SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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九番目の主人と、八番目の真祖との邂逅。これから主に絡むのはこの二人。

キャラ名が一切出てこない不思議回です。



1. 狐の散歩道

 お昼間の気持ちの良い日差しがふと陰り、買い物帰りの少女は空を見上げた。

 

「……天気雨?」

 

 雲の薄い空から細かい雨粒が降り注ぎ始めて、慌てて少女はシャッターの降りた店先の屋根に駆け込む。天気予報では朝から晩まで快晴だと言っていたのに、と大きなエコバッグを抱えて独りごち、少女は雨が通りすぎるのを待つ。

 からころ、とコンクリートの地面を打つ下駄の音が響いたのは、そんな時だった。

 

「…………?」

 

 妙に耳に付くその音に、黒髪の少女は自然と振り向いた。閑散とした商店街の奥から、紅い番傘をさした誰かが歩いてくるのが見える。

 からころ。軽やかな音を響かせながら、誰かは少しずつ少女の佇む軒先へと近付いてくる。

 番傘の下からは黒い着物に白の羽織が覗き、今時なかなか見ない和装に少女の視線は更に惹き付けられた。

 からころ。人通りの無い道の真ん中を、その誰かはゆっくりと歩き続ける。

 近付くにつれ分かりやすくなる姿の中で、明らかに通常よりも高い下駄が目につく。あれほど高くては歩きにくいのでは、と他人事ながらに少女は眉を潜めた。

 からころ。距離が縮まり、いっそう下駄の音色が耳を突く。番傘の誰かはもう間近だった。

 流石にこの近さで凝視しては失礼だろうと、少女は顔を正面へ、視線を向かいの雑貨屋の看板へ移した。心なしか、雨足が強くなっているような気がした。

 からん。

 

(………………………………、あれ?)

 

 一定のリズムで、心地好く響いていた音が、止まっていた。もう少しで目の前を通り過ぎるはずだった番傘の誰かが横切る気配もない。

 振り向けば、先程までの少女の視界にはぎりぎり入らない位置で、件の人物は足を止めていた。もう一歩踏み出して手を伸ばせば、届くような距離で。

 心持ち前に傾けられていた番傘が上がり、隠れていた誰かの顔が露になる。短く切り揃えられた黒髪に、細いサングラス。申し分なく整った顔立ちに、何故か顔の横に掛けられている狐面。それらを総合して、少女は。

 

(少なくとも知り合いではないわね)

 

 これほど特徴が多い人物を忘れるはずがない。ならば、見ず知らずの少女の前で何故この人物は立ち止まったのか。

 財布などの入った肩下げのトートバッグを体の後ろ側に回しながら、少女は僅かに後退る。掛けている意味があるのか疑問なほど細身のサングラスから、切れ長の赤い瞳が彼女を捉えていた。

 

「ねぇ君、道を教えてくれないかい?」

 

 どこか艶のある男声。下駄の高さの関係で10cmほど上にある赤を見上げて、少女は雨音に消されないよう意識した声で尋ね返す。

 

「道……どこへ行きたいんですか?」

「そうだなぁ、この近くの美味しいお蕎麦屋さんなんて知らない?」

「この先を真っ直ぐ進んで大通りに出てから、左へ曲がって5分ほどですね」

 

 少女の返答を聞いて、前触れなく狐面の男は大声で笑い始めた。

 

「あはっ、あははははははははっ、まるでカーナビみたいな答えだねぇ! あはははははははははははっ!」

「………………………………」

 

 じり、と雨音に紛れさせて少女が足を後退させ、エコバッグを抱え直した辺りで漸く、彼は笑いを止めた。すっぽりと着物の袖に包まれた右手を口許に当てながら、嘆くような声で低く呟く。

 

「面白くない」

 

 ……ここで少女がこの挙動不審者に怯えて逃げ出さなかったのは、同じくらい温度差の激しい性格を持つ人物が身近にいたお陰かもしれない。既視感を伴う行動は警戒心を下げる一助となるものである。

 

「でもまぁ、オトギリは喜びそうだ。教えてくれてありがとうね」

「……どういたしまして」

 

 からころ、と再び下駄の音が響く。

 歩いて来た時と同じようにゆったりとした足取りで、番傘の男は歩いて行く。その背を見つめ、ふと少女は違和感を覚えた。

 からころ。白い羽織が遠ざかる。

 無意識に視線を下げて、少女は違和感の正体を探った。何か、解せない部分があるはずなのだ。

 からん。

 

(…………あ、傘だ)

 

 天気予報では、確かに今日は一日晴れだと言っていた。だからこそ少女は突然の雨に立ち往生する羽目になったのだ。

 だと言うのに先程の男は、決してコンパクトとは言えない番傘を持ち歩いていた。晴れの日には邪魔になるはずの物を、当たり前のように。

 

(そんなの、まるで最初から雨が降るって分かってたようなものじゃない……)

 

 違和感が晴れて視線を上げた少女は、そこで驚きに目を見張った。道の先には、もう紅い番傘も白い羽織も見えなかった。あれほど耳をついていた下駄の音色も聞こえない。一本道の途中で、番傘の誰かは忽然と姿を消していた。

 白昼夢を見ていたような感覚に襲われ、少女は自分の立っている場所を確認するようにぐるりと辺りを見渡す。

 

 雨は、いつの間にか止んでいた。

 

 




少女の知り合いには、温度差の激しい“人間”がいるそうです。
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