絶望の世界に希望の花を   作:Mk-Ⅳ

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第十九話

「んむ~?」

 

目を開けた優の視界に星々が輝く夜空が広がる。エリア内にいる時より良く見える空に、人類の駆逐された未踏破領域は、文明の栄えていた頃より環境が改善されているという親友兼上官の言葉を思い出した。

 

「目覚めましたか?」

 

プラネタリウムにいるような感覚で夜空を眺めていると、視界に少女の顔が入り込んできた。

延珠と同年代であり、この地にいることからイニシエーターだろう。表情から感情が抜け落ちたような、どこか冷めた印象を与えた。

 

「始めまして、聖天子直轄遊撃小隊Alvis副隊長の蒼希優3尉です」

「千寿 夏世《せんじゅ かよ》と申します」

 

初対面なので挨拶すると、応じてくれる少女こと夏世。

 

「見た限り機体のみ損傷しているようですが、具合はいかかがですか?」

 

少女の言葉に体を見ると生身の状態で、草が積まれた地面に横になっていた。ノートゥング・モデルの特性により、機体のダメージが肉体に痛覚としてダイレクトに反映されていた。全身に激痛が走っているも、優は無視して周囲を確認する。

今いるのは石造りの室内であり、入り口には土嚢が積まれた壁が築かれている、どうやら大戦時に築かれたトーチカらしい。長い年月によってかなり古びて本来の機能は失われているも、風よけには役立っている。側には焚火がパチパチと燃えていて、室内は程よく暖められていた。

 

「落ちた場所が木々が茂っている所で良かったですね。でなければ今頃死んでいたでしょう」

 

夏世の指さした方を見ると、枝をへし折られてた木々の根元に倒れているアインがあった。

 

「!君怪我してるの」

 

少女から鼻につく鉄分の匂いを嗅ぎ取った優は、起き上がり腕を手に取る。獣に噛まれたように、歯型の形に抉れており血が止めどなく流れ出ているではないか。このレベルだと『子供達』であっても回復に時間を有するだろう。

それを確認すると同時に全力で愛機の元に駆け出すと、解放されている内部から小型のケースを取り出し少女の元に戻る。

 

「あの…」

「じっとしてて!」

 

遠慮するような少女を無視して、ケースからいくつかある無針注射の1本を取り、少女の首元に押し当てる。

「回復を早める栄養剤だから」

 

そう告げると、納められた液体を注入する。

 

「はい、包帯巻くから腕見せて」

 

優の気迫に押されて言われた通りにする夏世。

優ら因子や『子供達』ウィルス保持者は傷の治りが常人よりも遥かに早いも、それによって細胞が活性化されることで浸食率が上がってしまうのだ。

だが優が注入した栄養剤は、菫が開発した肉体への負担を抑えながら回復を早めることができるのだ。製造が難しくAlvisにしか配備されていない試作品である。

 

「んしょ、これで良しっと。他に痛むところある?」

「いえ…ありがとうございます」

 

夏世の言葉に、そっかぁ、と安堵したように笑みを浮かべる優。

身体を蝕んでいた痛みは、既に大分緩和されており。優の笑みを見ていると、不思議と安心感に包まれた気分になりそのせいか空腹音が鳴ってしまった。

 

「お腹空いたの?ちょっと待っててね!」

 

再び愛機の元まで駆け出すと、優はまたケースを手に戻って来る。

ケースを開けると、中には携行糧食が詰められていた。

 

「はい、どうぞ!」

 

優はパッケージされたいくつかを夏世に有無を言わさず渡すと、自分の分を手にし開封して食べだす。

夏世は暫し優をジッと見ていたが、彼にならうように食べ始める。

 

「…うどん?」

 

スナックバーを口にした夏世は、その味に不思議そうな声を漏らした。彼女が食べたバーからはうどんの味がしたからである。

 

「あ、それ僕が作ったんだ。いつでもどこでもうどんを食べられるよにってね!」

「…あなたもしかして香川出身ですか?」

「そうだよ~よく分かったねぇ」

「いえ、香川人のうどんへの執着は異常だと聞いたことがあるので…」

 

何やら呆れたような様子を見せる夏世だが、優は気づかないようで、彼女と同じうどんバーを美味しそうに食べている。

 

「でも、これうどんの味がするバー(・・)であって、うどん(・・・)ではないですよね?」

「ぐは!?」

 

図星を突かれて精神的ダメージを受ける優。

 

