SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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『舞台裏』へようこそ
ここでは、本編ストーリーすなわち表舞台の、裏側で起こっていた事を綴ります。読まなくても本編に支障はありませんので、お好きなときにご閲覧ください。原作様の単行本のカバー下にある四コマのような感覚で読んでいただければよろしいかと思います。

《注意点》
・本編で既出の事柄が再度掘り下げられたり、後出予定のネタに軽く触れたりすることがございます。ネタバレというほどではありませんが、ご留意ください。
・この『舞台裏』のお話は時系列に沿い、関連のある表舞台の話の次話として、随時割り込み投稿していく形になります。ご了承下さい。


今回は、15話の裏側でライラックがやっていた諸々のことについて。


舞台裏 “暗躍の種明かし、あるエキストラの奮闘”

 オートロックの扉が静かに開かれる音が聞こえてきた。

 

 次いでスーツケースのキャスターが回る音と微かな靴音、扉が閉まって施錠される音、何かが廊下に落ちたような音。

 決して大きくはないが、耳を澄ませば確かに聞こえる程度の足音が床伝いに響いてくる。予定が狂っていなければその足音は、鈴白百合音という名の少女のもので間違いないはずだ。キャスターの音は聞こえず、スニーカーが床を擦る音だけが鳴っていた。

 

(…………そろそろ、行った……?)

 

 同じ廊下の直線上、少女が歩いて行った方とは反対側を曲がった所で((うずくま)って身を縮こまらせつつ口を両手で覆うという徹底ぶりで)息を潜めていたライラックは、遠ざかる足音を聞いてそろりと顔を覗かせた。視線の先にもう少女の姿が見えないことを確認して、ほっと息を吐き出す。

 彼の視線が定まる先には、少女が置き去りにした青いスーツケースがあった。その近くには、部屋のキーが床に転がされている。

 

(まずはあれを、地下まで運ばなきゃ……)

 

 ごくりと唾を飲み込み、ライラックは慎重に立ち上がってスーツケースに駆け寄った。目立った傷や色剥げ、ストラップの類いすら付いていないそれのハンドル部分を引き出す。そして引き出し過ぎて最高点でカコンッと音が鳴り、か細い悲鳴が無人の廊下に響くことになった。

 今の音(と自分の悲鳴)で誰か来ていないかを首を左右に振り切りながら確認するライラックの心情は既にパニックに近かった。ハンドルを握り締めている手に力を込めていなければ震えながら廊下の隅っことお友達になっていたかもしれない。

 それでも彼がスーツケースを手放さないのは、昼間に出逢った人物の笑みが今も脳裏に張り付いているからだ。

 

 ここで少しだけ回想を挟もう。何故彼がこんな事をしているのか、その理由を知るために。

 

 

 

 

 

 

 

 遡ること数時間前、ライラックが昼間の大通りを歩いていたとき。

 

「君、ちょっと」

 

 突然横合いから、一人の女性がライラックを呼び止めた。

 

「君だよ。少しだけ立ち話に付き合ってくれないかな?」

 

 顔を向ければ、(しわ)一つなく風に(なび)く白衣とゆるいウェーブを描く黒髪。女性にしては低く落ち着いた声と、形よい口許には綺麗な微笑。

 しっかりと着こなされているその白衣からC3の人間を連想して、ライラックは咄嗟に逃げの姿勢を取った。しかし彼が実際に距離を取るより前に、彼女が先手を打つ。

 

「初めまして。私は風谷巽という。百合音の保護者だよ」

「!?」

 

 保護者。

 その単語に思わずライラックは風谷と名乗った女性を上から下まで見直してしまった。成人していることは分かるが、それでもかなり若く見える。保護者という言い回しをするくらいだから、百合音と血は繋がっていないのかもしれないが。

 ライラックが一先ず足をその場に留めたのを確認して彼女は、路地の中へと手招きした。立ち話に付き合って、と言っていた件だろうか。

 不審には思いながらも、人当たりの良さそうな笑みが百合音の保護者という自己紹介に妙な信憑性を与えていて、ライラックは恐る恐る大通りから細い路地へと数歩踏み込んだ。

 

「さて、確認なんだが……三日前の金曜日、君は別の真祖の下位吸血鬼(サブクラス)に襲われたところを百合音に助けられたね?」

「なんで、知って……っ!」

「分かりやすい反応をありがとう。そこで主人(イヴ)の能力を露見させてしまった百合音は、君にそれを黙っていてくれるよう頼み込んだ。君はそれを了承した。ここまでで間違いは?」

「………………」

「沈黙は肯定だ。うん、事実確認はこれで済んだね。円滑に進んで良かったよ」

 

 勝手に頷きながら、風谷は満足げに笑った。

 ところが瞬きの間にその笑みは打ち消され、深刻そうな表情が浮かべられる。

 

