SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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最初軽い感じで終わらせる予定が、かなりシリアス成分が増して重くなりました。相変わらず百合音が冷優に関してドライなのは仕様です。


20. 怖いながらも

 キンッ、キンッ、と金属同士がぶつかり合う音が響く。広大な有栖院家の庭では黒い大鎌を武器とする二人、リリイと百合音が戦っていた。

 無論二人とも本気ではなく、あくまで練習として武器を交えている。色欲の真祖は物理的な攻撃は得意ではないというし、百合音も他人の庭を荒らすつもりはないのだから。

 

 現在、彼女は城田真昼と一緒に武器(リード)の扱いを覚えるために有栖院家にお邪魔している。

 

 先日メアドを交換した彼が話を通しておいてくれた結果、多少の警戒は残れど百合音は有栖院の庭に入ることを許されていた。もっとも、椿の空間でのやり取りを聞いていたらしき色欲の主人(イヴ)から「一体、貴様と椿はどういう仲なんだ!」と詰問されたので「新作アイスを一緒に味見する仲、かしら」と答えてみたところ、「なっ…そ、それはどのくらいの親密さだ⁉」という感じで一悶着あったが。

 横凪ぎに振るわれた斬撃を、百合音は後ろに跳んで避けた。余裕のある笑みを浮かべたまま、色欲の真祖・スノウリリイは容赦なく追撃をしてくる。

 軽やかなステップと共に繰り出される斬撃は、重くはないが素早く隙を突いてくる。しかも力を込める素振りもなく振るってくるため、攻撃の前兆が読みにくい。言ってしまえば百合音の苦手なタイプである。

 カァーンッ!! と耳に痛い音が響き、リリイの大鎌によって弾かれた百合音の武器(リード)が彼女の手から離れて放り出され、背後の地面に刺さった。

 

「では、このくらいにしておきましょうか」

「はーい」

 

 鎌を下ろして穏やかにそう告げたリリイに、素直に百合音は応じた。ここで食い下がる理由はない。状況的に、明らかに負けなのだから。

 リリイと共に、屋敷の中で武器(リード)を出す練習をしているはずの真昼と御園の居る場所まで戻る。

 

「真昼くん、お疲れさま。武器(リード)は出せるようになった?」

「あぁ鈴白さん、お疲れ。実はまだ全然で……」

「まぁ、慣れね。挑戦あるのみよ」

「うっ……もう少しなんか、コツとか…」

「コツねぇ…」

 

 壁際で()()()()()()()()足を休めながら、百合音は考え込むように首を捻る。

 

「……ってその鎌飛べるのかよ!?」

 

 ナチュラルに浮いていた彼女に、数秒遅れて真昼のキレのあるツッコミが入った。

 

「えぇ、まぁ」

 

 魔女のホウキよろしく細い鎌の柄に横向きに腰掛けながら、彼女は地面から一メートルくらいのところで浮遊していた。見た目は鉄棒の上に座っているのと似たような感じである。

 もっと地面すれすれを飛んでいればバレなかったのではないかとも思うが、あまり地面に近すぎると“飛んでいる”という意識が薄くなるのか安定性がなくなるため、そこそこの高さを保たなくてはならないという事情があるのだ。

 

「この武器(リード)って、意外となんでもアリっていうか……強いイメージと意思の力さえあれば、結構色々できるみたいなのよね」

「だが、自由に出し入れも出来ないんじゃ、戦う以前の問題だ」

 

 御園からの厳しい指摘に真昼がぐっと息詰まる。横でゲームに熱中しているクロに助けを求めるが、スルーされたようだ。

 代わりに主人が座る椅子の横から顔を出したリリイが助け船を出す。

 

「真昼くん? 何のために力が欲しいのか、具体的にイメージしてみたらいかがでしょう」

「具体的に?」

「貴様の真祖(サーヴァンプ)にやる気がないのは、貴様の意志が弱いからだ」

「じゃあお前のリリイが脱ぎまくるのは、お前が何かから解放されたがってるってこと……⁉」

「アレはただの性癖だっ!!」

 

