ブラック・ブレットが12年ぶりに沈黙を破った……? まさか再始動したというのか?
ふふふ、ふははは!
私は読めるッ、私は生きているッ。素晴らしきかな人生! ハレルゥゥゥゥヤァァァァァァァァ!!!!
東京エリア、第40区。
白化現象が発生している32号モノリスから10キロ手前にある、民警軍団の前線司令部が置かれる拠点。
「───里見、改めて確認させてくれ。お前は最低でもあと一組、メンバーが欲しいんだな?」
そこで偶然にも、自身のことを探していた彰磨と再会を果たした蓮太郎は、彼の問いにすぐには答えず、集まったメンバー一人ひとりに顔を向けた。
序列1850位。片桐玉樹、片桐弓月。
序列970位。薙沢彰磨、布施翠。
序列9200位。天童木更、ティナ・スプラウト。
そして序列300位。里見蓮太郎、藍原延珠。
計4組のアジュバント。全員が実力に申し分なく、一組に至っては序列詐欺も甚だしい実力者である。
けれど、蓮太郎は可能ならあと一組欲しかった。
(どうしたものか……)
内心で蓮太郎がそう唸っていると。
「良ければ、僕たちをメンバーに入れてくれないかな」
全員の視線が声の主に集中する。
そこに居たのは、黒い青年だった。
肌に密着するタイプの黒いアンダーシャツの上に、これまた黒い戦闘用のコート。
傍目からは蒸し暑く映るが、通気性と断熱性に優れた特殊な加工が施されているそれらは、夏は涼しさを、冬は暖かさを提供してくれる実用性に特化した最新の戦闘服である。
蓮太郎は黒い青年の名を呼んだ。
「カネキ!」
「アタシたちもいるぞー」
カネキの背後から里津、将監、夏世の『あんていく』メンバーが次々と顔を出す。
眼鏡の奥の瞳を細め、カネキは微笑みながら尋ねる。
「それで、どうかな?」
「ああ、願ってもない申し出だ。あー、でも……そう言うことなのか?」
「まあ、うん。残念ながら」
蓮太郎の問いに、カネキは苦笑した。
実は聖天子からアジュバントを結成するよう指示があった直後、蓮太郎は真っ先にカネキに声を掛けていたが、保留にされていた。
何でも、カネキはカネキでアジュバントを作る予定だったという。安易に身内同士でチームを作らず、互いにアジュバントを結成してから合流した方が戦力の増強に繋がるから、と。
それでも、もし人が集まらなかったら蓮太郎のアジュバントに加えて欲しいと冗談混じりに話してはいたが。
「まさか目をつけていた人たち全員から目の敵にされていたとは思わなかったよ。うちには将監さんも居るから、序列の面で難癖をつけられることもないと思ってたんだけどね」
「むしろだからこそじゃない? カネキは人助け優先で他の民警からの心象が良くない。で、なぜかそんな気に食わないヤツのところには自分たちより序列が高い将監がいる。僻んでんだよアイツら。そんな連中、こっちから願い下げだけどね」
そう言って「ふんっ」と鼻を鳴らす里津は、今にも唾を吐き捨てそうな顔をしていた。よほど腹に据えかねる対応をされたようだった。
アジュバントを作るために15社も民警を回り、その全てから断られ中には前金だけ受け取って消息不明になった相手を思い出した蓮太郎は、里津たちに同情した。
その時だった。
「研、なのか? 見違えたぞ」
驚きが込められたその声に、カネキの顔が彰磨に向く。
困惑したような。まるで知らない人間に、親しげに話しかけられたような、そんな顔で。
その直後。
「──────ぁ」
目を見開き、カネキの表情が一瞬苦悶に歪んだ気がした。
「カネキ? 大丈夫か?」
「───え? ああ、うん。大丈夫。
何事もないように彰磨と会話するカネキに、やはり気のせいだったのだろうかと、蓮太郎は追求しなかった。
ただ、自分と木更がカネキと再会した時の様子と、どこか似ているような気がした。
◆◇◆◇
アジュバントとして認められた者たちにのみ支給される分隊用のテントの中で、全員が車座になって床に腰掛ける。
「じゃあ初対面の連中も多いから、ここらで自己紹介でもしようぜ」
蓮太郎の言葉を皮切りに始まった自己紹介。一番手に名乗りを上げたのは玉樹だった。どうやらこの場に合流した順で行うらしい。
「序列1850位、片桐玉樹だ。特技は料理、そしてオレっちが使う武器は───こいつだ!」
