ここでは、本編ストーリーすなわち表舞台の、裏側で起こっていた事を綴ります。読まなくても本編に支障はありませんので、お好きなときにご閲覧ください。原作様の単行本のカバー下にある四コマのような感覚で読んでいただければよろしいかと思います。
《注意点》
・本編で既出の事柄が再度掘り下げられたり、後出予定のネタに軽く触れたりすることがございます。ネタバレというほどではありませんが、ご留意ください。
・この『舞台裏』のお話は時系列に沿い、関連のある表舞台の話の次話として、随時割り込み投稿していく形になります。ご了承下さい。
中立機関C3東京支部、通信室にて。
ぶつりと途切れたチャット画面を前に、露木修平はデスクに拳を落とした。鈍い音を立てて机を揺らした彼の手は、握る力が強すぎるのか白く染まって震えている。
彼が風谷と仕事上の契約の通信を交わした時は、こんな終わり方をするのが常だった。
毎度のようにあの手この手で無駄な世間話を挟み込み、最終的に煽るだけ煽ってほぼ一方的に彼女は通信を切る。おかげで露木は毎回、暫くの時間は不機嫌が抜けない。C3の同僚たちの間では露木がこの通信を終えた直後には出来る限り話し掛けるなという暗黙の了解めいたものが出来上がっている始末である。
用済みのパソコンの電源を落とし、露木は頭痛に耐えるときのように額を手で覆う。勝手に脳内再生されるのは、風谷からのからかい混じりの問い掛けだった。
ーーーー『不機嫌の理由は、未だに私が
自覚している限りなら前者だと、露木は額に手を当てたまま呟いた。
風谷は決してC3の味方ではない。彼女はあくまで“誰の味方にもならない”というスタンスで情報屋としての仕事をしている。つまり椿などの吸血鬼側にも“別け隔てなく”情報を売る可能性がある彼女は、本来なら危惧すべき存在なのだ。C3以外でも、危険性に重きを置いて排除に乗り出す組織があってもおかしくないほどに。
それでも現状で風谷があらゆる組織から野放しにされているのは 、彼女の有能さともう一つ、その力量が測りきれないという“恐れ”が原因だ。
彼女は決して、自分の実力の底を見せない。
どれだけ入手困難な情報でも涼しい顔で仕事をこなしてみせるだけで、その苦労を語って実力をひけらかしたりはしないのだ。いつでも飄々とした態度を崩さず、弱味があることを匂わせない。全く弱点がないかのような振る舞いをする。
そのため、依頼人の側は彼女の“値踏み”が出来ない。
特に、彼女が自分たちに関する情報をどこまで握っているかが判断できない。
自分の組織の情報がどこまで掌握されているのか、分からないからこそ恐ろしいのだ。下手に彼女に手を出せば自分たちの足場が崩れ落ちるかもしれないのだから。
実際に風谷がどの程度まで組織に浸透しているのかは関係ない。ただ、その不安要素こそが一番の抑止力となる。だからこそ敵に回るかもしれない厄介な不確定要員であると認識していても、誰も手が出せないのである。
そして、彼女の一番恐ろしいところは。
その絶妙な均衡を、意図して作り出しているということだ。
人の思考を深く読み解き、人の行動をよく観察する。どんな思考からどんな行動が導きだされるのか、逆に周囲からのどんな働き掛けがあれば人間はどんな考えに至るのか。それがつまりは彼女の興味を惹き付けるものの原点であり、興味さえあれば彼女はその探求のために時間も労力も惜しまなかった。その積み重ねによって彼女は人間という生き物の思考回路や行動原理を非常によく理解しているし、それを利用する方法も熟知している。そういう意味では『情報屋』は彼女の
そして、もう一つだけ理由があった。
決して認めてはならない、しかし露木修平の本音に一番近いところにある理由が。
風谷に、これ以上C3に関わって欲しくないのだ。
要するに、彼女の存在がC3の害になるからではなく、C3が彼女に害を与えるかもしれないから、という理由だ。
“あれだけの事”をしたのだから、本来なら風谷はC3の目の届かない場所で息を潜めているべきなのだ。副支部長と話をつけたと言っても、その協定がいつ壊れるかなど分からないのだから。わざわざ何度も依頼を受けてこちらと接触を取り続けるような真似は、しなくてもいいはずだ。
(………………いや、してほしくないと言うべき、でしょうか……)
それは
過去にC3という組織そのものを欺き、吸血鬼に負の感情を抱いている者たち全てから憎悪を買うような行いをした人物の平穏を、願うなど。
それでも。
画面の向こうの彼女がいつも通りに世間話を持ち掛けてくることにどこか安堵している自分がいることを、露木は知っている。
知っていて、だからこそ知らない振りをするしかない。彼は既に我が儘の言える子供ではなく、社会に帰属する大人なのだから。
ただ、一つだけ言えることがある。
風谷が“あんな事”をしたのは、間違いなく九番目の真祖が原因だということだ。
「……やはり、吸血鬼は人間に害をもたらすことしかしない存在だ」
そう、言葉にすることで露木は膨れ上がりそうになる気持ちを落ち着けた。机上に放置されてすっかり冷めていたブラックコーヒーを
真っ暗なパソコンの画面に映った青年は、酷く苦々しい表情をしていた。
人はいつでも、矛盾を抱えている生き物。