SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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11. 裏腹に巡る

 カッ、シュッ、カッ、カッ、カッ、シュッ。

 カッ、カッ、シュッ、カッ、シュッ、カッ。

 

(……………………………………………ねむ……)

 

 朝日が射し込む教室。

 教卓の前の列、そして前から二番目の席で。教科書を読む振りをして俯いた状態で桜哉は、教師の持つチョークが文字通りに身を削る音をぼんやりと聞いていた。

 一時間目から苦手な現代文の授業で始まるこの曜日は、桜哉にとって最も憂鬱な日だ。

 そもそも、灰塵(ジン)にならないとはいえやはり吸血鬼の身に朝日の光は辛いものがある。窓際でないことは幸いだが、朝日に満たされた教室で意味が分からない上に眠くなる現代文の授業を聞かされるというシチュエーションは、桜哉にはかなりの地獄だった。高校生としての生活は純粋に楽しいものの、楽しみだけで構成されている物事などないのだということを思い知らされるようである。

 チョークの音が止まり、教師が内容説明の方に入ったのを見計らって、桜哉は黒板の文字を機械的にノートに写し始めた。催眠術かと疑うような教師の声も、ひたすら手を動かしていればまだ抵抗できる。

 一通りを写し終えたところで桜哉はまた、もう何度目か分からない欠伸を噛み殺した。

 

 憂鬱な事といえば桜哉には、もう一つ懸念事項がある。

 

 一昨日に椿が連れてきた、鈴白百合音という少女のことだ。今日は彼女も登校している。もっとも、朝早くからさっさと出て行ってしまったとシャムロックに聞いただけで、桜哉もまだ彼女の姿を確認できていないのだが。

 なにせ隣のクラスである。今日一日の中で関わる機会が無いとは言い切れない。彼女は桜哉と友達になりたいと言っていたが、あれは学校内でも有効なのだろうか。それすらはっきりしないままに今日を迎えたせいで、彼女がどう振る舞うつもりかも分からない。

 校内で声を掛けられたとしたら、どう反応すれば違和感なく切り抜けられるだろう。

 元来のネガティブな思考回路は桜哉の“いつも通り”が崩れる瞬間ばかりを再生し始め、憂鬱な気分が増していく。押し潰されそうになって吐き出した溜め息は、教師の声に掻き消されて溶けた。

 

 しかしその日、拍子抜けするほどに桜哉の学校生活は“いつも通り”に巡った。

 そして結局、桜哉が一度も彼女と顔を合わせることなく放課後がやってきた。

 

 いつも通りに真昼たちと帰路の途中で別れ、後はあまり人目につかない道を選んでホテルまで帰るのみとなる。桜哉は、心中で一息ついて、

 

「さーくーやーくんっ!」

「!?」

 

 後ろから聞こえてきたその声に思い切り肩を跳ねさせた。

 ばっと振り返れば、黒水晶のような瞳と視線がかち合った。

 

「一緒に帰りましょう?」

「………………」

 

 にこりと微笑みかけてくる彼女に無言を返して桜哉は、ゆっくりと前を向いて驚きで止まっていた足を動かした。半分無視したようなものだが、彼女は気にした風もなく隣に並んでくる。

 当たり前のように桜哉と共にホテルへ帰ろうとする姿に、思わず桜哉は問うた。

 

「……お前、逃げようとか思わないのかよ」

「思わないわね」

 

 前を向いたまま、彼女は迷わずにそう答えた。

 

「だって、考えてみればこんな機会ってそうはないでしょう? あんなに性格も趣味も特技も出身国までばらばらな人たちと一度に知り合える機会なんて!」

 

 ポジティブシンキング過ぎる発言に軽く目眩を覚える桜哉。対して、彼女は本当に楽しそうに笑っている。

 

「椿さんは、最近ここら辺に来たって言っていたけど……もう少し早く知り合えていたら、もっと早く椿さんの“家族”の人たちとも知り合えたのかしらね」

(最近……?)

