SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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こちらの『幕間』は『舞台裏』とは違い、過去編や番外編などにあたる独立した一話となります。本編に絡む要素も多いため、話数順に読んでいただければより本編ストーリーをお楽しみいただけるかと思います。

今回は椿がシャムロックに呼ばれていた間の、百合音が“綿貫桜哉と友好を深めていた”部分のお話です。


幕間1 『異口同音に口を揃えて』

「お友達になりましょう、桜哉くん」

「………………………………………………は?」

 

 長い長い思考停止の後に(ようや)く桜哉の口から出たのは、その一音のみだった。

 

 

『 異口同音に口を揃えて 』

 

 

 客人が来るらしいという話は、聞いていた。

 シャムロックは来客用の紅茶を買い足していたし、いつも麻雀や雑談をしている共用リビングは心なしか綺麗に清掃されていた。誰がやったのか桜哉は知らないが恐らくはこれもシャムロックだろう。何故なら、客人を連れて来たいと言ったのが椿だからだ。

 

 そして数十分前に椿に抱えられて窓から連れて来られた少女は、現在ソファで期間限定味だというダッツを食べている。

 

 先程椿から吸血鬼だというカミングアウトがあったばかりのはずだが、彼女は怯えるでも騒ぐでもなくその事実を“受け入れて”いた。窓際に腰掛けている桜哉からは彼女の表情がよく見えるのだが、特に強がっている様子も見られない。

 

(ほんと何なんだ、アイツ……)

 

 彼女を椿が連れてきた時、桜哉はその見覚えのありすぎる制服を見て驚いた。そして彼女と目が会った瞬間、咄嗟に逃げなければと思った。桜哉が椿と“同種”だと、同じ学校の生徒に知られるのは避けなければならない事態だからだ。

 しかし彼女は、既に桜哉の名前を知っていた上に笑顔で自己紹介までしてみせた。あの場に居た他の面子(めんつ)など視界に入っていないかのような、極めて自然体で。

 そして訊きもしないのに名乗った少女の名前を聞いた瞬間、桜哉の記憶で僅かに引っ掛かる部分があった。

 

(確か、クラスリレーのアンカーやってたよな…)

 

 思い当たるのは五月に開催されたクラス対抗男女混合リレー。その時に桜哉の隣のクラスである五組のアンカーを務め、同じく桜哉のクラスのアンカーだった真昼とデッドヒートを繰り広げた女子である。因みに彼女は四位から二人抜いて二位に上がった後に真昼と()り合ったが、最終的にリードの差が響き真昼が逃げ切るという結果に終わった。

 そこで新たに桜哉の記憶の回路が繋がる。

 

(あぁ、そういや女子人気が凄かったな)

 

 隣のクラスの陣地からは女子からの声援が響いていた記憶が強く残っている。確かに足は速かったがそれ以前に、あの手慣れた自己紹介から察するに交遊関係の広いタイプなのだろう。

 他にも彼女に関する記憶がないかと思い返してみるが、桜哉の脳内にそれ以上の情報は見付からなかった。

 とすると問題になるのが、何故彼女は桜哉のことを知っていたのかという点だ。

 クラスが隣なのだから、廊下ですれ違ったりすることくらいはあっただろう。しかし声を掛けられた覚えなどない。実際、彼女の方も“直接自己紹介したことはなかった”と言っていた。

 

(じゃあ、なんで……)

 

 桜哉の思考が回転を鈍らせたときだった。

 

「ねぇ、隣いいかしら?」

 

 それはもう極々自然に、(くだん)の彼女が笑顔でそう言いながら桜哉の隣に腰掛けてきた。

 

「わぁ……流石に高いし景色も良いわね。あ、それと桜哉くんって呼んでもいい?」

「いや待てってお前。ていうか椿さんは……」

 

 小さい子のように両手を窓に付けて眼下に広がる街並みを楽しげに見ながらどさくさに紛れて名前呼びを許可させようとしてくる彼女に、桜哉は軽く突っ込みながらさっきまで椿と彼女が居たはずのソファを確認した。しかしそこに椿の姿はない。彼が考え事をしている間に席を外してしまったようだ。

 

「椿さんなら、さっき眼帯の人に呼ばれて行ったわ。ねぇ、それより私、一つ桜哉くんに質問があるんだけど」

「…………なんだよ」

「桜哉くんも、吸血鬼なの?」

 

