挨拶を終えた一行は、歌野を先頭に最低限の舗装がなされた道を歩いていた。
「にしても瓦礫ばっかりだなぁ」
辺りを見回していた球子が思ったことを漏らす。エリアとはいうものの、周囲の建物は殆どがかつての大戦で崩壊したままであり。人が住んでいると見られる建物も、木材で組まれた質素なものばかりであった。
そんな彼女に、前を歩く光輝が歩みを止めることなく口を開いた。
「外周区で作業をしたがる人間はいないのさ。モノリスとて、100%ガストレアの侵入を防げる訳ではないからな」
ガストレアを衰弱させる磁場を発するモノリスだが、何らかの理由でその磁場の影響を受けなかったガストレアが、エリア内に侵入してくることがあるのだ。その場合被害を一番に受けるのは外周区にいる者になる。
「だから、セカンド・アタック後も、モノリス付近の土地は最低限の整備で済ませていたのさ。そこに長野から逃れてきた人々が碌な物資もない中、自分達の力でどうにか人が住めるまでに復興させたのさ」
「東京エリアからの支援はなかったんですか?」
杏が最もな質問をした。難民となった彼らを受け入れたのだから、もっとまともな環境で過ごせるよう手を貸すべきであろう。
「長野エリアの人達が住み始めた当初は、聖天子様はそうしようとしたけど。反対の声が多くて諦めざるを得なかったのさ」
「反対?どうしてだよ?」
その問いに答えたのは優であった。それに対して球子が疑問を挟んだ。
「長野の人達が『子供達』との共存に積極的だからさ」
優の返答に、何かを察した千景とひなたを除いた四国組は疑問符を浮かべる。
「『子供達』との融和を唱える四国エリア育ちのお前達には不思議だろうが。10年前の大戦を経験した者の大半がバアル――特にガストレアに大切なものを多く奪われた。だから、ガストレアと同じウィルスをその身に宿す『子供達』をも増悪する者が多い、この東京エリアでもな。だから、彼女らとの共存を望む長野の人々に手を貸すことに強い反発が起きたのさ」
「だが、東京エリアの人々は長野エリアの人々を受け入れたのだろう?それなのに…」
「同盟相手だから仕方なくってのが大半の市民の本音さ。元々四国、長野との同盟には反対の声が大きかった。それを結界を守るためやらなんやら理由をつけて、聖天子様が必死に説いたことでどうにか納得させたのさ」
若葉の問いに。その当時を思い出しているのか、光輝はどこか遠くを見ているようであった。
「だから、長野の人とは関わりたくないって人が多くてね。隣接してはいるけど、関わってるのは政治レベルだけで、市民同士の交流は殆どないのさ」
そう語る優の目はどこか寂しそうであった。
「あれ?でも、東京エリアの人達は、私達のこと歓迎してくれたよね?」
昨日の空港でのできごとを思い出し、不思議そうに首を傾げる友奈。
「四国エリアは最大の貿易相手であり、何かと支援してくれるからな。なんだかんだで同盟してからいいことずくしなのさ」
「…つまり、自分達とって益となるかどうかの違いということですか」
光輝の言葉に複雑な表情をするひなた。
「人間の思想信条なんてそんなものさ。人間にとって一番大切なのは腹を満たせるかどうかさ」
そんな彼女の心情を察するように肩を竦める光輝。
「それでも、こうして土地を貸してもらえるだけ感謝しています。今の時勢、東京エリアだって難民を受け入れる余裕がある訳ではないですから。だから、自分達でできることは、自分達でやることにしたんです」
モノリスの中でしか生きることのできなくなった人類は、その限られた土地を活用するしかなく、外部の人間を受け入れるのは様々な面でリスクを伴うのだ。
そのため少数とはいえ、長野から逃げ延びてきた自分達を不本意とはいえ受け入れてくれた東京エリアの人々に、歌野は感謝していた。
「着きました。ここが『青空学校』です」
歩みを止めた歌野が手で示した先には、芝生の上に子供達が整列して体育座りしており。その前にあるキャスターつきの黒板に、大人が何かを書き込んでいた。
