SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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原作無視な話が三つほど連続したせいで流れを忘れてしまった方へ。

この27話は、時間軸としては『文化祭の日』から『一学期最後の日』までの『空白期間』の、とある一日です。
具体的に言うと『真昼と桜哉が屋上からダイブした日』と『傲慢組と出会うお祭りの日』との間の期間の話です。

思い出した方から、どうぞ本編へお進み下さい。


27. 言動の裏側に

 コツコツと固い靴音がよく響く。清潔感はあるが味気はない、無機質な白い廊下。

 肩に掛かる程度で揃えられた樺色(かばいろ)の髪を歩みに合わせて揺らす少女は、ぎゅっと唇を引き結びつつその廊下を行く。知られざる九番目(ノーワンノウズ)の唯一の下位吸血鬼(サブクラス)である彼女ーーーー有紗は、現在怠惰と色欲の主従との会合に向かっている道中である。

 

 ここは病院。七番目の真祖の主人(イヴ)たる有栖院御園が現在入院している場所だ。

 

 無論、有紗一人で来ている訳ではない。隣には見舞い品の入った黒いボストンバッグを肩に提げた百合音がいる。普段は笑顔を絶やさないはずの彼女の表情もまた、どこか硬い。

 今から彼女たちは色欲と怠惰の主従に会いに行く。お見舞いはあくまで建前だ。話題の主軸は間違いなく冷優の存在に関して、になるだろう。先日起こった憂鬱の吸血鬼たちによる襲撃事件。あの場には色欲の下位吸血鬼(サブクラス)が居合わせていたのだから、そこから冷優の存在が色欲の主従に伝わっていても何ら可笑しくはない。

 

(理由はあっても、百合音は冷優の存在を他の人に隠してた。味方にわざと情報を伏せてたってことだから、追及されても仕方ないよね…)

 

 百合音から聞いた話では、色欲の主人はそれなりに頭が回るタイプらしい。頭が回る人間が口まで回るとは限らないが、少なくともそういう人種は自分が納得出来る理由を引き出せるまで深掘りしてくるものだ。考えただけで溜め息が出る。

 

(百合音も考え込んじゃってるし、大丈夫じゃなさそう。ぴりぴりした空気になるの、やだなぁ…)

 

 風谷辺りなら嬉々としてその空気感を(たの)しむのだろうが、生憎と有紗はそんな図太い神経は持ち合わせていない。初対面の人に会いに行くというだけで緊張するごく一般的な小市民である。

 頼みの綱は隣を歩く百合音だが、彼女は今日家を出てからほとんど口を開いていない。きっと彼女もまたこれからの話し合いの事について真剣に悩んでいるのだろう。

 学校から一度帰宅して私服に着替えたため、今の百合音はあの目が覚めるようなオレンジ色のブレザーではない。袖口がフリルになっている水色のトップスに、下は濃い青のプリーツミニスカートだ。

 彼女が普段好む動きやすさ重視の服よりもずっと可愛らしいコーデなのは、それらが冷優が選んで彼女に貸した服だからである。百合音と有紗と冷優は好みの色もスタイルも見事にばらばらなのだが、体格の違いがそれほどないため偶に服の貸し借りをすることがある。

 そしてこれは余談だが、自分の服装に(こだわ)らない百合音は、(たま)に冷優によって強制的にコーディネートされる時がある。拘りが無いのはもう仕方がないが、自分にどんな服が似合うのかくらい把握しておきなさい、とは冷優の談。それが一理あるのと、単純にオシャレをしている百合音が見られるのが嬉しいので、百合音が悲鳴と共に冷優の部屋に引きずり込まれても有紗は微笑ましく見守ることにしている。

 対する有紗はというと、淡いオレンジ色のワンピースを着用している。柔らかく軽い着心地で、彼女にとってはお気に入りの一着だ。尤も、吸血鬼であるが故に日の目を見る機会は少ないが。

 

(百合音、元々自分のことには無頓着だし、風谷も似たような感じだからなぁ……冷優がいなかったらどうなってただろう)

 

 気が付けば当初の心配からは随分と外れたことを考えている有紗。案外一番図太いのは彼女かもしれない。

 

「…有紗、あそこよ」

「あ、うん」

 

