SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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9. 耳を傾ける

 鳴り響く音に、室内はしんと静まっていた。

 

 椿は勿論、桜哉やオトギリやシャムロックなどの視線が集まる中で、百合音は。

 

「もしもし、あ」

 

 さっとスマホを取り出して相手も見ずにスピーカー通話のボタンを押した。スピーディーすぎて隣に座っている椿が何の反応も出来ていない。

 しかし平然と通話を開始しようとした彼女の手から、シャムロックが素早くスマホを抜き取った。

 わざわざ誘拐してきた人間に外との連絡手段を使わせるなど愚行なので彼の判断は賢明である。特に取り返そうとはせず百合音は彼を見上げる。

 

(直ぐに切らないってことは、適当な理由をでっち上げて私が誘拐されていること自体を誤魔化すつもりかしらね)

 

 そんな風に彼女が思っていると、予想通りにシャムロックは社交用の穏やかな声色で滑らかに言葉を紡ぎ出した。

 

「もしもし、百合音さんのご家族の方でしょうか? 私はーーーー」

 

 だが、彼の台詞を遮って、スピーカーからは冷めた声が響く。

 

『そういう前口上はどうでもいいからさっさと君の主人の狐に代わりたまえ』

 

 場に居た全員が固まった。

 このタイミングで電話を掛けてくるなら有紗あたりだろうと踏んでいた百合音もまた絶句していた。数秒の空白の後に椿が笑いだすまでは、誰も彼もが完全にフリーズ状態だった。

 

「あはは、あは、はぁ……面白くない。シャム、貸して?」

 

 恒例のくだりが終わった後で、椿が手を差し出す。シャムロックは未だに動揺しながらも椿に従い、スマホが椿の手に渡った。

 

「やぁ、その声は風谷(たつみ)だね? 久しぶりなのに随分と機嫌が悪そうじゃないか」

 

 えっ、と思わず声が出そうになって百合音はぎゅっと唇を(つぐ)んだ。風谷が椿のことを知っているのは不思議ではないが、椿もまた風谷の知り合いだとは思っていなかったのだ。

 

『確かに久々だな、椿。白昼堂々私の大事な娘を拐うとはいい度胸だ』

「むすめ?」

 

 完全に予想外だったのだろう。切れ長の目を丸くして椿が百合音を振り返る。血は繋がってませんけどね、と答える彼女の隣から身を乗り出して、シャムロックがやや狼狽(うろた)えた調子で声を上げた。

 

「馬鹿な。事前の調査でそのような情報はどこにも……!」

『おやおや、もしかすると君が調べ出したのはその子とは別の人間の情報だったのかもね? まぁ気にするなよ、間違いは誰にでもあることだ』

 

 電話の向こうで風谷が愉快そうに(わら)っているのが、百合音には簡単に想像できた。こればかりはシャムロックに同情を禁じ得ない。知らずに挑むには相手が悪すぎたのだ。

 悔しげに白手に包まれた拳を握る彼に心の中でご愁傷さまでしたと唱える百合音の隣で、椿は不敵に笑う。

 

「それで、用件は何かな?」

『そうだな。とりあえず私の娘を連れ去ったことの理由と弁明を聞こうか』

「あはっ、僕が素直に答えると思ってるの?」

『思わないね。それに君の答えなど期待していない。吐き気がするほど不本意だが、理由の方は私には見当がついているのでね』

 

 まぁそんなことはどうでもいいか、と本当にどうでも良さそうな冷めた声色で呟きが聞こえて、百合音は首を傾げた。少しばかり風谷らしくないと思った故である。

 彼女がその違和感の理由について考えている間に、風谷は本題へと話を進めていく。

 

『そこで君に一つ提案がある』

 

 スピーカーから流れたその声に不穏な気配を感じて、百合音は反射的に身構えた。そして案の定、どこか愉しげに風谷は『提案』を口にする。

 

『しばらくの間、その子を預かっててくれないか?』

「は?」

 

 室内に居る全員の心境を一文字で代弁した椿は、呆けた後で真顔になった。

 

「僕が言うのもなんだけど君、頭大丈夫なの?」

『実は私、明日イギリスへ行く予定があってね。最近はどこかの誰かのせいで物騒だし、娘を残していくのは不安だろう?』

 

 白々しい、という表現が一番合うだろうか。

 風谷の突飛な発言と無茶振りは今に始まったことではないので百合音は最早抗議する気にもならず、半目でスマホを見詰めた。

 

(……でもこれ、私の真祖(サーヴァンプ)が冷優じゃなかったら24時間で死んでるわよね)

 

 冷優の真祖としての特異性の一つに、主人(イヴ)との限界距離が無制限であることが挙げられる。

 決して制約自体が無いのではなく、距離設定が“無限”なのだ。これにより真祖(サーヴァンプ)主人(イヴ)は必ず一定距離内に居るという常識が覆っている。

 因みに物理的な縛りが実質無いも同然である代わりなのか、精神面での結び付きが他の主従よりも強いらしい。百合音は他の真祖の主人(イヴ)になったことがないので比べようもないのだが。

 

(まぁ、心の声がだだ漏れとかいうレベルじゃないから別にいいんだけど)

 

 百合音がそんなことを思っていると。

 

『まぁただし、一つ条件がある』

「お決まりすぎて面白くないなぁ」

『面白さを求めてはいないし、どうせ君はいつも憂鬱だろう。何より私には関係のない話だ」

 

 会話に混ぜ込まれた単語に、百合音はぴくりと反応した。それを顔に出さないようにゆっくりとスマホから視線を逸らす。

 

(今“憂鬱”って言った? しかも、“椿さん”は“憂鬱”だって言ったわよね?)