「だって、インスタントにしようとしたら光輝――あ、上官がね『即応部隊に3分待つ暇はない』って却下されたんだもん」

 

拗ねた子供のように、シクシクとすすり泣く優を見て、思わず夏世はクスリと笑ってしまう。

 

「わぉ笑ってる方がやっぱり可愛いね~」

「可愛い、ですか?」

 

不意に優が発した言葉に、夏世はキョトンとした顔をする。

 

「そうだよ~君は可愛いんだから、もっと笑った方が素敵だよ~」

「…私なんか、大人びていて子供ぽっくなくて機械みたいで気味が悪いって言われます」

 

俯きながら首を振る夏生に、優はえ~と不満そうな様子を見せる。

 

「クールで僕より頭良さそうでカッコイイ感じだよ~」

「…イルカの因子を持ってますので、常のイニシエーターより知能指数(IQ)と記憶能力が高いだけです」

「おーどれくらいなの?」

「二百十程あります」

「お~光輝と同じくらいだね!」

 

両手の平をポンと合わせて、信じがたいことを言いながら感心している優。

 

「…その人は人間なんですか?」

「捻くれてて目つき悪いけど人間だよぉ。あ、今のは内緒ね、目つきは自分でも気にしてて傷ついちゃうから」

 

両手の平を合わせながら片目を瞑り頼み込んでくる優に、どうやら嘘や冗談ではないらしいと感じた夏世。

 

「それなら言わなければいいのでは?」

「あ、そっか!」

 

思わずツッコミを入れると、しまった!といった顔で衝撃を受ける優に。再び夏世はクスリと笑ってしまう。

 

「わ~やっぱり笑ってる方が似合ってるよ~」

「そんなことないです。私なんて大したことありませんから」

「ん~感じ方は人それぞれだけど、僕は可愛いし素敵だな~って思うよ?」

 

屈託のない笑みを浮かべて覗き込んでくる優に、恥ずかしさを感じて顔を背けてしまう夏世。

確かに、今までも可愛いといったことを言われることはあったが、誰もが邪な思いを滲ませており不快さしか感じたことがなかった。だが、優にはそういったものはなく、純粋に思っていることを口にしているだけのようであった。彼の言葉だけは素直に受け入れられ、胸の内に暖かさが広がる初めての感覚に夏世は不思議と悪い気がしなかった。

 

「ねぇこれ君の銃だよね?」

 

不意に優が何かを掲げて見せる。それは夏世の銃であり、彼とは反対側の壁に立てかけていたものだ。いつのいまにと夏世は目を見開くが、すぐに顔を覗き込んできた来た時だと悟る。先程の言葉をこちらを油断させるためかと推察するも、呑気そうに銃を見ている彼を見て深く考えないで直感的に行動しているようであった。

 

「えーと、こういうのショットガンって言うんだっけ光輝っていないんだった」

 

ま、いいや、と呟きながら色々な角度から銃を観察している優。そんな彼に気まずそうな様子の夏世。

夏世のショットガンは、サイレンサーつきのフルオート式で、装備拡張用のレールにグレネードランチャーが取りつけられていた。

優はランチャーの銃口の匂いを嗅ぐと、ん~とえ~と、と四苦八苦しながら薬室を開く。というか扱い方が良く分からないのなら余り触らないで欲しいと、内心暴発を恐れる夏世。

 

「一発ないけど、さっき使ったよね?」

 

薬室には空きが一つあり、彼女が敢えて装填していないのでなければ、先に起きた爆発は彼女が元凶ということになる。

薬室を見せながら問い詰める優に、夏世は観念したように膝を抱えて焚火の炎を見つめた。

 

「私と将監さん――プロモーターは罠にかかりましてね。お陰で怪我をした上、今は別行動中です」

 

夏世の言葉を優は難しい顔をして聞いていた。

 

「私達が降りたのは深い森の中だったのですが、暫く進んだ所で森の奥から短く点滅するライトパターンが見えましてね。味方だと思って無警戒に近づいていたんですよ」

 

膝を抱えた手に力を込めて、彼女は小さくなっていく。

 

「もっと注意していれば、あんな薄青い鬼火みたいな色のライトなんて、誰も使っていないことが分かったのでしょうが。…光を発していたのは、生き物と植物を合わせたような形状のガストレアでした。油断していたところを襲わてれ咄嗟にグレネードを使ってしまったのです」

 