「だが、これから先ずっとこの状態を続けることは不可能だ。君にも分かっているだろう?」

「……それ、は…」

「君がこのまま秘密を守ったとしても、そう遠くないうちにこの均衡は崩れる。……そうなったとき、君は命を救ってくれたあの子のために、何か出来るのかな?」

「っ、」

 

 暗に、何も出来ないだろう、と言われたのが分かって、ライラックは俯いた。

 そのまま追い討ちを掛けられるかと思って身構えたが、次に掛けられた言葉は意外にも彼に配慮したものだった。

 

「そんなに怯えないでくれたまえ。別に(とが)めるつもりはないよ、単なる優先順位の問題だからね。そこで椿を選ぶ君は間違っていない」

 

 猫撫で声のように優し過ぎる声色ではなく、きちんとライラックに対しての理解を示したものだった。

 でもね、と区切りの線を引くように彼女は真剣みを帯びた口調で続ける。

 

「あの子は見ての通りのお人好しな子で、見ず知らずの他人にも心を配れる子で、人間も吸血鬼も分け隔てなく接する子だ。そして察しが良く行動力も勇気もある。そんな子が椿の計画を知ったとき、反発しないわけがないだろう?」

「………………」

 

 反論が、出来なかった。

 他の真祖(サーヴァンプ)主人(イヴ)を襲おうとしていること、何より下位吸血鬼(サブクラス)は既に何体も襲っていることを知れば間違いなく心優しい彼女は声を上げるだろう。そうなってしまえばもう、あの少女は憂鬱組にとっては敵になる。

 仮にそうならなくとも、彼女は主人(イヴ)だ。いずれ敵対することは避けようがない。今まで有耶無耶(うやむや)にしてその場しのぎにしてきた現実が、手酷く突き付けられるだろう。

 

「だから君がもしあの子に、助けられた借りをしっかり返したいと思っているのなら、行動するべきは百合音と椿が決定的に対立する前、つまりは今しかない」

 

 少しずつ、けれど確実に、説き伏せられている感覚があった。

 

「私は出来るだけ安全にあの子をあのホテルから逃がしたいんだ。そのために、君に少しだけ手伝いをしてもらいたい。…引き受けてくれないかな?」

 

 向けられた微笑みは慈愛を含んだものだったが、ライラックはそれにどこか悪魔との契約を想起した。

 しかしそうと分かっていても既に彼の心はその契約を結ぶ方に傾いているのだからもう、どうしようもない。

 

 哀れな子羊は、こうして悪魔と契約した。

 

 

 

 

 

 

 

 あそこで頷いた以上、もう後戻りは出来ない。

 

 ぐっと拳に力を入れて、ライラックは震えそうになる身体を(いさ)める。深呼吸をして息を整え、少女の後を追うようにしてエレベーターの方へ歩き出す。

 頭の中に反芻(はんすう)するのは、淀みも過不足も無い指示の声。

 

『百合音には20時に、荷物を部屋の外へ出して屋上へ向かうよう指示してある。君はそれを見届けた後、その荷物をエレベーターで地下五階まで運んでほしい』

 

 スーツケースのキャスターが床に擦れる音が静かな廊下に反響する。思えばライラックが廊下の端で百合音が出てくるのを待っている時から、不気味なほど人気がなかった。決して、まだそう遅い時間帯ではないというのに。

 また浮かぶのは、戯れのような彼女の言葉。

 

『大丈夫、保証してあげるよ。君があの子の荷物を運ぶ間、君は誰とも出会わない』

 

 その通りになった。

 

 ライラックの乗り込んだエレベーターは一度も止まらずに、地下五階まで辿り着いたのだから。

 

『着いたら荷物はエレベーター前に放置してくれて構わないよ。そこまで運んでくれればこちらで回収できるから』

 

 言われた通りにライラックはエレベーターを出て直ぐの場所にスーツケースを止めた。ぐるりと周囲を見渡してみるが、ここにも人の気配はない。

 これで一つ目の指示は完遂した。

 

『さて、次が本題だ』

 

 再びエレベーターに乗り込み、ライラックは椿や戦闘力の高い下位吸血鬼(サブクラス)たちがよく(たむろ)しているリビングのある階を目指す。

 

『椿に、百合音が主人(イヴ)であることをバラせ』

 

 その言葉を落とした時の底冷えするような風谷の笑みを思い出して、どくりと心臓が大きな拍動を響かせた。

 そんなことをしたら、と戸惑うライラックを見て彼女は薄く薄く笑っていた。

 

『大丈夫、セッティングさえ万全にしておけばあの子は上手くやるさ。君が心配する必要はない』

 

 記憶に(よみがえ)るのは、主人(イヴ)であることを黙っていて欲しいと頼まれた時のこと。

 百合音は最初からライラックに、“不都合が起こればバラしても構わない”と言っていた。“その時はその時で何とかするから”、と。それは気休めや気遣いではなく、本当にそう断言できるだけの自信があるからだったのだろうか。