手甲と靴に仕込んだバラニウム製のチェーンソー。小型の動力ユニットを起動し、唸りを上げるソレを誇らしげに掲げる玉樹だったが、結果は不評。
あまりの騒音に近隣のテントから怒号が飛び、特に因子の影響で聴覚が優れている延珠は耳を塞ぎながら「うるさい!!!」と悲鳴を上げた。
それでもめげず、何かしら手応えを感じたかった玉樹はついに禁じ手を使った。
「これがオレっちの、ビィィッグ・マグナァァアアアム!!!」
下ネタである。
それもほぼ初対面の異性の前でぶっ込むという暴挙。当然ながら女性陣からブーイングが飛ぶ。弓月は身内の恥に赤面し顔を覆った。
「ビッグマグナムだとぉ? だったらこっちも凄いもん見せてやるよ───つーことで、俺の
「ご立派ァ!」
空気の読めない
夏世は弓月と仲良く顔を覆った。
将監と玉樹は肩を組んでゲラゲラと笑った。
蓮太郎は思わず吹き出し、カネキも少し笑っていた。彰磨は声こそ出していなかったが、皆から顔を逸らす彼の肩は僅かに震えていた。彼は下ネタに弱かった。
「つ、次はあたしの番よ!」
羞恥から玉樹の尻を蹴り上げた弓月が、身内の恥を払拭しようとヤケクソ気味に名乗りを上げる。
弓月は皆をテントの外に連れ出し、手頃な木を2本見定めて不可視の糸を張り巡らせると、あたかも空を歩いているかのようなパフォーマンスを披露した。
メンバーから歓声と感心の声が沸き、弓月は胸を張って得意満面になった。
「ま、あたしにかかればこんなもんよね!」
「おい、下からパンツ見えてんぞ」
善意からそう指摘した蓮太郎。
直後、背中を疾走する悪寒。
咄嗟に身を屈めると、数瞬前まで自身の首があった場所を超高速の蹴りが通過する。糸の靱性を利用し、スリングショットのように己を撃ち出した弓月の回し蹴りだった。
「死ね! この変態っ! ロリコン死ねぇ!!」
攻撃を躱された弓月は恥ずかしさと怒りで目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にしながら今度こそ息の根を止めようと蓮太郎に迫る。
「落ち着くのだ弓月!」
「放して延珠! あいつ殺せない!!」
弓月の手が蓮太郎に届く寸前、彼女の背後に回り込んだ延珠が羽交い締めにする。
延珠の懸命な説得もあり、最初は激しく抵抗していた弓月も徐々に大人しくなった。女性陣の蓮太郎を見る目は冷たかった。
「里見さん。友人として、一度だけ忠告しますが───いい加減デリカシーについてちゃんと学んだ方がいいですよ」
「…………はい」
そして極寒の視線の中、蓮太郎の自己紹介が始まった。居た堪れなかった蓮太郎は、さっさと終わらせるべく名前と序列を省き、義肢について簡単に説明し、その場で義眼の能力を披露した。
蓮太郎は硬貨を一枚用意し、メンバー一人ひとりに表裏をそれぞれ選ばせ、連続でコイントスを行った。結果、硬貨は指定された通りに表裏を見せた。
義眼の演算能力を以てすれば、落下する硬貨に合わせて手の高さを微調整して面を操作するなど造作もないが、義眼の詳細を知らない片桐姉妹や翠は揃って仰天していた。
彰磨も義眼の能力は知らなかった筈だが、彼は「ほう……」と興味深そうに目を細めただけだった。絶対零度の空気が多少緩和され、蓮太郎は密かに安堵した。
「今思ったけどさ、蓮太郎のそれってカジノとかでむぎゅ」
「里津ちゃん、ストップ」
里津が何かを言い終える前に、カネキが手で彼女の口を覆う。そして笑顔のまま木更を見た。
木更は事務所のレンタル料を払えないほど資金難な状態にも関わらず、それを社員には秘密にし、挙げ句の果てには碌に金融機関について調べもせず勝手に闇金に手を出して『蛭子影胤テロ事件』『聖天子狙撃事件』の報酬をすべて溶かしたポンコツ社長である。
里津が何を言おうとしていたにせよ、木更にだけは聞かせられない内容であるのは間違いなかった。
幸いなことに木更には里津の言おうとしていたことに思い至らなかったのか、可愛らしく小首を傾げているだけだった。
「やっと妾の番が来たのだ」
両手を腰に当てて、自信に満ちた笑みを浮かべる延珠。
彼女は500メートルほど離れた一本杉に向かって指を差し、クラウチングスタートの体勢に入ると、力を解放した。
「すぐ戻る」
瞬間、延珠の姿が掻き消え、入れ替わるように土煙が発生。10秒と掛からずに一本杉をタッチして戻ってきた。