後悔と反省の念を見せる夏世に対して、優は握った右手で左手の平をポンッと叩いた。

 

「あ、将監って防衛省で光輝に喧嘩を売ったのに、蛭子影胤に邪魔者みたいにぶっ飛ばされてノビてた人か!」

 

思い出したといった様子で言い放つ優に、夏世は思わず傾いた。やけにまともな顔をしていると思ったら、この男彼女のプロモーターのことを必死に思い出していただけらしい。

 

「…私の話を聞いていましたか?」

「うん、変な光に馬鹿正直に引き寄せられちゃったんだよね!」

 

ジト目を向けてくる夏世に、身も蓋もないことをぶっちゃける優。ここに相方がいれば遠慮なくドツかれていただろう。

 

「……」

「誰にでも失敗はあるから仕方ないよ」

 

無自覚な容赦のなさに頬がひきつっている夏世に、ドアホウ()は1人でうんうんと頷きながら納得していた。

 

「…怒らないのですか?」

「生きるためにしたんでしょ?人間誰だって死にたくないもんね。それより気になることがあるんだけど」

 

そう言うと顔を近づけて匂いを嗅ぎだす優に、咄嗟に気恥しくなって身をよじる夏世。

 

「君のとは違う人の血の匂いがするね。プロモーターさんのかな、それとも他の民警(・・)さんかな?」

 

気づかぬ間に、彼女の腰にあるカバーからナイフを抜き取った優は、匂いを嗅ぎながら問いかけてくる。

 

「ええ、ここに来る途中も出会ったペアを殺害しました」

 

彼に隠しても無駄だと悟り、言い訳するでもなく淡々と彼女は肯定した。

 

「手柄を独り占めにしたいからとか?」

「はい、将監さん曰く『トチ狂った仮面野郎をぶち殺す手柄は俺達以外誰にも渡さない』そうです。それとその後はコケにされたあなた達も殺すって息巻いていました」

「止めておいた方がいいよ。君達だけじゃ、蛭子親子にも僕達にも天地が逆転しても勝てっこないよ?」

 

失礼極まりないことを言いながら、ワタワタと慌てながら本気で止めようとしている優。

夏世としても防衛省での戦闘から見てその通りなので言い返せないが、もう少し言い方というものがあるだろうにとツッコミたくなった。

 

「変な光の件も、他の民警さんなら消そうとしたんだ」

「はい」

「そっか~」

 

それ以上は何も言わず、ニコニコしながら携行糧食を食べる優に。夏世は困惑の滲んだ目を向ける。

 

「あの、それだけですか?」

「?何が?」

「いえ、私正当な理由もなく人を殺したんですよ?非難するなり罵倒するなり――」

「されたいの?」

「!」

 

その言葉に夏世の身体がピクリと揺れた。

 

「君は自分の罪を後悔している、だから罰を受けたいんでしょう?」

 

優のどこまでも透き通るような――全てを見通すような目で見つめられ、彼女は自然と頷いてしまっていた。

 

「本当はそんなことしたくないけど。でも、生きるためにはそうするしかなかったんだよね」

「…はい」

「イニシエーターになる子ってさ、親に捨てられたりして居場所のなくなった子の駆け込み寺みたいな役割もあってさ。生きるためには大人の、プロモーターの言う通りにするしかないってことが殆どでさ、君みたいな子が普通なんだよ」

 

そう言うと優は夏世の身体をそっと抱き寄せる。

 

「だから君は悪くないよ。辛くて怖くて心が痛いんだよね、『命』の大切さを感じられる君は機械なんかじゃないんだよ」

 

夏世の頭を撫でながら慰めるように話す優に、彼女は彼の胸に顔を押し付けながら無意識に嗚咽を漏らし始めた。

 

「俺は君を責めないし罰しない。するとしたら――プロモーターにするよ」

 

今までの穏やかさとは一変し、殺意すら滲ませる冷淡な声音に、夏世は背筋が凍りつくような心地になった。

日溜まりのような暖かさと、凍土のような冷たさ。極端な二面性を持つ彼とは何なのか、不思議と夏世は彼のことをもっと知りたいと思うようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、人が必死に捜しているのに、何イチャついてんだゴラァッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか姿を現していたツヴァイが、優に劣らぬ冷めた目をしながら彼の後頭部ガトリングの銃口を押しつけていた。

その後ろには勇者組もおり。ツヴァイの様子に怯えたりする中、若葉は優と夏世を見て額を手で覆っていたのだった。

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