SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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4. 気付かぬうちに

 突然ですがここでクエスチョン。

 登校中に、目の前を歩いていた人が落し物をしたらどうしますか?

 

(ーーーーまぁ、拾うわよね。目の前だし)

 

 そんな訳で百合音は、恐らくは外人だろう大柄な赤毛の男が落としたライターを拾い、その背を追いかけた。

 足のリーチの差なのか、拾っている間にも男の背中はどんどん離れていた。作業着のような、いかにも“汚れてもいい”という服装が遠ざかっていく。

 

「っあの、すいませんそこの人!」

「ん?」

 

 このままいけば走らないと追い付けなくなると判断した百合音は先に声で男を呼び止めた。流石に朝の住宅街は静かなもので、少し離れた位置の男にも声は届いたようだ。赤毛の男が足を止めて振り返る。百合音の姿を見留めると、へらりと柔和な笑みが浮かんだ。

 

「オジサンに何か用かな? お嬢ちゃん」

「これ、落としましたよ」

 

 拾ったライターを差し出せば、男は一瞬目を丸くして、慌てたように服を探った後で眉尻を下げて笑う。

 

「たはは……まーたやっちゃってたか。ありがとうねお嬢ちゃん」

 

 百合音としては目の前で落とされたのでライターがこの人物のものであることは疑う余地がなかったのだが、どうやら男の方は本当に自分が落とした物か確認していたらしい。色くらいしか特徴のない使い捨てライターなので、無理もないが。

 男がライターを受け取ってズボンのポケットに収めたのを見届けて、百合音は一言付け加える。

 

「気を付けてくださいね? 火種が残っていたりしたら火事の原因にもなるんですから」

「そうだねぇ気を付けるよ」

 

 しみじみとした声色の返答を聞いて彼女は思う。これは改善しないタイプだ、と。

 表情に出さずそんな感想を抱きながら、百合音は男の特徴を記憶に刻んでおく。人の顔と名前を覚えるのは彼女の得意とすることだが、名前というレッテル付けが出来ない以上その他の特徴を出来る限り多く集めて印象を固めておかなければならない。……“右手だけ萌え袖の人”という命名はこのプロセスを踏んだ結果生まれたものだったりするが、今は関係のない話である。

 

「それでは、私学校があるので行きますね」

「あぁ、それじゃ行ってらっしゃい」

「行ってきまーす!」

 

 長話に(もつ)れ込んで遅刻する訳にもいかないため、百合音は早々に踵を返した。軽く手を振る男に笑顔で手を振り返し、通学路に戻る。

 

 今しがた出会った男が吸血鬼であることを、彼女は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、午前の授業が終わり皆が昼食を取り始めたお昼休みのことだった。

 

「ーーーーねぇ、あの噂知ってる?」

 

 適当な女子グループに混ざってお弁当を食べていた百合音は、女子の一人が放った一言に箸を止めた。

 

「どんな噂?」

「なんかね、隣のクラスの男子が噂してたんだけど……最近駅前に、吸血鬼が出るんだって!」

 

 それから暫く女子特有の高い声が飛び交っている間、百合音は相槌だけ打ちながら心の中で首を捻っていた。

 

(吸血鬼って、あの子たちのことではない、わよね…?)

 

 彼女の家には冗談抜きで二人ほど吸血鬼が居るわけだが、彼女たちは昼間は勿論夜間も外出することは極めて稀だ。駅前で人を襲っているなど考えられない。

 

(つまり、あの子以外の真祖(サーヴァンプ)がこの近くに来てるってこと……?)

 

 騒ぎを起こしているの自体は下位吸血鬼(サブクラス)の仕業か真祖の仕業か断定できないが、気になるのは時期だ。噂が流行りだしたのは“最近”。下位吸血鬼(サブクラス)単体がこの地域に移住して来たと考えるよりは、真祖に付いて移動して来たと考える方がしっくりくる。

 無論、噂そのものがただの噂だという可能性もある。だが、火の無いところに煙は立たないものである。

 

(とりあえず、帰ったら要相談ね)

 

 噂の出本である隣のクラスに吸血鬼が紛れていることを、彼女は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道。

 白い羽織の和装が見当たらないか周囲に気を配りながら歩いていた百合音は、道路脇で自転車と共に立ち往生している一人の少年を見付けた。

 

「どうしたの?」

「ーーーーひっ⁉」

 

 百合音が声を掛けた瞬間、引き()った声を上げて少年が距離を取った。驚いた、を通り越して最早怯えられている。

 片腕に巻かれた包帯と色素の薄い髪が印象的な少年だった。痩せていてとても成長期の男子には見えないが、何となく同い年くらいではないかと百合音は思う。

 そんな少年が飛び退いたことで、彼の物であろう自転車の全貌が明らかになった。そのチェーンがだらりと垂れ下がっているのを見て、百合音は合点がいったように頷く。

 

「あぁ、チェーンが外れちゃったのね。ちょっと待ってて」

「え……」

 

 癖なのか、心臓を庇うように両腕を胸の前に上げて身を縮こまらせている少年の返事を待たず、彼女はスクールバッグの中からビニール袋に入った軍手を取り出した。昨日園芸部による校舎周りの花壇の整備を手伝った時に使ったものだ。土臭いがチェーンの油で真っ黒に手を汚すよりはましだろう。

 

「えっと、ギアは付いてないのね。チェーンカバーもない、と。これなら掛け直すだけで済むはず……」

 

 外れてしまったチェーンを先ずは後輪に、次に前輪にはめてから慎重にペダルを逆向きに回していく。大した苦もなく作業を終えた百合音は軍手を裏返しに脱いでビニールに放り込んだ。

 

