絶望の世界に希望の花を   作:Mk-Ⅳ

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第十一話

東京エリアの中心である第1区にある防衛省。その内部の第1会議室に蓮太郎は木更と共にいた。

光輝から聞かされていたが、自分達以外にも多数の民警と彼らが所属する会社の代表が物々しい雰囲気に包まれていた。

部屋に入って早々に、他のプロモーターに絡まれ流血沙汰寸前までいきかけたりするも。問題を起こして追い出された自衛隊員や、果ては殺人犯までいる民警では、挨拶のようなものなので珍しくもないが。

楕円卓状のテーブルに各会社の社長が腰かけ、その周りを蓮太郎ら民警が囲む形となって待機する。

暫くして幕僚クラスの自衛官が姿を現し、依頼を聞いた後では辞退できないことを念押すと、壁に埋め込まれた巨大パネルに聖天子――このエリアのトップが映し出された。その隣には木更の祖父でもある補佐官の菊之丞が控えていた。

知っていただけに驚きこそなかったが、モニター越しとはいえエリアの代表を前にしているとなると、自然と体が緊張してしまっている。

 

『楽にして下さい皆さん、私から説明します』

 

聖天子が映ると同時に起立した社長らに、聖天子が優しく促すも、誰1人として着席する者は当然ながらいない。

それに気にすることなく、聖天子は依頼内容を説明し始める。こちらも聞いた通り感染源のガストレアの駆除だったが――

 

『――もう1つは、このガストレアに取り込まれていると思われるケースを無傷で回収して下さい』

 

モニターに別のウィンドウが開かれると、頑丈そうなアタッシュケースと破格な成功報酬が表示された。このことは光輝は話していなかったため、蓮太郎は訝しげに眉を顰める。チラリと木更に視線を向けると、彼女も同様の目を聖天子に向けていた。

その間に他の社長が依頼について質問をしており、それに聖天子が答えていく。そして、木更も質問すべく挙手をした。

 

「回収するケースの中には、何は入っているか聞いてもよろしいでしょうか?」

 

その問いに、ざわりと周囲の社長が色めき立つ。図らずも彼女が全員の意見を代表する形となったのだ。

 

『あなたは天童木更社長ですね、お話は聞いています。それにしても、妙な質問をなさいますね。それは依頼人のプライバシーに当たるので当然お答えできません』

 

よくある常套句ではぐらかそうとする聖天子に、木更は悠然と食い下がる。対象のガストレアはせいぜいステージⅠ。本来ならこれだけの大手を集め、更に破格な報酬をつける必要はない筈である。ならば、相応の危険がケースの中にあると見るべきということを指摘した。

それでも聖天子は答えようとせず、木更はならばと依頼を辞退する旨伝えた。

 

『…ここで席を立つと、ペナルティがありますよ』

「覚悟の上です。そんな不確かな説明でウチの社員を危険に晒す訳にはまいりませんので」

 

そう脅しをかけてくる聖天子に、木更は怯むことなく言い放つ。

肌がぴりぴりするほどの沈黙が降りる中、蓮太郎は1人以外の感に打たれていた。ここに来る道中、彼女は政府の依頼は断れないと言っていたにも関わらず、自分達の身を案じてくれたからだ。

蓮太郎が何か言わなければと口を開きかけたその瞬間、突如部屋中に響き渡る程のけたたましい笑い声が響き渡った。

皆の視線が声の主に集まり、ぎょっとする。

部屋の入口に、燕尾服を身に纏ってシルクハットを被り、仮面で顔を隠した怪人が優雅に立っていたのである。

忽然と現れた仮面の男は、ゆったりとした足取りで卓に向かうと、唖然とする蓮太郎らのすり抜けてよっと、軽く跳ぶと卓の中心に降り立つ。

蓮太郎はその男を知っていた。昨日要請を受けてガストレアが出現したマンションに突入したのだが、既にガストレアは逃走しており、代わりにいたのがこの仮面の男だったのだ。

そして男の側には、先に突入していた機動隊員の死体があり、自分が殺害したと自供したので取り押さえようとしたのだが、こちらの攻撃を意にも介さず軽々と受け流されて、逃亡されるという苦い結果となったのだ。

 

『…名乗りなさい』

 

唯一冷静だった聖天子が男に問いかける。彼女には、まるで男は現れるのが分かっていたかのような落ち着きようであった。

 

「これは失礼」

 

