SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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注意:流血(吸血)表現あり。苦手な方は一歩引いてください。そして作者はその道の人間ではないので、作中にある医学知識も不正確なものを含む可能性があります。


前編の続きから始まりますが、視点が百合音寄りに変わってます。


14. 届かないなら(後編)

 真っ直ぐに見詰めていた先の椿の瞳が曇ったような気がして、百合音は心の中で首を傾げた。

 不意に椿が俯き、その拍子にさらりとした黒髪が顔に掛かって、表情が見えなくなる。

 

 そして。

 

「……あはっ、あはははははははは! あははははははははははははははははっ! あははははははははははははははははははははっ‼‼」

 

 部屋に響き渡るような笑声(しょうせい)が上がった。(はた)から見れば狂気的な、けれどそれなりに椿と時間を共にしている百合音には既に慣れたもの。

 

 だからこそ、次の瞬間背筋が凍った。

 

「あーーーーー、面白くない」

「っ、」

 

 底冷えするような冷たさを(まと)った声だった。

 聞き慣れた声とは違う、一切温度の感じられないその声を聞いて、百合音は咄嗟にベッドから立ち上がろうとした。だが、それより速く椿に肩を掴まれ押し倒されていた。

 スプリングが衝撃を吸収すると共に跳ねて、一瞬彼女の体が浮く。

 

「……忘れてたよ。やっぱり僕、人間は好きじゃないんだった」

 

 地を這うような低い声が聞こえた瞬間。

 百合音の首筋に鋭い牙が突き立てられた。

 

「ぃ、づっ……!」

 

 肉を喰い千切るような勢いで噛み付かれ、激痛のあまり百合音の視界は一気に生理的な涙で滲んだ。

 思考よりも先に脊髄反射で手足が椿を押し退けようと暴れるが、吸血鬼のしかも真祖相手に力で敵う筈もない。元々不利な体勢だったことも災いし、彼女の抵抗は簡単に押さえ込まれた。

 どくどくと、頭に響く心臓の音に合わせて首筋の太い血管から大量の血が溢れるのが、そしてそれを椿が嚥下(えんげ)するのが分かる。

 

(ひだり……は、まず…い…)

 

 人体構造上、左側には主に動脈が走っている。加えて首の太い血管に牙を立てられれば、どれ程の出血が見込まれるかは想像したくもない。

 そんな事態の渦中にある百合音は、急激な出血によって一気に遠退きそうになる意識と戦っていた。酸素を運ぶ機能が低下しているせいか、激しい運動をした後のように息が上がる。

 それでもここで眠ってはいけないと必死に意識の糸を繋ぎ止める彼女の視界に、白い手が差し出された。いつの間にか身を起こして百合音を見下ろしている椿の人差し指の先に傷が付けられ、赤い雫が浮かんでいる。

 影が掛かって見えない表情とは対照的に、虚ろな赤い瞳だけが狂気を宿して光って見えた。

 

「ねぇ百合音、僕の血を飲んで。吸血鬼になって。僕と同じところまで、堕ちてきてよ」

 

 その台詞を聞いて。

 あぁ、私は今、死にかけているのか、と。

 漸く百合音は自らの状態を理解することが出来た。

 

 死に掛けている人間に真祖(サーヴァンプ)の血を飲ませると下位吸血鬼(サブクラス)になる。椿が言いたいのはつまりはそういうことなのだろう。他の真祖の主人(イヴ)である人間が下位吸血鬼(サブクラス)になることは可能なのかとか、そんな事を考えられるほど今の彼女の思考回路は平常ではない。

 浅い呼吸を繰り返しながら、それでも百合音は右手で椿の差し出している手を掴みーーーーぐっと横へ逸らした。

 

「わたしは、吸血鬼には、なれません」

 

 失血の影響でぐらぐらと揺れるような脳内でも、それだけははっきりしていた。意識を落としてしまわないように歯を食い縛りながらも、百合音は椿から視線を外さない。

 

