよ、アイツがこんな華奢な奴にやられたってのか」

「馬鹿か。()()やらかした相手だぞ。ただの女戦士な訳あるかよ」

 

 刺々しい視線と荒々しい言葉遣い。初見のアルテラに対して敵意をむき出しにしながら、騎士たちは囀っている。

 ――囀り。そう、囀りだ。視線、表情、仕草。諸々から眼前の騎士たちが敵対の意思を示しているのをアルテラは理解している。だが彼らの言葉はアルテラに何の圧も与えない。真正面から相対しただけで異様な圧迫感を与えられた先の一人と比べればてんで話にならなかった。

 似通っているのは格好だけ――この五人に、アルテラは何の価値も見出せなかった。

 

「まあ一応聞いておく。億が一にも人違いだったら困るしな。……お前、誰だ?」

 

 アルテラとしては、このまま無為な会話を続ける必要性など毛頭感じてはいなかったのだが。

 喉の奥に小骨が刺さったような僅かな違和感。探り当てることのできなかった先の騎士の正体について何か彼らが知っていれば、という小指の先ほどの期待が、アルテラに言葉を続けさせた。

 

「私は、破壊である」

「あぁ? 訳わかんねぇ事いってんなよ」

「俺達のダチをどこへやりやがった」

「愚問だな。我が前に立ちふさがるものは、何者であろうとも破壊する。例外は無い」

 

 俄かに静寂が訪れた。青褪め、次いで俄かに赤らんでいく騎士たちの表情をつまらなさげにアルテラは眺める。

 違う、そうではない。自分(アルテラ)が求めているのはそれではない。

 

「……まさ、か」

「……殺したのか。あいつを、お前がッ!!」

「理解できなかったか? ならば改めて言いなおそう」

 

「お前らの言う通り――あの無謀な青二才は、つい先ほど私が殺したよ」

 

 爆発があった。

 

「貴、様アアアァ!!」

 

 吹きあがる赫怒の火柱。どろどろと流れ出す憎悪の溶岩。大地割砕き天空引き裂く眼前の白き異人を前に、かろうじて保たれていた騎士たちの慎重さは麻よりも容易く燃え尽きた。続々と腰に佩かれた鉄剣が引き抜かれ、怨敵を前に白刃がぎらりと光を反射する。

 対するアルテラは対極、絶対零度の殺意を紅い瞳に乗せ、軍神の剣を強く握りなおす。極寒の殺意は現実をも塗りつぶし、軍神の剣からはこの土地が初めて経験するであろう極低温の魔力が零れ落ちていた。

 

 もはや猶予はない。容赦もない。怒りに任せて振るわれた鉄剣は一矢報いることもなく白き破壊の前に砕かれ、血気に逸った青年たちは後悔も無念も抱けないまま無残な骸を荒野に晒すことだろう。

 

 

 

 

 

 

 ――――かの騎士の命が、本当に潰えていたのなら。

 

 

 

 

 

 

 

『ッ!?』

 

 刹那、全員の動きが止まる。莫大な神秘の発露。極光と極熱の顕現。アルテラの後方数十メートルを爆心地として、吹き荒れる超常の烈風が土ぼこりを消し飛ばす。誰もが、アルテラまでもが騎士たちに背を向けて呆然と背後を振り返った。

 

 

 ――そこに、星があった。

 

 

 この場の誰にとってもなじみ深い星だ。何せ今でも頭上であっけらかんと照り輝いている。 

 

 太陽。日輪。天空をめぐり地平を照らすもの。あの外套の騎士でなくともわかる。叩きつけられる灼熱、燦々とあふれだす光輝。これを太陽と表現する以外何をそう呼ぶというのか。

 

 だがあり得ない、あってはならないはずだ。太陽とは大空を征くもの。地上には決して降りぬもの。

 

 だというのに、彼らの前にはそれがある。

 

 雲の先。宙の彼方。漆黒の海を泳いだ果ての果てより、この星を生誕から見守り照らし続けてきた始まりの輝きが。

 

「……本体同調率、上昇。機体稼働率八十パーセント」

 

 初めの閃光で、馬のことごとくは騎手を振り落として逃げ出した。それでも誰もが言葉を失い、ただその輝きに魅せられてその場に縫い留められている中、アルテラの意味深な言葉だけが静寂を破る。

 

「軍神の剣、励起状態へ移行――真名解放、準備」

 

 アルテラの体中に巡らされた紋章が、欠けた部分を補うようにその姿を変え、彼女の肢体隅々を覆いつくすように侵食していく。軍神の剣は膨大な魔力をつぎ込まれ、より鋭角的で禍々しい形状へ姿を変え、漏れ出した魔力は紫電となって大気を灼く。

 先の戦闘の比ではない。相手が星であるならばそれさえ砕くといわんばかりの暴力。それはまさに破壊という言葉の具現とさえいえるだろう。

 

 その膨大な魔力に反応したように、地上の太陽が数度瞬いた。垂れ流されるばかりだった魔力、閃光、灼熱は渦を巻き、爆心地へと向けて収束していく。

 

「そうか。私が感じていた気配は、()()か」

 

 魔力が、光が、熱が。その場にあふれ出した神秘のすべてが、ただ一所へ向けて雪崩れ込む。

 

「識っている」

 

 そして示されるのは最強の一。

 

「憶えている」

 

 毀れはない。曇りもない。宿す神秘はまさしく窮極。

 それは――

 

 

「――星の聖剣

 

 

 




おかしい、UAとお気に入りが突然伸びてる……
とりあえず日課のランキングチェックを――ん?

日間二位:外套の騎士

……ヒェッ(卒倒)


割とガチ目に心臓止まるかと思いました。
期待が重い……けど頑張る……

感想、評価、誤字報告、お気に入り登録ありがとうございます。
これからも更新頑張ります。
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