絶望の世界に希望の花を   作:Mk-Ⅳ

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第十四話

若葉ら勇者組の協力を得た翌日の昼頃。一同は長野エリアの青空学校にいた。

 

「なぁ、光輝さんよ」

「なんだ土居?」

 

子供達に群がられている球子が、隣で同じ状態の光輝に問いかける。ちなみに今の彼に肩車されている子は楽しそうにはしゃいでおり、周りの子供らは早く変わるように急かしていた。高身長の光輝の肩の上は子供らにとって人気スポットと化しているのだ。

 

「いや、こんなのんびりしてていいのかよ?例の感染源のガストレアを探しにいくべきじゃないのか?」

 

東京エリア壊滅の危機の話が合った翌日にしていることと言えば、子供達に勉学を教えたり遊ぶことであった。てっきり映画のような派手なことをすると覚悟していただけに彼女としては拍子抜けであった。

 

「俺らの専門は戦闘だ。索敵やらはその専門に任せればいいのさ」

 

現在自衛隊と警察が秘密裏に対象のガストレアの捜索を行っており、発見次第Alvisと勇者が駆除に動くこととなっていた。

 

「何、安心しろ。すぐにでもご期待通りの賑やかさになるさ」

「いや、別に期待してはいないが…」

 

クックックッと怪しく笑う光輝に冷や汗をかく球子。別段戦うことが好きではないので、穏便に済むのであればそれでいいと考えている。

 

「冗談だ。ま、慌ててもどうにもならんよ、気が抜ける時に抜いておかんと潰れるもんさ」

「まあ、そうだな」

 

確かに張り詰めてばかりというのも精神的につらいので、光輝の言い分に賛同する球子。それに、こうして日常を確かめることで、戦う意味を再認識する意味もあるのだろう。

 

「光輝お兄ちゃ~ん」

 

そんなことを話していると、1人の少女が駆け足気味で呼びかけてくる。

 

「む、どうした?」

「延珠ちゃんが来てるよ~」

「何?」

 

少女の言葉に眉を顰める光輝。延珠と言えば藍原 延珠(あいはら えんじゅ)のことであろう。彼女は天童民間警備会社に所属するイニシエーターであり、兄のように慕っている蓮太郎の相棒である。

長野臨時エリアになる前のこの区画出身であり、そのころから付き合いのある少女でもあった。

当然他の子供らとも顔馴染みであり、遊びにくることは不思議なこととは言えない。だが、彼女は自分が『子供達』であることを隠して一般の学校に通っており、平日のこの時間に訪ねてくることには違和感があった。

 

「でもね泣いてるの。だからお兄ちゃんに来てほしいんだ」

「分かったすぐに行こう。土居ここは任せる」

「あ、ああ」

 

事態が呑み込めず困惑している球子に肩車していた子を預けると、呼びかけに来てくれた子と共に駆けだす光輝だった。

 

 

 

 

「学校に『子供達』であると漏れた、か」

 

長野エリアの中心にある政庁である建物の中で、光輝が苦々しそうに言う。彼の視線の先には赤い髪を左右に結ったツインテールの少女――藍原延珠が椅子に腰かけ悲痛な趣で目尻に涙を浮かべて俯いていた。

室内には優もおり沈痛な顔色を浮かべている。彼女の話を聞くと。いつものように登校すると、自分が『子供達』であること噂が流れており、クラスメートらは最初は距離を取るだけだったが。時が経つにつれ嫌がらせが始まり、危険を感じたらしい担任によって帰宅させられるも。家に帰る気になれず、気がつけば出身地であるこの区画に来ていたとのことであった。

 

「皆なら、受け入れてくれると思っていた…。でも、駄目だった…(わらわ)のこと、化け物だって…」

 

涙が零れ、掠れた声で話す延珠を光輝がそっと撫でる。延珠自身が事実を否定すれば違っていたかもしれないが、そのことを責めようとは誰も思わなかった。彼女は信じたかったのだ、嘘をついていたとはいえ、今まで親しく接してこれた友人らを。

一先ず今後のことを話し合うため部屋を出ると、歌野と水都が歩いてきていた。

 

