絶望の世界に希望の花を   作:Mk-Ⅳ

20 / 25
第十八話

輸送機から降下したツヴァイは、計器で高度を確認しつつ効果を発揮するギリギリのタイミングでパラシュートを展開し減速していく。

風に流され過ぎないよう風向きを気にしながら、密林の中から降下地点を見極めて着地すると、パラシュートをパージする。

周囲を索敵し安全を確認すると、頭部に備わっているライトを点滅させながらその場で一回転する。すると、草陰から若葉と歌野を連れたアインが姿を現す。

 

『異常は?』

『僕達は無いよ』

 

簡潔に状態を確認していると、蓮太郎コンビと()が集まって来きた。

 

『伊予島。土居はどうした?』

 

ツヴァイが訝し気に杏に問いかける。彼女と共に降りた球子がいないのである。

 

「それが、風に流されてはぐれてしまって…」

「おいおい、マジかよ」

 

杏の言葉に蓮太郎が顔を顰める。視界が最悪な敵地ではぐれるとは、致命的な問題になりかねなかった。

 

『初体験ですから仕方ないでしょう。寧ろあいつ1人だけなのは上出来ですよ。どうだアイン?』

 

フォローを入れると、ツヴァイは匂いを嗅ぎ分けていたアインに問いかける。

 

『…いたよ』

 

そういうと木の枝に跳び乗り、他の枝に移っていく。暫く移動するとある木の前で止まる。

 

「おお、アイン!早く助けてくれ~!」

 

その木には枝にパラシュートが引かかって、絡まった状態で宙ぶらりとなった球子がおり、小さい声で助けを求めてきた。

 

『ん~と、どうしよう…』

 

側まで移り助けようとするも、固く絡まっており難しそうであった。

 

「もう、パパっと切っちゃえば?」

『え、いいの?』

「大丈夫だ。問題ない」

 

何故かキリっとした顔で言う球子。地面からかなりの高さがあるも、強化された身体能力なら問題なく着地できると判断したのだ。

球子の言葉に。それじゃと、アインは両大腿部のホルスターからナイフを取り出すと、パラシュートを切断していく。すると当然重力に従い球子は落下し、そんな彼女をアインは先回りして受け止めた。

 

「……」

『どうしたの?どこか怪我した?』

 

お姫様抱っこされた状態となった球子は、予想外の事態に呆けてしまい。そんな彼女をアインが慌てて心配する。

 

「お、おう。ビックリしたが大丈夫だ、ありがとうな。て、てか、早く降ろしてくれ!何かハズい!」

『あ、ごめんね』

 

顔を赤くしている球子を、申し訳なさそうに降ろすアイン。

 

『おい、迷子は無事か――と、何かあったか?』

 

合流したツヴァイが、様子の変な球子を見て問いかける。

 

『えっとね…』

「だぁぁぁあああ!いいから早く行くぞ!!」

 

説明しようとするアインを遮ぎると、先に進みだす球子。そんな彼女にツヴァイが声をかける。

 

『方角真逆だぞ』

 

目指すべき方角を指さしながら指摘すると、球子は顔を真っ赤にしながらそちらに向き直るのであった。

 

 

 

 

「なあ、こんなにゆっくりしてて大丈夫なのかよ?」

 

密林を一列になって進む中、球子がじれったそうに中間にいるツヴァイに声をかける。

走るでもなく一歩一歩警戒しながら歩いているため、出発してからそれなりに時間が経つも、大した距離を進んではいなかった。

 

『バアルと戯れたいなら別に止めんぞ。その場合、俺は混ざらないがな』

 

言外に見捨てると宣言するツヴァイ。基本的にバアル――特にガストレアは夜間は眠りにつく習性があり。未踏破領域で活動する場合、夜間帯に刺激しないよう慎重に行動することが原則となっているのだ。

 

『そんな慌てずとも、十分に間に合うよ』

「ならいいけどさ」

 

余裕を見せるツヴァイ言葉に引き下がる球子。

 

「(まあ、ギリギリだがな)」

 

