SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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10. 曖昧なままで

 憂鬱の真祖・椿の朝は、遅い。

 吸血鬼だからというわけではなく、単純に彼の睡眠時間が長いだけである。予定がなければ昼近くまで寝ていることも珍しくない。

 

 だが本日は、そんな彼にしては早めの起床だった。

 

「あ、おはようございます椿さん」

「……うん、おはよう。ほんとに君は僕の思いつかないことをしてくれるよね」

「?」

 

 共用で使っているリビング代わりの部屋に足を踏み入れた椿は、そこに広がる光景に何とも言えない表情をした。

 一番に気付いて挨拶をした百合音と、続いて挨拶を掛けてくる家族たちが、トランプを手に仲良くテーブルを囲んでいる。もう何年も前から共に居るかのような違和感のなさだった。

 

「お早うございます若! すぐに朝食のご用意をいたしますので、少々お待ち下さい」

 

 テーブルを囲む四人の内の一人であるシャムロックがさっと手札を置いて立ち上がった。

 

「いや、そのトランプが終わってからでも別に」

「ご心配には及びません! 本日は、百合音女史に味噌汁の作り方を伝授いただきましたので!」

「あ、うん、そう……」

 

 全く会話のキャッチボールが成り立っていないが、椿の反応は目に入らないらしく意気揚々と彼はキッチンへ向かって行った。その背を見送った後で椿は、何食わぬ顔でシャムロックの手札を山札に混ぜてゲームを続行しようとしている少女に目を向ける。

 

(シャムが警戒を解いてるあたり、相当だね…)

 

 元から他人の懐に入るのが上手いとは思っていたが、ここまでとは。

 

「随分仲良くなったんだね。何をやってるの?」

「ダウトです」

「ねェ聞いてよつばきゅん! さっきからコイツばっか勝ってるんだよォ‼」

 

 ぷんぷんと不満げに叫ぶベルキアの手札はまだまだ枚数があるのに対し、百合音の手札に視線を移せば明らかに少ない。

 

「5」

「6…」

「なァ~な!☆」

「ベルキアさんダウト」

「なんでェ⁉」

 

 何から判断したのか、ベルキアのコールに即ダウトを宣言する百合音。冷静にベルキアの出したカードを裏返して数字を確認したオトギリが、眉根を寄せて呟く。

 

「百合音が強い……困ります」

 

 どうやらダウト成功のようだ。

 ただでさえ少なくないベルキアの手札に更に山札が追加される。

 

「8です」

「9…」

「10!☆」

「ベルキアさんダウト」

「だからなんでェ!?★☆★」

 

 あれだけ枚数があるのに嘘のカードを出す必要があるのかと思うが、ひっくり返せば確かにベルキアの出したカードは10ではない。そしてまたも手札が増えて撃沈する彼を尻目に百合音は(ジャック)を出して上がってしまった。

 

「……ベルキア、続けますか……?」

「絶対負けるじゃん! もうヤメ~!!☆★☆」

 

 確かに既に数枚のオトギリと束のベルキアでは余程のことがない限りベルキアの負けになるだろう。目立ちたがり屋の彼に負けがほぼ確定したゲームを粛々と続けるという選択肢などないのは、言うまでもない。

 ベルキアが放り出した手札と山札とを合わせ、オトギリから回収した手札を重ねてケースに片付けて、百合音は徐に立ち上がった。

 

「では私、シャムロックさんのお手伝いしてきますね」

 

 椿へにこりと笑顔を向けた後で、彼女は勝手知ったるようにシャムロックの後を追って行った。

 

「そォいえばつばきゅん、今日起きてくるの早かったねェ~☆なんか予定あったっけ?」

「…あったけど、もう終わっちゃってたみたい」

「???」

 

 ベルキアの問いに曖昧な回答を投げつつ、椿はふぅっと溜め息を吐いて口許を袖で隠した。もう姿のない彼女が座っていた椅子に視線を落とす。

 

 そもそも椿がいつもより(若干)早めに起きてきたのは、百合音を孤立させないためだった。

 