「…………死ぬよ? このままだと」

 

 光のない赤い瞳で、椿が静かに言葉を落とす。

 その無慈悲な宣告を耳にした瞬間、混線していた百合音の思考が一気に凪いだ。

 

 気付けば。

 はっ、と。か細い吐息に混ぜるように、彼女は笑っていた。

 考えるよりも先に言葉が、彼女の口をついて出る。

 

「このくらいじゃ死にませんよ」

 

 今も首筋から血を流したままで、その口角が不自然に上がる。椿の狂気に引きずられるように顔を出したのはソレは、少女の無意識の中に潜む(かげ)りだった。

 

「これで、死ぬなら、もう、とっくにーーーー」

 

 そのまま溢れそうになった言葉を、寸前で我に返って百合音は引き戻した。椿の赤と目が合って、今しがたの自分の行動に困惑する。

 

(……駄目、何やってるのよ、私。()()()()()()()()()()()()()()())

 

 気を取り直して見上げれば、突然笑ったり黙ったりした百合音にペースを乱されたのか、椿が若干戸惑った表情をしていた。

 そんな椿に百合音は、色々と言いたいことがあったのだが、酸素の回っていない現状の彼女の頭ではその言いたいことすら満足に纏めることが出来ない。

 加えて残念なことに鈴白百合音は、こんな状況でも聖母のように慈愛に満ちた微笑みと優しい言葉で諭すタイプの女の子(ヒロイン)ではない。

 

 だから彼女はとりあえず、使えない頭を鈍器にすることにした。

 そんなわけで。

 

「い″っ⁉」

 

 ごつっ、と。

 でことでこがぶつかる鈍い音が響いた。

 

「~~~~ったぁ……‼」

「……………………」

 

 まさか彼女がそんな行動に出るとは思わなかったのか、もろに鈍い一撃を喰らった椿がおでこを押さえて呻く。

 一方で百合音は、自らの放った頭突きのせいで更に意識混濁になっていた。因みに、思考回路が行き詰まった時に後先考えず実力行使に走るのは日頃から家族にも注意される彼女の悪い癖だったりする。

 一度思考が吹き飛んで正気に戻ったのか、痛みで薄ら涙の浮かんだ椿の瞳から曇りが消えているのが見えて、百合音は安堵した。

 

 安堵と、繋ぎ止めていた意識の限界がきたのか……そこら辺で、百合音の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、……」

 

 ふと意識が浮上して、百合音は瞼を開けた。

 今までに経験がないほど身体が重い。

 

(………………ここ、今の、私の部屋、よね……)

 

 彼女の瞳に映ったのは、ここ数日で見慣れた天井だった。しかし左に視線を動かせば、寝かされているベッドの脇には点滴のスタンドが設置されている。造血剤と黒いマジックで書かれた袋から伸びる管は、百合音の左腕へと繋がれているようだった。

 それから数秒、ぼうっと天井を見つめていた彼女の記憶に、意識を失う間際の出来事が徐々に蘇ってきた。あれから椿はどうしたのだろうか。意識のない人間でも下位吸血鬼(サブクラス)にすることは出来るはずだ。彼女が意識を失った後に血を飲まされた可能性もある。試しに百合音はぐるりと舌を口内で一周させてみるが、牙らしきものが生えている様子はない。とはいえ、確証がないのでは落ち着くことも出来なかった。直ぐにでも、椿に確認するか鏡でも覗き込むかしなければならない。

 鉛のようなという表現を体感しながら、百合音は緩慢な動作でゆっくりと上半身を起こした。

 すると視界に入ったのは、ドラマなどでありそうなベタな光景だった。

 

(………………なんか右側が暖かいと思ったら)

 

