SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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ほぼほぼ17話の続きから始まります。

オリキャラしか話していない上に九番目の真祖に関するオリジナル設定が出てきますので、あらかじめ寛大な心をご用意の上でご閲覧ください。


18. 記憶を手繰(たぐ)

 ーーーー分からないなら、分かる人に聞けば良い。

 

 そういう訳で、冷優と共に家に帰り着いた百合音は風谷の部屋へ直行した。彼女に尋ねれば大抵のことに関しては正確な答えが返ってくる。

 しかし。

 

「“なぜ椿は冷優のことを知らないのか”、か……難しい質問だね」

 

 百合音からのストレートな質問を受けた風谷は、そう言って苦笑した。珍しい反応である。

 仕事用のデスクの前に座っている風谷に、向き合うようにベッドに腰掛けながら百合音は、先ずは事実確認に立ち返ることにした。

 

「冷優って、貴女がC3から引っ張り出してきたのよね?」

「雑な言い方だとそうなるね」

「でも椿さんが、自分と同じようにC3に捕らえられてる真祖のことを全く知らなかったなんて考えにくいのだけど」

「あの子は少し、扱いが特殊だったんだよ。……というより、C3の方も、どう扱っていいのか困っていたと言った方が良いかな」

 

 特殊? と尋ね返す百合音に、私室の中ですら白衣姿な彼女は頷く。

 そして口を開いた。

 

「あの子は元々、C3では“未完成の真祖”と呼ばれていた」

「“未完成の真祖”?」

 

 聞き慣れず、意味も理解しがたいそのフレーズを百合音はそのまま鸚鵡(おうむ)返しに繰り返した。再び頷いた風谷の手が、おもむろにデスクの上にあった黒ボールペンを掴み取る。彼女の手の中で、準備運動のように一度、百円均一の量産品がくるりと回された。

 

「そう。あの子はまるで茨姫のように、ただ眠り続けていたんだよ。脈拍や心拍、脳波、血流なんかの状態は何ら異常なしのまま、意識だけが覚醒しない。瞳だけを開かない。そんな状態だから、ずっとC3の最下層近くに“保管”されていた」

 

 遠い国の歴史を語るように、淡々と風谷はそう語った。その間、速くもなく遅くもない口調とは裏腹に、軽く残像が見える速度で黒ボールペンが彼女の指の間を駆け巡っていた。

 

「……でも、貴女が連れてきたときにはもう、あの子は」

「うん。誰がどう見ても欠陥のない正真正銘の真祖だったね。私があの子を“完成”させたから」

「えっ」

「という言い方には少々語弊があるけど」

「………………」

「ふふ、ごめんね。でも別に間違ってはいない。私があの子を目覚めさせたことは事実だ」

 

 結局どっちなのか、と百合音は無言で続きを促す。風谷の言葉遊びに付き合っていたら今日中に話の核心にまで辿り着けない。

 

「さっき言ったように、あの子はC3施設内で眠り続けていた。だから私はまず、直接あの子と会話するためにあの子の中に入った」

「……入った?」

真祖(サーヴァンプ)には未だに謎めいた事象が多いが、その一つとして真祖の心の中のような空間に他者が取り込まれるという現象が確認されている。君も過去に一度、そうなったことがあるだろう?」

 

 真祖の心の中に取り込まれる、と聞いて、百合音の脳裏にはまだ九番目の真祖と契約して間もない頃の、ある記憶が呼び覚まされた。印象的だった部分を挙げるなら、比喩抜きに埋もれそうなほどの量の本と、幸せを唄う青い小鳥、そして光を帯びた水を(たた)えた泉。全くもって、心理世界と表現する他ないような奇妙な世界だった覚えがある。

 

「その頃、とある研究者が“意図的に真祖の内部に入る方法”を研究していてね。実験名目で、その試作品を使わせてもらった」

 

 そして、結果としては実験成功。風谷は心理世界で冷優と会うことが出来たという。

 語りながらも人差し指から小指まで、指の間をボールペンの行ったり来たりが止まらない。

 

