絶望の世界に希望の花を   作:Mk-Ⅳ

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第二話

Alvis専用に設けられた横浜基地BF3エリア。そのブリーフィングルームに光輝と優は並び立っていた。

彼らの視線の先には、壁に埋め込まれた大型モニターに1人の少女が映し出されていた。

雪を被ったような純白のドレスに銀髪――『聖天子』東京エリアを統べる国家代表である。

東京エリアは襲名制であり、聖天子という名は代表が代々受け継ぐ者の象徴と言えるものなのだ。

 

『天童2尉、蒼希3尉――あなた達の力が必要になりました』

 

どこまでも透き通る声で聖天子は厳かに告げる。

 

『未踏破領域にあるとある施設から最重要機密が盗み出されました。奪還に部隊を派遣しましたが、反撃を受け失敗しました。Alvisには彼らに変わり奪われた機密の奪還を命じます』

 

未踏破領域――

バアルによって支配された地域の総称。その全ての土地が、ガストレアウィルスによって異常進化した植物が多い茂り、ジャングル化しており生態系は完全に崩壊してしまっている。

 

聖天子の説明に光輝は顎に手を添えて思案すると。

 

「その最重要機密についての情報は?」

『…それはあなた方であってもお教えできません』

 

光輝の言葉に聖天子は光輝らを一瞥し、躊躇うかのように目を伏せた。直属部隊である彼らにも明かせないとうは、かなりの機密らしい。

聖天子個人としては話したくても、国家元首としての立場がそれを許さず、その板挟みに苦しんでいることは十分に感じ取れたので。光輝としては無理に聞き出す気はないため、深くは追求はしなかった。

 

「では、強奪犯については」

『1組の民警とのことです』

「民警、ですか」

 

民警――

民間警備会社の通称。セカンドアタック後に生まれた業種であり、エリア内に侵入したバアルの対応を主な業務とし、その戦闘力を生かし身辺警護といった業務も受け持つこともある。

『子供たち』であるイニシエーターと、その監視役のプロモーターのペアで行動するのが基本となる。

 

光輝は聖天子の言葉に目を細める。民警はあくまで民間組織だが、その戦闘力はピンからキリまでが激しく。基本はチンピラ程度の実力しかない者が殆どだが、中に単独で軍隊を壊滅させられる者さえいるのだ。

そして、そういった実力者は国に工作員として雇われることが多いのだ。

バアルの出現後、人類同士での争いは終結したように見えるが。水面下では民警による工作員を送り込み合う、かつての冷戦期のような対立構造ができ上がっていた。

 

「了解しました。それではただちに出撃します」

 

光輝が敬礼すると優もそれに続く。

光輝自身としては人類同士で争うこと等、無駄以外のなにものでもないと考えているが。自衛隊員である以上命令に従うだけであった。

そして、光輝は優に目配せすると退出していく。

 

「……」

『……』

 

残った優と聖天子は何も言わず、ただ視線を合わせる。そこに気まずさはなく、寧ろ心地よさがあるようであた。

 

『優さん…』

 

沈黙を破ったのは聖天子であった。だが、今の彼女には先程までの神聖な雰囲気はなく。16歳である年相応の少女のものであった。

 

『ごめんなさい。またあなたを戦場へ送り出してしまいます』

 

今にも泣きだしそうな彼女の口から出たのは、謝罪の言葉であった。厳格な国家代表としての彼女を知る人間が、その弱弱しい姿を見れば仰天することだろう。

 

「泣かないで『(せい)ちゃん』。君はなにも悪くないんだから」

『でも、わたくしがもっとしっかりとしていれば。こんな事態にはならかったかもしれないんですよ?』

 

自分の采配1つで国の生末が決まる。即ち、そこに住む全ての人々の未来を決めることとなるのだ。その重圧と彼女は日々戦っているのだ。

今回の事変への対処も、要所ごとに、自分の判断が間違っているのではないかという不安がつきまとっていた。あの時もっと適切な判断ができたのではないか?そうすれば早期に解決でき、無用な犠牲を――優を危険に晒さずに済んだのではないかと思えた。

 

「君は精一杯やってると思う。他の人はどう言うかわからないけど、僕はそう信じているよ」

「――ッ!」

 

そう言って優が微笑むと、聖天子は頬を赤らめて俯いてしまった。

 