そんな光景があちこちで見られ、子供達はノートと鉛筆に消しゴムが乗った木のボードを手に、熱心に話を聞いたり黒板の内容をノートに書き写していた。
「ここが、学校?」
「はい、本当はちゃんとした校舎を用意してあげたいんですけどね…。今の私達にはこれが精一杯なんです」
誰にともなく漏らした若葉の呟きに、歌野がどこか申し訳なさそうに答える。
野ざらしであり、机も椅子もなく使われている文具も古びた物であり、若葉達が知る学校とはかけ離れたものであった。
「東京エリアで親に捨てられた『子供達』を、
光輝が彼女らの疑問に答えるように語る。そう言われて改めて子供らを見ると、10歳かそれ以下の年齢の少女が割合の多くを占めていることに若葉らは気がつく。
「捨てられるって…」
「これもお前さんらには馴染みないだろうが。さっきも言ったが、ガストレアを増悪する人間は多い。そんな奴の元に生まれた『子供達』は虐待されて殺されるか、生まれて早々に捨てられるのさ。そうでなくても『子供達』が生まれた家庭は周囲から攻撃されることが当たり前でな、それに耐えられなくて…てのが現状だ。そんな『子供達』が生きていくには、外周区で暮らすしかないのさ」
「そんなのって…!」
「おかしいと言いたいのは理解できるがね高嶋よ。言っておくが、東京エリアなんてまだマシな方だぞ?大阪辺りだと政府主導で『子供達』を殺すか、兵器として扱うか、あるいは『売る』なんてのをしているからな」
「……」
『子供達』との共存が、当然のように行われていた四国で暮らしていた若葉らにとって。光輝の語る内容は信じがたいものであった。
「光輝」
優が光輝を止めるように呼ぶ。その目には抗議の色がありありと浮かんでいた。
「ん、これ以上はこの場で話すことでもないか。不快な思いをさせて悪かったな」
「いや、見識を広められた。感謝する」
自省した様子の光輝に。悪気がないのは見て取れるし、四国の外について無知であったのは事実なので、若葉としては気にしておらず。他の者達も同様なようであった。
「ちなみに、出撃や機体のテストがない時に、子供達の面倒を見るのもAlvisの任務の1つだ」
「東京と長野の友好の証と、その様子をネットに通して『子供達』との共存への理解を深めてもらおうっていう聖天子様のお考えでね」
光輝の説明を優が捕捉する。
「それなら私もよく見ていた。とても丁寧で『子供達』への思いやりも感じられる素晴らしいものだった」
若葉は、優の足取りを探す中で見つけたサイトのことを思い出す。最初こそ優の様子を知ること目当てだったが、見ていく内に『子供達』を含む幼子へ向けられる情熱に触れ、サイトそのものを楽しむようになっていったのだ。
「そのサイトを作ってるの実はこのみーちゃん…あ、水戸さんなんですよ!ネットのこととかすっごく詳しいんですよ」
まるで自分のことのように水都を褒める歌野。
「そ、そんなことないよ!ただ、私にできることってないかなって考えただけで。光輝さんの教え方が上手だったからだし…」
「基礎を教えたら後は独学でやってたけどな。そっち方面ならもう俺より上だろ」
「そん、そんな…」
褒められることに慣れていないのか、顔を赤くして両人差し指をつつき合わせながら俯く水都。
「そうだよ!水都は頑張り屋さんなんだから、もっと自信持っていいんだよ!」
「そ、そうかな。ありがとう優君」
優の言葉にはにかむ水都。
「藤森さんのことが本当に大切なんだな白鳥さん」
「ええ、一番の親友ですから!」
若葉の言葉に、胸を張って答える歌野。
「ところで白鳥さん。こうして話してみると、通信の時に抱いていたイメージと少し違う気がするのだが」
ふと、疑問に思ったことを口にする若葉。通信で話していた時は、真面目な委員長といった雰囲気だったが。会ってみると、どこか砕けた印象を受けたのだ。
「こいつキャラ作ってたからな。始めて通信しているのを見かけた時誰だこいつ?って正直引いた」
「えぇ!?だ、だって勇者の公式な仕事だし、電話とか手紙だと何となくそうならない!?」