問われた男は、シルクハットを取って体を2つに折り畳んで礼をする。

 

「私は蛭子(ひるこ)、蛭子影胤(かげたね)という。お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿。端的に言うと私は君達の敵だ」

 

背筋を走る悪寒が、蓮太郎に拳銃を抜かせた。

 

「お、お前ッ…」

 

影胤と名乗った男の首が猛烈な勢いで蓮太郎の方を向く。

 

「フフフ、元気だったかい里見君。新しき我が友よ」

「どこから入ってきやがった!」

「フフフ、その答えに対しては正面から堂々とさ。おおそうだ、丁度良いタイミングなので私のイニシエーターを紹介しよう。小比奈(こひな)、おいで」

「はい、パパ」

 

振り返るより先に蓮太郎と木更の脇を少女が歩き去っていた。それも、気配を悟らせることなくである。

フリル付きの黒いワンピースに、腰に交差させた2本の小太刀を差している少女は、うんしょっ、と言って手をつき足を上げて、難儀しながら卓の上に上ると、影胤の横に来てスカートを摘まんでお辞儀をする。

 

「蛭子小比奈、十歳」

「私のイニシエーターにして娘だ」

 

蓮太郎らが影胤が民警であることに驚いていると、聖天子が口を開く。

 

『蛭子影胤。先日の機密物資奪還部隊を襲撃したのはあなた達ですか?』

「その通りだが?」

 

悪びれた様子もなく答える影胤に、聖天子は感情を押し殺すように目を瞑るとゆっくりと開く。

 

「投降しなさい。あなたが知っていることを全て話すのなら、命の保証はしましょう」

 

その通告に影胤は一瞬呆けるように動きを止めると、すぐに腹を抱えて笑い出した。

 

「ハハハハハッ!まさか、『はい、分かりました』とでも言うと思ったのかね!」

『思っていません』

「ほう、では?」

 

期待していなかったとでも言いたそうに答える聖天子に、影胤が挑発するような目を向けた。

 

『実力を持って、あなたという脅威を排除します』

 

聖天子の宣告に合わせるように、窓を突き破って2つの人影が蛭子親子を挟むように侵入してきた。

 

『陸上自衛隊所属、聖天子直轄遊撃小隊Alvis隊長天童光輝だ。最後通告だ、直ちに武装を解除して投降しろ。従わない場合、命の保証はせんぞクソ野郎』

 

ファフナーを纏った光輝――ツヴァイが、両手にそれぞれ保持した最新型アサルトライフル『ガルム44』を突きつけながら警告した。

その姿はいつもと違い。ジャイアント・ガトリングやミサイル内臓の増加装甲等が外され、代わりに背中と両膝に計4つのウェポンバインダーと、左腕には小型のシールドが装備された、市街地戦用のB型装備と呼ばれる形態である。

 

「Alvisだと?」

「では、あれがノートゥング・モデルなのか」

 

木更を除く社長らが、突入してきたツヴァイらを見てざわめき立つ。そんな中、蓮太郎は光輝の狙いを読み取りその大胆さに驚かされていた。

 

「光輝、あなた最初から私達をあの男を誘き寄せるための餌にする気だったのね」

『ええ。申し訳ありませんが、それが確実だったので』

 

同じく見抜いた木更が、不満そうな顔でツヴァイに問いかけると、素直に認めた。

 

「ふむ。どうりでこの建物に入ってからの道中、警備すらいないと思ったが、待ち伏せされた訳か」

『何を驚いてやがる。貴様程度の思考が読まれないとでも思ったのか?おめでたい頭をしてるな』

 

関心したような口ぶりの影胤に、光輝が馬鹿にしたような口調で挑発する。

 

「パパ。あいつパパのこと馬鹿にしたよ、斬っていい?」

「いや、彼は私が相手しよう。お前はあっちだ」

 

そういってツヴァイの反対側にいる優ー―アインをチラリと見る影胤。こちらは、なぜか戦闘態勢を取るでもなくただその場に立っていた。

 

『その発言は、警告を無視するととらえるぞ』

「無論だ。こんな素晴らしいサプライズを逃す訳ないじゃないか」

 

その言葉に合わせてトリガーに指をかけるツヴァイ。今まさに戦闘の口火が切られようとした瞬間、民警の中から怒号が響いた。

 

「おい、待てやァ!」

 

