SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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5話の最後に引き続き風谷のターン。


6. 見据えるものは

『では、それで契約は締結ということで』

 

 机上のパソコンから生真面目そうな声が響く。

 今の今までその相手と会話をしながら別の書類を捲っていた風谷は、そこで漸くパソコンに視線を戻した。画面に唯一開かれているウィンドウはテレビ電話のアプリのものだ。

 

「あぁ、確かに承ったよ。ところで君、相変わらず私と通信するときはいっそう真面目で不機嫌だな。もう少し雑談を挟んでもいいだろうに」

 

 形式こそビデオチャットではあるが、お互いのパソコン画面に映っているのは“No Image”という文字だけだ。実際に回線の向こう側にいるのは中立機関C3の開発班所属の、露木修平という青年である。

 本題よりこちらの話がメインであるかのように、楽しそうな声色で風谷は続ける。

 

「不機嫌の理由は、未だに私がC3(きみたち)と度々取り引きをしているのが気に食わないのかな? それとも私に依頼しなくてはならないこと、そのものが不満なのかい?」

 

 くすくすと可笑しそうに彼女は笑う。嘲りの類いではなくただ愉しげに。

 問い掛けられた露木は少しの沈黙をおいた後、低い声で圧し殺したような台詞を返す。

 

『……あなたが、“あんな事”さえしなければ』

 

 怒りと苛立ちがはっきりと滲んだその一言を聞いた風谷は、半ば呆れたような顔をして腕を組んだ。

 

「本当に君は、吸血鬼絡みになると感情のセーブが出来ないな。戦闘班に入れなかったのはまさに不幸中の幸いだね。下手したら初陣で突っ走って死んでいたんじゃないか?」

『……………………………………………………』

 

 画面越しでは見えないが、風谷には彼が今どんな表情をしているかが容易に想像できた。言ったそばから感情を制御できていないあたり、やはり戦闘には向かないタイプなのだろうと再認識する。

 

「何より、“あの事”に関しては既に副支部長との話し合いで決着している。今更君にどうこう言われる筋合いはないわけだが」

『たとえそうだとしても、今もC3の人間の殆どはあなたを許してはいませんよ』

「“許す”? なぜ私が君たちの許しを請う必要がある? それとも、その理念もまた組織から教えられた模範解答なのかな、優等生君?」

『っ、……!』

 

 ぎり、と強く歯を噛み合わせる音が聞こえてきそうなほどだった。煽り耐性も成長無し、と風谷は脳内でメモに書き加える。

 必要な事項は聞き出せた。切り上げ時だと判断して彼女は適当に別れの文句を口にする。

 

「さて、楽しい歓談の途中で残念だが、そろそろ夕食の時間なのでね。これで失礼するよ」

 

 キーを一つタップしてチャットを終了させる。あの様子なら彼は暫くは不機嫌だろうなと想像しながら、風谷はパソコンを閉じた。

 ワークスチェアのリクライニングに稼働域いっぱい(もた)れ掛かって身体を伸ばしつつ、彼女は目を閉じた。深く息を吐いて、頭の中を整理する。

 

 ーーーー風谷は、情報屋だ。

 

 依頼主の求める情報を仕入れ、売る。言うだけなら単純だが、場合によっては彼女の売った情報でどこかの組織一つが壊滅することも有り得るような仕事である。

 加えて彼女はどこの組織の傘下にも(くみ)しない、いわゆるフリーでの活動をしている。彼女が『依頼』を受けるかどうかは、完全に彼女の気分次第だ。

 誰の後ろ楯も必要とせず、誰の下にもつくことはない。

 そんな『自由』が許されていることは、(ひとえ)に風谷の実力がそれに見合ったレベルであることの証明とも言える。

 少なくとも情報というものの扱いにおいて彼女の右に出るものが現状居ないからこそ、彼女の仕事は成り立っているのだ。

 

 そして彼女は、仕事に私事は挟まないが私事に仕事でのスキルを導入することは惜しまないという人間でもある。

 

 だから、ここ最近百合音が積極的に椿を構い倒していることも、彼が八番目の真祖だという事実には気付いていないことも、早い段階から知っていた。勿論、椿も椿で百合音を吸血鬼云々とは無関係の人間だと認識していることも確認済みだ。

 

(冷優の意思を尊重するなら、今のうちにそれとなく引き離しておくべきなんだろうが……)

 

 二人の接点を絶つのは簡単だ。やろうと思えば直ぐにでも出来るという自信を風谷は持っている。

 ただ、それを実行することを躊躇う理由が、一つあった。

 

 それは、兄弟戦争に関わらなかった場合の冷優の行く末に関することだ。

 

 もし今回の機会を逃せば、九番目の真祖である冷優の存在は永遠に兄たちに知られないかもしれない。

 本人はそれでいいと言っているが、彼女の保護者としては一様に首を縦に振ることは出来ない。いずれそう遠くない未来で、彼女は必ず独りになるときがくるのだから。そうなった時にせめて、兄弟の繋がりがあればと思うのだ。

 

 有紗、百合音、そして冷優。

 この三人は、血の繋がりなど一滴もないが風谷の大事な娘であり“家族”である。

 

 彼女たちを守るためならば風谷は何をも惜しまず、彼女たちを害するならば何処の誰であろうと許すつもりはない。

 だからこそ、彼女たちの親として、いつか訪れる未来を見詰めた御膳立てくらいはするべきだと。そう思うのである。

 

(しかし、“それが君のスタンスなら尊重しよう”と()()()()()()()からなぁ……。私が直接的にあの子を兄弟戦争に放り込むわけにはいかない)

 

 風谷が百合音と椿の関係を絶とうとしない理由はこれだ。先にそう宣言してしまっている以上、風谷はこの件を直接主導する訳にはいかない。いかなる場面であろうと「嘘は吐かない」という彼女の“制約”に反するからである。

 他方、このまま行けば百合音は椿が起こそうとしている兄弟戦争に首を突っ込むことになるだろう。察しが良い上に行動力もある彼女なのだから、それは最早避けようもない事態だ。

 そして、主人(イヴ)である彼女が関われば必然的に冷優も巻き込まれる。これもまた避けようがない、極めて“自然”な流れだろう。これならば、風谷の誘導によるものではない()()()()()()()()()

 

(冷優が納得するかは微妙だが。まぁ、百合音のお人好し加減が異常なのはあの子も理解しているだろうし大丈夫かな)

 

 そんな風に考えながら風谷は、普通の“親”の思考回路ではないなと溜め息を吐き出した。職業柄なのか彼女個人の性質のためか、一つの筋書きの上で他者を転がすことに慣れすぎている。単純に子供を守るという行為の具体的な形が通常のそれからは明らかにずれていた。

 

(……まぁ、私が守らなくたってあの子たちは元から“強い”けどね。私なんかより、ずっと)

 

 それまで神妙な顔をしていた風谷は、そこでふと相好(そうごう)を崩した。風谷の娘たちをただ風谷に守られているだけの少女たちであると思っている者がもしいるなら、きっと後で痛い目に遭うだろう。黒い狐とか和装サングラスとか椿とかがそうなれば面白いなと、風谷は一人ほくそ笑んだ。

 

 

 

 ところで全くの余談だが、風谷は椿が嫌いだ。

 最近嫌いになった。

 理由は一つ、というか一言。

 

 曰く、

 

百合音(うちの娘)に近付く男なんざ滅びればいい」

 

とのことである。

 

 




嵐の前の、静かな独り語り。
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