ここでは、本編ストーリーすなわち表舞台の、裏側で起こっていた事を綴ります。読まなくても本編に支障はありませんので、お好きなときにご閲覧ください。原作様の単行本のカバー下にある四コマのような感覚で読んでいただければよろしいかと思います。
《注意点》
・本編で既出の事柄が再度掘り下げられたり、後出予定のネタに軽く触れたりすることがございます。ネタバレというほどではありませんが、ご留意ください。
・この『舞台裏』のお話は時系列に沿い、関連のある表舞台の話の次話として、随時割り込み投稿していく形になります。ご了承下さい。
《物理的な縛りが実質無いも同然である代わりなのか、精神面での結び付きが他の主従よりも強いらしい》
なんて言ったらもう、どこかでこうなるのは避けられませんよね……というお話です。
死にそうだった。
「ぅ……っ、……ぁ……」
不死の身ではあるが、現在冷優は本気で、死ねた方が楽だと思っていた。
カーテン越しに朝日が分かる程度に明るくなってきた時間帯、時計は確認していないが光の加減から大体7時くらいだろうと予想しながら、冷優はベッドの中で意味のない寝返りを打つ。普段ならあと一時間ほどはベッドの中な彼女だが、主人からの“干渉”を受けすぎた身体は眠気さえ殺してしまっていた。
(……最悪。過去最高に最悪だわ)
今すぐ元凶の所へ殴り込みたくなったが、悪化するだけだと容易に予測できるので冷優はぐっと堪えて枕に顔を埋めた。
気分が悪い。
言ってしまえばその一言に尽きるのだが、それが自身の体調云々ではなく契約により繋がっている人間の精神から影響を受けたものなのだから、
何故ここまで
そもそも鈴白百合音はメンタルの弱い人間ではない。寧ろ強い部類に入るだろう。その彼女がここまで精神的負荷で押し潰されそうになるなど、契約を結んで既に年単位の時間が経っているが、ほとんどなかったことだ。
経験したことはないが二日酔いの朝とはこんな感じなのだろうかと、彼女にしてはつまらないことを考える。それほどに、元より低血圧を抱えているため朝に弱い冷優からすれば正しく地獄だった。
そのまま言い表しようもない気持ち悪さに冷優が唸っていると、無遠慮にドアが開かれた。
「おっと、やっぱり君もか」
「………………」
「百合音があんな調子だから影響されてるかなぁと思って来てみたけど、その様子だとがっつり干渉を受けてしまっているみたいだね」
軽い調子の声と、ベッドの側まで近付いてくる足音が聞こえた。もぞりと布団から顔を出せば、何故か眼鏡を掛けていない風谷の姿があった。
「……あの子は」
「君と同じ状態」
「原因」
「あの子の一番嫌いな人間に似た人物に出会ってしまったこと」
ぽんぽんと無駄の省かれた会話が飛び交う。背景説明や論理展開の諸段階を必要とせず最低限の言葉からお互いに読み合いをするため、
風谷からの返答に、状況を理解した冷優の眉間の皺がいっそう深くなる。
「一応、その人物のことは調べたから掻い摘んでなら説明できるけど、必要かい?」
「聞かせて」
おもむろにベッドに腰掛けた風谷は、宣言通りに掻い摘まんで“綿貫桜哉”なる吸血鬼に関する事を話し始めた。
数分で全て聞き終えた冷優は、感想としてぽつりと一言。
「馬鹿ね。相変わらず」
にべもない。だが鈴白百合音という少女のことを多少なりとも理解している身として、納得することは出来た。確かにそのシチュエーションは百合音にとっては悪夢と同じようなものだろうと、想像がつく。
とはいえ、冷優にとってはとんだ巻き込まれ事故である。このまま寝ていても良くなることはない。まだ興味のある書籍を読んでいた方が気が紛れるだろうと、彼女は身を起こした。
「おや、起きるのかい? 一応朝ごはんは作ってきておいたし、まだ温かいと思うけど」
そういう貴女は寝るつもり? と口にし掛けて愚問だということに気付き冷優は口を閉じた。今の風谷は眼鏡をしていない。そこから推測するに、寝込んでいる百合音を発見した有紗に叩き起こされたのだろう。そして残念ながら冷優は、寝落ちするまで活字を追い続けるという不摂生な生活に文句を言える立場ではない。身に覚えがありすぎるからだ。
「いつ頃だと思う?」
「夕刻までには」
風谷の問いに簡潔に返答を返し、冷優はベッドから下りる。二人の会話は脈絡がないように見えるがその実、予測で補完できる程度には繋がっている。この場合、風谷の問いである“
「流石だね。それでも心配かい?」
「まさか。確定事項に答え合わせは必要ないわ」
「なら有紗かな?」
「冷めるでしょう」
「それは嬉しい気遣いだね」
「早く寝なさいな」
「こらこら。八つ当たりはよくないよ」
それでも実際、ぐらぐらと頭が揺れているような感覚で気分が悪いせいで機嫌も最悪である。普段は言外の発言であってもあんな下らない事は含ませたりしないため、確かに無意識に八つ当たりしていたのかもしれないと彼女は反省した。
因みにドアを開けて出るときに後ろから「ねぇ君、なんか今すごく論点のずれた反省をしなかった?」などと聞こえてきた気がするが、相変わらず機嫌は悪いので冷優は迷わず無視した。不可抗力である。
たんたんと覚束ない足取りで階段を下り、リビングへ顔を出せば、丁度ベーコンエッグを乗せた食パンを頬張っているところの有紗と目が合う。
「ん!」
「飲み込んでからにしなさい」
恐らく反射的に「おはよう」と言いそうになったのだろうが、口に食べ物を入れたまま挨拶されても不快なだけである。冷優の指摘に素直に有紗はむぐむぐと咀嚼を優先し、ごくんと嚥下した後で口を開いた。
「おはよう冷優」
「えぇ、お早う」
「いつもより早いけど、今日は調子が良いの?」
何も知らない有紗は、冷優が低血圧の調子が良かったから早く起きてきたのだと勘違いしているようだ。事実はその真逆なのだが。
だがここで冷優まで体調が悪いと申告すれば、ただでさえ朝から百合音の状態を見ている有紗は更に慌てることだろう。彼女が心配したり慌てたりしたところで何も好転することはない、極めて無益なことである。そして基本的に冷優は無駄が嫌いだ。
なので。
「……そういうことにしておくわ」
「???」
有紗が頭の上に大量に疑問符を浮かべているのが目にも見えそうだった。
彼女の反応を見て、冷優は小さく溜め息を吐いた。朝食を食べた後は読書に没頭しようという心積もりだった冷優にとっては誤算である。普段読書するときは自室に籠りがちだが、これは百合音が出てくるまでは代わりにリビングに居座っておくべきかもしれないと気付いたのだ。主に、一人になった有紗が心配で空回って突飛なことを始めないか見張るために。
そんな考えでリビングに残っていた結果、予想より数時間も早く立ち直った百合音に捕まって買い物に連れ出されることになることを、この時の彼女はまだ知らない。
風谷と冷優の会話は、突拍子もないことは喋っていません。お時間があれば彼女たちが丸括弧内に隠している言葉を推測して復元してみても面白いかもしれませんね。