とはいうものの、今の速度だと想定されているリミットに、辛うじて間に合うかという瀬戸際だったりするのだが、不安を見せないのが指揮官の鉄則なので、問題ないように振舞うしかないのだが。

 

「それにしても、未踏破領域に入るのは初めてだが。本当に日本にいるのか信じられなくなるな」

 

辺りを見回している若葉が、驚きを隠せない声音で心情を漏らす。

かつての日本を知る者からすれば、空さえ碌に見えない程多い茂った木々に囲まれた環境は、別世界に迷い込んでしまったような感覚に陥るのだ。

 

『ガストレアウィルスによって、生体系が完全に破壊されたからな。世界中でこんな有様だそうだ。まあ、人がいた頃より環境は良くなっているがな』

「どういうことだ?」

『空気が上手いだろ?そういうことだ』

 

ツヴァイの言葉に、延珠が大きく息を吸うとおお、本当だ!と、はしゃいでいる。

 

「ガストレアやバーテックスは、環境を―地球を汚染する人類を排除するための使者、という説がありますからね」

『これまでの歴史を振り返れば、さもありなんだな。自業自得と言われても俺は否定できんわな』

「…同業の人間で、未踏破領域でケツァールを見たって奴がいたんだ」

 

不意に蓮太郎が空を見上げながら話し始める。

 

「けつぁーる?」

「ああ、手塚治虫の『火の鳥』のモデルもなった鳥で、その雄は世界一綺麗な幻の鳥だと言われてる奴だ。勿論日本にはいねぇからずっと嘘だと思ってきたが、こうまで生態系が滅茶苦茶だと、もしかしたらって思うな」

『なる程、確かにありえない話ではないですな。もしかしたら絶滅した生物がいるかもしれないですし』

 

首を傾げる延珠に説明する蓮太郎。それにツヴァイが同意を示し、他の者達も興味深そうに耳を傾けていた。

 

「本当に蓮太郎は動物が好きだな。見てみたいのか?」

「何だよ、わりーかよ」

 

子供だなと言いたそうな延珠に、蓮太郎は拗ねた様に唇を尖らせる。

 

「いや、蓮太郎が見たいなら妾も見てみたいな。そんなに綺麗ならさぞかし美味だろうな」

「食う気なのかッ!幻の鳥を!」

 

予想外のベクトルにウキウキしている延珠に、鋭くツッコむ蓮太郎。

 

「その時は是非タマにも分けてくれ」

「おおいいぞ!皆で食べれば更に美味になろう!」

「タマっち先輩…」

 

延珠と一緒にはしゃぐ球子に、杏が溜息をつく。

 

「……」

「食べたいの高嶋さん?」

「そ、そんなことないよ!食べちゃいけない鳥さんくらい分かるもん!」

 

千景の指摘に、ワタワタしながら否定する友奈。

 

「お肉だけだと栄養が偏るから、食べるならお野菜も欠かせないわよね。ってことで『白鳥農園』をよろしく!」

『は~い』

 

ここぞとばかりに自家農園の宣伝をする歌野を、わ~と拍手して盛り上げるアイン。

敵地でありながら和気あいあいとしているも、警戒は怠ることなく順調に目的地を目指す一向。

だが、そんな空気を引き裂くように爆発音がどこからか響き渡る。

 

「な、なんだ!?」

 

球子始め四国組は何が起きたか理解できず困惑し、それ以外の者は事態の深刻さに冷や汗を流した。

 

「クソッたれ!どこかの民警ペアが爆発物を使いやがったッ!」

『総員隠密行動は中止だ!迅速にこの場を離脱するぞッ!!』

 

蓮太郎が苛立ちを隠さず叫び、ツヴァイが素早く指示を飛ばす。

だが、行動に移るよりも早く、地鳴りが鳴り響いた。

四方に反響し出所が分からないも、腹の底に響く低い唸り声に、一同は素早く円陣を組んで周囲を警戒する。

 

「蓮太郎…あれは、何だ」

 