 

 百合音の言葉が、桜哉の頭に引っ掛かった。しかし直ぐに合点する。

 いつからそうなのかは桜哉も知らないが、憂鬱組が拠点としているのはずっとあのホテルだ。桜哉は勿論、大した能力を持たない下位吸血鬼(サブクラス)たちは何年も前からあの拠点に滞在している。ただし真祖である椿は“色々と”情報を仕入れたり人脈を築くために、単身もしくはシャムロックなどを引き連れて、度々海外に足を運んでいた。そしてたまに新しい下位吸血鬼(サブクラス)を迎えてはホテルに連れて帰ってくるのである。

 そんな椿自身に限って言えば確かに、あの拠点に腰を落ち着け始めたのは比較的最近のことだ。そういう意味ならば椿が“最近”と言ったのも頷ける。

 

 そうして桜哉は、一人納得した。

 

 考え事で歩みが遅くなっていたのか少し前を行く少女は、昨日の時点で仲良くなった椿の“家族”について喋り続けている。

 そこでまた一つ、桜哉の心に疑問が湧く。

 普通、血の繋がっていない者たちを“家族”と纏めて呼ぶことに、違和感がないものなのだろうか、と。

 

(……あぁ、でも、そういえば、)

 

 彼女もまた、血の繋がらない“家族”を持つ人間だったか、と桜哉は思い出した。彼女が連れて来られた日に電話を掛けてきた“風谷”という人物について、血は繋がってませんけどね、と彼女が呟いていたのを桜哉は確かに聞いた。

 ご機嫌に隣を歩く少女を方を向けば、桜哉と視線が合ったことに驚いたのか言葉が止まる。

 

「……“風谷”っていうのは、親、なのか?」

 

 桜哉の方から問いを投げられたことが予想外だったのか、彼女は珍しくも動揺したような表情で曖昧な笑みを浮かべた。

 

「えぇ、まぁ……そう、保護者ね」

「……具体的には、どんな?」

 

 桜哉自身も、何故こんな質問をしているのかはよく分かっていなかった。しかし口から滑り出てしまったものは仕方がないので、少女の返答を待つ。

 うーん、と彼女は悩む素振りを見せた後で。

 

「……遊び人。快楽主義者。自分が面白ければ何でもいい人間。興味本位と悪戯心で場を引っ掻き回す確信犯。全体的に大人げない大人。誰かが描いた壮大な計画を完遂間際で台無しにすることとかが愉しくて仕方がない愉快犯」

「待てって。なんだその紹介文」

 

 滔々(とうとう)と流れるように語られる人物像を桜哉は途中で制止した。だが少女は数分前までの上機嫌とはうって変わって不満顔になる。

 

「だって本当にそうなんだもの。しかも私を巻き込むし無茶振りはするし……」

 

 それを聞いて桜哉は思った。思ってしまった。

 

「………………………………………………………………………………なんか、椿さんみたいだな」

 

 と。

 その瞬間、ぴたり、と二人は同時に歩みを止めて顔を見合わせた。

 そして悟る。目の前にいるのは同士だ、と。

 

「……私、この前の日曜日に突然お花買ってきてって言われて、しかも買ってきたら気が変わったとかで、何故か私の部屋に飾っといてって言われたわ。買ってこいって言ったのは誰よってはなし」

「パシっといて気が変わるとかしょっちゅうだよな。……オレはこの前、腕が何本もある……千手観音?みたいな自撮り写真作んのに付き合わされて……写真撮るのはやってやるから腕役はオトギリでいいだろって言ったら、一対だけ女性の腕じゃおかしいでしょって……なんでそんなとここだわるんだよ」

「そうそう、本当にどうでもいいところに変なこだわり持つのよね! 付き合わされてる方のことも考えて欲しいわ!」

「分かる。スゲェ分かる」

 

 そこから桜哉と百合音はお互いの苦労談で異常なほどの盛り上がりをみせ、ホテルに帰り着く頃には『脱・振り回され同盟』を組むまでになっていたとか。

 