 一部例外を除いて全く知り合いの居ない環境に連れ込んだ事実を考慮し、彼女が皆と馴染むまではなるべく一人にしないでおこうと思っていたのだ。

 しかし次の日の朝にはこれである。あの少女のコミュニケーション能力というものは一体どうなっているのだろうかと、小さく呟いた声は当然ながら少女に届くことはなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 普段は食事のときしか使われていないリビングの机に、百合音は昨日出されたのだという数学の課題プリントと教科書を広げていた。

 椿が朝食をとった後。ちょっとお話しよう、と誘った椿に彼女が「宿題しながらでもいいですか?」と答えたのでこうなった次第である。黄色い小花の柄があしらわれたシャーペンでプリントの一番上に名前を書く百合音の隣の椅子に腰掛けて、椿は尋ねる。

 

「荷物の整理はできた?」

「はい。入ってる物を確認して、服とかを引っ張り出しただけですけどね」

「部屋で何か不便なことはない?」

「ありませんよ。アメニティが充実しすぎててもて余しちゃうくらいです」

「君は僕が吸血鬼だってこと、初めから知ってたの?」

「いいえ」

 

 何気ない質問に混ぜ込んだその問いを、彼女は考える間もなくきっぱりと否定した。同時に、内容が内容だからか手を止めて椿の方に顔を向けてくる。

 

「……情報屋(かぜたにたつみ)の娘、なのに?」

「娘だからって何でもかんでも教えてくれるほど仕事を軽んじてる人じゃありませんから」

 

 苦笑しながらそう答えた彼女に嘘を吐いている様子はない。

 

「……じゃあ、君は吸血鬼についてどこまで知っているの?」

「吸血鬼について、ですか?」

 

 問いを繰り返した後で、彼女は困ったように眉尻を下げて。

 

「吸血鬼は、吸血鬼ですよね? 牙があって、人の血を吸う……。あ、そういえば昨日は桜哉くんが、“死にかけの時に椿さんの血を飲まされると吸血鬼になる”って教えてくれましたよね。正直その発想はなかったのでびっくりしましたけど」

「………………」

 

 (かわ)された、と椿はそう感じた。

 椿はもし彼女が今の質問に対して“何も知らない”と答えたならそれは、嘘である可能性が高いと考えていた。その回答は、世間一般に語られている吸血鬼と実際の吸血鬼という存在とに色々と乖離(かいり)があることを知った上でしか出てくるはずのないものだからである。

 しかし百合音は、真っ先に一般認識の「吸血鬼」に関することを口にした。何も知らない人間の回答としては正解で、酷く退屈な答えを。

 

(これで本当は吸血鬼(サーヴァンプ)のことをよく知っているっていうなら、大した役者だね)

 

 いつの間にやら課題を再開して、解き方のコツを掴んだのかさらさらと類題を解いていく百合音にーーーー椿は瞬きと共にすぅっと目を細めた。さながら、獲物に狙いを定める狐のように。

 

 シャムロックに言われるまでもなく、風谷巽から電話があった時から、椿はしっかりこの少女を警戒していた。

 

 どこまでも中立な情報屋である風谷巽が、娘と呼ぶ少女。それだけで充分に彼女は特異な存在だ。充分に、注視するに値する。

 しかし先程のやり取りもそうだが、中々どうして彼女の“中身”は把握できない。娘らしく、風谷巽の“相手に底を見せない”という厄介な性質をきっちり受け継いでいるらしかった。

 策もなく探っても決して尻尾は出ないと分かったところで椿は、探るための質問は一先ずそこで切り上げることにした。代わりの話題を探すために改めて彼女を上から下まで見て、ぽつりと一言。

 

「前々から思ってはいたけど、君ってそういう私服しか持ってないの?」

「…それ、椿さんには言われたくありませんね」

「あはははははははっ!」

 

 わざわざプリントから顔を上げて目を合わせ、真顔でばっさりとそう言った百合音に椿は腹の底から笑った。勿論最後には面白くないと付け加えたのだが。

 だが実際、椿は彼女の服装に関して制服以外ではTシャツにジーンズという組み合わせしか見たことがない。ラフな感じと言えばそうだが、そのまま気軽にアスレチック競技に参加できそうなくらいのラフさなのである。

 