光輝の告白に衝撃を受ける歌野、理由を述べながら、水都に助けを求めるような視線を向ける。
「み、みーちゃん?」
「ごめん、うたのん」
「目を逸らされた!?」
最後の希望にも裏切られ、追加でダメージを受けるのだった。そんな彼女の肩を軽く叩きながら、優が慰めるのだった。
一通り長野エリアの案内が終わると、歌野が若葉と2人だけで話がしたいと連れ出し。残った者達は交流の一環として子供達と触れ合うこととなった。
それから暫くして千景は、休憩のため学校区画の内にある瓦礫に腰かけていた。
「――ふぅ」
疲れを吐き出すように息をつく。友奈達はまだ子供達と遊んでいるが、元々人付き合いが得意な方ではなく、幼子とも接し慣れていないこともあり、思っている以上に体力を消耗していた。
「お疲れさん」
そんな彼女に、光輝が両手で持っていた飲料水の入ったペットボトルの1本を差し出す。彼も共に子供達を遊んでいたが、疲れたので先に休むと言い、それに便乗する形で千景も休むことにしたのだ。
「…ありがとう天童、さん」
受け取ったボトルを開け、中身を口に含む千景。
「呼びにくいならさん付けせんでもいいぞ」
残ったボトルを開けて飲みながらそう話す光輝。
「…そう、じゃなくて。同年代の男子と余り、話したことがないだけ」
勇者となってからはクラスメートは若葉ら女子しかおらず、同年代の男子と接する機会がなく。その前の学校では――
――触んな、阿婆擦れが移んだろ!
「……」
過去を思い出し、押し黙ってしまう千景。
「…お前、子供は好きか?」
「子供?」
いきなり振られた話題に、千景は思わず聞き返す。
「そうだ。子供はいい、可能性に溢れている。そこに、ウィルスを持っていようがいまいが関係ない」
そういって楽しそうに遊んでいる子供らを見つめながら、口元に僅かに笑みを浮かべる光輝。
「……」
「見た目によらず以外、か?俺自身、数年前には考えもしなかった。特に『子供達』にはな」
以外そうな目を向けてくる彼女に、光輝は自分のことを愉快そうに話す。
「つまらん話になるが。俺の実家――天童家はまあ、財閥みたいなもんでな、家同士の繋がりが無駄に強くてな。現当主のおじい様は妻――おばあ様をガストレアに殺されてからは、ガストレアに関する全てを憎むようになった――『子供達』を含めてな。そのせいで一族全体に『子供達』を嫌う流れができてな、俺もその影響を少なからず受けていた」
そこで一旦話を区切り水を飲む光輝。
「まあ、受けていたと言っても関わるのが怖い程度だったがな。ともかく『子供達』にいい感情は持っていなかった」
「……」
友奈達と遊んでいる子供達を見ながら、千景は何も言わず耳を傾ける。
「新型ファフナーの適性があることが分り、自衛隊に入りAlvisへ配属となって『子供達』と実際に触れあって怖がっていた自分が馬鹿だってことを思い知らされたよ。あの子達もちゃんとした人間なのだということをな」
それでな、と空を仰ぎ見る光輝。
「夢ができた。『子供達』だからとあの子達が差別されることなく、人として生きていける世界を作ろうってな。その未来のために俺は戦っている」
「未来…」
千景は無意識にその単語を口にしていた。なぜだか分からないが、それが彼女の心に引っかったのだ。
そんな彼らの元に数人の子供達が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんあーそーぼー!」
「分かったか、わかった。すぐ行くから服を引っ張らんでくれ」
袖をグイグイと引っ張る少女の頭を撫でる光輝。
そんな中、1人の少女が千景の側にやって来た。
「おねーちゃんの髪きれー!」
キラキラした目ではしゃぐ少女。そこ声を聞いた他の少女が集まって来る。
「本当だ綺麗~!」
「いいなぁ。私も大きくなったらそんな風になれるかな?」
尊敬の眼差しを向けてくる少女らから、千景と似た髪をした子が自分の髪に手を添えながら問いかけた。
そんな彼女に、千景はどうすべきか戸惑ってしまっていた。