ドヤ顔でVサインする延珠に、翠は「私よりも速い……」としょんぼりしていた。
「序列970位、薙沢彰磨」
最低限の名乗りを終えると、彰磨は近くの木に歩み寄った。木を正面に据え、静かに天童式戦闘術の構えを取ると、一拍空けて叩き折った。折られた木は別の木に身を預けるように倒れた。
残心する彰磨に、メンバーから感心の声が上がる。翠は一生懸命に拍手していた。
彰磨が皆の下に戻ると、明らかに緊張した様子の翠が前に進み出た。
「わ、わた、私はふ、布施翠といいましゅっ」
───あ、噛んだ。
メンバーの心の声が重なった。
「も、モデル・キャットのイニシエーターで、特技は匂い占いです!」
「匂い占い?」
聞き覚えのない占い方法に、里津が疑問符浮かべながら聞き返す。
「えっと、私、ネコなのでちょっとだけ鼻が利くんです」
翠は自身の鼻を指差した。
「ある時、人には体臭と別の匂いがあることに気づいたんです。正確には『匂い』とも違くて、感覚的な話なのですが。と、とにかく、その『匂い』で占いみたいなのを始めたら、これが予想外に受けが良かったので、特技とさせてもらいました!」
まるで就職面接で懸命に自己アピールする学生のような表情を浮かべる翠。
そんな彼女に対して、メンバーの反応は。
「なにそれ! あたし占いめっちゃ好きなんだよね! ねえ翠、ちょっと占ってみてよ」
「み、翠ちゃん、金運とかも占えたりするかしらっ?」
「食い気味だな木更さん」
「私もお願いできますか? ちょっと
「なに訊いてんだ夏世ォ!」
「妾のバストの将来も分かるのか!?」
「分かるわけないでしょ座ってろ」
「あ、それたぶん分かりますよ」
「「「「「嘘ぉ!?」」」」」
大盛り上がりだった。
仲間に囲まれる翠は花が咲くように破顔し、その光景を見ていた彰磨は表情こそ変えはしなかったが、満足そうに頷いていた。
その後、収縮可能な自身の爪を披露し、抜刀術使いである木更と意気投合したり、ガストレア因子の影響で猫耳が生えていることを告白し、自己紹介は終了した。ちなみに猫耳であることが判明したことで、尻尾も生えているか気になった延珠と弓月にスカートを脱がされそうになったが、二人は仲良く夏世に正座させられた。翠の中で夏世への好感度が上がった。
「それじゃあ次は私たちね」
全員の視線が木更とティナに集まる。
「序列9200位、天童木更。天童民間警備会社の───」
「貧乏社長」
「そう、貧乏社長……って誰が貧乏よ誰が!」
里津の野次と木更のツッコミに何人かが小さく吹き出す。
「こ、こほんっ。見ての通り、私の武器は刀です。銃は持ってないわ。だけど───」
微かに赤面した木更は咳払いすると、殺人刀『雪影』を携え、10メートル先にある岩の方を向いて構える。
抜刀。
「ある程度までなら射程距離を伸ばせるわ」
大音響の後、岩が切断された。
片桐兄妹や翠など、木更の絶技を知らないメンバーが受けた衝撃は凄まじく、しばらく呆然としていた。
「何度見ても意味不明です。木更さんって生身ですよね? 一応音速を超えれば*1理論上は可能らしいですが、なんで生身の肉体で斬撃を飛ばすなんて漫画みたいなことが出来るんですか? 本当に人間ですか?」
「夏世ちゃんに分からないなら僕らにはお手上げだね」
「技によっては全然音がしないのもあるんでしょ? 考えるだけ無駄よ無駄」
「そのうち蓮太郎も遠くの相手を殴れるようになったりしてな」
「出来ねぇよ!」
「ロケットパンチなら蓮太郎はスコーピオンの時にやっていたぞ!」
「音速を超える、か……ふむ……」
さりげなく人外疑惑を掛けられた木更は普通に傷ついた。屋外で体育座りをするお労しい社長の頭をティナは優しく撫でてあげた。
「改めまして、ティナ・スプラウトです。得意料理はピザです。戦闘では狙撃をメインとしていますが、銃火器なら基本的に何でも扱えます」
それから、とティナが一拍置くと、彼女の服の袖から三つの球体が飛び出す。それはティナの周囲を舞うように浮遊する。
「『シェンフィールド』を用いた索敵、並びに設置火器の遠隔操作が可能です」
「ティナやんのそれ、あたしらと戦ってた時も出してたけど、どうやって動かしてんの?」
「私の脳に念じれば対応してる機械を動かせるチップが埋め込まれていて、それで動かしてるんです。ただ、あまり多くのものを操作すると脳に負担が掛かるので、同時に動かせる数には限度がありますが」
