麗らかな春の午後。
心地好い陽射しと新緑の芽吹きに心癒される、そんな日曜日。
椿は、改めて自分の現状を
彼の目の前では相変わらず黒髪の少女が楽しげに喋り続けている。先ほどから椿の方は相槌を打つくらいしかしていないにも関わらず、よく話題が尽きないものだ。
椿は、彼は確かに夕暮れの路地裏で会話をした別れ際にはこう思っていた。もう彼女と関わる理由は一つもないのだと。
……それがいつの間にこんな、カフェでお茶するレベルまで
ここ最近の椿は、ふらりと散歩に出た日にはほぼ確実にこの少女に見付かっていた。立ち話で終わる時もあれば公園のベンチで世間話をしたことも、一緒にコンビニで買い食いしたこともあれば軽くショッピングモールを回ったこともあった。
どうやら彼女は期間限定と名の付くものに弱いらしく、今は旬のフルーツを使った限定パフェを幸せそうに頬張っている。
二回目の
「ーーーーそれでその日は結局解散になったんですけどね、」
「ねぇ、左側のアイス、溶けて落ちそうだよ?」
「えっ⁉」
椿の一言に慌てて少女は自分のパフェに視線を落とし、ガラス容器の縁から垂れそうになっていたアイスを救出し始める。しかしそのアイスを崩そうとすると反対側に乗っているブラウニーが飛び出しそうになったりと、なかなか苦戦を強いられていた。
そんな少女を見物しながら椿はゆっくりと抹茶あんみつの白玉を口に入れる。現役女子高生かつ情報通な彼女がオススメするだけあってこのカフェのスイーツは美味しい。今度ベルキアあたりを連れてまた来ようかな、と思うほどに。
「椿さんって、ほんとに抹茶味のものがお好きですよね。普段も洋食より和食派ですか?」
何とか一命を取り留めたアイスをスプーンで掬いながら、少女が再び話を振ってきた。どうやらさっき中断した話題に戻る気はないようだ。
「そうだね。朝はお味噌汁が定番かな」
言いながら椿は、忠誠心の高すぎる“家族”が最近更に和食のレパートリーを増やしていっているのを思い出す。そのうち和菓子作りにも目覚めないかなと思ってから、
それからまた一時間ほど他愛ない話をした後で、二人は店を出た。
からころと鳴る下駄の音が道行く人間の視線を集めているが、椿は勿論少女も気にする様子はない。観察力のある割に案外図太いのかもしれないと、公園への道を辿りながら椿は思う。この少女と会った日には、彼女の高校の近くにある公園を解散地点にするという暗黙の了解が出来ていた。そんなものが成立してしまうほどの時間を、既に椿と少女は過ごしていた。
公園に着いた後、いつも通り「また」という言葉を残して背を向けた少女を見送りながら、ふと椿は考える。
あの少女も、もう少ししたら死ぬかもしれない。
事故や事件はまだ仕方がない。けれど、椿が本格的に動き出すことによって触発された吸血鬼に襲われたり、
そんな想像をして、椿は率直にこう思った。
(それは…………ちょっと、嫌だなぁ)
別に、少女が死ぬこと自体はどうでもいい。少なくとも椿にとっては、人間が一人や十人死んだところで大したことではない。そもそも椿は人間が好きではないのだから。
しかし、彼女が他の吸血鬼に殺されるという事態に関しては、少しばかり不本意だという思いが彼の中には芽生えていた
もう一度述べよう。椿は人間を好かない。
寧ろ、可能な限り殺したいと思っている。
だというのに今、彼は。
一人の人間に対して、他の吸血鬼には触れさせたくないと思うほどに執着している。
その事実を自覚して、椿は。
「ふふふ、あはっ、あははははっ、ふふっ……あははははははははははははははははははははっ‼」
文字通り狂ったように笑う彼の心情に呼応するように、雲一つない空からは小雨が降り注ぎ始めた。
「あー…………、面白くない」
身を濡らす雨粒を甘んじて受けながら、椿は無表情で
(…名前、何だったかな。あぁそう、“百合音”だ)
突然の雨に驚き避難する人間たちを冷めた視線で傍観しつつ、細い指先が電話帳をタップした。
「…………あぁ、シャム? 悪いけど一つ追加で仕事を頼みたいんだ。ちょっと、調べて欲しいことができてね」
