SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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7. 好転か暗転か

 物事に変化が起こるとすれば、そこには必ず予兆が伴うものだ。

 それはほんの些細なものかもしれないし、当事者からは見えないところで起こっているものかもしれない。

 それでも必ず、変化には予兆が付き纏うのだ。

 

 ……いつだったか、そんな事を風谷が語っていたのを思い出しながら、百合音は放課後の校門を抜けた。

 膨大な情報の中から息をするようにそんな予兆を読み取って先手先手の行動を取る彼女ならではの主張だろう。実際はほとんど目に見えないそれを認識して変化に備えることができるケースなど稀だ。だからこそ、いざ予期せぬ変化を目の前にした時の臨機応変さというのは非常に重要で有益な能力の一つである。

 

 さて、では一方で、その予兆らしきものを見付けてしまった場合にはどう行動すべきだろうか。

 

 百合音の思考回路に引っ掛かっているのは、二日前の風谷との会話だった。

 放任主義かつ過保護というある意味極端なスタンスを持つ風谷は、もし椿が明確に百合音に危害を加えるつもりで近付いている人物だったなら何も言わずに即刻排除していただろう。逆にただの散歩と純和風趣味の人間だったとして、この場合も特に口を出すことはしないだろう。

 しかし今回、風谷はわざわざ百合音との会話で椿のことを追及した。その中途半端な対応には必ず意味があるはずだ。

 

(要は、今すぐ私から引き離す必要があるほどの悪人ではないけど、人畜無害な一般市民でもないってことかしらね)

 

 風谷はそれを百合音に伝えて、何を予見させたかったのだろうか。

 (ある)いはこの思考も既に、彼女の筋書きの上に乗せられているものなのだろうか。

 

 そこまで考えて百合音は、意図的に考えることを止めた。

 

 理詰めで先を読んで行動するのも回りくどい真似も得意ではない。答えの見えない問題より、とりあえず今日の夕飯は何にしようかと思考をシフトする。

 そして冷蔵庫の中身を思い出しながらいつも学校帰りに利用する近道の路地に入った百合音は、進行方向に見慣れた和服姿を見付けて足を止めた。

 彼女に気付いたその人物が、柔らかな笑顔を浮かべて振り向く。

 

「やぁ、百合音」

「椿さん……」

 

 いつものように下駄を鳴らしながらゆっくりと歩み寄ってくる椿に、百合音は違和感を覚えた。

 一つは、椿から声を掛けてきたこと。大抵は百合音が彼を見付けるのだ。……というより今、椿は明らかに百合音を“待ち伏せ”していた。

 

(それに、名前……)

 

 そう。初めて、名前を呼ばれた。

 

 変化には、予兆が伴う。或いは、この変化こそが次に来る変化の予兆そのものなのかもしれない。

 二日前に会った時の椿と、今目の前に立っている椿とは、何かが変化している。具体的に言うならそれはきっと『関係』の変化だ。今までは、偶然に顔を合わせたときに雑談をする仲。しかし今、椿はわざわざ百合音の帰路で彼女を待っていた。その接見はもはや“偶然”ではなく“必然”。それは決定的すぎるほどの『変化』である。

 

 じり、とコンクリートの地面を革靴の裏が擦る音を耳にして、百合音は自分が無意識に後ずさろうとしていたことを知る。

 

 同時に、僅かな思考の間に椿が異常な程に接近してきていることに気付いた。

 

「あ……の、椿さん……?」

 

 パーソナルスペースにがっつりと踏み込まれ、流石に百合音もたじろぐ。流れでもう一歩後ろに下がりそうになった足を、しかし彼女は無理矢理止めた。

 

(……落ち着け、慎重にならないと)

 

 元々、この椿という男には初対面の時点でかなりペースを崩され、そこから会話のテンポを掴むのには苦労した覚えがある。更には風谷から有害とも無害とも言えないどっちつかずの評価をされているような人物だ。

 詰まるところ、百合音にとって椿はまだ“よく分からない”人なのである。

 そして分からないということは即ち、変化のあった彼がどんな行動を取るつもりかという予測が出来ない。そこに加えて前述した諸々の違和感が、彼女の中の警戒心を悪戯に引き上げていた。

 

 だからか、次に放たれた椿の言葉に彼女は別の意味で意表を突かれてしまうこととなった。

 

「百合音、アイス食べに行かない?」

「……え?」

「ダッツの期間限定ココナッツミルク味、昨日から発売されたみたいだから。……もしかしてもう試しちゃった?」

 

 こてん、と軽く首を傾げて尋ねてくる椿に、一気に脱力してしまうのを感じながら百合音は首を横に振った。続けて了承の意を示せば、椿の表情がぱっと明るくなる。その顔を見て百合音は、先程までの警戒は杞憂(きゆう)だったかと思い直した。

 

(よく考えたら、変化って別に悪い方向ばかりじゃないわよね)

