SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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今回もオリジナル設定注意。結構ぶっとんでるので前回より深めの寛大な心をご用意の上でご閲覧ください。


19. その罪の名は

 さて、諸君は覚えているだろうか。

 風谷家(仮)では、家事は当番制である。しかも四人の内一人が料理下手、一人が不在常習犯なので、基本的に料理当番は百合音と冷優の二人で回っている。

 その状態で、片方が一週間もの間、不在を余儀なくされたらどうなるか。

 当然残された一人が料理を作り続けるはめになる。つまりは冷優が補っていたのだ。そこに関しては百合音も申し訳なかったと思っている。

 だが問題はその後だ。

 滞納した回数分、きっちり返納を要求された。いつ作ったのか、臨時の当番表まで用意されている周到ぶりである。当然と言えば当然なのだが、決して自分から一週間家を空けた訳ではない百合音としては複雑な気分にもなる。

 しかし借りは借り。彼女は真面目に一週間分の当番を引き受けることにした。

 

(夕飯はあれとあれとあれで……明日の朝は……)

 

 そんな事情を背景に現在、百合音は放課後の学校からスーパーへ直行し食料品売り場をさ迷っている。頭の中は完全に主婦そのものである。

 菓子パンコーナーの横に並んだ厚切り食パンに伸びた手が、消費期限を気にして手前の方の袋を掻き分ける。

 一番期限の遠いものを選び取り、顔を上げた百合音の目に斜め横の卵売り場が映った。

 

(あ、卵安い……今日の夕飯で家にある分使っちゃうし、買っとこうかしら)

 

 思考に従いそちらへ足が動く。

 パックに記載された期限を見つつ卵を品定めする彼女の隣に、同じように安値の広告に釣られたらしき人が一人並んだ。

 奥の方に隠された期限の長いパックを取ってカゴヘ放り込んだ百合音は、そこでふと隣の誰かさんを見てしまった。

 

「……あ、」

 

 彼女の漏らした呟きに触発されたのか、“彼”もまた百合音の方へ顔を向ける。

 二人の視線がばっちりとかち合ったところで、その人物ーーーー城田真昼が叫んだ。

 

「……あっ、昨日の!!?」

 

 まさかこんな所で出会うとは思っていなかったのだろう。髪色と同じ茶色の瞳が、大きく見開かれている。

 百合音の方も、学校で会うならまだしも近所のスーパーで買い物中に会うとは予想していなかったのでそれなりに驚いてはいるのだが、彼の驚きはそれ以上だったらしい。

 何から言葉にするべきか迷っているのか、結局ぱくぱくと口の開閉を繰り返すだけの少年。そんな彼を見て、百合音は一つ提案をした。

 

「とりあえず、先に買い物済ませない?」

 

 ……決して立ち話が面倒だったからとかカゴが重かったからとかではない。急に大声を出した彼に対する他の客の視線が痛かったという、大人の事情である。

 

 ーーーー十五分後。

 

 エコバッグをぶら下げた学生が二人、夕日に照らされた帰路を行く。

 

「ーーーーそれで、えっと、」

「鈴白百合音」

「あぁ、鈴白さんも、俺と同じ主人(イヴ)……なんだよな?」

 

 昨日の、椿の幻術空間での出来事を思い返しているのだろう真昼の問いを、百合音は素直に頷いて肯定した。あの時できたのは言い捨てるような自己紹介だけだったので、確認したいことは多々あるだろう。まだ冷優のことを話すつもりはないが、百合音自身に関することならば何でも答えるつもりをしていた。

 

「そうだ、椿と戦ってたとき吹っ飛ばされたりしてたけど大丈夫だったのか⁉ 怪我とか……!」

「心配しないで。受け身とったし、大した怪我もしてないわ」

「そっか、良かった…」

 

 心からほっとした表情をする彼に百合音は口許を緩めた。椿との関係すら疑われるような人物に対して真っ先に怪我の心配が出てくるあたり、かなり人が良い性格なのだろうと見当付ける。

 少しの沈黙が挟まった後、思いきったように彼は真っ直ぐに百合音を見てこう言った。

 

「俺、椿を止めたいんだ。そのために一緒に戦ってくれる仲間がほしい。だから、鈴白さんも協力してくれないか?」

 

 決意を秘めた瞳と視線が重なる。()じり気のないそれを、百合音は好ましく思った。それに彼女としても椿を止めることに異存はない。

 

「そうね。私も椿さんがやろうとしてることは間違ってると思うわ。だから、ぜひ協力させて」

 

 そう言って手を差し出せば、眩いほどの笑顔で彼は手を握り返してくれた。

 

 そこから暫くは、トントン拍子に情報交換が続いた。

 