「遠距離では勝負にならず、かといって距離を詰めれば遠隔操作の銃器に囲まれ蜂の巣。それを突破したとしても、白兵戦も熟せる相手と遠隔武器に警戒しながら相対しなければならない。策士だな、お前は」
「お褒めに預かり恐縮です」
彰磨の忌憚のない評価に、ティナは瞑目した。
そして、まだ自己紹介をしていないのは、アジュバントに最後に合流した『あんていく』のみになった。
「じゃあ一回、テントに戻ってもらってもいいかな? みんなに見せておきたいものがあるんだけど、万が一他の人に見られると困るから」
カネキの言葉に、意図を察した天童民間警備会社と『あんていく』の面々は素直にテントに入っていた。
その様子を見た片桐兄妹たちも訝しみながらもテントに入っていく。
念のためにテントの周囲に人がいないことを確認し、カネキは入口を閉めた。
「今から見せることは、出来れば他言無用でお願い。僕は気にしないけど、政府が困るみたいだから」
そして最初と同じように車座に腰を下ろす面々に混ざると、カネキは目を閉じ。
「僕は喰種だ」
赫眼になった左目と、腰から赫子が形成される瞬間を見せた。
これには事情を知らない面々は度肝を抜かされた。
機械化兵士も喰種もどちらも都市伝説として語られる存在であるが、機械化兵士がまだ現実的な噂だったのに対し、喰種はあまりにも非現実的な噂だったのだ。それこそ、ガストレアウイルスへの恐怖が生み出した妄想以外の根拠が出ないほどの。
「……マジか」
「嘘、でしょ……」
「ひっ……」
カネキが視線を巡らせれば、片桐兄妹は驚愕と警戒が入り混じる目でこちらを見ていた。翠はカネキがアジュバントに合流した時からなぜか怯えていたが、今はそれがより一層酷くなったようだった。
当然の反応だとカネキは思った。彼らとは初対面だし、呪われた子供たちの赤目とも違う赫眼に、本来人体には備わっていない赫子という捕食器官を見れば、普通はそうなる。
異形。
カネキはその事実を改めて認識した。
里津は常人と価値観が違った。
夏世は客観的事実をもとに判断した。
将監は難しいことは考えなかった。
蓮太郎たちは自分の人となりを知っていた。
延珠とティナはそんな彼らを信頼した。
だからこれまで問題にならなかった。
しかしそれゆえに、カネキは自分を受け入れてもらえるようこれまで他者に積極的に働きかけたことがなかった。異形である自分を受け入れてくれるよう説得する機会がなかった。
アジュバントに加えてもらうなら、喰種であることを隠すことは得策ではない。
今日に至るまで菫に黙って『補給』を継続したことで、安久姉妹と戦った時以上のコンディションになっているカネキは、ある目的のために第三次関東会戦において単独行動を取るつもりでいる。
事情を伏せて何度も離脱すれば不和や士気低下の原因になりかねない。そしてもし戦闘中に喰種であることが露呈すれば、最悪の事態に発展する恐れがある。
自分を敵と認識して攻撃するのは構わない。けれど、自分に注意を向けた隙を突かれて誰かが犠牲になるのは……断じてあってはならない。それだけは、絶対に。
「怖いよね。当然の反応だよ」
なのでカネキは自分が喰種であることを開示したのだが、正直、受け入れてもらえなくても問題ないとも考えている。
カネキにとって単独行動は決定事項だが、それはそれとして里津たちはアジュバントに入れる必要がある。仮にアジュバントに入らなかった場合、たった3人で大量のガストレアを相手する羽目になる。
間違いなくどこかのタイミングでお互いをカバーしきれず、ガストレアの群体に擦り潰される。
そんな未来は避けなければならなかった。
だがその目的は達成された。
里津も夏世も将監も、すでにこのアジュバントに馴染んでいる。ならば、このまま自分が抜けても大丈夫だろう。
カネキは赫子を消して立ち上がった。
「蓮太郎くん、勝手な話だけど僕はこのアジュバントから───」
「座れ、研」
静かな声だった。
けれど強い声だった。
「座れ」
「彰磨くん……?」
「なぜ孤立しようとする。誰もお前にアジュバントを抜けろと強制したわけでもないのに」
「え、いやでも……」
カネキは片桐兄妹と翠に視線を向ける。玉樹はバツが悪そうに頭を掻いていた。