 

 今までは百合音がほぼ一方的に椿に接していたが、椿の方からも声を掛けてくれるようになっただけのこと。それならばただの“良い”変化だ。関係が良好になっただけで警戒する必要などない。

 

 ……はずだった。

 

 ちょっと待っててね、と言う椿の手にはいつの間にかスマホが握られていた。そのままどこかへ電話を掛け始める。

 

「……あ、オトギリかい? 今から帰るから、ちょっといつもの部屋の窓を開けておいてくれるかな?」

 

 何だか聞き覚えのある名前が出ていた気がする上に、帰るのに部屋の窓を開ける必要はあるのか、そもそもアイスを食べに行くのではなかったのか、と次々に疑問が百合音の頭に浮かぶ。が、そのどれを尋ねる暇もなく、椿が振り返って口を開いた。

 

「よし。じゃあ行こうか」

「え」

 

 ひょいっ、という表現が適切だろうか。

 急に百合音の視界は高くなり映る景色も角度を変えていた。肩に掛けていたスクールバッグを取り落とさなかったのが不思議なくらいの素早さで、百合音は椿の両腕に横向きに抱えられていた。

 

 一言で述べれば、お姫様抱っこ状態である。

 

 そして見た目には細腕にも関わらず、椿の腕はしっかりと百合音を支えていた。細身とはいえ女子としては長身な方である彼女を抱えてなお、その腕は全く揺らがない。だが残念なことに百合音はギャップ要素を孕んだその力強さにときめいたりすることはなく、口許を引き()らせて椿を見やる。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………何してるんですか椿さん」

「あははははは! 酷いなぁ、そんな顔をしないでよ」

「下ろしてください」

「まだ駄目。寧ろちゃんと掴まってないと落ちるよ?」

「え、」

 

 直後。

 ぶわっ、と風の抵抗を身に受けて(ようや)く、百合音は自分の身体が宙にあることを理解した。

 

「ーーーーーーーーーーーーっ‼⁉」

 

 声にならなかった悲鳴を飲み込んで、咄嗟に百合音は椿の着物の襟を掴んだ。直後にタンッと一度ビルの屋上に着地し、間を置かず再び椿の下駄が高い音を奏でながらコンクリートを蹴って跳躍する。

 抱えられたまま建物の屋上から屋上へ移動しているのだと、状況を理解した瞬間、彼女の思考は一気に冴えた。

 地上からビルの屋上まで跳ぶ異常な身体能力。

 そんなものを身に付けているのは最早人間ではない。ならば、必然的にこの椿という男は人の外にある存在ということになる。

 そして、彼女の身近には、同じように人の(ことわり)を外れた存在がいる。勿論違うという可能性もあるが、最も安易で安直な回答を選ぶなら、それは。

 

(ーーーー吸血、鬼)

 

 答えを出した瞬間、体勢的に間近にある椿の赤い瞳と目が合った。

 ぞくりと百合音の背筋が粟立つ。

 

(そうだ、あの子が青だから忘れてたーーーー吸血鬼の特徴で一番分かりやすいのは、赤い目……!)

 

 喉の奥が干上がるような感覚に襲われ、百合音は息を詰めた。シチュエーションだけ見ればお姫様抱っこで空中散歩という素敵な感じだが、その内情は吸血鬼に連れ拐われる人間である。

 

(でもどうして? 真祖(サーヴァンプ)でも下位吸血鬼(サブクラス)でも、日の下では人の姿を保っていられないはずなのに。それに私を拐う意味は? まさか誰かと間違われてる? 冷優の主人(イヴ)だってバレた? そもそも椿さんの目的は何?)

 

 疑問が思考を埋め尽くす。冷静に状況を分析しようとしているように見えて、それはある種の現実逃避に近いものだった。現時点で答えの出るはずもない問いばかりがぐるぐると頭の中を巡っている。

 

 カンッ、と鋭い音が耳を貫いて、百合音は自分の状況に思考を戻した。

 

 見れば、ホテルの一室の開いた窓枠に、椿が器用に下駄の歯を引っ掛けて着地している。

 

「さぁ、着いたよ」

 

 楽しそうな、いや愉しそうな声だった。

 そのまま部屋に足を踏み入れ、いっそ芝居がかったような丁寧な所作で椿は百合音を下ろした。

 室内に居た数人の人影が、此方を向く。

 

 人種も年齢も異なって見える彼らの瞳は、当たり前のように総じて、赤かった。

 

 




拉致誘拐もスローライフの一部です(妄言)。

今更なキャラクターの年齢情報。
風谷は年齢不詳の成人女性ですが、外見は椿や御国と並べると同年代に見える程度です。なのでその辺なんだと思っておいてください。
有紗は15歳程度、冷優は16歳程度の外見です。
因みに百合音は高一ですが早生まれなのでまだ15歳です。
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