SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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22. 迷うことなく

 ザァ、と風が鳴った。

 次いで、公園の砂を踏みしめる音が二歩分。

 

「久しいってほど、時間は経ってませんけどね」

 

 険しい表情で百合音はそう答える。椿たちの姿に気が付くと同時に、彼女は双子の吸血鬼と有紗とを背に庇うように、最小限の歩数で立ち位置を調節していた。

 その行動は、正しく現状の不利さを表すものだった。

 

(下位吸血鬼(サブクラス)にとって他の真祖は天敵……有紗も双子の二人も、椿さんの前に出すわけにはいかない…!)

 

 双子の方は下位吸血鬼(サブクラス)としては高い戦闘力を秘めているのだが、その事を百合音は知らない。また、知っていたとしても彼女の判断は変わらなかっただろう。百合音にとっては、戦闘力の有無に関わらずほぼ全て、守るべき対象なのだから。

 油断なく椿たちへ視線を向けながら、百合音は武器(リード)を出すべきタイミングを見計らう。

 

「今日はね、君に聞きたいことがあって会いに来たんだ」

「聞きたいこと? …そんな大所帯で、ですか」

「うん。どうしても答えてもらいたくて、ね」

 

 細身のサングラス越しに見える赤い瞳が、初めて見る色を宿して百合音を見ていた。

 

 次の瞬間。

 ピアノ線のような糸が、無数に彼女へ迫る。

 

「!」

 

 そして。

 その(ことごと)くを、百合音の大鎌(リード)が切り裂いていた。

 

「………………」

 

 はらはらと散って、見えなくなる糸。

 半瞬遅れて、投げ捨てられたエコバッグが無惨に地面にぶつかる音が響いた。

 

「やっぱり君って、戦い慣れてるよね?」

「それはまぁ、風谷巽(あの人)の娘ですから」

 

 口調だけは余裕を保ったまま、言葉を交わす。

 …慣れてると言っても、百合音は風谷の戦術を少しかじっているだけだ。主に視覚から、あらゆる“予兆”を読み取り、通常より一歩速く対処するという(すべ)を。今も、椿へ向けていた視界の端でナース服姿の彼女の手が僅かに動いたのが見えていたからこそ、武器(リード)を出すのが間に合っただけの話だ。

 

(今の糸は、オトギリさんの能力)

 

 白い燐光を放つ鎌をいつでも振るえる位置に構え直しながら、百合音は一つ得た情報を脳内で反芻(はんすう)させた。

 

(捕まったら厄介なのは間違いないけど、どっから出したのかもよく分からなかった……目を離しちゃ駄目ね)

 

 オトギリ本人がそもそも物静かで自己主張が強くない分、意識から外れやすい。甘く見ていると一瞬で捕まるだろう。かと言って、彼女を注視し過ぎるのも隙になるので考えものだが。

 

「……それで、聞きたいことっていうのは?」

 

 先ほどの挑発めいた攻防などなかったかのように百合音は本題を促した。

 椿もまた、挨拶をしただけのように軽く微笑みすら浮かべて応じる。

 

「ずっと考えてたんだ。君の真祖(サーヴァンプ)は誰なのかを」

 

 その一言で大体の用件を察して、百合音は思わず花壇へ向けそうになった視線を必死に制した。辛うじて動揺には気付かれなかったようで、椿はそのまま言葉を続ける。

 

「一番引っ掛かってたのはさっきの、君が戦い慣れてるところだよ。風谷巽の影響だとしても武器(リード)の扱いが手慣れすぎてる。契約してからそれなりの月日が経っているはず」

「………………」

「でも、そんなに前から契約してるなら、僕がその情報を知らないわけがないんだ」

 

 なるほど、と百合音は声に出さず呟いた。

 ホテルに居た時に度々見掛けたが、椿は何やら随分と念入りな『計画』を()っている様子だった。下準備に情報収集は欠かせない。兄姉たちの事を調べるために、彼なりの情報網を持っているのだろう。

 だがどれだけ七人兄弟の契約状況を洗ったとしても、百合音と契約している真祖を割り出すことは叶わない。百合音と冷優という九番目の主従については、変な部分で過保護な風谷が徹底して情報規制を敷いているからだ。

 

「だから考えた。パズルが完成しないのは、前提条件のピースが足りていないからじゃないか、って」

「……つまり?」

「君は兄さんたちでも僕でもない……九体目の真祖(サーヴァンプ)と契約をしてる」

 

 違う? と。

 

 そう首を傾けて問う椿に、百合音は予想が当たってしまったと心の中で溜め息を吐いた。さて、どう答えるべきか。

 

『お兄様たちは誰一人も私の存在を知らない。それでいいの。……そうでなければならないの』

 