コン、コン、とゆったりとした歩調で下駄を鳴らしながら、椿は少女とは反対の方向へ雨の中を進む。
遠ざかるその背を惜しむように、通りの花壇では
日が傾いて徐々に薄暗くなりつつある部屋の中で、風谷はパソコンを使い『仕事』の依頼を整理していた。銀縁の眼鏡がパソコンの光を反射して
機械的に進められる作業の途中、滑らかにキーボードを叩いていた彼女の手が、家の扉が開閉される音を聞いて止まる。続いて聞き慣れた声が帰宅の挨拶を告げるのを耳にして、風谷は素早くいくつかのウィンドウを閉じた。
階段を上る音、そしてドアが開かれる音。
「……だから電気ぐらい点けなさいっての」
バチンと少々乱暴に照明のスイッチが入る音。
序でに
「おかえり、百合音」
くるりとキャスター付きの椅子を回して振り返り、Tシャツとジャケットにジーンズというラフな普段着姿の彼女を視界に収める。
「ただいま。頼まれてた花、買ってきたわよ」
「あぁ、ありがとう。ついでにそこの花瓶に生けておいてくれると嬉しいな」
「はいはい」
風谷がそう頼むことは予想していたのか、百合音は既にハサミを使って茎の長さを揃え始めていた。コップに入れてある水道水を花瓶に移し、一本ずつ丁寧に花が挿されていく。それを眺めながら、風谷は『本題』に入るために口を開いた。
「それにしても随分帰って来るのが遅かったね。寄り道は全く構わないが、不審者には気を付けなよ?」
「してるわよ」
「なら、今日君が会っていた人はどんな人なのか教えてくれるかい?」
ぴたりと、白い花を花瓶に挿し入れていた百合音の手が止まる。風谷がそれを知っていることに驚いているのではなく、ただ何と答えるべきか迷っている様子だ。
百合音は頭の回転は速い方であるし、同時に風谷がどういう人間かということもよく理解している。だから気付いたはずだ。風谷が全て分かった上で聞いているのだということも、そしてそれを
少しの逡巡の後、彼女は花を生けるのを再開しながら答える。
「……別に、悪い人ではないわ」
「それなら尚更だ。“ただの良い人”を連日連れ回すほど君は暇じゃないだろう」
実際には人ではないわけだが、敢えて風谷はそれには言及せず問い掛けを続ける。
「百合音、君はどうしてそこまで“彼”に構い続けているんだい?」
問いに、彼女はふと表情を消した。
その視線は手元の花でもまして風谷でもなく、どこか遠くを見詰めている。それはまるで、過去の記憶を目に映しているようだった。
やがて手の中で揺れるナナカマドの花に視線を戻した百合音は、呟くような声でこう答えた。
「寂しそうに見えたから、かしら」
どこか物憂げな声色で紡がれた言葉を聞いて、風谷は確信した。ある程度の予想はしていたがこれは、完全に彼女のお人好しが発動した案件だ、と。
……彼女は、酷く優しい子なのだ。
困っている人、辛そうな人、寂しそうな人、苦しんでる人、助けを求めてる人。そんな人々を一度見掛ければ、どうしても放っておけない。どんな人でも笑っていてほしいと、心からそう思える人間だ。
だからきっと、風谷が忠告したところでその人物との関わりを絶つことはしないだろう。
「……やっぱりその花、君の部屋に飾っておいてくれないかな」
「何でそうなるのよ」
「君の部屋の方が風通しも陽当たりも良いだろう?」
「それはそうだけど……そもそもこれ、貴女が買ってきてって言った花じゃない」
納得がいかない、という顔をしつつも生け終えた花瓶を抱えるあたり素直である。
「大丈夫だよ。見たくなったら君の部屋にお邪魔させてもらうから」
「どこが大丈夫なのよ。全く……」
結局呆れ顔になった百合音が部屋を出ていき、階段を降りる音を確認して風谷は、パソコンへと向き直る。
画面に表示されている様々な『情報』を
「ーーーー大丈夫だよ。君は君の在り方で、私は私のやり方で。それでも必ず私は、君たちを守ってみせるから」
前半はスローライフとか言ってたのになんか早くも不穏な気配が……。
というかいつの間に椿がヤンデレ予備軍に……?
違います椿のあれは気に入った玩具取られたくないもしくは自分で作った積み木のお城を他人に壊されたくない的なただの執着です(言い訳)。