 は、と半開きになった桜哉の口から細く息が漏れていった。(あま)りにもあっさりとした問い掛け方に唖然としたのが半分、聞く必要のないことを聞く馬鹿さに呆れたのが半分である。

 桜哉が、この部屋に居る他の面々が吸血鬼かどうかなど、椿が吸血鬼であると明かした時点で薄々予想できることだろうに。

 真っ直ぐに桜哉の目を見て回答を待つ少女を、桜哉は半ば自棄(やけ)のような気分で見返した。

 

「だったら、なんだよ」

「そう。じゃあ……」

 

 そして冒頭に戻る。

 

「お友達になりましょう、桜哉くん」

「………………………………………………は?」

 

 一瞬、“じゃあ”というのは日本語における逆接表現だったかと錯覚した。

 しかしそんな訳はないと直ぐに桜哉は心の中で首を振る。おかしいのは桜哉の日本語能力ではなく周りが吸血鬼だらけだと知っているにも関わらず友達作りに励もうとする彼女の方である。

 

「お前、状況分かってないのか?」

「椿さんのこと? あれは帰してくれそうにないわよね。私、今日夕食当番なのに」

 

 困ったわ、と全く困ってなさそうに彼女は呟いた。本当にこの少女の思考回路と危機意識はどうなっているのかと他人事ながら桜哉は不安になる。

 そして桜哉ははっとした。この緩すぎる会話に乗じれば彼女がどうして桜哉のことを知っていたのかを聞き出すことも容易なのではないかと。

 何故か桜哉の方が緊張しつつ意を決して口を開く。

 

「なぁ、それより……なんでオレの名前、知ってたんだよ」

「理由は二つね」

 

 まるで、桜哉がそう尋ねてくることを予見していたように(よど)みなく彼女は話を始めた。窓の外へ向けていた身体をくるりと部屋側へ戻し、桜哉の目の前に人差し指を立ててみせる。

 

「まず一つ目。これは個人的な目標なんだけど、私、今学期中に同じ学年の子の顔と名前は制覇しようと思ってるの」

「…………………………………………」

 

 さらっと聞かされた目標とやらに桜哉は軽くフリーズした。まさか、友達百人出来るかな♪をリアルでやろうとしている人間がいるとは。

 元々ネガティブな性格で人間関係の構築など鬱陶しいとすら思うことのある桜哉からすれば、正気の沙汰とは思えなかった。

 

「それで、まぁ流石に一人一人にアタックしていくのは効率が悪いから、喋る機会のあった子にその子の“友達の話“を聞くことにしているの。そこで二つ目ね」

 

 人差し指の隣に中指を立てて、桜哉には理解できない目標を掲げる少女は続ける。

 

「桜哉くんって、虎雪くんとお友達なんでしょう? 美術部の展示会のセッティングのお手伝いをしたときに彼と話す機会があったの。そこで桜哉くんのことも聞いていたのよ」

 

 にこにこと、相変わらず何が楽しいのか笑顔で彼女は説明を終えた。

 

「話聞いてただけで、見たときオレだって特定できるのかよ」

「うちの高校って確かに校則はゆるい方だけど、校内にまでヘッドフォン着けてくる子なんて貴方くらいだと思うわよ?」

「……………………」

 

 即答でそう告げられて、桜哉は沈黙した。意識していなかったが、確かに常にヘッドフォンを首に掛けていれば覚えられていても不思議ではない。

 

「まぁ、その話はおいといて。文化祭の出し物、桜哉くんのクラスは何になったの?」

「……喫茶店」

「桜哉くんは裏方? 接客?」

「たぶん、接客」

 

 そう言うと彼女は少し驚いたような顔をして。

 

「桜哉くんって裏方でも活躍できそうなのに、接客もこなせるなんて凄いわね!」

 

 一瞬だけ嫌みでも混ざっているかと桜哉は身構えたが、彼女の表情を見るに純粋に凄いと思っただけなのだろう。普段の学校での桜哉の様子を知らない彼女からすれば、今のやや冷めた口調の桜哉を見て裏方向きだと思うのは道理だ。それで接客をできるのかどうか疑わないあたり、随分と素直な思考回路の持ち主である。

 

「……そっちは」

「お化け屋敷ね。私は宣伝と受付とお客さんの誘導担当」

「多いだろ」

「ほとんど同じような役割だもの、重複するのは仕方ないわ」

 