 あらぬ疑いを掛けられた御園が顔を赤くして反論する。その真横で若干脱ぎ始めているリリイは完全に面白がっていた。喧騒の傍ら、ぶらぶらと浮いている足を揺らしながら百合音はじっとそんな“彼ら”を観察する。

 

(警戒しながらでも私を入れたあたり、御園くんの方はわりと他人に対する許容が大きいわね。趣味嗜好は冷優と似てるような気もするし……)

 

 百合音が今考えているのは、ここに九番目の真祖として冷優を放り込んだら誰がどんな反応をするかということだ。

 三人が会話を続ける中、百合音はそれぞれの性格を鑑みて、彼らが彼女にどんな対応をとるかどうかを考察していく。

 

(怠惰の真祖と真昼くんは問題なさそうね。ただリリイさんはなんというか……あの子と衝突はしないでしょうけど、打ち解けるには時間がかかりそう)

 

 近々冷優の存在を露見させる前提で考えているので本人に聞かせればまた無言で睨まれそうだが、正直に言って百合音は彼女の存在を隠したままにするつもりがない。今は適当に話を逸らして伏せてあるが、いずれは彼らにも話さなければならないと思っているからだ。

 たとえ冷優が椿の元へ行くことを決めたとしても、それは変わらない。

 

「ーーーーまずは桜哉かな! 俺の幼馴染!」

「!」

 

 思考の最中、不意に耳に入ってきたその名前に百合音は意識を真昼の方へ向けた。

 

「やめろ。巻き込むことになるし、椿のことがなければ、僕と貴様に共通の話題なんか……」

「シンプルにさ、“友達の友達”が友達になったっていいじゃん!」

 

 真っ直ぐな瞳を持った少年の言葉は、百合音の脳内で右から左へ流れていく。

 

(…そうだった。どうして今の今まで、考えてなかったの……)

 

 綿貫桜哉。彼は椿の下位吸血鬼(サブクラス)だ。

 そして城田真昼の“友達”でもある。虎雪から名前を聞いたとき、もっとしっかりと結び付けておくべきだった。今になってその関係性を理解するなど遅すぎる。

 

(真昼くんが椿さんと敵対するつもりなら、桜哉くんは……)

 

 こくりと、彼女は無意識に唾を飲み込んだ。

 

(……いや、それもだけど、)

 

 真昼が放った台詞に、百合音はもう一つ可笑しなな事実を見付けていた。真昼が桜哉のことを“幼馴染”と称したことだ。

 綿貫桜哉は不老不死の吸血鬼なのだから、人間の城田真昼と“幼い頃から一緒に成長してきた関係“であるなどあり得ない。恐らくは幻術により真昼の記憶が改竄されている。だが、そもそも単に高校に潜り込むだけなら“幼馴染”などという設定を盛り込む必要はないはずだ。

 

(どうして、そんな嘘を……)

 

 人間というのは基本的に、素直な生き物だ。嘘を吐くのなら何らかの理由を要する。

 ふらりと、百合音の乗る鎌が安定性を失って僅かに揺れた。それは今の彼女の心の動きを端的に表したものだった。

 

 その後、時計の針が九時を指した瞬間に御園が寝落ちたことによって、場はお開きとなった。

 

 有栖院家からの帰り道を真昼と並んで歩きながら百合音は、思いきって真昼に桜哉のことを尋ねてみた。

 すると彼は、少年らしい生き生きとした顔で、けれど少し気恥ずかしそうに。

 

「お調子者っていうかさ、良くいえば、ムードメーカー? まぁ冗談ばっか言ってるようなやつだけど、でも、良いやつだよ」

「……そう」

 

 椿のホテルに居る時の綿貫桜哉のイメージと違うことには、別段驚かなかった。学校で友達に見せる顔と家で家族に見せる顔が異なるくらい、誰にでもあることだからだ。

 だから、聞くべきなのはもっと核心的な部分。

 

「真昼くんは……桜哉くんのお(うち)とか、行ったことある?」

「あぁ、もちろん! 小さい頃とかはほんとよく遊びに行ってたよ」

「そう、本当に仲が良いのね」

 