「それにこれは、僕が自分で選んだことなんだ。だから、後悔はしてないよ」

『優さん…』

 

優はモニターに近づいて右手で触れると、聖天子は顔を上げるとその手に自分の左手を重ねた――遠く離れた場所にいる互いの存在を確かめ合うように。

 

「守るよ、君が守ろうとしているもの全てを。そして、君を――それが、僕が『命』の使い道の1つだから」

『どうか、お気をつけて…』

 

モニターから優が手を離すと、聖天子は名残惜しそうにするも。部屋から去り行く彼の背中に、手を合わせて無事を祈るのだった。

 

 

 

 

一足先にモニタールームを出た光輝は、更衣室でファフナー用戦闘服へと着替える。『シナジェティック・スーツ』と呼ばれ、体つきがはっきりわかる形状をしており、両肩・両脇腹・両膝部分には布地がないのが特徴的である。

更衣室から格納庫に繋がる扉を開くと、整備責任者である菫が光輝を待ち構えようにして立っていた。

 

「今更だけど、いいのかい?君と聖天子様は許嫁なんだろ?」

 

腕を組んで前髪に隠されていた目を僅かに覗かせ、問いかけてくる。その目は光輝を案じているようであった。

実は光輝の実家は、東京エリアの政治経済を裏から牛耳る程の力を持っており。彼の祖父であり当主である天童 菊之丞(てんどう きくのじょう)――は聖天子補佐官としてこのエリアの№2の地位にいるのだ。

光輝には政府の要職に就いている多くの異母姉弟や従兄弟らがいるも、祖父は自身の後継者は光輝とすることを決めており。また祖父は聖天子を敬愛しており、光輝は彼女と歳が近いこともあり。いずれは婚姻を結ばせ公私において聖天子を支えさせたいと考えているのだ。

そのため幼い頃から光輝と聖天子は交友があり、幼馴染といえる関係であった。

 

「勝手に決められたことですからね。俺はあの2人はお似合いだと思いますよ」

 

だが、光輝自身は聖天子とは姉弟のような関係で満足しており、正直婚姻には乗り気でなく。そして、とある任務で優と知り合ってから、聖天子が彼を想い慕っていることに気がつき、彼女を応援したいと考えていた。

 

「しかし、優君は優秀とはいえ一介の兵士に過ぎない。いくらなんでも身分が違い過ぎる。君は悲劇的な恋が好きなのかな?」

「そういう趣味はありませんね。今は博士の言う通りですが、あいつはいずれ大きくなりますよ。誰もが無視できない程にね」

「彼を信頼する気持ちは理解できるよ。だが、天童閣下がとても許すとは思えないがね」

 

菫は眉を潜ませて言う。菊之丞は光輝を溺愛し、聖天子には揺るぎない忠誠心を持っている。そんな彼が光輝以外に聖天子を任せるとは思えなかった。

 

「そこは俺がなんとかしますよ。例えおじい様を敵に回したとしてもね」

「そんなことをすれば、東京エリアにいられなくなるぞ?」

「幼馴染と親友の幸せのためなら、喜んで命をかけますよ」

 

そういって笑みを浮かべる光輝。彼は滅多に笑わないので珍しい光景であった。

 

「そうか…。君にそこまでの覚悟があるなら、もう何も言わないよ」

 

そんな彼を見て、菫はこれ以上語るのはやぼだと理解した。

 

「お待たせ。どうかしたの?」

 

シナジェティック・スーツ着替えた優が更衣室から出てくると、光輝と菫から流れる妙な気配に不思議そうに首を傾げる。

 

「なんでもないさ。博士準備は?」

「こちらは終わっているよ。後は君達と輸送機待ちさ」

 

光輝の問いに菫は右手の親指で格納庫の奥を指す。

 

「では行くぞ優」

「うん」

 

光輝と優は格納庫の奥へ向かうと、ハンガーに固定された2体の黒色と空色のファフナーが姿を見せる。

ノートゥング・モデル――次世代機開発のための最新装備のテスト用に開発された試作機であり。最大の特徴は、ガストレアの心臓を加工した『コア』と呼ばれる新型動力を搭載していることである。

そして、ノートゥング・モデルに使用されているコアは、ガストレアでも11体しか確認されていない、ステージV『ゾディアック』と呼ばれる最大級個体の心臓から作られたものである。

 