「どう彼女は?」

「深刻だな、迷惑になるから保護者の元には帰りたくないと言っていてな。すまんが白鳥、暫くここに置いておいてもらえるか?」

「ええ、もちろん構わないわ」

 

歌野の問いに溜息をつきながら答えると、申しわねなさそうに依頼する光輝。それに迷うことなく快諾する歌野。

 

「でも、どこから?このことを知ってるのって…」

「蓮太郎さんと姉さんに、俺とお前。後は聖天子だな」

「こんなことをして得する人なんていないわよね」

 

優の言葉に光輝が答えると、歌野が険しい顔で顎に手を添えて思考する。光輝が述べた者達は皆『子供達』との共存を心の底から望んでおり、延珠が正体を隠していたとはいえ、普通の子らと共に生活できていたことは人類にとって将来大きな財産になると考えていた。故に第三者が悪意を持って行ったということになる。

 

「…いや、俺達以外にこのことを知りえて得する奴が1人いる」

「もしかして…」

「ああ、蛭子影胤だ。昨夜、奴が蓮太郎さんに接触してきた際に気になることをほざいていたそうだ」

 

心当たりのある優に同調し、忌々しそうに吐き捨てる光輝。

実は蓮太郎より、昨夜蛭子影胤が接触してきて、自分の同士となるよう勧誘してきたとの連絡を受けていた。当然蓮太郎はこの誘いを一蹴したが、去り際に影胤があることを告げていたのだ。

 

「気になること?」

「要約すると、どれだけ奉仕しようとも人は何度でも裏切る、いい加減現実を見ろだそうだ」

「まるで自分は人間よりアウトスタンディング(優れた)な存在って言いたそうね」

 

首を傾げる優に、腕を組んで鼻を鳴らす光輝。そして、不快そうに話す歌野。

 

「言いたそうではなく、本気でそう言ってやがんだよあのクソは。自分が選ばれた者とでも思ってんだろ」

 

馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに息を吐く光輝。そんなことを話していると、今度は1人の少女が駆け寄ってきた。

 

「マリアちゃんどうしたの?」

「それが、右手が警察で左手が性犯罪者の人が来ていましてですので」

 

優がその少女の名を呼ぶと、彼女は珍妙なことを話すではないか。

 

「蓮太郎さんが来たか」

「え、今ので分かるの?」

「見ればわかるさ、生粋のロリコンだとな」

 

すぐに理解した光輝とその説明に、ええ…、と困惑してしまう水都。

 

「というのは半分冗談だが、さっきこっちに来ると連絡があってな」

「半分なんだ…」

「事実だからね水都。で、どうするの光輝?」

「どうもこうも、本人が希望している以上、ここには居ないと言うしかあるまい」

 

優の問いに腕を組みながら肩を竦めて答える光輝。

 

「じゃあ、僕に任せても貰ってもいい?あの人に言いたいこともあるし」

「ほう、いいだろう。なら任せよう」

 

何やら覚悟を決めた様子の優からの進言に、興味深そうに反応する光輝。今まで蓮太郎と距離を置いていた彼が自分から関わろうとしたからである。

 

 

 

 

延珠を捜して長野エリアを訪れた蓮太郎は、目に着いた少女――マリアに声をかけると性犯罪者扱いされたことに精神的ダメージを負いつつも。彼女に連れられた政庁の前で待たされていた。

途中他の住民にの目に着いたせいか、多くの人々が遠巻きにこちらを興味深そうに見ている。その殆どが警戒の色を受かべており、いい気がしないもこのエリアの状況を考えれば仕方のないことと自身を納得させる。

そんな中。若葉ら四国勇者組は、深刻な表情で政庁へ向かった優や光輝が気になり、建物付近まで来た所で人だかりが目につきその内の1人の男性に若葉が声をかけた。

 

「どうかしたんですか?」

「あ、乃木様に皆様。どうも外部からのお客様みたいなんです」

「?それでこんなに人が集まっているんですか?」

 

男性の言葉に友奈が不思議そうに首を傾げる。

 

「いえ、聖天子様のように公務以外で来る人何て、差別主義の団体が嫌がらせに来るくらいなものなので」

「つまり珍しいって訳か」

 