他の民警より離れた位置にいた、ドクロのスカーフェイスで口元で隠した大柄な男が、憤怒の表情でツヴァイに歩み寄っていく。その手には、柄までバラニウムで作られた身の丈ほどの巨大な大剣が握られていた。

 

「俺達が餌だぁ!?ふざけてんのかテメェ!」

「よせ将監!誰に口を聞いているのか分かっているのか!」

「止めんな三ヶ島さん!こいつは俺達をコケにしやがったんだぞ!」

 

大柄な男――伊熊 将監《いくま しょうげん》に雇い主である社長が止めようとするも、将監は聞く耳を持たず大剣の切っ先をツヴァイに向ける。

蓮太郎以外の他の民警も将監と同じ気持ちなのだろう。皆一様に殺意の籠った目をツヴァイに向けている。

 

『諸君らのプライドを傷つけたのは謝罪しよう。怨んでくれて構わない』

「あぁッ!?」

 

光輝の態度が気に入らず、将監は額に青筋を浮かべる。IP序列1584位という一流のプロモーターの殺気を浴びせられても、ツヴァイは影胤から視線を外すことはなく警戒していた。まるで、彼より影胤の方が脅威だと認識しているようであった。それが、将監の怒りに油を注いでしまっている。

 

「ブッ殺す!」

「止めろォ!将監ッッ!」

 

将監が大剣を振りかざしツヴァイに斬りかかると、三ヶ島が悲鳴のような声をあげる。

対してツヴァイは、影胤から視線を外さず左手のライフルの銃口を大剣の柄に向ける。引き金に指をかけるのと同時に、何かに気づいたツヴァイが素早く跳び退くと、バシィッという雷鳴音と共に将監の体が何かに弾き飛ばされるようにして吹き飛んだ。

 

「ガぁッ!?」

「やれやれ、せっかくの楽しみを邪魔しないでくれたまえ」

 

そのまま壁に叩きつけられた将監は、ズルズルと壁を滑り床に倒れ伏す。そんな将監に、影胤がつまらないものを見るような目を向けている。

 

「将監さん!」

 

彼のイニシエーターが慌てて駆け寄る。

 

「何だ?何が起こった!?」

 

予想外の事態に蓮太郎は困惑の声を漏らす。一瞬のことだったが、将監が吹き飛ぶ時に青白い燐光が見えた。

 

『なる程、それが斥力フィールドか』

「私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでいるよ」

 

正体を知っている様子のツヴァイに、影胤は鷹揚に両手を広げた。

 

「…バリア、だと?お前、本当に人間なのか?」

「人間だとも。ただこれを発生させるために内蔵の殆どを摘出してバラニウムの機械に詰め替えているがね」

「機械…?」

「名乗ろう里見君、私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」

 

影胤が発した言葉に三ヶ島が驚きに目を見開く。

 

「…バアルに対抗するために生み出された特殊部隊?実在する訳が…」

「信じる信じないは君の勝手だよ。まあ、何かね里見君?つまり私はあの時まったく本気じゃなかったのだよ。悪いね」

 

悪びれた様子もなく恭しく頭を垂れてくる影胤に、蓮太郎は思わず両手の拳を握り締めて歯ぎしりをする。

 

『…この場にいる民警は出ていくか離れて伏せろ。死にたくなければな』

 

そう警告するとツヴァイが影胤へ照準くを合わせてライフのトリガーを引こうと――

 

『待ってツヴァイ』

 

して今まで沈黙していたアインが待ったをかけた。余りに存在感がなく、影胤が告げた内容が衝撃的過ぎて、蓮太郎達にはそういえばいたなと忘れられていた。

 

『なんだアイン?』

『その仮面の人に聞きたいことがあるんだけど』

 

戦場にいるとは思えない程悠長なことを話すアインに、何言ってんだこいつと蓮太郎達から奇異な目を向けられる。

 

『早くしろよ』

『天童2尉、何を…』

『構いません。わたくしが許可します』

『聖天子様?』

 

あっさりと許可そ出したツヴァイに、菊之丞が異論を挟もうとすると、それを聖天子に止められ彼にしては珍しく困惑の色を浮かべる。

 

『あなたは先程聖天子様のことを無能と言いましたが、どうしてですか?』

 

それは影胤が名乗った際に言い放ったことであり。元首を侮辱されてことへの怒りからかと思われたが、アインからはそのような感情は読み取れず、純粋に疑問から問うているようであった。