 病院という場所に配慮してか、静かな声で百合音が一つのドアを指し示した。

 事前にメールで知らされていた部屋番号を確認している百合音の隣に並んで、有紗はドアの前で立ち止まる。ちらりと彼女の携帯を覗けば約束の時刻ぴったりの時間が表示されていた。百合音は硬い表情のまま扉へ手を伸ばし、拳の背で軽くノックの音を響かせる。中から柔らかな男声の返事が聞こえ、ドアが開かれてーーーー。

 

 結論から言おう。ぐだぐだ考えていた有紗の懸念はほぼ全て杞憂だった。

 

「お久しぶりですリリイさん! あ、これ良かったらどうぞ、お見舞いです」

 

 開幕直後に元気な挨拶、ボストンバッグから流れるように取り出された見舞品。……流石、としか言えない。百合音の顔には扉が開かれる前までの強張(こわば)りなど面影もなかった。切り替えが速すぎて周りが置いて行かれるレベルだ。とりあえず有紗は見事に置いて行かれた。

 お邪魔しまーす、とあっと言う間に入っていった彼女の背中を追い掛けて、有紗は病室へ足を踏み入れる。広々とした個室は客人を迎えても狭さなど感じさせない快適な空間となっている。基本的に庶民の金銭感覚な有紗は真っ先に入院費の額が心配になった。

 だが悠長な事を考えている場合ではなかった。

 ベッドの上で上半身だけ起こして座っている少年が、眉間に皺を寄せた剣呑な目付きで有紗を睨み付けていたからだ。

 

「ーーーー貴様が、九番目の真祖か?」

「ぇ…?」

 

 背後でスライド式のドアが閉まる音が響く。

 少年に言われたことが咄嗟に理解できず、頭が真っ白な状態で有紗は立ち(すく)んだ。

 向けられているのは疑いと警戒の視線。

 それを真っ向から受け止めて平然としていられるほど有紗は気丈ではない。遅れて、彼こそが入院中の色欲の主人(イヴ)で、何か誤解をされているのだと気付きはしたものの、言葉も声も出せず逃げ出したくなる。

 そんな彼女をその視線から庇うように百合音が割り込んできた。

 

「あぁ違う違う、この子は下位吸血鬼(サブクラス)よ。本物はこっち」

 

 軽い口調で言いながら百合音はボストンバッグに手を突っ込む。

 

「さっさと出てき痛っ!? 何で噛むわけ!?」

 

 ばっ、と引っ込められた彼女の指先には小さく噛み付かれた傷ができていた。慌てて有紗はスカートのポケットから絆創膏を取り出す。そうこうしている間にボストンバッグからは白猫が飛び出していた。

 

 とんっ、と軽い音だけを響かせて、白い靴の爪先が床へ降り立つ。

 

 瞬きの間に現れた冷優の姿に、室内が静まり返った。

 色欲の主従は予想こそしていただろうが実際に目にすると衝撃を受けたのか、主人の方は息を呑み、真祖の方は目を丸くしている。

 有紗とは違い、そんな彼らの視線を受けてなお、白のワンピースを纏う彼女は堂々たる佇まいを崩さず口を開いた。

 

「初めまして、色欲のお兄様。私が九番目、知欲の真祖、“知られざる九番目(ノーワンノウズ)”。今の名を冷優と申します」

 

 自己紹介に工夫を凝らす趣味は無いのか、それは八番目の兄と対峙した時とほとんど変わらない台詞だった。そして明かしたのは必要最低限の情報のみ。感情の乗らない機械的で平坦な口調と相まって、愛想も何もない。

 それでも、行動に心は表れる。

 主人の指に噛み付きながらも比較的素直に冷優が姿を現したのは十中八九、有紗の為だ。今も色欲の主従の視線を遮るように、当たり前のように百合音と肩を並べて有紗の前に立っているのだから。庇われている、と感じるには充分だ。思わずぎゅっと手を握り締める。華奢な手の中で行き場を失っていた絆創膏がくしゃりと音を立てた。

 …こんな風に百合音と冷優が揃って、些細な事からでさえも有紗を守るようになったのは、(およ)そ一年前からだ。

 一年前、彼女がーーーー緋月(ひづき)有紗が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(………………………………)

 

 病室内の全員が黙り、相手の出方を窺う重い沈黙が場を支配していた。

 やがて意を決した表情で、有栖院御園が口火を切る。

 