震えた声で一点を指さす延珠。その先には巨大な影が浮かび上がっていた。

ツヴァイが頭部のライトを当てると、樹冠(じゅかん)の奥から一対の巨大な瞳がこちらを凝視していた。

六メートルはあろう緑色の巨体に、爬虫類特有の獰猛な顔に首は長く赤い舌がチロチロと覗いている。吹き出物のような細かいいぼが顔中を覆っており、風下にいる一同にまで肉が腐ったような強烈な口臭が漂ってくるではないか。

更に両腕は鳥類の遺伝子が混ざっているのか、翼状に進化したその姿は。まるでおとぎ話に出てくるドラゴンのようであった。

経験則から、ステージⅣクラスのガストレアと判断したツヴァイは思わず舌打ちする。ただでさえ余裕がないのに面倒極まる相手に早々に遭遇したことに、取り敢えず神の集合体らしい神樹に内心罵声を浴びせる。

 

「おい、あいつの口ッ…!」

 

警戒しながら観察していた球子が思わずうめき声を上げる。

ドラゴン型の口には服の切れ端があり、口臭からは鉄分の匂いが混じっている。政府がなりふり構わない物量作戦を決行した時点で、犠牲が出ることは想定できていたが、いざ目の当たりにするとやりきれない気持ちが湧き上がってしまう。

 

『逃げるぞ!走れェ!!!』

 

ツヴァイがガトリングはドラゴン型の頭部に向けて放つと、次々と殺到する弾丸にドラゴン型は忌々しそうに唸りながら怯む。

その間に延珠は蓮太郎を肩車すると、一同は背を向け全力でその場から離脱していく。

そんな彼らを、ドラゴン型は逃がさんを言わんばかりに木々を踏み倒しながら追跡してくる。

 

『クソがッ!』

 

ツヴァイが、向き直って後退しながらガトリングを浴びせるも。ドラゴン型は弾幕を恐れることなく突進してくるではないか。

 

「って前崖だよ!?」

 

先頭を行く友奈は驚愕したような声を上げる。

密林から抜けたかと思えば、先に広がるのは切り立った崖であり、高さは百メートルはあるだろう。

 

『構わん跳べェ!!』

 

地面から追跡してきたことから、ドラゴン型の翼はモモンガのように滑空するのが背一杯のものであると判断し、この高さなら振り切れると考えたツヴァイは迷わず指示を飛ばす。

 

「マジか!?」

「だが、行くしかない!」

 

冗談だろと言いたげな球子に、若葉は覚悟を決めた様に叫ぶ。

 

「――!」

 

ドラゴン型は腕で木々を薙ぎ払うと、吹き飛ばされた木片が一同に降り注ぎ。それを避けながら各自崖から飛び降りていく。

 

「キャッ!?」

 

しかし、ぶつかりそうになった破片を避けようと身を屈めた友奈が、石に躓き転倒してしまった。

 

「高嶋さん!」

 

そのことに気がついた千景が助けに行こうとするも、既に飛び降りた後のためどうすることもできない。

友奈は急いで起き上がろうとするも、ドラゴン型が目前まで迫っており巨大な口を開けて襲い掛かって来る。

 

「――!!」

 

友奈は恐怖から思わず目を閉じてしまうも、そんな彼女の腕を誰かが掴んだ。

 

「アイン君!?」

 

その者の名を友奈は咄嗟に呼ぶと、アインは彼女を崖下へと投げ飛ばした。

そしてソードを手にし、噛みついてきたドラゴン型を跳んで避けると、ブースターとスラスターを駆使して縦回転しながら顔面を斬りつける。

 

「――!!」

 

ドラゴン型は苦悶するように唸ると、尻尾を振るいアインに叩きつけようとする。

アインは体を逸らしながらスラスターを吹かし避けるも、続けて振るわれた腕は避けられず弾き飛ばされ崖から落下してしまう。

 

「アインっ!!」

 

自分達とは離れた場所に落ちていくアインに若葉が呼びかけるも、意識を失っているのか反応がない。

 

「優、ユゥゥゥゥゥゥウウウウウウ!!!」

 

若葉が必死に手を伸ばしながら叫ぶも、アインの姿は遠のいていくだけであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。