SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

32 / 45
23. 何も語らない

「冷優! 分かってるでしょうね!?」

五月蝿(うるさ)い。頭に響くわ。ただでさえ貴女のせいでまだ気分が悪いのに」

「何の話っ⁉」

 

 そんな会話を冒頭に、戦闘は始まった。

 椿は黒い刀を左手に九番目の主従へと斬りかかる。いつか、怠惰の主従にも同じような斬り込み方をしたが、あの時とは違い今回は真祖が主人を庇って前に出てくることはなかった。

 ガキンッ! と百合音の大鎌(リード)と刀がかち合って耳に痛い音を奏でる。

 

「っ、最初から随分と本気なんですね」

「遊びでも本気でやるタイプだからね、僕」

 

 戯れのような言葉、その間にも攻防は続いている。百合音は器用に体を(さば)いて椿が大鎌の死角に入らないように細かく調節を行っていた。基本的に防御は柄で、牽制は刃の背で。彼女の中で決まった戦術が既にあるのだろう、その判断には迷いがない。

 因みに、隣に追随してきてショー開始のお決まりの台詞を叫ぼうとしたベルキアは「さァさァ喝采をォ!☆串刺しショーの始ま」で九番目の真祖に顔面を蹴り飛ばされて吹き飛んでいった。白いワンピースを翻す少女の容赦ない蹴りが頬骨に刺さっていたのが印象的であった。

 開始早々、主従の二人は二手に別れる。椿はあえて百合音の方の誘導に乗り、真祖からは離れた。

 

「若っ、こちらは我々にお任せください!」

「うん、よろしくね」

 

 これで戦況が椿と百合音、レイユとシャムロック・ベルキア・オトギリという二つの陣に別れたことになる。真祖(サーヴァンプ)下位吸血鬼(サブクラス)は本来危険だが、恐らく九番目の真祖は椿の下位吸血鬼(サブクラス)たちに牙を向くことはしないだろう。理由はさっき彼女自身が言ったように、彼女の主人(イヴ)が百合音だからだ。三人に囲まれた真祖の姿を視界の端に留めつつ、椿は目の前の少女に意識を戻す。

 その身に不釣り合いな大鎌を操る彼女は、椿の刀を柄で受け止めては流し、刃を横凪ぎに振って一定の間合いを保つ。一言で言えば防戦一方だ。(もっと)も、吸血鬼相手に防戦しきれているだけ凄いとも言えるが。

 また刃がかち合い、椿と百合音の視線が至近距離で交差する。気概に満ちた黒檀の瞳が、強い光を宿しているのが見えた。その瞳へ、椿は問いを投げる。

 

「……ねぇ、風谷巽はいつ九番目のあの子をC3から連れ出したの?」

「ざっと五年くらい前ですかね」

 

 その回答は、思いがけず椿の心を刺した。そんなにも前から“妹”と呼ぶべき存在が同じ世界に居たにも関わらず、これまで当たり前のように椿は末っ子と名乗ってきた。自分より後など存在しないと決めつけて。

 それは椿がずっと兄たちに抱いていた憂鬱の根源の一つだというのに。

 

「でも、言っておきますけど、椿さんがあの子を知らなかったのはずっとあの子が自分の存在を隠してたからですよ」

「っ、どうして?」

「それは知りません。ただ、私が椿さんに関わっても自分は絶対に会わないように必死で逃げてましたね」

 

 前に椿さんの幻術に割り込んだときもそうでしたし、と百合音は語る。あの時真祖が百合音と一緒にいなかったのは、百合音との不仲ではなく椿を避けていたからだということなのだろう。

 決して余裕のある状態ではないはずだが、それでも彼女は真っ直ぐに椿を見返して更に付け加える。

 

「どの真祖とも関わりたくなかったみたいですけど、特に椿さんに対しては、何か抱え込んでるみたいですよ」

 

 椿の心情を乱すためのブラフではないかと疑いたくなるような追加情報だった。平静を保とうと努めていたが、表情が強張ってしまったのを椿は自覚する。同時に椿は、最初に百合音の誘導に乗ったのは失敗だったと舌打ちした。今すぐにでも九番目の真祖と直接言葉を交わしたい。聞きたいことも言いたいことも溢れて纏まらないのが目に見えているが、それでも彼女と話がしたいと強く思った。