 

 少し前に冷優や有紗と話し合った時のことが百合音の記憶に(よみがえ)る。憂鬱といえば八番目の真祖、そして兄妹たちに戦争を仕掛けようとしている張本人ではなかったか。

 

(……これ、私が主人(イヴ)だって絶対にバレちゃいけないパターンじゃない)

 

 現状、椿たちは九番目の真祖である冷優の存在を全く知らないはずだ。その状態で百合音が主人(イヴ)だと思われた場合、上の七人の兄弟たちの誰かの主人だと断定されるのは避けられない事態だろう。そしてそうなれば、待っているのは笑えない展開である。

 内心で戦々恐々としているのを悟られないように、百合音はそっと紅茶のカップを手に取った。温くなってしまっているそれにゆっくりと口を付ける。

 

(風谷が私の携帯に掛けてきて“娘”だって宣言したのって、もしかしてこれが理由……?)

 

 “風谷の娘”だという前提があれば、多少吸血鬼の知識があってもそれが“主人(イヴ)だから”だとは思われない。そして風谷巽は良くも悪くも中立な人間だ。中立な人物の関係者なら、鈴白百合音もまた中立だと扱われるだろう。少なくとも即座に敵方と見なされて殺される危険性は減る。

 考えていたより数段危険な場所に連れ込まれていたことが判明して、渇きを訴え始める喉に百合音は紅茶を流し込んだ。

 

「で、その条件は?」

『学生の本分は勉強だ。明日は適当に公欠にしておくが、明後日からはきちんと登校させること』

 

 適当に公欠、にツッコんではならない。風谷のやることに一々口を挟んでいたらキリがないからだ。なのでそれは置いておいて、条件の分析に入ろう。

 この条件を呑めば、椿には百合音を外に出さなければならない、そして彼女がそのまま逃走するかもしれないというリスクが生じる。風谷が百合音を“預ける”と言っているのだからそれを信じれば問題にはならないはずが、敢えて条件とする理由に裏があるようにも思えてしまう。

 

「……断れば?」

『少なくとも今日中にはその子を返してもらうことになる』

 

 決定事項として告げられた言葉は寸分の迷いもなく、直ぐにでも百合音の奪還を完遂させられるという自信が感じられた。

 ふと切れ長の目を伏せて、椿は思案するように間を置いた。その隣で百合音は、考えてもあまり意味はないのにと心の中で呟く。

 

「……いいよ、その条件で。百合音がちゃんと僕の所に帰って来てくれるなら、僕はそれで構わない」

『……そうだな。せいぜい期間限定でその子の帰る場所になれることを喜んでおけよ』

「期限の曖昧な期間限定なんて、無期限と同じだけどねぇ?」

『期日は設けるさ。そう遠くない内に必ずな』

 

 二人の会話を隣で聞いていて百合音は思った。両者ともに口調がキツい訳でもないのに寒気がする、と。

 

『……あぁ、それと最後に百合音に代わってくれないかな? スピーカーのままで構わないから』

 

 ふと雰囲気の柔らかくなった風谷の言葉に、嫌な予感が百合音の脳裏を掠めた。

 代わりたくなかったが椿が素直にスマホを差し出してくるため仕方なく黒いカバーのそれを受け取る。

 

「……もしもし」

『やぁ百合音、元気そうでなによりだ。ところでもうそろそろ着く頃だと思うのだが』

 

 何が? と尋ねるより先に、部屋にノックの音が響いた。

 

「すいません椿さん、さっきこれが届いてたんですけど…」

 

 恐らく椿の下位吸血鬼(サブクラス)の一人だろう。百合音と同年代くらいの少年が、青い大型のスーツケースを運んできた。

 その声が聞こえたのか、スマホから風谷が。

 

『あぁ、届いたみたいだね。大体の生活用品は詰めておいたから』

「私の荷物?」

『そう。ついでに()()()()()()椿、危険物は入ってないから女子高生の鞄を漁るなんて野暮なことはするなよ?』

「しないよ。僕を何だと思ってるの」

『それは失礼。……あぁそれと、これは条件に挙げるまでもないことだが、確認のために言っておこうか』

 

 不意に風谷の声色が切り替わる。

 

『私はその子を、お前たちの玩具(おもちゃ)や餌として差し出しているわけではない。帰ってきたときにその子に傷の一つでも付いていたら、覚悟しておけよ?』

 

