SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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果たしてどれが、“彼女”なのか。


12. 一面を知る

 桜哉は激怒していた。

 

「あんのアホギツネっ……!」

 

 焦げ茶色の革靴を踏み鳴らしながら、彼は怒りの矛先を向けるべき人物を探してホテルの廊下を闊歩(かっぽ)する。

 先ほど学校から帰ってきた彼は、自室に着いた瞬間に嫌な予感を感じ取った。そして案の定、出掛ける前に仕掛けておいた侵入者対策の罠が発動しているのを目撃した。侵入者は罠からは逃れたようだが、形跡が残っているだけで充分である。このホテルには下位吸血鬼(サブクラス)こそ大量に住んでいるが、その中でこんなことをする犯人候補など二人くらいしか居ないのだから。そして内一人は昨日の夜から“仕事”へ行ってまだ帰っていないはずだ。となるともう一人しかいない。

 と、完全に目が据わった状態で椿を探す桜哉の前方から、百合音が歩いてきた。

 丁度良いので桜哉は、彼とは違い既に制服から私服に着替えている彼女に椿の居場所を尋ねた。今日は桜哉の方に用事があり共に帰ることはしなかったため、彼女の方が先に帰宅していたのだ。

 

「椿さんならさっきリビングに居たけど……どうかしたの?」

「オレの部屋に入ろうとして失敗した形跡があった」

「あー……」

 

 桜哉の一言で大体の事を察したらしく、百合音は苦笑いで応じた。椿が度々悪戯で桜哉の部屋に侵入しようとすることは、彼女も知っている。ついでに桜哉が椿対策で諸々のトラップを仕掛けていることも。

 そのままの成り行きで、二人はリビングへ連れ立った。しかしドアを開けても室内に椿の姿はない。

 

「あら? さっきまで居たのに……。私が出た後、すぐにどっか行っちゃったのかしら」

 

 百合音は、彼女が見たときには椿が座っていたのだろうソファの辺りまで歩を進め、不思議そうに室内を見回す。一方の桜哉は軽く室内に視線を巡らせて和装サングラスが居ないことを確かめると、別の場所を探そうとUターンしかけた。

 しかけた、ところで桜哉が足を止めたのは、微かに百合音が何かを呟いた気がしたからだ。

 振り返って見れば、百合音がソファの裏を凝視したまま固まっている。

 何かあるのかと桜哉が尋ねると、「か、」と一文字だけ返ってきた。意味が分からないと眉を潜める。

 

「か?」

「可愛いっっっっ!!」

 

 ……意味が分かった。

 ソファの裏にしゃがみこんで、何かを腕に抱き締めて立ち上がった彼女は、一匹の黒い狐を抱えていた。椿である。恐らく桜哉がリビングに入ってくると分かって、咄嗟に変化し隠れたのだろう。

 

「なにこの子もふもふでかわいくてもふもふっ……!」

「コッ、コンッ……!?」

 

 彼女の腕の中では、状況を掴めていないらしい椿が狐姿であたふたしているのが見える。その間に百合音はしっかりと椿を抱え直していた。

 そして、むぎゅうっ、と思いっきり抱き締められて、椿が苦しそうな声を上げたがお構いなしに彼女はもふもふを堪能している。多分漫画だったら小さなハートが大量に飛んでいるだろうな、と桜哉は思った。

 

「んーー、あぁもうほんとにもふもふ……!」

 

 短い付き合いなので当たり前かもしれないが、彼女のここまで緩んだ表情は見たことがない。察するに、偶々狐が大好きだったのではなくもふもふの動物全般が好きなのだろう。

 

「コンッ、コンッ……!」

 

 どうやら結構な力で抱き締められているらしく苦しげに椿は尻尾をばたばたさせて脱出を試みているが、もふもふに夢中な百合音は気付かない。

 

「コンッ……コ………………キュウ…」

「(あ、落ちた)」

 

 ぱた、と尻尾が垂れて抵抗が止むと、流石に百合音も違和感を感じたらしい。はっと腕の中に視線を落とし、ぐったりしている狐を見て慌てて力を緩める。

 

「わっ、ごめんなさいっ! どうしよう、桜哉くんこの子の飼い主さんとかって分かる?」

 

 幸せそうな表情から一転して困り顔で、それでも椿を撫でる手は止まっていない。今腕に抱えているのが椿本人だなどと、彼女は考えもしていないのだろう。

 正直、意図せず百合音に締め落とされたあたりで、桜哉の溜飲(りゅういん)はそれなりに下がっていた。今回は特に狐の正体を暴露したりせずこのまま見逃してもいいかと思う程度には。

 だがこの先、かなりの動物好きであると判明した彼女に椿が狐姿でちょっかいを出し始めないとも限らない。これは早々に化けの皮を剥いでおいた方が良いだろうと判断し、桜哉は椿が自分から正体を明かすよう仕向けることにした。

 