 

『何も難しいことはないよ。君は三日前のあの夜に見たことをそのまま椿に話せばいいだけだ。演技をする必要も、嘘を吐く必要もない』

 

 五月蝿(うるさ)い心臓を抱えながら、ライラックはリビングのドアを開けた。真っ先に目に入ったのは窓際に腰掛けている綿貫桜哉。そして、椿はソファの方に座っていた。

 

「……っ、……椿、さん」

「あぁ、ライラじゃない。どうかしたのかい?」

 

 ライラックに気付いた椿が柔らかな笑みを浮かべて振り向いた。彼が家族にだけ向けてくれる、優しい笑顔だ。

 この笑顔に向かってライラックは今から、真実を話さなければならない。

 

「ぁ……その、ぁ、えっと、ぼくは……」

 

 急激に込み上げてきた恐怖に、ライラックの口からは意味のない言葉ばかりが溢れていく。

 

「そんなに慌てないで。話があるならゆっくり聞くから、とりあえずこっちへおいでよ」

 

 椿は変わらず落ち着いた声で、ぽんぽんと着物に包まれた右手でソファを軽く叩く。ライラックはぎこちない動きでそこに座り込んだ。

 

「それで、どうしたんだい? 何か悩み事かな?」

「悩み、じゃなくって……ぼく、っ、椿さんに、言わなきゃいけない、ことがっ……!」

「うん、聞くよ。ゆっくりでいいからね」

 

 穏やかな雰囲気でライラックの言葉を待ってくれる椿と、目を合わせることが出来なかった。不安と恐怖と焦りで、結局筋道のはっきりしないままライラックは話を始めた。当然のごとく時系列が行ったり来たりしたり、一言話しては付け加えの繰り返しだ。

 荒波のように渦を巻く思考の中で、酷薄な笑みと共に風谷が告げた台詞が甦る。

 

『君はどれだけ言い(よど)んだって(ども)ったって構わない。その怯えも焦りも、きっと椿が素敵に曲解して補正をかけてくれるさ』

 

 ……その通りになった。

 

 普段から内気で臆病なライラックのことを分かっているからこそ、椿は当たり前のようにその挙動を受容した。急かしたり不審な目を向けることなど一切なく、辛抱強く話を聞いてくれた。不安げなライラックの振る舞いが、“風谷巽の指示で動いている”という緊張から来ているものだとは、気付かれなかった。

 そうしてライラックは、普通に考えれば彼のような性格の者には絶対に出来ないであろう、スパイや工作員のような暗躍をーーーーやり遂げてしまった。

 話を聞き終えた椿は少し考え込むと、ライラックに向かって微笑みかけた。

 

「頑張って話してくれてありがとう、ライラ。僕は少しあの子と話をしてくるから、君は部屋に戻っていて」

 

 立ち上がった椿が、軽くライラックの頭を撫でて部屋を出ようとしている。

 

『話しきったら、君の仕事はそこで終わりだ。後は椿が動くだろうし、その上で椿に何か指示されたらそれに従えばいい』

 

 そう。ライラックの仕事はもう終わった。椿には部屋に戻っていていいと言われたのだから、一刻も早く自室に駆け込んで暴れている心拍を落ち着けるのが最優先だ。

 分かっている、けど。

 

(けど、百合音がちゃんと逃げられるのか見届けなくて、このまま終わって、本当にいいの……?)

 

 ライラックの葛藤を余所に、シャムロックが部屋に入って来た。椿が彼と話を始めるのが視界の先に見える。

 

「シャム、百合音にちょっと話があるんだけど、どこにいるか知らない?」

 

 シャムロックが首を横に振った。部屋に居るのでは、と憶測が聞こえる。無理もない、彼女が屋上に行っているなど普通は予想もつかないはずだ。

 ぐっと奥歯を噛み締めて。ライラックは震えそうになる言葉を絞り出した。

 

「……百合音なら、さっきエレベーターで屋上に行くのを見ました」

 

 椿とシャムロックが驚いたように振り向く。

 顔を上げ、ライラックは二人を見詰めた。

 

 風谷に言われた通り、椿と百合音が対立したなら、ライラックには何も出来ない可能性の方が高い。最悪両者の邪魔になるだけかもしれない。

 

 けど、それでも。

 せめてその場に居なければ、何か出来たか出来なかったかすらも、分からない。

 

「椿さん……ぼくも、一緒に行きます」

 

 だから彼は、最後の最後で。

 光の当たらない舞台裏から幕切れ間近の表舞台へと、その足を踏み入れていったのだ。

 

 




舞台裏がこんなボリューミーになるとは思わなかったんですが、それだけライラックが頑張ったんだということで。
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