ステージ――

ガストレアは進化の度合いで区分されており、感染して間もないステージIから完成形であるステージIVまで4段階に分けられる。

ステージの進行段階でさまざまな生物のDNAを取り込むため、ステージII以降のガストレアはそれぞれに異なる異形の姿と特徴を持ち、「オリジナル」とも呼ばれる。主だった個体には星座にちなんだ識別名が付けられている。

ゾディアックは通常は発生し得ないステージVに分類され、なぜこのような個体が生まれたのかは不明である。

 

ゾディアックの心臓――

ゾディアックの内、撃破された金牛宮(タウルス)処女宮(ヴァルゴ)の心臓を、国連より次世代ファフナー開発のため東京エリアへ『譲渡』されたのだ。

当時、貴重なゾディアックの部位を独占させるこの決定には、四国と長野以外の日本エリアから反対の声が大きかったが。ハンドレッドの開発元であるワルスラーン社社長や、一国の王と同等の権力を持つ『神聖教会(ピューリタリア)』教皇等の世界に強い影響力を持つ者達からの賛成の声を受け、実現したのだった。

この結果、コアシステムを始めとする最新技術が搭載可能となり。ノートゥング・モデルは従来機を凌駕した性能を獲得することに成功している。

反面、適性のある者にしか機体を起動させることができなくなり。『特殊な適性を必要としない起動兵器』であるファフナーの利点が潰れてしまったことが、最大の欠点となってしまった。

 

ハンガーに収められた。全身に固定火器が装備され、堅牢な装甲で覆われた黒色の機体――マーク・ツヴァイに光輝が近づき、背中を預けるようにして乗り込む。すると装甲が閉じ全身が装甲に包まれ、空気を抜く音と共に最初から身体の一部だったかの様な一体感を感じる。

優もスマートなフォルムに、背部だけでなく、両脚部に装備された大型ブースターが特養的な空色の機体――マーク・アインに同様の手順で乗り込むと。両者に内部に備えられている両肩・両脇腹・両膝に先端が、剣山のようになっているコネクターが打ち込まれる。シナジェティック・スーツには、この際生じる痛みを軽減する機能もあり、着ていなくても搭乗はできるが最悪激痛で気絶る可能性もある。

もっともスーツを着ていてもそれなりの痛みはあるが、優も光輝もすでに慣れているのでなんともない様子である。

コネクターを通して機体と神経接続がなされ、文字通り機体と一体となり。機体が受ける皮膚感覚が、搭乗者にダイレクトにフィードバックされる。

そして、2人の瞳が紅く(・・)なり、機動を完了する。

 

『2人共調子はどうだい?』

『マーク・ツヴァイ問題なし』

『マーク・アイン同じく』

 

通信ルームに移動した菫の声に2人が答えると、ハンガーのある区画が上昇を始める。

その間に機体の最終チェックを終えると、地上に繋がるゲートが見えてくる。

ゲートが開くと日が沈みかけた空が広がり、機体が地上へと出ると、ハンガーのロックが解除される。

視界の先には、現地までの移動に使用する輸送機が待機しており、その後部ハッチまで2人は機体を移動させるのであった。

 

 

 

 

元千葉県房総半島――バアルによって占領されたこの地は、かつて人類が築いた都市群は軒並みバアルによって破壊され尽くし。ガストレアウィルスによって異常進化した植物に覆われ、人の営みの痕跡は消え失せ化け物が跋扈する密林と化していた。

南米のジャングルと同様の様相を呈している空間で。日が沈み、月が放つ光以外照らすものがない薄暗い森林の中、いくつかの人影があった。

最重要機密奪還のために派遣されたファフナー部隊である。隊長機である一般仕様のメガセリオン・モデルと、正式量産機であるグノーシス・モデル数体で構成されていた。

だが、どの機体も大小様々な損傷を受けており、ただならぬ事態があったことは容易に想像できた。

 

『――様子はどうだ』

「…駄目です」

 

隊長機であるメガセリオン・モデルの問いに、地面に寝かせられた部下を見ていた別の部下が無念そうに首を横に振った。

 

『…そうか』

 

二度と目を覚まさなくなった部下に冥福を祈ると、隊長機は状況を整理する。

強奪犯を探索中、木々に覆われた暗闇から何かが姿を現した。

それは、人であった――1人はタキシードにシルクハットに身を包み、笑顔を浮かべた仮面で顔を隠した長身の男と、黒いドレスを纏い腰にバラニウム製と見られるの小太刀を2本携えた10歳程の少女であった。