アインからの問いに、影胤は鼻を鳴らす。

 

「弱肉強食となった世の中で、平和だ愛だのとのたまう者を、無能と言わず何というのかね?」

『なる程、ありがとうございます』

「いや、ありがとうございますって。それでいいのかよ!?」

 

影胤の言い分をすんなりと受け入れたアインに、蓮太郎が思わずツッコミを入れてしまう。

 

『テロをしようとする人によく言われることのなので。あなたは否定できるんですか?』

「それは…」

 

そう聞かれると言葉に詰まる蓮太郎。実を言えば、聖天子の政策を甘いと思うこともあり、影胤の言葉に納得できてしまう部分もあったのだ。

 

「では、私の考えに賛同すると?」

『いいえ』

 

きっぱりとアインは、影胤の言葉を否定する。

 

『あなたの言うことも正しいですけど、それでも平和が好きだって言える聖天子様のために僕は戦います』

「愚かな。そんなことをして何になる?平和になれば真っ先に切り捨てられるのは、君達(戦う者)だ」

『それでいいです。そのために戦ってますから』

 

揺るぎない瞳で語るアインに、影胤は盛大に溜息をついた。

 

「どうやら私と君とでは根本的『時間だアイン。始めるぞ』

『了解』

 

何やら慣れた様子で影胤の言葉を遮ったツヴァイ。そして、応じながらも未だに戦闘態勢をアインは取らない。

 

『マーク・ツヴァイ、戦闘を開始する』

 

ツヴァイが左手に保持しているライフルのトリガーを引くと、無数の弾丸がフルオートで放たれ影胤へ殺到する。

対する影胤は微動だにすることなく、斥力フィールドを発生させる。全ての弾丸がフィールドに受け止められ空中で制止する。

 

「無駄だよ。そんな物では私は殺せない」

 

影胤が右手の親指と人差し指を合わせてパチンと鳴らすと、受け止めた弾丸がツヴァイへと跳ね返される。

ツヴァイは右手側のライフを連射し弾丸同士をぶつけて弾くか、装甲の厚い部分で受け流すかして対応した。そしてロックを解除すると、空になったマガジンが外れ重量に従い床に落ち、腰から伸びたサブアームが新しいマガジンを差し込む。

 

「何だよあれ…。人間じゃねぇ」

 

その光景を見ていた民警の誰かが、信じられないと言いたそうに呟いた。影胤の斥力フィールドは当然ながら、ツヴァイが見せた対応も常識外の絶技だからだ。

 

「そう、君達がしていたのは只の遊びだ。これこそ真なる戦い!選ばれた者だけが到達しうる強者の世界だ!」

『……』

 

心の底から歓喜する影胤に反して、ツヴァイは無反応で、両手のライフルの銃身下部に取り付けられたランチャーからグレネードを左右計2発撃ち出す。

撃ち出されたグレネードの先端は螺旋状になっており、末端の複数の噴射口から火が吹き高速で横回転しながら斥力フィールドと接触する。フィールドを突き破ろうと回転を続けるグレネードだったが、突破できぬまま起爆装置が作動し激しい爆発を起こした。

 

「キャッ!」

「木更さん!」

 

爆発によって生じた炎と煙が近くにいた木更と蓮太郎に迫り、蓮太郎は咄嗟に木更を抱きしめて背中を盾にするように向ける。背中が炎に炙られ熱による痛みと、煙を吸い込んでしまったことで咳き込んでしまう。他の民警も同じ目に遭ったようで、辺りに咳き込む声が響く。

 

「ゲホッゴホッ!おい、光輝!室内で爆発物なんて使うんじゃねぇよ!」

『この場から去るか伏せていろといった』

 

蓮太郎が抗議の声をあげるも、ツヴァイは冷たく切り捨て、右手首の装甲に内臓された先端が鈎爪状のワイヤーを射出した。

ワイヤーも当然ながらフィールドに阻まれるが、そこからツヴァイはワイヤーに電流を流すと、電流とフィールドがぶつかり合い激しいスパーク音が鳴り響く。

電流の出力を上げていくも、影胤には効果が見られず、遂には負荷に耐えられずショートを起こすと、ツヴァイはワイヤーを切り離した。

 

「どうしたのかね?期待外れさせないでくれ」

 