 ベッドの右サイド、百合音の腰辺りの位置で、白い羽織を羽織った黒髪の青年、つまりは椿が、椅子に腰掛けた状態から掛け布団の上に突っ伏している。

 これは起こせばいいのか、それとも叩き起こせばいいのか、それともこちらもベタにフライパンとお玉で起こせばいいのか。

 未だにぼやけた思考でぐるぐると百合音が考えていると、控え目なノックが聞こえてきた。

 反射的に彼女はドアの方へ意識を向けたが、返事をしても良いのか迷う。

 

『……返事がないのは、困ります』

 

 暫くの沈黙の後で聞こえたのは、紛れもなくオトギリの声だった。この部屋の鍵自体は持っていたらしく、ガチャリとドアが開かれる。

 部屋に入ってきたオトギリは起き上がっていた百合音の姿を見て微かに目を見開くと、直ぐに駆け寄り体調や気分を尋ねてきた。

 

「悪くはないです。ちょっと体が重いですけ、ど……」

 

 その時、何とはなしに視線をさ迷わせた百合音の目に、ベッドサイドの時計が映った。そこに表示されている情報に絶句して言葉尻が途切れる。

 時刻は夜の9時。そこはいいのだが、問題は簡易表示されている日付だった。

 

「………………私、丸一日寝ていたんですか」

 

 椿にブラッシングを持ち掛けたのが昨日(どようび)で良かったと百合音は心底思った。これが平日で学校に行けていなかったら、同級生たちに後でその理由を誤魔化すのに苦心しただろう。

 内心で冷や汗をかいていると、オトギリの手が百合音の首に巻かれた包帯に触れた。椿に吸血された際の傷を処置したものだろう。

 ほどけていないかを確認する仕草に、百合音はオトギリが来る前まで考えていたことを思い出し、ぱっと顔を上げた。

 

「オトギリさん、私……」

 

 わざと途中で言い淀んで見上げれば、オトギリは正しく百合音の聞きたいことを察してくれた。いつかのように手を取って、大きな赤い瞳が百合音を映す。

 

「百合音は、変わりません。変わらず、人間です」

 

 視界の端で、白い羽織が揺れたのが見えた。

 言葉にはしなかったものの、百合音は確証が得られたことにほっとした。椿は踏み止まってくれていたようだ。

 ……よくよく考えてみれば、もし吸血鬼になっていたとしたら点滴など必要ないはずである。やはりまだ思考回路が本調子ではないな、と百合音はゆるく首を振る。

 それから、オトギリは脈拍や点滴の確認をしたりした後で、突然ポケットから取り出した小さなメモを百合音へ差し出した。

 

『また来ます。今は椿さんを、お願いします』

 

 簡素な内容だったが、百合音はオトギリの言いたいことを察した。確かに今は、先に椿をどうにかしなければならないだろうと百合音も思う。

 ばたんとドアが閉まった後で、彼女は相変わらず突っ伏したままの椿に顔を向けた。

 

「椿さん?」

 

 一度目の呼び掛け、返事なし。

 

「つーばーきーさーん?」

 

 二度目の呼び掛け、返事なし。

 

「……というか、私が起きた時から起きてたりしません?」

 

 ぴくっと白い羽織が揺れた。

 

「オトギリさんが来てタイミングを逃したのは分かりますけど、そろそろ諦めて起きてください」

「………………」

 

 恐る恐るという風に上がった顔を覗き込めば、秀麗な柳眉が情けなく垂れ下がっている。

 そこでふと頭突きの件を思い出して、百合音は椿の額に片手を伸ばした。

 勿論、頭突きの痣どころか指の切り傷の方も既に跡形もないだろうと分かってはいる。それでも彼女が手を伸ばすのは、吸血鬼の回復能力の如何(いかん)など知らない一般人ならそうするのが自然だからだ。

 さらさらとした前髪を指先で分ければ、傷の一つもない肌が見える。

 

「おでこ、治ってますね」

 