「ーーーー貴様は、椿の味方ではないんだな?」

 

 それは、確かに必要な問い掛けではあっただろう。

 けれどやはり有紗はたじろいでしまう。敵だ味方だなんてやり取りを普段の生活ですることはない。今、ここは当たり前が当たり前でなくなった非日常の場なのだと、思い知らされる。

 

「そうね。憂鬱のお兄様に協力するつもりはないわ。真っ向から敵対宣言もしてしまったし」

「?」

 

 きっぱりと言い切った冷優に百合音が何か引っ掛かる点でもあったのか、首を傾げて言う。

 

「あれ、敵対宣言までしてた? 味方にならないとは言ってたけど」

「あの後風谷経由でお兄様から電話が来たから、その時に」

「何それ聞いてない」

「貴女みたいに事前の忠告すら無駄にする馬鹿に報告する必要性は感じないわ」

「喧嘩売ってるなら言い値で買うけど?」

 

 流れるように険悪なムードに突入する百合音と冷優。さっきまで息ぴったりに並んで有紗を庇っていたとは思えない。

 煽る冷優も悪いが迷いなく乗る百合音も百合音である。

 いきなり主従で不穏な睨み合いを始めた二人のせいで室内の空気が微妙なものになった。

 

 そしてその直後。

 

 スパーンッッ!! と有紗の後ろで盛大にドアが開かれた。

 

「ごめん遅くなった!!」

「ひゃぁぁぁ!!!?」

 

 真後ろで大きな音と声が響き、有紗は驚いて目の前にいた百合音の背中に抱き着いた。よろめきつつも倒れない体幹の強さが素晴らしい。

 

「おい真昼、もう少し加減して走れ…。オレがただの猫だったら振り落とされてるぞ…?」

「元はと言えばお前がさっさとゲーム中断しないからだろ!!」

 

 肩に乗っていた黒い猫を鷲掴みにして、走り込んできた少年が病院という環境には適さない声量で叫ぶ。恐る恐る振り返り黒い猫を認識して有紗はそれが怠惰の真祖だと分かり目を丸くした。ここら辺は事前に関係者の知識を百合音から聞いていた、予習の賜物である。

 

「お二人とも、病院ではお静かに、ですよ?」

 

 穏やかな声で色欲の真祖が二人を窘める。

 はっとした表情で少年が辺りを見回し、色欲の真祖に謝った。どうやら常識人ではあるようだ。一方の黒猫は少年に掴まれたまま、その赤い瞳は冷優へと向けられていた。視線に気付いた冷優が軽く礼をする。

 

「……この姿では初めまして、怠惰のお兄様」

「あ、真昼くん、これが私の契約してる真祖(サーヴァンプ)で九番目の冷優」

「えっ九番目!? 椿は八番目だったよな!? 結局真祖何人いるんだ!?」

 

 可哀想に大混乱な真昼くんである。八番目の椿であれだけの騒動が起きているのだ、そんな反応になるのも無理はない。有紗は心の中で静かに合掌した。

 

「…これからさらに十番目とか出てきたりしないよな…?」

「イレギュラーが既に二名出ているからな。二度あることは三度あると云う。可能性の否定はできない」

「元々七人いたんだし、第二世代みたいな感じで新たに七人作りましたーとか、あったりして」

 

 不穏な発言を口にする主人(イヴ)たち。これらを俗にフラグと云う。

 しかし。

 

「ご安心くださいませ、怠惰のお兄様に色欲のお兄様。“あの人”が生み出した吸血鬼の真祖は、確かに私で打ち止めでございます」

 

 囁くような、だがしっかりと耳に届く声で、冷優がそう言った。

 

「既に“あの人”がいない以上、新たに真祖が生まれる可能性は極僅かでしょう。故にその懸念は杞憂でございます」

 

 ぱらり、と。乾いた音が後に続く。

 その、()()()()()()()()有紗は目を瞬かせた。

 

(……………え??)

 

 いつの間にか冷優はベッド脇の客人用の椅子に座り、膝の上で開いた白い本の頁を白い指先で(めく)っていた。まるでその空間だけ自宅であるかのような行動様式に有紗は困惑し、咄嗟に百合音の方を見た。

 

(………いや百合音も何してるの?!)