恐らく、彼らが強奪犯なのであろう。隊長機はそのことを問いただそうとする。

――が、イニシエーターが小太刀を抜刀すると同時に、姿が消えたかと思うと。隊長機と共に前衛にいた2体のグノーシス・モデルが首から血を噴き出し崩れ落ちた。彼らの側にはイニシエーターがおり、手にしている小太刀には血が滴り落ちていた。

そこで攻撃されたことを自覚すると、隊長機は手にしていたアサルトライフルを構え、部下に攻撃を指示すると同時にイニシエーターへと発砲する。

それに続くように部下のグノーシス・モデルも、腕部と一体化しているガトリングとレールガンを放ち、10機分の弾幕がイニシエーターへと襲い掛かる。

だが驚くことに、イニシエーターはまるで踊るかのように弾幕を掻い潜りながら接近し。次々と部下を小太刀で斬り伏せていった。それもまるで遊んでいるかのような笑みを浮かべて――

このままでは全滅すると悟った隊長機は、イニシエーターを残った部下に抑えさせ、自身はプロモーター目がけて突撃した。イニシエーターは確かに高い戦闘力を持つが、それでも10歳程度の子供なのである。そのため判断を相方であるプロモーターに一任していることが多く、プロモーターが倒されると無力化されることが殆どであった。

その職業柄、民警同士での戦闘になることも珍しくなく。その場合、ただの人間であるプロモーターが優先的に狙われることが多いのである。

 

『はぁぁぁあああ!』

 

そのためプロモーターが狙われれば、イニシエーターはプロモーター守るために動くものだが。小太刀持ちのイニシエーターは、そのような素振りも見せず部下に襲い掛かっていた。

そのことに隊長機は違和感を覚えるも、ライフルをプロモーターへと構えトリガーを引く。撃ち出された無数の弾丸は、まるで見えない壁に阻まれたかのようにプロモーターの眼前で弾かれた。

 

『何!?』

 

その事実に驚愕すると同時に隊長機は理解した。イニシエーターがプロモーターを守ろうとしなかったのは、その必要がなかったからだと(・・・・・・・・・・・・・)

 

『クッ!』

 

隊長機は再度ライフルを発砲するも、先程と同様に弾丸は何もない筈の空間に弾かれた。まるでその光景は、サベージの張る防御フィールドのようであった。

対するプロモーターは、隊長機の行動を仮面の奥で嘲笑っているようであった。

 

『ならば――!』

 

射撃武器では効果がないと判断した隊長機は。ライフルのマガジンを交換し左手に持ち、背部パイロンから近接用ブレードを右手に持ち、プロモーターへと突撃する。

牽制のためにライフルを放つと、やはり弾丸は見えない何かに弾かれるも。接近した隊長機はブレードをプロモーターへと突き立てた。

刃は弾丸同様に、プロモーターに届く前に見えない壁に阻まれ、それ以上前に進まなかった。

 

「無駄だよ。その程度では私には届かない」

 

プロモーターがどこまでも冷え切った声音で言葉を発する。

 

『舐めるなァ!』

 

隊長機がライフルを手放し、腰部からグレネードを取り見えない壁に押し付け起爆させる。

握ったままグレネードを起爆させたことで、集約された威力が見えない壁に炸裂し、その衝撃で後方へ吹き飛び背中から地面に叩きつけられる隊長機。

捨て身の代償として代償として左手が吹き飛び、激痛に顔を顰めながら上半身を起こすと、その視線の先には無傷のプロモーターが立っていた。

 

「ふむ。無能な国家元首に率いられているからと、少し油断してたな」

 

プロモーターは感心したように頷く。そして、右手の指をパチンッと鳴らすとイニシエーターが男の元へを戻った。

 

「もう終わりなのパパ?もっと斬りたい」

「我慢だ娘よ。じきに(・・・)多く斬れるのだから」

 

不満そうに唇を尖らせるイニシエーターを、意味深な言葉で宥めるプロモーター。

 

「では、我々はお暇させてもらうよ。精々足掻いてくれたまえ」

 

そういうと2人組は背を向ると、茂みの奥へと消えていってしまった。それと同時に周囲から獣のよな咆哮と地響きが響渡った。

 