球子の言葉にはい、と頷く男性。そうしていると、政庁から優が姿を現した。

 

「どうも、里見さん」

「…光輝は?」

「藍原さんのことを探しに行ってますよ。僕はすれ違わないように留守番です」

「そうか、邪魔したな」

 

延珠がいないのであれば長居する理由もないので踵を返す蓮太郎。

 

「別に探さなくてもいいんじゃないですか?」

「何?」

 

そんな彼に優が話しかける。それが以外だったこと、そしてその内容に思わず蓮太郎は足を止めて振りかえった。

 

「わざわざそんなことをしなくても、IISOに連絡して新しい子とコンビを組めば済む話じゃないですか。そこまでして彼女に拘る必要があるんですか?」

 

挑発じみた様子で問いかける優。初めて見るそんな幼馴染の姿に、若葉はどこか芝居かかっているような違和感を感じた。

 

IISO

国際イニシエーター監督機構の略称。『子供達』をイニシエーターとして訓練し、プロモーターとの選定、序列の管理を行っている機関。

 

対する蓮太郎は静かに呼吸をして、目をつぶる。

 

「俺はイニシエーターだとかプロモーターだとか、そんなの抜きで『家族』として延珠を探してんだよ。勝手に俺達のことを語てんじゃねぇよ」

 

怒気さえ感じられる目で睨みつける蓮太郎を、優は――鼻で嗤った。

 

「何がおかしい?」

「いえね。あんたが家族とは笑わせてくれるなと」

「んだと!」

 

その言葉に頭に血が上った蓮太郎が、優の胸倉を掴み上げる。それを見ていた周辺人々がざわつき、若葉は咄嗟に止めようと駆けだそうとする。

 

「待て乃木」

 

だが、いつの間にか彼女らに背後にいた光輝に止められてしまった。

 

「光輝、だが…」

「いいから見ていろ。あいつの邪魔をしてやるな」

 

若葉からの抗議するも、光輝の真剣な目にそれ以上何もいえなくなかった。

 

「今のはどういう意味だ!」

「分からないのかよ?今回の件はあんたにも原因があるってよ」

「何だと?」

 

思いがけない言葉に掴む手が緩むと、その手を優は払い蓮太郎を睨みつける。

 

「あんたが初めて蛭子影胤と遭遇した時、あんたが本気(・・)で止めてりゃこんなことにはならなかったって言ってんだよ!そうすりゃ彼女は今でも友達と仲良く笑っていられたんだ!」

 

そう言って今度は優は蓮太郎の胸倉を掴んだ。

 

「昨夜奴に勧誘された時だってそうだ!奴があんたの大切な人達に危害が及ばせる可能性があったってのに何もしなかった!あんたには奴を止められるだけの()がある!なのに卑怯だからなんだと理由をつけて自分から逃げ続けた結果がこれだ!そんなあんたに彼女の家族を名乗る資格があるのかよ!!」

 

優の本気叫びに、蓮太郎は何も言い返せなかった。それは彼の言葉は真実だったからだ。自分には確かに本来の自分を隠して生きてきた。本当なら影胤に対抗することができたのに、心のどこかではどうせ光輝や他の誰かが解決してくれると他人任せにして逃げてしまった。その代償がこの結果を招いたともいえたのだ。

 

「それだけじゃない、この前の戦闘の映像を見せてもらったよ。彼女はあんた庇って戦ってたじゃねぇか、そのせいで追わなくてもいい怪我をしていた!あの子にとってあんたは足枷にしかなってないんだよ!」

 

力の限り声を張らして叫ぶ優。胸倉を掴む手は更に力が籠り、蓮太郎は息苦しさを感じる。だが、それに負けないように再び胸倉を掴むんで引き寄せようとする蓮太郎。対する優も、蓮太郎の胸倉を引き寄せたことで顔を突き合わせる形になった。

 

「テメェに、俺の何が分かる!好きで手に入れたもんじゃねぇんだよ!周りから化け物みたいに見られるんだぞ!おまけに、光輝のようにできもしないことを勝手に期待されるのはうんざりなんだよ!俺はアニメや漫画に出てくるヒーローじゃねぇんだよ!!」