 椿とは昨日が初対面だったこと、怠惰の真祖と契約したのもつい先日であること、肩にちょんと乗っている黒猫が彼の相棒であること等々。冷優がろくに話さないせいで現状に対する情報が欠けていた百合音にはかなり有意義な時間だった。

 しかし互いに気になっていることに質問をぶつけ合うことで進んでいた情報交換の最中、真昼が指折り数えながら。

 

「クロが“怠惰”で、リリイが“色欲”で……鈴白さんは、“何”の真祖と契約してるんだ?」

「……私は、」

 

 答えようとして、百合音は言葉に(きゅう)した。

 真昼に九番目の真祖のことを言って良いものか悩んだのではない。

 

(あれ、冷優って“何”の真祖だったっけ……?)

 

 単に、正答が浮かんでこなかったのである。

 そもそも冷優の口からそういう話をされたことがほとんどないので、一度も耳にしていなくてもおかしくはない。

 口ごもった百合音に、真昼が不思議そうな顔をしていた。どう繕おうかと思案する彼女は、歩くペースを落としながら公園を横切ろうとして、はたと思わず立ち止まった。

 

 公園の周りをぐるりと囲む花壇から、見慣れた白猫が覗いていたからだ。

 

 赤いリボンチョーカーを首に巻いた青い瞳の猫など、野良でいるわけがない。間違いなく冷優である。

 

(いや何してるのよあの子……)

 

 真昼も気付いたのか、百合音と同じく花壇の猫に視線を向けている。勿論彼はあの猫が百合音の真祖であるなど知るよしもないので、相変わらずの不思議顔だった。

 白猫は、ただじっと青い瞳でこちらを見つめている。

 しかしよくよく観察すれば、その視線の先に居るのは百合音ではなく真昼ーーーーの肩に乗っている、クロだった。

 

 数秒、そのまま膠着(こうちゃく)状態が続いた。

 正確には、白猫が興味をなくしたようにくるりと身を翻して公園の向こう側に走り去るまで、だが。

 

 あ、と百合音の口からはまた意味のない母音が転がり落ちる。

 冷優が何を考えているのかは分からないが、今は彼女を追わなければと百合音の勘が訴えていた。こういう時の彼女の勘は当たる。故に彼女の行動は素早かった。

 エコバッグを地面に置き、しゃがみこんだままスクールバッグからメモとシャーペンを取り出して、膝を台座に走り書きをする。

 

「……ごめんなさい用事思い出したから帰らなきゃ! はいこれ私のメアドっ! 後で適当にメールしておいて!」

「えっ⁉」

 

 隅っこにウサギのシルエットがあしらわれたメモを真昼に押し付け、百合音は冷優を追って走り出した。真昼に引き留める暇も与えず、公園を突っ切って路地へ入る。

 角を一つ曲がったところには、彼女が追い掛けて来ることを予想していたかのように、人の姿に戻った冷優が立っていた。胸元には白いハードカバーの本を抱き締めている。静かに青い瞳が百合音を映し、可憐な唇が動いた。

 

()りないのね」

「何が?」

「お兄様たちに関わるのはもういい加減にして」

「……いい加減にするのは貴女の方よ」

 

 聞き飽きた台詞を、百合音は反論で返す。

 

「このままじゃいけないってことくらい分かってるでしょ? 何も行動しないままじゃ、事態は悪い方向にしか転がらない」

「……私の問題よ。口出ししないで」

「貴女の問題ならなおさら、貴女が動かなくてどうするのよ」

 

 珍しくも舌戦で冷優が押し黙った。

 恐らく彼女自身も、“現状維持”が不可能であることくらい理解しているのだろう。

 

「……なら、私が憂鬱のお兄様と共に行動したいと言ったら、貴女はどうするというの?」

 

 いつも淡々と紡がれる彼女の声が、今は心なしか震えを帯びているように聞こえた。どうにも真祖に関する話題、特に椿が絡む発言をするとき、冷優は()()()()()様子を見せる。

 しかし、半ば(おど)しのような彼女の問いに、百合音は迷いなくあっさりと答えた。

 

「別に、どうもしないわよ」

 

 青の瞳が見開かれる。

 寧ろ、そこまで驚かれることが百合音にとっては驚きなのだが。

 

「だって“私と貴女”だもの。意見が合わないのにはもう慣れっこよ」

「………………」

 

 実際、冷優が椿の側につくというのは充分に可能な未来だ。先ず二人の間には限界距離の縛りがない。そして冷優には主人の血がない状態でもある程度は戦える戦闘能力があり、百合音も生身で吸血鬼を相手に出来る程度には武器(リード)の扱いを覚えている。両者が敵味方の陣営に別れたとしてもそれぞれで実力を発揮できる。