『ッ不味い!森が起きたか(・・・・・・)!』

 

先程の戦闘音で、周囲にいたバアルがこちらに向かって来ているのだ。

隊長機は素早く部下に負傷者を連れて撤退を命じるのであった。

 

 

 

 

あれからバアルに気取られぬよう移動している最中、負傷していた部下の容体が悪くなり、部隊を一旦停止させることとしたのだ。

中隊規模の部隊が1組の民警に半壊させられるなど、悪夢以外の何物ものでもなかったが。現実として危機的状況であることに変わりなかった。

既にことの顛末は司令部に報告しているので、新たな追撃部隊が派遣されているであろう。だが、自分たちの救助に戦力を割く余裕はないため、自力で安全圏まで離脱しなければならない。

そのため部下の遺体は持ち帰る余裕がないので、タグだけ回収し地面へと埋めると部隊は移動を再開する。

 

『クソッ。なんでこんなことに』

 

部下の1人が悪態をつく。本来なら止めるべきだが、この状況では無理もないことであり、隊長機も内心は同じことを思っていたからでもあった。

奪還すべき対象も、強奪した相手に関する情報も伏せられたまま派遣されたことに、口にこそ出さないが上層部に対する不信感は拭えなかった。

 

『うわぁ!?』

 

突然僚機の1機の片足に蔦のようなものが巻き付き、強烈な力で引っ張られ地面に叩きつけられると、茂みへと引きずられていく。

 

『このッ!』

 

側にいた他の僚機が蔦のようなものへと発砲し切断する。すると、苦しむような獣の咆哮と共に、茂みからカマキリ型のガストレアが飛び出してくる。

カマキリを3m程にまで巨大化させた外観に、背部から2本の触手が生えており。他の生物のDNAを取り込んで進化したステージⅡであり、1本の触手が途中でちぎれていて蔦に見えたのは、この個体の触手であった。

カマキリ型は、腕と一体となっている鎌を引きずり込もうとしていた僚機目がけて振り下ろす。

隊長機は狙われた僚機の前に立ち、手にしているブレードで鎌を受け流し、狙いが逸れた鎌は何もない地面へと突き刺さった。

 

『撃て!』

 

隊長の合図と共に、僚機全機がカマキリ型へと一斉射撃を浴びせる。

蜂の巣にされたカマキリ型は、絶叫を上げながら崩れ落ちて絶命した。

 

『大丈夫か!』

『はい。助かりました隊長…』

 

隊長機が助けた僚機の腕を掴んで起き上がらせようとすると、センサーが頭上に新たな反応を捉えた。

 

『隊長!』

 

腕を掴んでいた僚機が隊長機突き飛ばす。すると、僚機は落下してきた巨大な物体に押しつぶされてしまった。

 

『正木曹長ォ!』

 

突き飛ばされた隊長機が地面を転がると、上半身を起き上がらせながら押しつぶされた僚機を呼ぶ。だが、返事が変えてくることはなかった。

落下してきたのはバアルの1種であるサベージだった。甲殻類――特にザリガニ近い形状をしており、黒光りする装甲が不気味さを放っていた。大きさは、先程のカマキリ型ガストレアより5m程と大きいが、サベージの中では小型に分類されるも。今の状況では脅威度ではカマキリ型以上であった。

残っている僚機がサベージへと発砲するも、周囲に展開された防御フィールドに阻まれダメージを与えられない。

煩わしそうに体を震わせたサベージが、ザリガニでは口にあたる部分が開き輝き始める。

 

『いかん!散開しろ!』

 

隊長機が叫んだ直後、輝が強くなり閃光――ビームが僚機目がけて放たれた。

僚機は左右に散って回避すると、ビームは射線上の木々を焼き払っていった。

 

『ギャぁ!?』

『栗須小尉ィ!』

 

回避した僚機の1機が飛来した無数の巨大な針に串刺しとなる。

針の飛来した方を見ると、ハリネズミ型のガストレアが新たな針を生成していた。そして周囲から新たなサベージやガストレアが集まてきており、完全に包囲されてしまっていた。

生き残っている機体同士で背中を合わせて周囲に弾幕を張るも、バアルの勢いは止まることなく群がってくる。

 

「(これまで、か…)」

 