「なれるさ。諦めなければな」
すると、光輝がその少女の頭を撫でながら会話に加わる。
「そうだろ、郡?」
後押しするような視線を向ける光輝に、千景は意を決したように少女の髪に触れる。
「…ええ、なれるわ」
「本当?」
「うん。あなたも髪も綺麗だもの」
微笑みながら言うと、少女はわーい!と喜びを表すように飛び跳ねる。
そんな彼女の成長した姿を、心から見たいと千景は思うのだった。
歌野が若葉を連れて訪れたのは、歌野の力の源である諏訪の神を祭るために建てられた社であった。
作りこそ簡素ではるが、手入れが隅々まで行き届いており。神樹を祭っている四国の大社本殿と似た神聖さが感じられた。
前を歩いていた歌野が足を止めたので若葉も立ち止まると、歌野が振り返る。
「ねえ、若葉」
「何だ歌野?」
真剣なー―まるで、これから戦いに挑むかのような表情で呼びかけてくる歌野に。思わず身構えそうになる若葉。
「若葉のこと、私は親友だと思ってるの」
「それなら私もだ。お前との通信が心の支えでもあった」
うどんと蕎麦。どちらが優れているかで争うこともあったが。リーダーとして相応しいのか悩んだ時、親身になって相談に乗ってくれた彼女のことを、優やひなたと同じくらい心許せる存在となっていた。
「だから、あなたとは対等な関係でいたいの」
「?」
話の流れが分からず首を傾げてしまう若葉。そんな彼女に歌野は言葉を続ける。
「話っていうのはね。優君のことなの」
「優の?」
彼女の口から出てきた名前に、若葉は眉を潜ませる。わざわざ人気のない場所で話すことなので、余程重要なことだと思っていただけに。幼馴染の名前が出てくるのは以外だった。
「若葉は優君のことどう思ってるの?」
「…え?」
歌野から放たれた言葉に、若葉は少々間抜けな声が漏れた。
「どうって…」
「彼のことが好きかどうかってこと。ライクじゃなくてラブの方で」
「ど、どうして、そんなことを…」
話の流れが掴めず、困惑する若葉。脳が警鐘を鳴らしているが、それがどうしてなのかが分からなかった。
「私ね。優君のことが好きなの。ラブ的な意味で」
「…………………ええええええェェェェえええええええ!?!?!?」
その言葉の意味を理解した瞬間、若葉の絶叫が響き渡るのであった。
暫くして、社の敷地内にある階段に腰かけている若葉と歌野。
「落ち着いた若葉?」
「あ、ああ。すまない取り乱した」
親友が幼馴染に思いを寄せていたことへの衝撃は大きかったが。それ以上に問わねばならないことがあった。
「通信で言っていた大切な人とは、優のことだったのだな」
通信でのやり取りの中で、気になる男子ができたという話題があったが。思い起こせば、話してくれた特徴が、まさに優に合致するではないか。
「(というか。なぜ気づかなかったのだろう…)」
優は任務で度々長野エリアを訪れているのだ。その可能性があって然るべきであったのに。
若葉は彼に好意を寄せる者は、他にはいないだろうと決めつけて、呑気に話を聞いていたあの頃の自分を全力で引っぱたきたくなった。
「うん。彼から自分の名前は出さないでと言われてたか黙ってたけど。騙すようなことをしてしまってごめんなさい」
「いや、それは仕方のないことだ。お前は悪くない」
申し訳なさそうに頭を下げてくる歌野の肩に、手を置く若葉。
「それで、その…いつ頃から優を好きになったんだ…?」
こういった話題の経験が少ないため、尻込みするように問いかける若葉。
「出会ったのは1年前。長野エリアがステージIVガストレア『アルデバラン』に侵攻された際に、東京エリアは増援を送ってくれたわ。そして、その中に優君もいてそこで知り合ったの」
アルデバラン――口からバラニウム侵食液を吐き出し。バラニウムによる再生阻害が効かず、脳などの急所の損傷すら修復可能で。フェロモンを利用して他のガストレアをコントロールして戦闘指揮できるという、かつてない特性を持ち。ステージVガストレア『タウルス』の右腕でもあった。タウルスが討伐された後も、その特性を駆使し数多くのエリアを壊滅させている。