 加えて言えば、二人はお互いを敵に回すことに躊躇しない。

 昔から、冷優が白と言えば百合音は必ず黒と答えていたような間柄だ。その度に衝突し手も足も出す喧嘩になり最終的に有紗に怒られるか風谷に(いさ)められてきた。なので、今さら対立することに躊躇いも何も感じるわけがない。

 

「私が言ってるのは、このまま無関係を貫き通すのは諦めなさいってこと。だから貴女が椿さんの方へ行きたいならそれはそれで構わないわ」

 

 元より、いつも隣に居なければ落ち着かないような関係ではない。百合音の言葉は本気だった。冷優もそれが分かったのか、言い返すことが出来ないでいた。

 だが、ここでこのまま沈黙を続けても面白いことはない。

 冷優の葛藤や自問自答の時間に付き合うつもりは毛頭(もうとう)ないので、時間を埋めるために百合音は、風谷から話を聞いてからずっと疑問に思っていたことを問うことにした。

 

「それはそうと、どうして貴女はそんなに一方的に、椿さんとかについて詳しいわけ?」

 

 全く空気を読まず投げ掛けられた百合音の質問に冷優は一瞬綺麗な顔を(しか)めたものの、小さな溜め息と共にそれに応じた。

 

「“私がそういうふうに作られているから”よ」

「は?」

 

 流石に抽象的すぎると思ったのか、直ぐに具体的な説明が付け加えられる。

 

吸血鬼(サーヴァンプ)に関すること、中立機関に関すること、それから八人のお兄様たちそれぞれの、特化した能力、外見、大まかな性格タイプまで。そういう情報を私は目覚める前から知っていた」

「……??」

 

 何それ、と百合音は呆けたように息を吐いた。(あま)りにも斜め上を行く説明に理解が追い付いていかない。

 彼女の思考回路が上手く回っていないことを見てとったのか、冷優は少し思案して補足を重ねる。

 

「電子辞書みたいなものよ。あらかじめ、私の頭の中には“先生”が決めた量の“知識”が登録されているの」

 

 およそ“人”に対して使うものではない単語に百合音の表情は更に険しくなった。

 

「そんなの、貴女は機械と同じって言ってるようなものじゃない」

「そう解釈しても問題ないわ。これ以上詳しい説明をしても余計に分からなくなるだけでしょうし。……それに私は所詮(しょせん)、“作られた側”だもの。私自身にも未解明な部分がある」

 

 付属された説明書を読み上げただけのような、とても自らのことを語っているとは思えないような口振りだった。

 機械と同じと言われても何の動揺もせず、それで合っていると答える。そこには何かしらの感情を圧し殺した形跡すらなく、ただ当たり前の事実を当たり前に受け入れているだけなのだと感じられるほどの無機質さがあった。

 

 何も気にせず、違和感も見せず、事実だから事実なのだと口にすることを(はばか)らない。

 

 それは、集団の中で行えば大多数の人間の反感と嫌悪を買う言動の一つだ。だが、()()()()()()()()()()()()ということを百合音は知っている。

 この場に他の誰かが居たなら率先して今の発言に噛み付いていたところだが、生憎と今は百合音しか聞いていない。そこに頓着するより、気になることを聞いてしまった方が良いだろう。

 

「“先生”って人は、どうして貴女をそういうふうに作ったの…?」

「それが私の(かん)する罪に、相応しかったからでしょう」

「罪?」

「怠惰、傲慢、嫉妬、憤怒、強欲、暴食、色欲、憂鬱……お兄様たちのように、九番目の私にも罪が与えられている」

「あぁ、その“罪”ね」

 

 真昼に(たず)ねられて答えられなかったことを思い出す。果たして『先生』なる人物は、目の前の少女にどんな罪を背負わせたというのか。

 内側から言葉が溢れているかのように、滔々(とうとう)とした口調で形良い唇から言葉が紡ぎ出される。

 

「私の罪は、私の行動原理、そのものーーーー」

 

 湖畔のような静けさを保っていた青が、光を吸い込んだように爛々(らんらん)と輝きだしていた。

 

「それは私を表す、私の代名詞ーーーー」

 

 それはある意味、彼女が無機質な機械などではないと証明するために在るようなものだった。

 

「そして、人を最も罪深くする果てしない欲」

 

 その罪の、名は。

 

「ーーーーーーーー“知欲”、よ」

 

 きらりと。

 白い本に挟まれた金色の栞が、夕日を反射して(きら)めいた。

 

 




相手が冷優なので、百合音の反応や思考が淡白なのは仕様です。
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