落胆の色を滲ませ始めた影胤に、ツヴァイはガルム44を両膝のウェポンバインダーに格納し、背部右側のバインダーから射出されたガトリングを右手で保持すると脇も使い固定してトリガーを引く。

束ねられた銃身が高速で回転を始め、ガルム44以上の速度で弾丸が吐き出される。それでも、影胤のフィールドは揺るぎもせず、反射された弾丸をシールドと装甲の厚い部分を使い受け流す。

 

「うぉわ!?」

 

跳弾した弾丸が蓮太郎の足元間近に着弾し、思わず情けない声が漏れる蓮太郎。他の民警も同様に跳弾に見舞われていた。

 

「(何だ?光輝は何を狙っている?)」

 

無駄としか見えない攻撃を続けるツヴァイに、蓮太郎は違和感を感じる。

受け流せているとはいえ、ガトリング砲ともなるとダメージの蓄積は無視できず、次第にシールドも装甲も削り取られてしまっていた。

 

「あいつ、ヤケでも起こしちまったんじゃねぇのか?」

 

蓮太郎の側にいたプロモーターが跳弾に怯えながら呟く。

 

「いいえ、違うわ。あの子何かを待っているんだわ」

 

自分に向けられた訳ではないが、その呟きに木更が反論する。

それには蓮太郎も同意できた。待ち伏せていた以上、ツヴァイ――光輝が何に策もないということは長年の付き合いで分かるのだ。だが、何を?

 

「まさか、あいつか?」

 

蓮太郎はハッとして、小比奈と対峙しているアインに視線を向ける。

両手にそれぞれ手にした小太刀を交互に振るう小比奈。剣速も移動速度も、辛うじて捉えられる程の速さで襲い掛かる小比奈に対して、アインは最小限の動きで回避している。

 

「ちょろちょろ、逃げるな!斬れないじゃん!」

『痛いからやだよ』

 

一向に捉えられないことに苛立った声をあげる小比奈に、アインは心底嫌そうに返す。

 

「あいつ、完全に見切ってやがるのか!?」

 

アインの動きから至った事実に戦慄する蓮太郎。

自身のイニシエーターが小比奈と同じく速度重視型であり、目が慣れている蓮太郎でさえギリギリ目で追えているというのに、アインは小比奈の行動の先をすら読んで回避する余裕を見せていた。

 

「なのに、何で反撃しないんだ?」

 

そう、アインは小比奈からの攻撃を避けるだけで、一切の攻撃行動を取ろうとしていないのだ。それどころか武器を手にすることさえしていなかった。

 

「蓮太郎君。彼もしかして戦う気がない(・・・・・・)んじゃないかしら?」

「は?」

 

同じようにアインの戦いを見ていた木更が、信じられないといった目をしながら口を開く。

確かにアインからは一切の戦意を感じることができなかった。自分を殺そうとしている相手に対してだ。

 

『ねぇ。そろそろ投降してもらえないかな?』

 

何度目かの斬撃を回避すると、唐突にアインが投降を促がす言葉を発した。

 

「…は?」

 

それを聞いた小比奈は、思わずキョトンとした顔で動きを止めてしまう。彼女に限らず、蓮太郎ら民警とモニター越しにいる菊之丞も同じような顔をし、ツヴァイと対峙していた影胤さえも背中を見せることになってまで振り向いてしまっている。そんな中ツヴァイはまあ、そうなるわな、とやれやれといった様子で呟き、聖天子は期待と不安の混ざった目で見守っていた。

回避に専念していたのは、互いの力量差を見せつけて相手の戦意を喪失させようとしていたためだった。

 

『君じゃ僕に勝てないってもう分かったでしょ?君を傷つけたくないんだ』

 

心の底から小比奈を案じているアイン。だが、彼女からしてみれば途轍もない侮辱でしかなかった。

 

「ふざ、けるな…」

 

怒りで紅い瞳の輝きが増し、手が震えだす小比奈。

 

「ふざけるなァァァァアアアアア!!」

 

感情のままに振るわれた刃を、後ろに跳んで回避するアイン。

 

『そう、なら…仕方ないね』

 

無念そうに呟くと。背部のウェポンラックから右手にルガーランスを、左手にロングソードを手にすると戦闘態勢を取るアイン。

それと同時に、先程までとは打って変わり、肌がひりつくような威圧感を放つアイン。

 

『マーク・アイン、これより戦闘を開始するッ!』

 

そう宣言すると、アインの紅の瞳の輝きが増すのだった。

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