「そりゃあとんでもねーサプライズに多少びっくりしたけどよぉ、そこのボーイも姐さんもちっとも驚いてねーからな。ま、オレっちを負かしたやつのダチなら特に言うことはないぜ。ダセーからな」
続いて弓月が口を開く。
「あたしはアンタのことをよく知らないし、兄貴みたいな理屈で簡単に信用するなんて出来ない」
だから、と弓月が真っ直ぐこちらの目を見る。
「これからの行動でアンタを信用するかどうか決める」
以上。そう言って顔を逸らす弓月の頭に玉樹がぽんと手を置いた。
「わ、私、は……」
周囲の視線が集まり、翠は咄嗟に帽子を目深に被った。彼女はどこか迷うように言葉を詰まらせていたが、やがてその迷いを振り切るように、帽子を上げてカネキを見た。
「私は、カネキさんを、信じますっ。彰磨さんたちが信じてるから、だけじゃなくて、その、私の鼻を、信じてますからっ……! カネキさんからは、確かに『優しさ』の匂いがするんです!」
呆気に取られた。
「研」
彰磨がカネキの前に立った。
「お前はお前だろう」
「……そう、だね」
改めて決意した。
薙沢彰磨も、布施翠も、決して死なせない。彼らを死なせるものか。絶対に。
「みんな、ありがとう。あ、それと実は僕ガストレア戦争に参加してたから戦場での心構えとか立ち回りとか、色々知ってるからまた後で教えるね」
「自己紹介の締めにとんでもない情報ぶっ込んで来やがったなオメー」
「え待って、じゃああの伝説の『死神』のことも知ってたり───」
「はいストーーップ」
里津がパンパン、と手を叩きながら話を遮る。
「悪いんだけどアタシらまだ自己紹介してないんだよね。しかもどっかの誰かさんが先にやったせいでどう足掻いても面白くならないやつを。だから先にこっち終わらせてくんない?」
ジト目をカネキに向ける里津に、夏世と将監が続く。
「確かにカネキさんの後の自己紹介だと、何言ってもインパクトに欠けますね」
「ったく、こんなことなら先に自己紹介しとくんだったぜ」
「いや、別に自己紹介に面白さとか求めなくても……」
「じゃあ証明しまーす。序列12万12位*2、占部里津。モデル・シャークのイニシエーターで血の匂いなら最大約1キロまで察知可能ー。あと血を舐めたらパワーアップします」
沈黙。
「……いやなんつーか、なぁ?」
「遠くの血の匂いが分かるのもパワーアップ出来るのも凄いんだけどさ……」
「えーと、えーと……」
「如何せん喰種と比べると、な」
里津は立ち上がると、カネキの胸ぐらを掴んで激しく揺らしながら今日会ったばかりの4人を指差した。
「ほらァ! 見なよコイツらの微妙そうな顔! なーにが『僕は喰種だ』だ! 卑怯でしょそれ! 自己紹介のハードル勝手に跳ね上げやがって! ちょっとは順番を考えなよ!?」
「ちょっ、里津ちゃん、一旦落ち着いてっ……」
「落ち着けるかぁ! だいたい誰のせいでこうなったと思ってるのさ!?」
カネキの言う通り、自己紹介に面白さを求める必要はない。そんなことは里津だって分かっている。しかしそれはそれとして、今のところ全員が何かしら爪痕を残しているのに、自分だけ空気のように薄っぺらい自己紹介をするなどありえない。
しかし悲しいかな。どんなに考えても『僕は喰種だ』以上の自己紹介など浮かばなかった。
「諦めましょう里津さん。カネキさんより先に自己紹介できなかった時点で、我々がこうなることは分かっていた筈です。というか私たちも早く終わらせたいので変わってください」
「……ふんっ」
里津はカネキを揺らすのを止め、無言で肩パンを始めた。カネキは自分の配慮が足りなかったと甘んじて肩パンを受け入れた。
「ではトリは任せました将監さん」
「は? おまズル───」
将監が何かを言い終えるよりも早く、夏世の裏拳が彼の脛にクリーンヒットした。
「ぐっおおおおぉぉぉ……!」
「序列1156位*3、千寿夏世です。モデル・ドルフィンのイニシエーターで、IQが210あります」
「へー……」
「それから、イルカの因子の影響で脳を交互に眠らせて24時間活動することも出来ます」
「……なんか、すごいね」
「す、水中戦も出来ます」
「……ここは陸地だが」
「あ、あと株とか……会社の経理も担当してます」
「……………」
「っ……よろしくお願いしますっ」
何だこれ地獄かな?