「はい、これで大丈夫よ」

「ぁ……ありが、とう…」

「どういたしまして。チェーンは上下に揺れるときに外れやすいから、あんまり段差とかに乗り上げない方がいいわよ」

「う、うん、わかった……」

「じゃあね、今度は気を付けて」

 

 終始おどおどとした様子の少年を特に気にする風もなく百合音は軍手の入ったビニール袋をスクールバッグに収め、最後に笑顔で手を振って別れた。

 

 偶然に助けた少年が吸血鬼であることを、彼女は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 青いイルカのキーホルダーが付いた鍵でドアを開け、百合音は帰宅を告げる。すると直ぐに廊下の奥から誰かがぱたぱたと駆けてくる音が聞こえた。

 

「百合音、おかえりなさい!」

「ただいま、有紗(アリサ)

 

 非常に女の子らしい、ソプラノの声が百合音を出迎えた。声の主は中学生くらいの見た目で、明るい茶色の髪を肩口で切り揃えた華奢な少女だ。紫紺色の瞳を持つ彼女は、百合音と契約している真祖(サーヴァンプ)の唯一の下位吸血鬼(サブクラス)……つまりは吸血鬼でもある。

 

「あのね、冷優(レイユ)が、話があるんだって」

「話?」

「うん、緊急みたい。リビングに居るよ」

「分かったわ。とりあえず鞄を置いてくるわね」

 

 軽く頷いた有紗がリビングへ行くのと反対に百合音は洗面所で手を洗い、自室にスクールバッグを置きに行く。ついでに制服のブレザーも脱いでハンガーに掛けた後、二人が待つリビングへ戻った。

 

「おまたせ」

「遅い。帰宅中どこで油を売っていたの」

「別に普通に帰ってきたわよ。大体、第一声がそれなのはどうかと思うけど?」

「貴女の普通は当てにならない。せっかく()れた紅茶がもう少しで不味くなるところだったわ」

「はいはい。で、話って何?」

「……………………」

 

 瀟灑(しょうしゃ)なデザインのティーセットが並べられたローテーブルを、コの字に囲む形で置かれた三つのソファにそれぞれが座る。同じソファで隣同士に座らないあたりが彼女たちの関係をよく表していた。

 百合音が腰を落ち着けたのを確認したところで、青い瞳の真祖は口火を切る。

 

「ーーーー八番目のお兄様が、動くわ」

 

 しん、と一瞬リビングが静まる。

 次いで、何とも言えない顔をした百合音が口を開く。

 

「“お兄様”って……貴女ほんと、育ちだけは生粋のお嬢様よね」

「それは今この場では関係ないから黙りなさい」

 

 殺気が滲むほど鋭い視線で冷優が発言者を睨んだ。百合音も負けじと睨み返すのを余所に、有紗が口許に手を当てて呟く。

 

「八番目って、確か冷優みたいに昔C3にいたっていう……?」

「その知識は正確ではないけれど、今はその認識で構わないわ」

「動くって、具体的には?」

「八番目のお兄様と、その他の真祖との殺し合いが始まる」

 

 さらりと告げられた内容に百合音は分かりやすく顔を(しか)めた。

 

「何よそれ……何か意味でもあるの?」

「それは今、風谷が探っているはずよ」

 

 そこで一度口を閉じ、冷優は照明の光を受けて黄金色に輝く紅茶を口にした。先ほど百合音が言った通り、ただ紅茶を飲むという動作一つとっても彼女の所作には一切の無駄がなく、良家の令嬢というに相応しいものだった。

 冷優が紅茶を飲むのを待ってから、不安げに紫紺の瞳を揺らした有紗が口を挟む。

 

「でも、単純に考えたら一対七だよね? 八番目……憂鬱の真祖に勝ち目はないんじゃ……?」

「それが、そうでもないわ」

 

 一拍おいて、冷優は淡々と語り出す。

 

「“過去の事”を鑑みれば、七人のお兄様たちが直ぐに団結できるとは考えにくい。一対一を七回繰り返すだけなら、憂鬱のお兄様にも充分勝機はある。……いや、寧ろ確実にそれを狙ってくるはずよ」

 

 再び、三人ともが沈黙した。

 そして数十秒後、(おもむろ)に百合音が顔を上げる。

 

「まぁ、とりあえずは……」

「……えぇ、そうね」

 

 百合音と冷優が、顔を見合わせた後で同時に有紗へ顔を向けた。そして同時に口を開く。

 

「「有紗は当分一人で外出しないこと」」

 

 びくぅっ、と有紗の肩が跳ねた。

 

「ぇ、で、でも……」

「買い物とかは私か風谷の担当になるわね」

「そ、そうじゃなくて、」

「夜なら私も出歩けるわ。どうしても外出したいなら私に言いなさい」

「そうでもなくて! ゆ、百合音は⁉」

「私は一人でもどうとでもなるし大丈夫よ。貴女は一人だったら確実にやられるじゃない」

主人(イヴ)には対吸血鬼用と言ってもいい武器(リード)が与えられているけど、貴女は特に何もないでしょう」

「うっ」

 

 二人とも酷いぃ……と涙目になる有紗を特に気にせず、真祖と主人(イヴ)は今後の方針についての話し合いを進めていく。一方で完全に戦力外通告を出された有紗は拗ねた表情のまま紅茶を口に含み、淹れ方を計算され尽くしたその美味しさに一瞬で破顔した。

 結局、真祖たる冷優の強い主張により、他の吸血鬼には極力関わらないことで方針が固まった。

 

 主人たる少女が今日一日だけでも手遅れなほどに吸血鬼と関わってしまっていることを、彼女たちは知らない。

 

 




切っ掛けも接点も、何処にでも転がっているもの。
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