「まぁ色々とあったんだけど、最終的にあの子は私の手を取ってくれた。その瞬間、気が付いたら現実に戻っていてね。あの子は既に目を覚まして起き上がっていたよ」

 

 だから私にもあの子を完成させたなんて実感がろくにないんだ、と。締め括ると同時にボールペンがピタリと静止する。

 大雑把にもほどがある説明に百合音は取り繕う気もなく呆れ顔になった。話の最後が簡略化されすぎていて一気に理解が浅くなる。

 

「重要な部分を“色々と”で済ますのやめなさい。…あと、毎回毎回何なのその手の動きは…」

「うん? 今やってたのはたぶん、ハーモニカルフルーエントソニックかな」

「別に技名が知りたかったわけじゃないわよ」

 

 誰がどう見てもそれなりに熱中した経験があるのだろうとわかる技術のペン回しは、考え事をしているときや昔の記憶を手繰り寄せるときに出る彼女の癖である。気付いたときには回していて、手近なペンを手に取る瞬間は完全に無意識なのだとか。

 

「ま、それはさておき。その後、私はそのままあの子を引き連れてC3から脱走してきたわけだ。未だに私がC3職員から嫌われているのはこれが主な原因だね。彼らにとって忌むべき吸血鬼の真祖を、増やして外の世界へ放ったのだから」

「……それが()()()、貴女が冷優を連れて帰ってきた日の真相ってわけ?」

「そうだよ」

「…………」

 

 風谷の返答は、その一言だけだった。これまた珍しい、と百合音は数度瞬く。

 以前椿に、“情報屋の娘なのに吸血鬼に関する情報を何も持っていないのか”と訊ねられて、百合音は“娘だからと何でもかんでも教えてくれるほど仕事を軽んじてる人ではない”と答えた。

 あれは半分嘘である。

 風谷は確かに仕事を軽んじてはいないが、家族に対してはよく世間話のような感覚でぽんぽんと末端の噂から機密レベルの情報まで躊躇いなく漏らしている。聞いてもいないのに喋るので、大体は話し半分に聞き流しているのだが。

 しかし風谷は今回、百合音の確認に頷くだけで話をろくに広げようとしなかった。余計なことまで喋るのがデフォルトな彼女にしては、かなり消極的な態度と言えるだろう。

 

(……それに、)

 

 今までの話で風谷は、重要な部分をあからさまに(ぼか)した。そして普通、核心が欠けた内容を“真相”とは表現しない。指摘されれば“嘘”だとも言えそうな、ぎりぎりの言動を彼女はしたのだ。

 普段なら風谷は、特に百合音に対してはいつも誤解を生まないように真実を包み隠さず伝える。それは、家族だからという理由の他に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それでもグレーゾーンを行ったということは。

 

(それくらい話したくないってこと……?)

 

 元々、風谷が昔C3とどういう関係にあったのかを百合音は聞かされていない。そこで風谷が何をしていたのかついては全くといっていいほど、話されたことがないのだ。この話もC3関連であるが故に、話したくない部類のものなのかもしれない。

 

「ーーーーだから椿があの子の存在を知らなくても、私は無理のないことだと思う。そもそもあの子は真祖として扱われていなかったし、保管されていること自体も一部の職員しか知らない情報だったのだからね」

「……なるほどね」

 

 簡潔に締められた結論に、別のことを考えていたことを悟られないようにしつつ百合音は相槌を打った。本題の方へ思考を戻す。

 椿が冷優を知らない理由は一先ず風谷の提示した理由で納得できる。しかしそうなると今度は、眠り続けていたにも関わらず“何故冷優は椿や他の真祖についての明快な知識があるのか”という謎が新たに浮上してくる。

 

(……まぁ、これは本人に聞いた方が早いかしら)

 

 どうやら真祖としての冷優に関することは、風谷にもあやふやな部分が多いらしい。近い内に何とか彼女自身から答えを聞き出してみようと、百合音は心に決めた。

 

「ところで百合音。私からも一つ質問があるんだが」

「何?」

 

 この時、あの白猫の口をどうやって割らせようかを脳内で試行錯誤していた百合音は、適当な調子で質問内容を促してしまった。

 だから、何でもない口調で続けられた風谷からの次の質問に、一瞬思考が停止した。

 

綿()()()()()()()()()()?」

「………………」

 

 全く別の話題を持ち出され、百合音は戸惑う。

 

 ーーーーどうして、ここで彼の名が出てくる?