隊長機は状況を分析し、部隊生存の望みは絶たれたことを悟った。

残ったのは自身を含め3機のみであり、最早包囲を破ることは不可能であった。残された手段は、機体に内蔵された機体の機密保持や、搭乗者がガストレアとの戦闘で、ウィルス感染しガストレア化するのを防ぐための措置として搭載された。燃料気化爆弾『フェンリル』を敵を1体でも多く巻き込んで起動させる――所謂自爆(・・)して果てることだった。

ファフナー乗りとなってバアルと戦うことを決めた時から、このような事態になることは覚悟していたことであった。まして、ガストレア化して化け物の仲間入りをして、人類に牙を剥くことだけは避けなければならない。部下達へ視線を向けると、皆語らずとも理解しているように頷いた。彼らも自分同様に当に覚悟を決めていたのだろう。

 

「(許せ…)」

 

残していく者達――妻や生まれたばかりの我が子を想いながら、行動に移そうとした時。センサーが上空にバアルでない反応を捉えた。

 

『あれは…』

 

無意識に上を向くと、月夜に照らされた空色のファスナーが、こちら目がけてパラシュートが必要な筈の高度から真っ逆さまに落下してきていた。

空色のファスナーは空中で姿勢を整えると、ブースターとスラスターを吹かせながら減速を始め、背部パイロンから近接用武装ルガーランスを両手で取り出し逆手に持った。

 

『ハァァァァァァアアアアアア!!』

 

空色のファスナーは、落下の速度を乗せながら1体のサベージの頭上にランスを突き立てた。その威力は、衝撃でサベージの足元の地面が陥没する程であり。ランスは防御フィールドを軽々と破り、頭部にあるサベージの急所である『コア』に突き刺さった。

 

『くらえぇぇぇえええ!』

 

ランスの矛先が展開すると、レールガンが撃ち込まれコア諸共サベージの頭部が吹き飛び、残された体は力なく崩れ落ちた。

 

『救援、ノートゥング・モデルか!』

 

落下してきたファフナー――マーク・アインを見た隊長機が思わず驚愕の声を上げる。

ツヴァイはランスを左手に持ち替え、右手に背部パイロンから取り出したロングソードを持つと、近くにいたガストレアに目にも止まらぬ速さで迫った。

 

『オォォォオオオ!』

 

裂帛の気迫と共に振り下ろされたソードは、軽々とガストレアの皮膚と肉を絶ち両断する。悲鳴を上げる間もなく絶命したガストレアを見向きもせず、アインは他のバアルに襲い掛かった。

アインを危険と判断したのか、バアルは隊長機らを無視してアインに殺到していく。

背部と脚部の大型ブースターと各部のスラスター駆使し。周囲の木々と、バアルの巨体をも足場にして、目にも止まらぬ速さでジャングルを縦横無尽に跳びながら、次々とバアルを葬っていくアインに隊長機らは戦慄した。その強さそうだが、何より戦い方が異常だった。

カメ型のガストレアが前腕をアインへと振り下ろすと、それを僅かに機体を横にズラし。触れるか触れないかギリギリの位置で回避すると、アインはランスをカメ型の喉元に突き刺す。

そこに1体のサベージがビームを放ってくるも、アインは突き刺したカメ型の甲羅を盾にして防ぐだけでなく、そのままブースターの出力を上げサベージへと突撃していく。

ビームによってカメ型の甲羅に亀裂が入っていき、遂には砕けて肉の部分を焼いていく。するとアインは、カメ型が消し飛ぶ前にランスを引き抜くと、スライディングしてサベージの懐に潜り込むんだ。そして、ビームを撃った反動で膠着しているサベージの片足をソードで斬り落とすと、バランスを崩して傾いたサベージの口にランスを突き刺し、レールガンで頭部ごと粉砕した。

 

『あいつ、死ぬのが怖くないのか!?』

 

僚機の1機が、信じられないものを見ているように声を震わせる。

あらゆる攻撃を紙一重で回避していくアイン。それも、そうせざるを得ないのではなく、意図的に行っているのだ。

確かに最小限の動きであれば、反撃に転じやすくなるも。基本一撃必殺になりえるバアルの攻撃を、そんな避け方を続ければ精神が摩耗して最悪自滅しかねない。鋼の精神という言葉すら生ぬるい精神力でなければできない芸当だ。あるいは――

 