 在りもしない記憶の温かさに笑う彼を、百合音は直視することが出来なかった。

 

 彼は、何も知らないのだ。

 何も、気付いてないのだ。

 

 人は皆、現状に満足しているなら、その現状を作り上げているものを追求しようとはしない。取り巻く現実に嘘が紛れていても気付かない。幸せな現状に疑いの目を向けるなど、あり得ない。

 そういう心理につけ込んで、人々の目を曇らせる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だからこそ醜悪に感じられた。

 

(……まるで、あの頃の私の周りの人たちを、外側から見せられているみたい)

 

 甦る記憶に歪む表情を真昼に悟られないよう、百合音はそっと顔を伏せた。

 それでも、垣間見えた事実に見ない振りをすることだけは、彼女の性格が許さなかった。

 

 そうしてこの夜、百合音は絶対に気付きたくなかったことに、気付いてしまった。

 

 綿貫桜哉が、自分と同類だということにーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって。

 東京ワールドツリーホテル、最上階の一室。

 

 シャムロックが用意してくれた羊羮を黒文字で口に運びながら、椿はここ一時間ほどずっと一人で考え事をしていた。

 

(うーん…………やっぱり、どう考えてもおかしい)

 

 どれだけ頭を捻ってみても、結局辿り着くのは一つの帰結のみだった。

 

(僕の知ってる情報のどれかが間違ってるとか? いや、でもほとんどは僕が実際に確かめに行った事実だし、ちゃんと別方面からも裏取りはしたしねぇ…)

 

 むぐむぐと滑らかな舌触りを楽しみながら最後の一切れを飲み込んで、椿は立ち上がった。羊羮の乗せられていた皿を持って、キッチンへ足を運ぶ。

 白色灯の下で、何やら明日の朝ご飯の仕込みをしていたらしきエプロン姿の家族の姿を見留めて椿は相好を崩した。

 

「シャム、差し入れありがとう。美味しかったよ」

 

 声を掛ければ、途端にばっと効果音が付きそうな勢いで彼が振り向いた。

 

「若のお口に合ったのでしたら、恐悦の至りにございます」

 

 恭しく頭を下げてくるのはいつものことなのでスルーしつつ、椿はお皿を返して手短に要件を告げる。

 

「少し外に行ってくるね」

「どちらへ?」

「ちょっと風に当たってくるだけだよ。すぐ戻るから心配しないで」

 

 下手をするとついてきそうな彼に先手を打ってやり過ごし、エレベーターを使って椿は屋上へ出た。ヘリポートの下をくぐり、室外機の辺りまで真っ直ぐ進む。夜風に吹かれて白い羽織がゆらゆらと揺れた。

 こん、と足を止めて眼下の街を見下ろす。

 そこへ身を投げて姿を消してみせた少女のことを、想う。

 

(この前会ったときに武器(リード)も確認したし、あの子が主人(イヴ)なのはもう疑えない。問題は、“誰の”主人(イヴ)なのかだけ……)

 

 当然のこととして椿自身は省かれる。従って七人兄弟のうちの誰かということになるはずなのだがーーーーどうにも、おかしいのだ。

 一体の真祖につき主人(イヴ)の椅子は一つだけ。椿が手に入れている情報に間違いがないのなら、それの帳尻が合わない。

 考えうるのは、持っている情報が正しくないのではなく、前提そのものが間違っているという可能性。

 

(…もし本当に、“そう”なんだとしたら、僕は、)

 

 揺れているのは心か、現実か。

 胸の内を占めるのは期待か、不安か。

 

「ーーーーいきはよいよいかえりはこわい」

 

 やや掠れた低い声で、おもむろに椿は(うた)う。

 

「こわいながらも通りゃんせ、通りゃんせ…」

 

 短い童謡は羽織を揺らす風と共に、月の浮かぶ空に消えていった。

 

 




その事実が自分を大きく揺るがすだろうと勘付きながらも、手を伸ばそうとする二人のお話。
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