 どうやら本命のお化け屋敷の中に割かなければならない人員が多いらしく、外は最小限の人数になってしまったらしい。

 それから文化祭の話題を暫く話して、それでも会話は途切れなかった。少女の方が上手く桜哉に質問を投げ掛けて、それに答える形で新しい話題へと移っていく。

 あの教科の先生は宿題が多いだの、この前の授業で抜き打ちテストがあっただの、購買のどのパンが美味しいだのと。学校の休み時間にするような雑談が続き、知らぬ間に饒舌(じょうぜつ)になっている己に桜哉は内心で驚いていた。そして同時に、心の中に浮かんだぼんやりとした感情を見付ける。

 

 こういうの、なんか、いいな、と。

 

 はっきりとした理由を付けることは出来ないが、気付いた途端にその思いは鮮明に桜哉の中に染み渡った。感情自体に名前を付けられなくとも、それを新鮮に感じる理由は簡単だった。

 彼が人間だった頃は言うまでもなく、椿に救われて吸血鬼になった今でも。

 

 桜哉が友達の家に行くことはあっても、その逆は絶対に有り得なかったのだから。

 

 何だかんだ桜哉が“家”だと思っているこの場所で、同じ学校の話が出来る人物と一緒に駄弁っていられることが、彼には想像以上に心地良かったのだ。

 そして桜哉がそのことを自覚したとき、ふと二人の傍に影が落ちた。

 

「もう、ソファ(ここ)で待っててって言ったでしょ?」

 

 耳に届いた声に桜哉が顔を上げれば、いつの間にかそこには椿が立っていた。無駄に高い下駄を履いているというのに近付く足音すらしないとはどういうことなのか。

 一方で椿は少女のみに視線を注いでいて、いつものごとく黒い袖に包まれた右手を口許に宛がっている。彼女の方を見れば、やはり突然間近に立たれていたことに驚いたのか、ぽかんとしたまま椿を見上げていた。

 

「シャムが紅茶を淹れなおしてくれてるから、こっちにおいで?」

「………………はい」

 

 いつもと同じく柔らかな口調だったが、椿の声にはどこか有無を言わせない響きが感じられた。彼女もそう感じたのだろうか、僅かに引き()った表情で従っている。

 別に桜哉の位置からソファがそう離れているわけでもないのだが、去り際にちらりと彼女が桜哉に視線を寄越したのが見えた。そして、それを遮るように彼女の背後に身を置いた椿の、彼女へ向けられたその赤い瞳に渦巻くものが見えてしまって、桜哉は。

 

(…………あぁ、)

 

 可哀想だな、と思った。

 

 椿が少女に向ける視線が、桜哉が偽物の記憶を植え付けた親友に向けるものと、同じものだと感じたからだ。

 桜哉は彼女と椿の馴れ初めを知っているわけではないが、想像は出来る。恐らくは彼女の方が椿に、あの明るい笑顔でもって接したのだろう。

 美女と野獣の方がよっぽど救い様のある組み合わせだったろうに。

 見ず知らずの誰かにまで、吸血鬼(こんな化け物)なんかにまで笑顔を向けたりするから、付け入れられて関わることを強要される。桜哉が城田真昼の親友に()ったのも、椿が彼女を拐ってきたのも、本質は変わらない。ただ何となく、気に入ってしまったものを手の届く場所に置いておきたいだけだ。実に身勝手で一方的で、悪意がない代わりに善意も含まない、どうしようもない所業である。

 極めつけに、彼女は椿が吸血鬼だと明かされたときに拒絶を示さなかった。

 当たり前に人間だと思って接していた誰かが実は、百人中百人が化け物だと呼ぶ存在だと知らされてなお、今まで通りに会話が出来るなど。そんな人間は普通、いない。このことによって椿の彼女に対する執着は確実に強まっただろう。

 連れ戻されたソファの、椿の隣でそれなりに(くつろ)いでいる彼女を曇った瞳で眺めながら、桜哉はもう一度だけ、声に出さず可哀想にと呟いた。

 

 

 

 今桜哉の考えたことを少女の“家族”に聞かせれば、哀れみの目を向けられるのは彼の方であることなど、この時の綿貫桜哉は知るよしもない。

 

 




第三者から見た椿と百合音。

そして家族全員に「あの子が可哀想な女の子(悲劇のヒロイン)? ないない」と即答される主人公。
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