 

 冷優の言葉など完全にスルーして、百合音は真昼の肩に乗りなおした怠惰の猫を指先で撫でくり回していた。動物が好きなのは知っているが何故今構うのか。

 

(なんで重要そうなこと言ってる時にそういうことするの!?)

 

 場の雰囲気がいっぺんに台無しである。

 この主従、変なところでマイペースな行動に走る癖が共通している。どうしてこのシリアスな空気の中でそんなアクションが出来るのか、有紗にはきっと永遠に理解できない。したくもない。

 

 その時だった。内心でわなわなと震えていた有紗の前に、救世主が現れたのは。

 

「ーーーーいや九番目の子はなんでいきなり読書始めたんだ!? 鈴白さんもクロばっかり撫でてないで話聞こう!? なんか重要そうなこと言ってるから!!」

 

 明らかに場にそぐわない挙動をしている二人に的確なツッコミが入った。怠惰の主人である。

 その勇姿に謎の感動を覚える有紗。ツッコミ役とはかくも有り難い存在だったのかと羨望の眼差しで彼を見る。しかし無慈悲にも軽率なギャグ展開は止まらない。

 

「あー…真昼ー、ポテチ食いてー。あとコーラ」

「お前もかっっ!!」

「確か、一階に売店がありましたよ。御園も一緒に行ってはどうですか? お友達と売店やコンビニなどに寄ってお菓子を買うのは、学生の醍醐味ですから」

「なっ……そ、そうなのか。よし、城田! 売店に行くぞ!」

「いや間違ってはないけどな!?」

 

 転がっていく話の主題。いやそもそも主題などあったのか。

 各々好き勝手な行動をとる中でツッコミ役はただ一人。カオスである。

 

 結局、怠惰の主人の力では収まりきらず、謎の意気込みを見せる有栖院御園を筆頭にして有紗たちは病室を後にした。

 

 病院ではお静かに、が鉄則なので特に会話はなくぞろぞろと一行は廊下を行く。

 しかしいざ売店が目前という所で、ある事に気が付いて有紗は一人、足を止めた。

 

(……冷優が来てない。色欲の真祖も)

 

 怠惰の猫は、相変わらず主人の肩に乗っているのが目に入った。という事は病室にはあの二人だけが残っている事になる。

 戻るべきかと有紗は逡巡する。百合音は気付いているのかいないのか、さっさと売店に足を踏み入れてしまっていた。

 

(うーん、冷優なら大丈夫かな。たぶんわざと残ったんだろうし)

 

 有紗ならともかく、あの冷優が“ぼーっとしていて置いていかれた”などというのは有り得ない。残るつもりがなかったのなら、さっさと変化して怠惰の猫と同じ様に百合音の肩に乗っていただろう。今更有紗が戻る必要は、きっとない。

 

「……おい」

 

 自己完結した直後に突然声を掛けられた。驚きつつ顔を上げれば、目の前には色欲の主人(イヴ)

 

「貴様はたしか下位吸血鬼(サブクラス)だと言っていたな?」

「えっと、はい…」

「なら特に気を付けろ。椿たちは弱い下位吸血鬼(サブクラス)を狙っている。貴様に戦闘力があるかは知らないが、決して油断はするな」

 

 それだけ言って、彼は有紗を追い越して売店に入って行った。

 ぽつんと一人残された状態で、有紗は。

 

(うん、よかった。良い人だ)

 

 最初こそ九番目の真祖と勘違いされて警戒されてしまったが、きっと根は仲間思いの人間なのだろうと分かる。心配して忠告までしてくれるとは思っていなかったため、不意打ちのそれを嬉しく感じた。

 今までは吸血鬼であるせいで限られた人間としか話せなかったが、奇しくも八番目による騒動が起きたせいでこうして他の吸血鬼や関係者の人間と関わる機会が出来たのだ。今日のことは必ず日記に書き留めておこうと、有紗は心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道のこと。

 怠惰と色欲の主従との顔合わせが済み、細々した情報の交換も滞りなく終わった。売店から戻ってから、情報交換中に冷優が喋っている時は休憩時間だと言わんばかりに百合音が怠惰の黒猫を撫で続けていた事以外は特に問題もなく、思っていたよりもすんなりと知欲の三人は彼等に受け入れてもらえたと言えるだろう。