 大声で恫喝されているわけでもないのにぞっとするような威圧感だった。一つ前の台詞との温度差でお湯が氷に変わりそうなほどである。百合音は慣れているし椿も平然としていたが、それ以外の面々は無意識に身構えてしまっていた。

 再びしんとした状態から一拍開けて、スピーカーからはもう重くも鋭くもない声が響いた。

 

『さて、じゃあそういうことだから頑張ってね百合n』

 

 語尾に音符でも付きそうなノリの台詞だったので百合音は最後まで聞かずにスマホをシャットダウンした。

 深く深く長い溜め息を吐き出して、彼女は抑揚のない声で告げる。

 

「……そういうことだそうなので、よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」

 

 条件は付けられたものの合法的に(?)百合音を側に置いておけることに上機嫌な椿と、風谷の無茶振りにげんなり感が隠せない百合音。もう一度出そうになった溜め息を、彼女は残り少ない紅茶と共に流し込む。そしてそんな二人の前に立ち、声を張り上げる男が一人。

 

「しかし危険です若、()()()が何を企んでいるか……!」

「っ⁉ げほ、ごほっ」

 

 シャムロックの発言を聞いた百合音は思わず飲んでいた紅茶を()せた。

 

「あれ、大丈夫? 百合音」

「けほっ……だ、大丈夫です。ん″んっ、紅茶が、気管支に入りかけた、だけなので……」

 

 本当は“あの男”発言に動揺した結果噎せたのだが、適当に笑って百合音は取り繕う。椿の視線が外れたところで再びカップに口を付けて、口許を隠した。

 

(ま、まさかここにも風谷のことを男だと思い込んでる人たちがいるなんて……)

 

 あの話し方と女性にしては低い声のせいで、風谷は依頼人に男だと間違われていることが多い。加えて性質(たち)が悪いことに彼女は、自分から男だと名乗るようなことはしないが、相手が勝手に男だと思い込む分には訂正をしないのだ。何でもその方が都合が良いことも多いのだとか。そして当の本人がそんなスタンスなので、百合音も特に間違いを正そうとはしないことにしている。

 喉の調子を整えながら、()()()()()()使()()()()()()()()空っぽになった紅茶カップを百合音がソーサーに戻した。それとほぼ同時だった。

 

 バンッッ!! と部屋の扉が派手な音を立てて開かれたのは。

 

「たっだいまァ~!☆★☆」

 

 飛び込んできたのは、シルクハットが印象的な長身の男だった。着ているものは普段着というより“衣装”と言った方が良いような、演出目的を感じるスーツ。

 

「あぁ、おかえりベルキア」

「ただいまつばきゅん!☆ お仕事完了だよ~……って、えぇぇぇェェェ!?」

 

 椿がベルキアと呼んだ男の視線が百合音に止まり、大袈裟に驚きの声が上がった。

 

「なんで人間がいるのォ!?★☆★」

「ベルキア貴様、また若のお話を聞いていなかったのか!? 客人を連れてこられると仰っていただろう!」

「こんな時間まで居座ってるとか思わないじゃん!!」

「あ、すいません色々あってこれからしばらく居座らせてもらいます鈴白百合音です。どうぞよろしく」

 

 何だか疲れてきたので半分投げやりに、しかし表情は努めてにこやかに百合音はそう挨拶をした。人間がいる、という言葉から察するに彼も吸血鬼なのだろう。彼女の発言を聞いてまた大袈裟に驚いてみせる男の、大きなシルクハットが大振りな動作に合わせて揺れるのを彼女は黒い瞳でぼんやりと眺める。

 

「食べちゃダメだよベル? この子は“預かりもの”だからねぇ」

「えー、でも人間なんてエサでしょ~?★☆★」

 

 素直な人、いや素直な吸血鬼だなぁと思いながら百合音は、ベルキアの脅しのような台詞(せりふ)に特にリアクションを返さなかった。推測通りに椿が憂鬱の真祖でベルキアがその下位吸血鬼(サブクラス)ならば、主が「食べるな」と言った餌を食べることはしないだろう。無論、百合音としても易々と血を吸われるつもりはない。

 一方、反応の薄い彼女に早くも飽きたのかベルキアが「ボクお腹すいちゃった~!★」と叫んで椿が「そうだね。夕飯にしようか」と言い、シャムロックが「おまかせください若! 本日は私が腕によりをかけて」などと主張し始めた。賑やかなものである。

 

(……明日は、少し忙しくなるわね)

 

 皆の注目が外れている状況で一人、百合音はぼうっとしたような表情でこれからの身の振り方を頭に浮かべていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが徐々に収斂(しゅうれん)して纏まった頃、目の前に差し出された手に彼女は顔を上げた。

 

「ほら、百合音も行こう?」

 

 いつの間にか立ち上がっていた椿が、そう言って左手を向けていた。騒いでいたシャムロックやベルキアは勿論、他の面々も既に行ってしまったらしい。

 

「ーーーーーーはい、椿さん」

 

 笑顔で頷いて、()()()()()()()()()()()

 『彼女』はその手を取った。

 

 




なんだか含みのある終わり方をしましたが、大したものは含んでいません。たぶん。
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