「椿さん、さっさと人型に戻ってオレの部屋に入ろうとしたことの弁解でもしてくださいよ」

「え? 桜哉くん?」

「シラを切るつもりならその姿のままでもオレは構いませんよ? 狐のままの方が吊し上げやす」

「コンッッッ‼‼」

 

 桜哉の脅しに耐えられなかったのか、百合音の腕から無理に飛び出した椿は勢いのままに人間姿に戻ってフローリングに着地した。

 高く響いた下駄の音が消える頃、椿は恐る恐るといった様子で振り返って。

 

「さ、桜哉……君の部屋どうなってるの⁉ 不死だけど僕、命の危険を感じたよ‼」

「別に勝手に入ろうとしなければ無害ですけど。てかやっぱりアンタか」

「ぎくっ」

 

 桜哉と椿の言い合いの(かたわ)ら、百合音は心なしか俯いて、しょんぼりとしながら。

 

「そっか、椿さんだったんですね……そっか……可愛い狐さんじゃなくて、椿さんだったんだ……そっか……」

「やめて百合音その反応は地味に心に刺さる!」

「自業自得じゃないですか」

「桜哉酷い‼」

 

 反抗期だと喚き出す椿に、桜哉の中で収まりかけていたはずの苛立ちが再燃した。

 

 閑話休題。

 

「……遅いわね、ライラック」

 

 喧騒の数分後、いつの間にかショックから立ち直った百合音が、ふと壁掛けの時計を見上げて呟いた。椿が反応して首を傾げる。

 

「何か約束でもしてるのかい?」

「学校から帰ってきたときにロビーですれ違ったんですよ。ちょっとコンビニに行くだけって言ってたので、とっくに帰ってきてていいはずなんですけど……」

 

 日の落ち始めている窓の外を心配そうに見詰める彼女の隣で桜哉は、そう言えばライラックとも以前に偶然の面識があったのだと彼女が話していたのを思い出していた。何でも、道端で立ち往生していたライラックの自転車を直したのだとか。困っている人間とはいえ通りすがりの他人の世話まで焼くあたり、本当にお人好しが過ぎる。

 回想を終えて何気なく顔を上げた桜哉は、そこで部屋の中に少女の姿が無いことに気付く。

 

「……椿さん、アイツは?」

「ライラを迎えに行くって、言いながら出てっちゃったよ……」

「は?」

 

 桜哉は思わずもう一度窓の外へ視線を向ける。

 朝から曇り空だったせいか、そこにはいつものこの時間帯より格段に暗い景色が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 (もつ)れそうになる足を叱咤(しった)しながら、ライラックは脇目も振らずに薄暗い路地を駆けていた。腕に提げたビニール袋が耳障りな音を立てる。

 

「はっ、はっ、はぁっ、はっ……!」

 

 乱れる息を整える暇などない。今も後ろからは、吸血鬼ーーーー別の真祖の下位吸血鬼(サブクラス)が追って来ているのだから。

 

 椿には敵が多い。

 と言うより、家族(サブクラス)以外は基本的に全て敵だ。

 

 そしてほぼ無差別に他の真祖の下位吸血鬼(サブクラス)を襲ったりしているため、その認識は“向こう側”からも同じである。ライラックが弱い下位吸血鬼(サブクラス)であるとか、襲った張本人ではないとかいう事実は関係がない。八番目の下位吸血鬼(サブクラス)である、というだけで敵視されるには充分なのである。

 戦闘力の低い彼には、戦って追い払うという手段はない。先ほどから何度か隠れてやり過ごそうと試みたものの、その度に見付かって全力で逃げることの繰り返しだった。

 元々少ない体力も限界が近付いてきており、焦りが更に選択肢を狭めていく。

 

 夢中で曲がった路地の先は、行き止まり。

 振り返れば、追手の黒い影。

 

「ひっ……!」

 

 やられる、と咄嗟にライラックが腕で顔を庇い目をつぶった瞬間だった。

 

 ダンッ‼‼ と鈍い音が路地に響いたのは。

 

 次いで男の呻き声と、スニーカーがアスファルトの地面を擦る音がライラックの耳に届く。目を開ければ、路地の右側に男が蹲っていた。

 そして彼の目の前には、ハーフアップにされた長い黒髪を夜風に(なび)かせている、少女の背中。

 華奢なその手に握られているのは、輪郭から淡く白い光を放つ、真っ黒な刀身の大鎌だった。振り抜かれた状態で静止しているそれの背の部分で追手の吸血鬼を凪ぎ払い、路地の壁へ叩き付けたようだ。

 

「失せなさい。次は首を落とすわよ」

「っ、!」

 

 吸血鬼に鎌を突き付け直してそう言い放つ彼女は、普段とは違う、肌がひりつくような雰囲気を纏ってそこに立っていた。

 しかし庇われている側のライラックは、彼女の雰囲気とは別の理由ーーーー百合音の持つ物を凝視して、息が止まりそうなほどの混乱に陥っていた。

 

(ーーーーな、んで……どうしてっ……⁉)

 