 

 理由は見当もつかず、不吉な予感だけが彼女の胸に渦巻き始めた。

 息を詰まらせ答えを発することが出来ないままの彼女に、風谷の呂色の瞳がすっと細められる。

 

「彼には、深入りしない方が良いかもしれない」

「……どうして?」

「君が苦しむことになるかもしれないから」

 

 きっぱりと、風谷はそう言った。

 “かもしれない”と仮定として話しているにも関わらず、その言葉には確信がこもっていた。

 風谷巽は曖昧な予測を口にしたりはしない。だからそれは、百合音の知らない根拠によって徹底的に裏付けされた未来像なのだろう。

 

 ぐっ、と無意識に百合音は奥歯を噛み締めた。

 凪いだ光を宿す呂色(ろいろ)を、正面から見つめ返す。

 

 ここで俯いてはならないと、直感的に彼女は感じていた。苦し紛れでも、何か言わなければならない。ここで沈黙を保ってしまえば、もう二度と彼に顔向け出来なくなるような、そんな予感があった。

 (たと)えこの先、風谷の言った通りになったとしても。

 

「……桜哉くんは、友達よ。私がそう言い出したんだから」

 

 百合音は絞り出すようにそれだけを言って、ベッドから立ち上がると逃げるように部屋のドアノブに手を掛けた。

 ドアを開ける瞬間、背を向けた風谷から追うように言葉が掛けられる。

 

「そうか。それなら、止めはしないよ」

 

 きぃ、と無遠慮にドアが軋みの音を上げる。

 

「ただしその言葉を……決して、最後まで忘れずにいなさい」

 

 ドアが閉まる音の直前に百合音の耳に届いた声は、どこか愁いを帯びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ばたん、と閉められたドアを見詰めて、風谷は小さく溜め息を吐き出した。娘とその友人の行く末を案じて瞳が揺れる。

 

(()()()()()(こじ)らせなければいいんだが……)

 

 きっと拗れるだろうなぁ……と風谷はぼやく。

 同時に、もっと早くに“綿貫桜哉”について調べておけば良かったと後悔した。

 

(もし彼が、彼の過去から私が推察した通りの人格形成を遂げていたなら、()()()()()()()()()()()()()()())

 

 深入りすれば百合音は苦しむだろうし、悩むだろう。

 しかしそれが彼女の精神的な成長に繋がる可能性も、無いとは言えないのだから、もうどうしようもない。

 

(一体どうするのが正解なのか……。こんな時、誰かに相談できれば、な)

 

 心の中でそう呟き、その呟きを反芻(はんすう)して、風谷は自嘲気味に表情を歪めた。

 

(いや、違うか。“誰かに”じゃない。“君に”相談できれば、だな)

 

 今も昔も、“相談相手”で真っ先に頭に浮かぶ人間は、風谷には一人しかいない。

 目を閉じれば、アフターファイブなどお構い無しに今も仕事漬けになっているだろう“彼”の姿が、瞼の裏に浮かんだ。特徴的な逆三角形の眼鏡を掛けた、生真面目で若干不幸体質な、優しい『学友』の姿が。

 

(君はまだ、私のことを友人と呼んでくれるかな…ーーーーーーーーねぇ、()()……?)

 

 答えはない。

 どれほど記憶を手繰り寄せようともーーーーその答えだけは永遠に、得られはしないのだから。

 

 

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