所詮は自己紹介と高を括っていたら予想以上に反応が薄くて泣きそうだった。
脛を抱えて蹲る将監の横で、夏世は締めの言葉と共に抱える膝に顔を沈めた。そして蚊の鳴くような声で付け加えた。
「……あと、ちょっとした未来予測もできます……」
本来なら聞き逃されるほどの声量。だが静かなテント内ではそんな声量でも全員が聞き取れてしまった。その結果。
「未来予測だと? とんでもねぇ能力じゃねーかクールガール!」
「え、何それ気になる」
「俺も気になった。どうやってやるんだ?」
「わ、私も気になります……」
「流れ変わったな」
普通に食いついた。
夏世は心の中で思わずガッツポーズを決めた。
「では僭越ながら実演して見せましょう」
首の皮一枚繋がったことに内心で狂喜乱舞していることなどおくびにも出さず、夏世は堂々とした態度で口を開いた。
「
それは予言のようだった。
夏世は指を立て、カウントを始める。
「3……2……1」
指をすべて折りたたむと同時に、テントの外でバキバキィ……! と乾いた音が響き、何かが地面に倒れた。
全員で外に出て何が起きたのか確認すると、確かに木が折れていた。
皆が思ってるであろう疑問を、代表するように蓮太郎が尋ねた。
「なんで折れるって分かったんだ?」
「薙沢さんが自己紹介の時に木を折った際、近くの細い木に倒れかかりました。折れた木の重量と細い木が耐えられる重さを計算した結果、共倒れするのも時間の問題だろうと思いました」
夏世は自身のこめかみに指を当てた。
「要は観察と計算です。私は他の皆さんのように戦闘力の高いイニシエーターではないので、生き残るには周囲の環境や敵自身を利用するしかありませんでした」
「だからお主は、戦闘で敵の動きを先読み出来るのか」
「敵の動きを先読みするのと同じ要領で、木が折れるのも予測できたっつーことか」
「はい。なのでやろうと思えば皆さんも出来ますよ。予測の精度と計算速度は慣れです」
「うへぇ……あたし算数苦手なんだよね……」
ちなみに未来予測に誰も反応しなかった場合、倒木について素知らぬフリをするつもりだったのは内緒である。
「夏世の裏切り者ぉ……アンタとは絶交だよ絶交」
「実はこの前来月公演予定の舞台版『天誅ガールズ』のプレミアム席が2席取れたんですよね」
「夏世、アンタはアタシの親友だよ」
そうして、残るはトリを(強制的に)任された将監だったが。
「うお!? 剣が浮いてんぞ! どうなってんだ!?」
「将監、あんたそんなことも出来たのか……」
「手から電気も出せるって、アンタ超能力者だったの!?」
「す、凄いです……!」
「里見の義眼といい、電気を操れる義肢といい、室戸医師の腕は健在らしいな」
「閃いたぞ! あの剣に翠の帽子を被って乗れば誰でも魔法使いになれるではないか!」
「延珠それナイスアイデア! あ、でも翠が嫌なら無理強いはしないからね」
「い、嫌じゃないです! どうぞ……!」
「ホント!? ありがとう!」
義足に仕込んだ投擲用ナイフ10本とバスターソードを磁力で浮かせるパフォーマンスや、義手から放電するなどして場を大いに盛り上げた。
「ま、俺に掛かればこんなもんよ」
なお自己紹介終了後に将監の脛は再び犠牲になった。
そして。
「───失礼」
そうした和やかな時間は、現れた自衛官の声によって終わりを迎える。
「我堂長正団長から召集が掛かりました」
戦争の足音が、少しずつ近づいていた。