「最初は気の合う友達だったわ。好きになったきっかけは私を『見て』くれたことかな」
「見て、か」
「うん。長野エリアの皆は昔は私のことを勇者・歌野として見ていたわ。それで皆が安心できるならそれでよかったし、私もそうあろうとしたわ。でもね、本当は怖かったの戦うことも、傷つくことも」
「それは人として当然の感情だ。私だってそうだ」
歌野の見せた弱さを肯定する若葉。
一見すると怖いもの知らずに見える彼女だが、死がつきまとう戦場で恐怖を感じたことは幾度もあった。
「そうね。だから、皆の前ではなんてことないように振舞ってたわ。でも、自分でも気づかない内のため込んでたのが、アルデバランによって長野が壊滅に向かう中で張り裂けそうになったの。そしたらね、優君が『君は勇者だけど、どこにでもいる女の子と何も変わらないよ。だから、怖いって、痛いって言っていいんだ。我慢しなくてもいいんだよ』って言ってくれたの。それを聞いたらいつの間にか泣いていたわ、あんなに泣いたのは初めてだったなぁ」
その当時を懐かしんでいる様子の歌野。その顔は本当に嬉しそうであった。
「それで私が泣き止むまで、優君は黙って側にいてくれたの」
「そうか…。あいつらしいな」
そういうところは変わらない幼馴染に、自然と笑みを浮かべる若葉。
「おかげで立ち直れたけど。それでも、アルデバランには勝てなかった。驚異的な再生能力を持ち、巧みな『戦略』を駆使するつアルデバランを倒すことができず。徐々に追い詰められたわ。そして、勝機がないと判断した東京エリアは部隊を撤退させることを決めたの」
「そんな、なぜ!?」
告げられた内容が信じられず思わず立ち上がる若葉。それはつまり、東京エリアは長野エリアを見捨てたということだからだ。
「光輝君も言っていたでしょう?東京エリアの人々の多くは、長野エリアとの同盟に否定的だったって。増援自体、聖天子様が無理して送ってくれたものなの。だから、勝ち目のない戦いにこれ以上犠牲を出すことに国民が納得しなかった」
「……」
気づけば若葉は拳を握り締めていた。人間はどんな苦境にも団結して立ち向かえると信じていた彼女にとって、受け入れがたいことだったのだ。
「それでも派遣された部隊からは反対の声が多くてね。だから妥協案として、長野エリアの人々を東京エリアで受け入れてもらえることになったの。だから私は、長野エリアを放棄することを決めた」
途中から膝を抱えて話していた歌野は、その当時を思い出してか腕に力が籠り震えていた。
力及ばず、故郷を捨てる決意をする。それがどれほど過酷だったか若葉には計り知れなかった。
「長野の人々が安全な場所まで避難するための時間を稼ぐために、私が殿を務めたわ。それと、みーちゃんも巫女として、私の戦いを最後まで見届けると言って残ってくれたの」
「それは…」
「ええ、生きて帰れる保証なんてなかった。でも、例え死んでも長野の人達が『希望』が残るなら本望だって考えてた」
「……」
そういって笑う歌野。かける言葉が見つからない若葉は、せめて彼女の言葉を聞き逃すまいと耳を傾ける。
「でも、そんな私達を優君は命令違反を犯してまで助けに来てくれてね。おかげで私とみーちゃんも、東京エリアに辿り着くことができたの。彼は私達に
「歌野…」」
誇らしげに語る歌野に、若葉に笑みを浮かべた。自分以外にも彼を思いやってくれる人がいることが嬉しかったのだ。
「ねえ、もう一度聞くけど。若葉は優君のことが好き?」
真剣な眼差しで再度問いかけてくる歌野。彼女の心の内を聞いた以上、目を背けてはいけないと真っすぐに見返す若葉。
「ああ、私も優のことが好きだ」
決意を込めて言うと。歌野はその言葉を待っていたかのように微笑み、右手を差し出してくる。
「じゃあ、これからは親友兼ライバルね。どっちが勝っても恨みっこなしってことで若葉!」
「ああ、負けないからな歌野!」
若葉はその手を握りながら微笑み返すのだった。