 そして夢中で語り合う二人は、気付かない。

 

 苦労談と称しながらも、語るその表情は決して暗いものではないということに。

 つまりは、それだけ苦労も文句も溜まっているのに一緒に居たいと思う人物だと公言しているのと、大して変わらないということに。

 

 

 

 

 

 

 

 窓の外に夜の(とばり)が下りた頃。

『小さな図書館』で冷優は一人、終わりなき読書に(ふけ)っていた。

 

 ぱたぱたと、足音が部屋に近付くのを耳にして冷優はちらりとドアを見遣る。風谷はまだイギリスから帰っていないので、足音の主は一人しか考えられない。

 レバー型のドアノブが静かに下がり、案の定ひょっこりと有紗が顔を出した。いつもならば彼女は寝ているはずの時間だが、と冷優が心の中で疑問符を浮かべていると。

 

「……ねぇ、百合音、大丈夫かなぁ」

 

 積まれた本の隣にちょこんと腰掛け、彼女は冷優に聞かせるようにそう呟いた。

 青い瞳を紙面に戻してから、真祖たる少女は事務的な口調でそれに答える。

 

「あの子の精神が過度の恐慌状態に陥ったり負の感情に呑まれたりすれば、私の方にも影響が来るはず。それがないということは現状問題はないということよ」

 

 これ以上ないほど淡白な返答に、有紗が更に顔を曇らせたのが見ずとも分かった。

 流石に配慮が足りないかと思い直し、冷優は顔を上げて闇色に程近い紫紺色の瞳と視線を合わせてから付け加える。

 

「……憂鬱のお兄様は、従える下位吸血鬼(サブクラス)が多いらしいわ」

「?」

「だから、どうせ今頃、嬉々として人間関係の拡張に励んでいるでしょう。人ではない、なんて理由はあの子には通用しないもの」

 

 冷優のその台詞を聞いて漸く、隣に座る彼女は苦笑いではあるが表情を緩めた。小さく「百合音だもんねぇ…」という呟きを漏らしている。

 しかし、それだけでは彼女の不安は拭いきれなかったらしい。冷優は少し思案し、彼女の頭の中で予測できている未来を一つ告げることにした。

 

「……長くても、一週間よ」

「?」

「あの子がどれだけ手の掛かる人間かは、貴女も分かっているでしょう?」

 

 ()えて具体的な指摘をせず(ぼか)した言い方をしたが、心配性な彼女は意味を察したようで、軽く頷いた。

 

「そうだね。でも百合音のことを“手の掛かる”なんて言えるのは冷優くらいだと思うよ」

 

 どこか羨ましそうに有紗は微笑む。それに心外だと呟きながら冷優は、彼女にとっては本当に頭痛がするほど手の掛かる主人のことを頭に浮かべた。

 

 冷優が百合音を“手の掛かる”と表現する事由は、大きく分けて二つある。

 

 まず、食事の問題。はっきり言って、百合音には三食きちんと食べようという気がない。一日くらい食べなくても死なないから、と平気で宣うような人間だ。人助けで動き回って空腹を感じても、面倒なので食べない。そんな感じなので、放っておくと本当に何も食べないということが多々ある。

 もう一つは睡眠の問題。彼女は昔から、他人の気配というものに非常に敏感な性質(タチ)である。恐らく椿からホテルの一室を貸してもらっているのだろうが、それでも知らない気配に満ち溢れた環境で彼女が満足に寝付けるとは思えない。

 

 そして何より、これらの点を風谷が考慮していないはずがないのだ。

 

 だからこそ“期日”は、そう遠くない。

 

「…………まぁ、早く帰ってこないとその分、私が肩代わりした食事当番が溜まるだけなのだけど」

「あ、それってやっぱり滞納ってことになってるんだ……」

 

 頑張れ百合音……と遠い目をする有紗(料理下手)から本へと意識を戻して、冷優は読書を再開した。

 

 音もなく更けていく夜が明けるまで、もう、大した時間は残されていない。

 

 




終わりは、間近に。
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