 

 そのためには今、目の前の少女が邪魔だ。

 

 殺すつもりはないが、早々に決着を付けてしまうために、椿は百合音の心臓目掛けて刀を突き出す。

 

「ーーーーうわっ⁉」

 

 しかし、椿の刀は百合音の身体には届かず空を切った。

 

 ジャラジャラジャラッ‼と耳障りな鎖の音が耳に入り、椿は刃が届かなかった原因を知る。

 椿が斬り込んだ瞬間、数メートル離れた場所でベルキアたちと戦闘をしている九番目の真祖が、主人(イヴ)と繋がる契約の鎖を引っ張ったのだ。足首に繋がれていたそれを引かれた百合音は本人では出来なかっただろうバランスの崩し方をし、結果的に椿の凶刃を回避していた。

 ちらりとそちらへ視線を投げるが、既に知欲の真祖(サーヴァンプ)は鎖からは手を離していて、一見こちら側へ注意を向けている様子はない。しかしタイミングは測っていたように正確なものだった。

 

(ベルキアたちだけじゃなくこっちの動きも完璧に把握してる、か……。面白くないなぁ)

 

 これはあくまでセオリーの話だが、真祖(サーヴァンプ)主人(イヴ)が共に万全の状態で戦闘をするならば、普通は真祖(サーヴァンプ)が前衛に出て敵と交戦し、主人(イヴ)は後方で指示や戦況把握などに務めるという形が理想的だ。勿論主人(イヴ)が戦いに参加する場合もあるだろうが、それにしてもこの九番目の主従に関してはセオリーの真逆をいっている。

 即座に体勢を整えた百合音が、椿の足を払うように鎌を振る。当たれば払われるどころか刈り取られるが、椿が素早く跳んで避けたため生々しい事態にはならなかった。

 

「……そんなに僕を避けていたなら、あの子はどうして今になって、出てきたの」

「それは……今は答えられません」

 

 何故か顔を顰めて百合音はそう答えた。埒が明かない。

 やはり一刻も早く目の前の少女を倒さなければ、とその首筋を凪ぐように刀を振ろうとした椿は、横から微かに、フォンッ、と何かが回転しながら空を切って迫る音を聞いて咄嗟にその何かを刀で弾いた。

 耳障りな高い音を立てて、弾き飛ばされた何かが少し離れた地面に刺さる。

 

「え、」

 

 その正体は、ベルキアの剣だった。

 

「若ぁぁ!! お怪我はございませんかぁぁ!?」

「つばきゅんゴッメ~ン‼★アイツに向かって投げたら弾かれてソッチいっちゃったァ~!☆★☆」

 

 叫ぶような距離でもないのだが、シャムロックの絶叫とベルキアのいつものテンションでの謝罪が聞こえてきた。

 弾かれて、という文言に椿の思考回路の中ではまさかと衝撃が走る。まさか、百合音の危機をサポートするために自分へ向けられた攻撃すら利用してみせたのか、と。

 

 だが、そんなことが可能なのかと考えている暇は与えられなかった。

 

「ーーーーよそ見、しないでもらえます?」

「⁉」

 

 挑むような声色。

 視線を戻せば、数字の6に似た軌跡を描いて、下方から大鎌が迫っていた。

 

「っっ!」

 

 身を屈めて一気に椿の間合いに入ってきた百合音の持つ鎌が、手首の切り返しのみで綺麗に回転する。丁度、刃と柄の付け根の端部分が椿の顎目掛けて振り抜かれる形だ。

 反射的に椿は刀の柄で鎌の横面を殴り、軌道を逸らす。辛うじて、顔の横すれすれを刃が通って行った。

 

(今の攻撃、さっきの僕の刀を避けてから繰り出したにしては、速すぎる……!)