 

優に負けないかのように蓮太郎が叫ぶと、優も張り合うように叫び返す。

 

「分かんないねあんたみたいな腰抜けなんて!そんな怖いなら、自分の命を懸けて守ることもできないならコンビを解消しちまえ!!代わりに僕が守るから!!」

「何!?」

 

予想外の言葉に目を見開く蓮太郎。それに構わず優は言葉を続ける。

 

「多くなったイニシエーターを活かそうと、民警でなく自衛隊員ともコンビを組ませようって話があるのさ。その試験を僕達(Alvis)がすることになってるから、僕が藍原さんと組んで彼女を守ってやるよ!」

 

叫び過ぎたのか息を切らす優に、蓮太郎は胸の奥から湧き上がって来る何か(・・)を感じ取っていた。

 

「――ざけんな」

 

気づけば無意識に口から言葉が漏れ出ていた。それと同時に空いていた右手を力の限り握り締めて振りかざしていた。まるで噴火する溶岩のように湧き出る想いを止めることはできなかった。

 

「ふざけんじゃねぇぇぇxええええ!!!」

 

右手で優の頬を殴り飛ばす蓮太郎。優は受け身も取らず、そのまま勢いよく仰向けに地面に倒れる。それと同時に周囲が騒然とする。

 

「延珠を守るのは俺の役目だ!他の誰にも渡さねぇ!!」

 

肩で息をしながら優を見下ろす蓮太郎。その目には先程までとは違い確かな決意が宿っていた。

 

「優!」

 

その光景を見ていた若葉が駆けだそうとするも、光輝に手で制される。

 

「だったら証明してみせろ。せめてあの子のヒーローくらいにはなれるだろ?」

「…言われなくてもやってやるよ」

 

倒れたまま言い放つ優に、蓮太郎は右手を突き出しながら応じると踵を返して立ち去っていく。

それから暫しの沈黙が訪れるも、それを破って若葉が人混みを掻き分けて駆け寄り優を抱え起こす。

 

「大丈夫か優!?」

「うん、大丈夫だよ若葉」

 

口の中を切ったようで、口から流れる血を袖で拭う優の顔を心配そうに覗き込む若葉。優はそんな彼女を安心させようと微笑みかける。そんな彼に歩み寄ってきた光輝が手を差し出す。

 

「いい演技だったな。役者でもやっていけるぞお前」

「笑えないよ、その冗談」

 

愉快そうな笑みを浮かべている光輝に、ジト目で見上げながら手を掴んで引き起こされる優。

 

「…今のは敢えてあの人を挑発したんですか?本心を引き出すために」

「ただ言いたいことをいっただけですよ上里さん」

「それでも、もっとやり方があったのでは?」

 

得心がいったといった様子のひなたに、飄々と答える優。そんな彼の腫れた頬を見ながら責めるようにひなたは問いかけた。

 

「…不器用なので」

 

自嘲気味に肩を竦ませて優が答えると、ひなたは不服そうに眉を顰める。

 

「ま、前に悪く言ったが。東京エリアにも『子供達』を大切に想っている人もいるってことを、お前さんらに知ってもらいたかったんだよこの馬鹿は」

 

重苦しくなった場の空気を変えるように茶化すように話す光輝に、優が言うなよ!と言いたげに睨む。だが、どこ吹く風といった様子で受け流される。

 

「つーか、何がどうなってんだ?タマ達にも分かるように説明してくれ」

「ああ、実はな…」

 

ここに至るまでの経緯を彼女らに説明する光輝。

 

「そんなことが…。でも、私も自分を傷つけるようなやり方はよくないと思うな蒼希君」

 

事情を把握した友奈が沈痛な趣で話す。理由どうあれ友人が傷つく姿を見たくはなかった。他の者達も同様に心配そうに優を見ている。その視線に優は何も言わずに背を向けてしまう。

 

「…さて、後はなるようにしかならんか」

 

そんな相方に溜息をつくと。光輝は事の一部始終を聞いていた少女がいる政庁に、視線を向けながら呟くのであった。


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