 まるで法律の一文を読んでいるかのように無味乾燥、それでいて本心を吐露するようにそう溢した彼女の姿を思い出す。

 ーーーー椿への回答を頭の中で一言に纏める。

 きっと冷優は今この時も、椿に己の存在を知られることを恐れているのだろう。九番目の存在を見破られてもなお、はぐらかして隠し通したいと願っているのだろう。

 ーーーー椿への回答を紡ぐために息を吸い込む。

 もし、あの花壇の茂みに隠れているのが有紗だったなら。あるいは他の誰かだったなら。百合音は椿に否定の言葉を突き付けて、絶対にその存在を(さと)らせなかっただろう。後ろの三人共々、無茶で無謀であっても必ず庇い通したはずだ。

 

 しかし、そこにいるのは()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ーーーーだから彼女は迷わなかった。

 

「ご名答、です」

 

 迷わず、現状で最善の一手を打った。

 ()ずもって、百合音に真祖(サーヴァンプ)下位吸血鬼(サブクラス)三人を相手に出来るほどの技量はない。彼女一人だけの身軽な状態ならひたすら逃げの策を立てていただろう。

 しかし今、百合音の後ろには守らなければならない者が三人もいる。よって百合音一人では対処しきれない。いわゆる“詰み”だ。打開するには冷優を引きずり出すしかない。

 

 それに。

 

「これがベストなのは、どうせ貴女も同じ意見でしょう? ーーーー冷優っ!!」

 

 百合音の呼び声に応えるように、花壇の茂みから白い猫が飛び出した。

 白猫は百合音の肩に綺麗に着地すると、その首筋を噛んで血を啜る。溢れた血が滴るより速く、猫は肩から跳び上がりくるりと回って少女の姿へ変わる。同時に、百合音の左足首に出現した黒い輪から白く輝く鎖が伸び、少女の(うなじ)に繋がれた。

 

 ふわりと、地面に下り立ったのは。

 真っ白なワンピースを纏った、青い瞳の少女。

 

 彼女はひらりと風に舞うフレアスカートの裾を摘まみ、片足を引き、背筋を伸ばしたまま軽く膝を折る。そして、椿へと優雅に頭を垂れた。一連の所作はただ美しく、それだけで見惚れてしまうほどに洗練されたものだった。

 

「初めまして、憂鬱のお兄様」

 

 顔を上げれば、人形のように整った顔立ちが(あらわ)になる。

 

「私が九番目、知欲の真祖(サーヴァンプ)。……通り名はお兄様に(なら)い、“知られざる九番目(ノーワンノウズ)”とでもいたしましょうか」

 

 ザァ、とまた風が鳴った。

 憂鬱の面々が各々(おのおの)に驚きの表情を浮かべている中、椿だけが瞳を凍らせていた。

 

「…君は一体、誰に作られた吸血鬼(サーヴァンプ)なの?」

「えっ……?」

 

 声を漏らしたのは百合音だ。

 椿の呈した疑問は、彼女には理解の及ばないものだった。何故、当たり前に『先生』なる人物に作られたと受け入れられないのか。何か必要な情報が、欠落している。

 しかし冷優には質問の意図が分かったようで、僅かに身を固くした気配が感じ取れた。

 

「僕はあの日……先生が殺されたあの日まで、ずっと先生の所にいた。君が僕の先生に作られたなら、僕が君を知らないのはどう考えたっておかしいよね」

 

 初耳な情報が大量に語られて百合音は隣の少女を睥睨(へいげい)した。『先生』という人物のことは今まで漠然と“真祖(サーヴァンプ)を作ったひと”とだけ認識していたが、殺されたなどという話は聞いていない。

 どこから出したのやら、刺繍のように金の文字が刻まれた白の本を強く胸に抱き、冷優は独り言のように小さく口を動かして呟く。

 

「……何か一つがずれていれば、全てが違っていたでしょう」

 

 すっと視線を上げ、今度は聞き取りやすい明瞭な声で、冷優は自らの過去の境遇を語り出す。

 

「私は、お兄様と同じように“先生”の手で作られた真祖です。ですが、“私”を完成させる直前に、先生は亡くなられてしまいました」

 

 あぁそう繋がるのか、とようやく百合音は風谷から聞いていた話との取っ掛かりを見付けた。

 同時にほんの少し違和感を覚えて冷優を見やる。何か、しっくりとこない気がするのだが、その正体を掴むに至らない。

 ともあれ今は話についていかなくてはと百合音は椿へ視線を戻した。要は、完成前に作り手がいなくなったために、冷優は真祖として目覚めることなく眠っていた。椿と顔を会わせていないのは当然だ。それならばとりあえず、辻褄は合うように思えた。

 冷優の説明に、椿は数秒考えるように俯いた後で、静かな声で応える。

 

「確かに先生は、僕を作った後も研究を続けていた。君はその研究で生まれるはずだった、九番目の真祖ってこと…?」

 

 冷優が首肯する。

 