 怠惰組とも別れ、有紗らは三人で家路を辿っていた。

 

「ーーーーねぇ、どうして椿さんに敵対宣言なんかしたの?」

 

 ふと、普段と比べるとやや暗い印象を受けるトーンで、百合音が冷優に問い掛ける。

 

「いくら()()()()()()()()貴女でも分かってたでしょ? 正面からそんなこと言ったら、椿さんが傷付くって」

「………………」

 

 言外に、そこまで言う必要があったのかと百合音は()いているのだろう。

 ……確かに公園で対峙した時、憂鬱の真祖は冷優に対してどこか、期待を含んだ眼差しを向けていた。深い事情までは有紗には分からないが、あの時、彼は決して冷優を敵視してはいなかった。寧ろ仲間を見付けたかのような表情をしていて、()()()()()()()()()有紗は覚えている。

 “味方ではない”と“敵である”は、似ているようで全く違う。前者の状態で留めようとした椿を、冷優は後者を選びわざわざ突き放したのだ。態々(わざわざ)そうしたと言うのなら、必ず相応の理由がある。

 伏せられた青の瞳の眼差しは、地面を見ているようで違うものへ注がれている。

 

「………お兄様が、迷っていらっしゃるようだったから」

 

 やがてぽつりと落とされたのは、普段言葉少なな彼女の本質が滲む台詞。

 

「味方にはなれないのに希望だけ持たせ続けるような真似をすれば、これから先何度もお兄様は悩むことになる。一度の傷で未来の憂いを断ち切れるなら、その方が良いと判断しただけよ」

 

 その『理由』を聞いて、有紗は(ひそ)かに相好(そうごう)を崩した。とても冷優らしいと感じたから。

 “敵陣にいるだけの妹”に刃を向けるより、“敵である妹”に刃を向ける方が、まだしも椿の心の整理が付けやすいだろうと。冷優はそう考えたのだ。これから先、本格化していくであろう戦争の中で冷優と会う度に葛藤を強いられるよりも、ずっと楽だろう、と。だから椿の望みを切り捨てる事だと分かっていてなお、冷優は自身を敵であると突き付けた。

 

 ……それを“優しさ“と捉えるかどうかは、人によるだろう。

 

 見方によってはとてつもなく傲慢なやり方だからだ。勝手な判断と価値基準で相手を傷付けているだけだと、糾弾されても仕方がない。

 

 けれど、少なくとも有紗は、優しさだと思う。

 

(わかりにくいし、傷付けてもいるけど、相手の事を考えてした行動には変わりないもんね)

 

 名はその者を表す、と云うが、特に冷優にはそれがぴったり当てはまると有紗は思っている。彼女の行いはその名の通り、“冷たい優しさ”なのだ。矛盾しているように聞こえても、それは彼女の本質をよく表している。相手を傷付けてでも守るというそのやり方は、決して多くの共感を得るものではないだろうが。

 

(……けどまぁ、それが理解できないって言う人ならどちらにしろ、冷優には近付いて欲しくないから丁度良いかな?)

 

 そのせいで憂鬱の真祖が冷優を嫌うなら、憎むなら、それでも構わない。それならそれで、完全に()()()()()()()()()()()()()

 冷淡な考えだが有紗は百合音ほどお人好しではないのだ。理由が何であれ躊躇いなく誰かを傷付けることが出来るような輩は、大切な“家族”には関わらないで欲しいと思うのは当然である。

 有紗は非力だ。だからこそ、絶対に取り零したくないものだけをいつも最優先に考えているだけのこと。他人は二の次三の次、敵であれば言わずもがなだ。であればこそ、冷優なりの優しさを受けていながらそれを理解せずに向かって来る敵なら、容赦など要らない。

 

(日記に書くこと、増えちゃったな)

 

 内心で苦笑しながら、有紗は顔を上げる。

 そして、ともすれば夕闇に溶けていきそうな二人の背中を追って、駆け出した。

 

 




【小ネタ】
ややこしくなるので一々ルビは振っていないのですが、“冷優は普段の一人称は「私(わたし)」だが、兄姉たちに向かって話し掛ける際には「私(わたくし)」と言っている”、という設定があったりします。
単純に目上認定している兄姉たちに敬意を表するためでもありますが、他人行儀の極みとしてわざとやっている節もあったり。
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