 吸血鬼の回復能力から分かってはいたものの、痛々しい光景が広がっていなくて百合音は安心したようにそう呟いていた。

 怪我の心配をされた、というのが伝わったのか、椿が僅かに視線を上げて百合音を見詰めた。整った顔には不思議そうな、不安そうな、複雑な表情が浮かんでいる。

 

「……怒ってないの?」

「無理矢理吸血したあげく吸血鬼になるよう脅迫したことについてですか?」

 

 さらりとした調子で放たれた百合音の一言に椿は俯いて撃沈した。彼女としては昨日起こった出来事を一言に纏めただけのつもりだったのだが、どうやら椿の期待を一刀両断してしまったようだ。

 

「それはまぁ、怒ってますよ、それなりには」

「………………ごめん」

「ダッツのバニラとか奢ってくれないと許しません」

「……ん? えっ、えっ?」

 

 しおらしかった椿が困惑しながら顔を上げた。

 

「……ダッツで許してくれるの?」

 

 初めて耳にした言語を真似ているようなたどたどしい抑揚で聞き返してきた椿に、百合音は頷く。椿の表情がいよいよ訝しげなものに変わった。

 許すも何も、そもそも正直なところ、彼女は怒ってはいない。()()()()()()()()()()()。昨日は椿の地雷を踏み抜いたようだという自覚はあるので、寧ろ謝るべきはこちらではないかとすら彼女は思っている。しかしそれでは椿の方に負い目を残すことになる可能性があるため、百合音はあえて目に見える“謝辞”を要求した。ただそれだけである。

 ダッツに納得したのかは定かではないが、椿は怪訝な顔から再び眉尻を下げて、まるで懺悔するような声で問う。

 

「……君は僕を怖がらないの? 嫌わないの? (うと)まないの? 憎まないの?」

 

 いえ別に、と口にしかけて百合音は、昨日の椿の暴走を思い出して一度唇を引き結んだ。椿の暴挙自体は全く気にしていないが、少し思うところがあったのだ。

 そもそも彼女は、椿に()()()()面があるだろうことを、以前冷優から聞いた“真祖との殺し合いを始めようとしている”ことから予想していた。今更そこに動揺や恐怖を抱くことはない。

 寧ろ椿が百合音に対してそういう面を噯気(おくび)にも出さないことの方が問題だと思っていた。

 そして今回の件で確信した。どうやら椿は、鈴白百合音という人間は自分と違う世界に生きる存在だとでも認識しているらしい。

 

(届かないと思われてるなんて意味がない。そんなのじゃ、きっとこの人は救えない)

 

 椿が百合音を遠い存在だと感じるというのなら、それは間違いなく椿が百合音を遠ざけたいからそう見えているだけである。百合音に対して線を引き、壁を作り、届かないと錯覚しているのは、椿の方なのだ。

 逆に言えば、椿の方からそうして線を引かれている以上、今は百合音からも椿には手が届かないということでもある。

 

(けど、それがはっきり分かったのはある意味収穫ね)

 

 意識してにっこりと笑い、百合音は椿の左手を取って口を開く。

 

「言ったじゃないですか。誰かを嫌うとか憎むのって、エネルギーがいるんですよ」

 

 椿の瞳が見開かれる。昨日と違い澄んだ宝石に似たそれを百合音は、素直に綺麗だと思った。

 

「だから私は、どちらかというと仲直りがしたいです」

 

 最初に“偶然”を“必然”に変えたのは椿だ。

 もう百合音の頭には、椿の抱える闇を知らない振りで通すという選択肢はない。

 

 ()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 掴んだ手の温度を確かに感じながら。

 少女は不敵に微笑んでみせた。

 

 




動脈性出血は、心臓の拍動に合わせて血が噴き出します。
静脈性出血は、じわじわと持続的に出血します。

どちらも止血は必要ですが、動脈性の場合は一刻を争うので急いで、なるべく清潔な布などで圧迫しましょう。

本編では出血中になにやら呑気に会話をしていますが、フィクションなので気にしないでください。
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