 受け入れ難い現実を疑問符で塗り潰そうとしても、彼の目に映るものは変わらない。

 

 黒髪の少女の持つそれは、紛れもなく、真祖の主人(イブ)にだけ与えられるーーーー武器(リード)だった。

 

 衝撃に固まるライラックを置いて事態は動く。百合音の威嚇に気圧されたのか、吸血鬼の男は打たれた右腕を押さえながら逃げていった。

 足音が去ったことが確認できると、百合音の手にあった鎌は蛍火のように白い光の粒子となって消えた。直後に彼女は踵を返してはライラックに駆け寄る。

 

「ライラ、大丈夫だった⁉」

「……ぁっ、……」

 

 怪我はないかと確かめる百合音に返事をする余裕もなく、目を見開いて青ざめた顔色のまま、ライラックは口を開く。

 

「百合、音……きみは……きみはっ……」

 

 呼吸の仕方さえ忘れたような状態で、それでも問う。

 

「きみはっ…………主人(イヴ)、なの……?」

「………………」

 

 ライラックの口から発せられたその言葉に、百合音はぴたりと動きを止めた。

 少し驚いたような表情をして、一歩、ライラックから離れる。

 

「………………あー……と、その……」

 

 彼女にしては珍しく歯切れの悪い言葉が並べられるのを、ライラックは身を強張らせながら聞いていた。

 

「ほら、ただの暴漢なら素手でも大丈夫だけど、吸血鬼相手じゃ、やっぱりそれなりの武器を出さないと……でしょ?」

 

 誰に対する釈明なのか、ばつが悪そうな顔をしてそう言った後、彼女は。

 

「ーーーーお願いっ! このこと、椿さんたちには黙っててくれない?」

「ぇ、……えぇっ⁉」

 

 ぱんっ、と両手を合わせて頼み込まれ、ライラックは困惑した。

 

「私が椿さんと関わりだしたのは本当に偶然だし、主人(イブ)の能力も使うつもりなかったし……でも椿さんには吸血鬼のことなんて知らないっていうので通しちゃってるから、今更バレちゃうのもまたややこしくなるしっ……!」

 

 はぐらかすか否定されるか、無理に隠蔽しようと試みるか、そのどれかだと思っていた。

 正面から隠し事を頼まれるなど、完全にライラックの予想の範囲外だった。

 

(ど、どうしようっ……⁉)

 

 椿が他の真祖を嫌っていること、なおかつ潰そうと目論んでいることは、彼の下位吸血鬼(サブクラス)なら誰でも知っている事実だ。だからいつか、百合音と契約している真祖(サーヴァンプ)とも戦いになるだろう。そうなれば目の前の彼女は敵だ。

 

(でも……でもっ……!)

 

 それでも、さっき彼女は、主人(イヴ)であることを露呈させてでもライラックを助けてくれた。

 見ず知らずの通りすがりだったときも、困っていたライラックに声を掛けてくれた。

 椿を裏切ることなど考えられないが、百合音が向けてくれた善意を切り捨てることも、ライラックには出来ない。

 どうにかして頷いてあげたいと、彼は必死に思考を回す。

 そして彼は、一つの言い訳を思い付いた。彼自身を納得させるための、言い訳を。

 

(………………椿さんがやっつけたいのは、他の真祖(サーヴァンプ)であって、主人(イヴ)は本命じゃない、はず……)

 

 そう。主人(イヴ)になら誰だってなる可能性がある。椿も、不特定な主人(イヴ)にまで真祖と同じくらいの憎しみを向けている訳ではないはずだ。あくまでも目的は真祖(サーヴァンプ)主人(イブ)は二の次の、はずだ。

 

「…………分かっ、た……」

 

 苦し紛れに心の中で言い訳を重ねて、漸くライラックはそう頷くことが出来た。

 

「ありがとうライラっ!」

 

 ぱっと表情を明るくした彼女は、ライラックの手を握ってお礼を言ってくる。

 そして彼女はその笑顔のままで、

 

「あ、でも、もし黙っているのが辛くなったり椿さんに勘付かれたりしたら、無理せずバラしてくれて構わないから」

「えっ……?」

 

 あっけらかんとそう言い放った。

 

「で、でもっ、それじゃ、きみは……!」

「その時はその時で、何とかするから」

 

 あくまで真剣に冷静に、過度の自信や(おご)りを含まず百合音は言い切る。そして直ぐに、まるでライラックを安心させるように、ふわりと口許を緩めて綺麗に微笑んだ。

 

「大丈夫よ、ライラ。貴方は何も心配しなくていいから、ねっ?」

 

 穏やかなその笑顔に、つられるようにライラックも少しだけ表情を柔らかくした。

 

 ……そして、その時にはもう、ライラックの頭の中からは、吸血鬼に鎌を向けていた時の百合音のことは、抜け落ちていたのである。

 

 




これはフィクションです。現実ではたとえ暴漢(人間)でも素手で大丈夫なわけがありませんので、良い子は直ぐに逃げるか人を呼びましょう。
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