 

 だとすれば、考えうる答えは一つ。

 

(九番目の真祖からのサポートが絶対入ると分かってて、最初から防御姿勢を取らなかった……⁉)

 

 目を見開く椿の、その頬の間近で、回転に従って下から振り上げられた状態で鎌が静かに動きを止める。至近距離で、次の一撃へ最適なポジションにセットされたのだと(さと)った椿は後ろへ跳んで距離を取った。

 椿を追って、百合音が走ってくる。先程の一撃が表すのは彼女と真祖との目に見えない連携だけではない。交戦開始から、初めて百合音が攻勢に転じたということも意味しているのだ。

 

 しかし。

 走り込み、構えた刃を勢いのままに振るう、迷いのないその一閃が、

 

「ーーーー百合音、」

「!」

 

 凛と響いた呼び掛けに、ぴたりと静止した。

 

 攻撃の手を止めた百合音が、油断なく椿を見据えながらも後ろへジャンプする。

 とんっ、とんっ、とんっ、とリズム良くバックステップを踏みながら、百合音はいつの間にか下位吸血鬼(サブクラス)たちの包囲から抜けていた九番目の真祖の隣まで戻っていった。二人が元の位置に立ち直るのと同じタイミングで、主従を繋ぐ鎖がパキンと解ける。

 不可解な戦線離脱に椿が眉をひそめていると、傷一つ無い真っ白な本を胸に抱えた少女がまた、不思議とよく通る声を響かせた。

 

「最初に申し上げた通りでございます、お兄様」

 

 青い瞳が、椿を真っ直ぐに射抜く。

 

「この子の力は、誰かを守るためにしか振るえない。ただそれだけのこと」

 

 そこでようやく椿は、ある事に気付いた。

 最初に百合音が背に庇っていた、茶の髪の少女と双子の少女の姿が、見渡す限りどこにもない。

 

「……今までの戦闘は、あの三人を逃がすための、ただの時間稼ぎだった…?」

 

 二人共が首肯する。戦闘はあくまで椿と彼の下位吸血鬼(サブクラス)たちの注意を引き付けるためのもの、そして三人が避難したことを確認したから、戦闘を止めただけ。正に、“ただそれだけのこと”だった。九番目の主従の目的は最初から、それだけだったのだ。

 

「椿さん、さっき答えられなかった質問、お答えしますね」

 

 今ままで終始厳しい表情をしていた百合音が、初めて笑みを浮かべていた。

 

「答えは“有紗がいたから”です。私だけじゃ守れないことは目に見えていましたからね」

 

 アリサ?と唐突に出てきた人物名を尋ね返しそうになるが、恐らく逃がされた三人の内の茶髪の少女のことだろうと椿は当たりを付けた。双子の方は確か、色欲の真祖の下位吸血鬼(サブクラス)だったはずだからだ。あの時百合音が答えなかったのは、椿の意識をそちらへ向けさせないためだろう。

 そして百合音は、その“アリサ”がいたから九番目の彼女は出てきたのだと言った。

 つまり、椿の前に姿を現したのも、交戦していたときも、知欲の真祖の頭の中にあったのは“アリサ”という少女を逃がすことだけ。椿は、そもそもあの青い瞳の眼中にはなかったのだ。

 

「………………」

 

 最後の望みを掛けて椿は妹と視線を合わせたが、彼女は不自然なほど落ち着いた様子で佇み続けるだけだった。

 美しい青の瞳はどこまでも無機質で、椿へは何も語ってくれない。

 そのことにぐっと唇を噛んで、椿は九番目の主従にくるりと背を向けた。

 

「……今日は引くよ。元々、戦いに来たつもりじゃなかったし」

 

 心の整理もつけたいし、という本音は噯気(おくび)にも出さないようにして、椿は下駄を鳴らして歩み出す。ろくな心構えも出来ていないのに連れ出してしまった家族たちには、申し訳なかったな、と思いながら。

 待ってよつばきゅーん、と後ろから追う声を聞きながら、椿はもう一度だけと振り返りそうになる自分を戒めた。思考も心もままならない今の椿では、彼女とまともに話すことも出来ないだろう。それに今晩は、まだもう一つ実行予定の“作戦”が控えている。

 

 だから今は、何も語らない。

 

 こうして、存在しないはずの二人の真祖の邂逅(かいこう)が、幕を閉じた。

 

 




冷優に戦争しよっかとか言ってたわりに話がしたいと思ったり、百合音を殺すつもりはないのに思いっきり人体の急所狙って刀を振っていたり。そこらへんの言動不一致に椿の心の乱れっぷりを感じてもらえたら幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。