『聞いたことがある。聖天子様直轄部隊には、まるで死に場所を求めるように戦う者がいると』

『では、あれが?』

『恐らく、な」

 

アインの戦いに気を取られている間にも、多数の新たなるバアルが茂みから現れるも。飛来したミサイル次々に着弾し、爆炎に飲み込まれた。

 

『今度はなんだ!?』

 

新たに巻き起こった事態に僚機が動転した声を上げると、炎を掻き分けて新たなるファフナーが姿を現す。

従来の機体よりも重厚な装甲をしており、バックパック一体型の2門のレールキャノンと、右手には自身の全長に匹敵する程の大きさのジャイアント・ガトリングを保持しており、左肩背面に固定されている大型ドラムから弾丸がベルト式に繋がっている。さらに、左腕には火炎放射器と見られる物まで装備されていた

 

『こちら聖天子直属遊撃小隊Alvis。これよりそちらを援護する」

 

そう告げると、重装型――マーク・ツヴァイは、自身に迫りくるバアルに対し、ジャイアント・ガトリングを両手で保持すると銃口を向けた。そしてトリガーを引くと、束ねられた銃身が高速回転を始め轟音と共に弾丸が次々と撃ち出されていく。弾丸はガストレアはおろか、サベージをフィールドごと貫き風穴を開けていく。

そして、レールキャノンの長大な砲身から高速で放たれた砲弾は、複数のバアルを巻き込んで吹き飛ばし。装甲各部が展開すると、露出した無数のミサイルが発射され、途中でその先端が解放され、小型のミサイルが飛び出していく。さらに、両脚部に追加されているポッドからは対艦ミサイルも放たれ、それらがバアルに着弾し爆発と炎に包む。

暫くしてツヴァイが射撃を止めると、その眼前にはバアルだった無数の死骸と、それを飲み込むようにして広がる炎のみだった。

 

『――――』

 

その光景を、隊長機らは唖然と見ていることしかできなかった。

たったの2機で大隊規模は必要とするバアルを殲滅した事実に、まるで夢でも見ているかのような錯覚さえ覚える。

 

『このポイントで輸送機と合流します。我々が敵を抑えますので行って下さい』

 

ツヴァイより、ポイントのデータが派遣部隊に送られてくる。それと同時に新たなバアルの群れが押し寄せてくる。

その群れにアインが斬り込み、かき乱したところにツヴァイが火力を叩きこんで薙ぎ払う。

 

『了解した頼む』

 

敵地の真っ只中である以上、敵はとめどなくやって来る。いかにAlvisが強力でも限度があるので、早急に離脱する必要があった。

隊長機は部下を連れてポイントへ移動を始め、追撃してくるバアルをAlvisが迎撃しながら後退していく。

 

『もういいアイン。俺達も退くぞ』

 

暫く殿を務めていたツヴァイが、派遣部隊が安全圏まで後退したのを確認すると、アイン――優に撤退を指示する。

 

『了解』

 

ガストレアの頭部を跳び退きながらソードで斬り落とすと、アインも離脱に入る。最後にツヴァイが制圧射撃をしながら離脱していくのであった。

 

 

 

 

時は少し遡り。Alvisがいる戦場から離れた場所に生えている木々の中でも、最も高い木の頂点に近い枝の上に派遣部隊を襲撃した仮面のプロモーターは立ち、小太刀使いのイニシエーターが腰かけていた。

 

「ふむ。あれが、ノートゥング・モデルか」

 

バアルと戦っているアインとツヴァイを見て、プロモーターが愉快そうに笑う。

 

「ねぇパパ。あれ斬りたい!」

 

イニシエーターが足をプラプラとさせながら、ウキウキした様子で今にも飛び出しそうであった。

 

「我慢だと言っただろう娘よ。楽しみは最後まで取っておくものだ」

「えー」

 

プロモーターが窘めると、むーとむくれるイニシエーター。

 

「『例の物』がどこかに行ってしまって面倒なことになったが。おかげでいいものが見れた。無能な国家元首にしてはいい仕事をする。これは益々楽しめそうだ」

 

撤退に入ったAlvisを見ながら、獲物を定めたように目を細めるプロモーター。

 

「さて、『例の物』を探しに行くとしようか娘よ」

「は~い」

 

プロモーターが枝から枝へと移りながら地面に降り、プロモーターもそれに続くと。ジャングルの闇の中へと去っていくのであった。


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