「君も女の子なんだから、もっと可愛らしい服も似合うと思うけど」

「似合う似合わない以前に、(しょう)に合わないんですよ」

 

 ふいっと目を逸らしてプリントに視線を戻す彼女は、一見どこにでもいる子供だ。可愛らしい服など性に合わないと、拗ねたような仕草をする辺りが特に。

 そう、まだ僅かに幼さを残した顔立ちに黒ゴムでハーフアップにされた髪、そして課題プリントを前にシャーペンを握る姿は、どこにでもいる女子高生そのものである。昨日のことがあるまでは、椿もそのことには何の疑いも持たなかったほどに。

 

 ……今更だが、椿はまだ、どうしてこの少女にここまで執着してしまうのか、その理由を分からずにいる。

 

 ただ、執着というものを純粋な感情と呼べるのかは疑問だが、少なくともそこに打算や計略などの不純物が混ざっていないことは断言できた。風谷巽の娘だと聞かされた今でも、それは変わらない。

 

 変な感じだな、と椿は思う。

 

 疑うことなくただ彼女を(そば)においておきたいと思う自分と、風谷巽の娘であることに冷静な警戒心を抱いている自分がいて。二つを天秤に掛けてみても、ゆらゆらと交互に上下し続けていつまでも順位が定まらない、というような感覚だった。

 

 彼女を生かしたいのか、殺したいのか。

 それすらも、今の椿には分からない。

 

 しかしもやもやとしたその感情がはっきりと姿を現したとき、きっと椿と彼女の“関係”は大きく変わることになるのだろう。その時までは、今のまま揺れる天秤を眺め続けるのもいいかもしれないと、椿は思った。

 

(……でも、それなら、逆に)

 

 彼女の瞳には、椿はどんな風に映っているのだろうか。

 

 吸血鬼特有の血のような赤色とは違う、黒檀のような黒い瞳。日本人にはありふれた色のはずだが、椿には彼女のそれはどうしてか、他の人間と異なって見えるのだ。烏の濡れ羽色の髪と合わせて、綺麗な黒だと思えた。

 ふと思い付いて、椿は右手で百合音の髪を一房(すく)う。己の着物の色と比べてみれば、同じ黒でもやはりどこか違うように映った。

 

「…どうしたんですか?」

「綺麗な髪だなと思って」

 

 椿が素直に思っていたことを吐き出せば、彼女は眉間にシワを寄せて振り返った。

 

「なに言ってるんですか。椿さんの方がさらっさらじゃないですか。それで特に手入れに力入れてないとか言ったら癖っ毛に悩む全国の女子に背中刺されますよ?」

「色の話だよ」

「色?」

 

 眉間のシワは一瞬で消えて、今度はきょとんとした顔に変わる。

 

「……ただの黒ですよ?」

「綺麗な黒だよ」

 

 言い募るように即答する椿に、よく分からないという顔をする百合音。彼女の表情から、謙虚なわけではなく本当に意味が分からないのだと椿は理解して、こういう所は抜けているのだと一つ知る。

 そうかと思えば彼女は直ぐに椿の髪を褒める台詞をつらつらと並べ始め、最終的にまた「女子に背中刺されますよ」と言われた椿はいつものごとく爆笑した。

 

 それから、プリントに集中を戻して終盤の数問に苦戦している百合音を眺め、椿は思案する。

 

 実は八番目の真祖でこれから一暴れするつもりな吸血鬼である椿と、実は情報屋の娘だが見た目はごく平凡な高校生である百合音。あの日の偶然がなければ接点など生まれようがない組み合わせの二人だ。

 二人を分かつ線引きなど、挙げようと思えばいくつも挙げられるだろう。その関係が絶たれる要因など、いくらでもあるだろう。二人の立つべき場所が途方もなく離れていると知れる日が来るかもしれない。いつか、二人の間にどんな線が引かれているのかをはっきりさせなくてはならない日が来るかもしれない。

 

 けれど、今は。

 今はまだ、分からないままで良いと思った。

 

 その境界線が曖昧だからこそ、椿は彼女と、互いに手の届く場所に立っていられるのだから。

 

 




もやもやを抱える椿と、“大した役者”だった百合音のお話。
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