「その後で私はC3に“回収”されました。あの日から、風谷が私を連れ出した日までの間ずっと、私はC3に“保管”されていたのです」

 

 と、そこで横から口を挟んだ人物がいた。片目ながら分かりやすく動揺を露にしているシャムロックだ。

 

「そういえば……聞いたことが、ございます。都市伝説か妄言の類いと思い込んでおりましたが、C3の地下深くには、“未完成の真祖”が眠り続けていると」

 

 彼の言葉に椿は、この場ではない別のところを見ているような目で、夢現(ゆめうつつ)のような口振りで。

 ぽつりと。

 

「…………そう。君もずっと、あそこに居たんだね。そんなに、近くに…」

 

 それはC3に囚われていたことか、それとももっと昔のことを言っているのか。百合音は判断できず眉を寄せた。

 冷優の存在について納得したからか、椿の表情は少しばかり和らいでいた。兄たちには最初から容赦のない害意を向けていた彼だが、どうやら冷優に対する因縁はないようだ。実質初対面なのだから、これが普通なのかもしれないが。

 どこかを見詰めていた椿の瞳が、冷優へしっかりと焦点を結ぶ。赤い視線が、見定めるような色を灯して冷優へ向けられた。

 

「ねぇ、君は先生の死を悼んでくれる? 悔やんでくれる? 先生からの“期待”に、一緒に応えてくれる?」

 

 期待と願いの込められた声色が響く。ともすれば懇願にも聞こえるような声だった。椿が何を言おうとしているのかが分かって、百合音は(ひそ)かに身構える。

 

「今からでも、僕と、」

「憂鬱のお兄様」

 

 容易に続きの予想できる椿の台詞を遮って、冷優がよく通る声を響かせた。透徹した青い瞳が真っ直ぐに椿を見詰める。

 

「私は、貴方と行動を共にするつもりは御座いません」

「っ、!」

「!」

 

 目を見開いたのは二人、百合音と椿だ。百合音はわりと真剣に冷優が椿側へ行くことを想定していたし、椿も、きっと少しくらいは冷優が葛藤すると踏んでいた。

 それがどうだろう、最初から決定付けられていた事のように迷いなく冷優は言い切った。

 

「……理由を聞いてもいいかな?」

「私の主人(イヴ)百合音(この子)だからです」

 

 きっぱりとした即答。

 一度だけ青の視線が百合音の方へちらりと動いて、また椿を見返す。

 

真祖(サーヴァンプ)の戦う理由は主人(イヴ)意思()で決まる。そしてこの子の性質はとても厄介です。誰かを守るためにしか、力を(ふる)えない」

 

 少しだけ、愚痴を言うような調子を込めて。

 

「だからお兄様、壊す側の貴方と共に在ることは出来ません」

 

 しん、と風が静まった。

 それは長きに渡り対面することのなかった兄妹の、紛れもない決別の瞬間だった。

 

 しかし百合音にはそんなことより言いたいことが一つ。

 

「ねぇ、それつまり全部私のせいって意味?」

「あらよく分かったわね」

 

 流れるように悪びれもなく頷いた冷優に百合音は真顔で軽く大鎌の刃を振った。がつんと手に伝わる衝撃は刃の背が本の背で受け止められたものだ。

 瞬時に一触即発の雰囲気を醸し出し始めた二人を、後ろから慌てた有紗の声が止める。

 

「ふ、二人とも! 今ケンカしないで⁉」

「「………………」」

 

 睨み合い。

 しかしそれは、ぞわりと周囲の空気が変わったことと、耳に慣れた笑い声に打ち切られた。

 

「あはははははははははははははは! あははっ、あははははははははははは!! あはははははははははははははは!」

 

 狂気的、との表現が(まさ)に合う。

 一頻(ひとしき)り笑い、奔流が引いた後も、椿は俯きがちに堪えきれないというような笑いを漏らす。

 

「ふふ、ふふふふふふ、あははは、ふふふ」

 

 細い黒髪が前へ垂れて椿の目元を隠していた。

 緩やかに笑いを収め、深く息が吐き出される。

 

「……うん、そうか、分かったよ」

 

 椿が、ゆるりとした動作で右手を持ち上げた。

 袖口からはひらひらと、赤い花弁が零れ出す。

 

「そうだね、それならしょうがないよね」

 

 落ちる、落ちる、赤いツバキの花。

 連なって一振りの黒い刀に変わる。

 

「君の思いはちゃんと分かったよ。だから」

 

 抜き身の刃を(かざ)し、椿は妖しく微笑んだ。

 そして、宣誓(せんせい)をするかのように、告げる。

 

「戦争しよっか。ねぇ、レイユ?」

 

 




ご閲覧ありがとうございました。
そして遅ればせながら、あけましておめでとうございます。今年も、本連載ともどもよろしくお願いします。

ようやく椿と冷優が対面しました。長かったですが、実はこれでも早めた方だったりします…。
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