SERVAMP -知られざる九番目-   作:カランコエ

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前回の粗筋(風味の何か)

椿にお姫様抱っこで拉致された百合音。連れてこられたホテルには大量の吸血鬼が……!


8. 駆け引きのすゝめ

 フランスでは、不意に会話が途切れて誰も言葉を発しなくなる一瞬のことを“天使が通る”と言うらしい。

 

 今の状況もそんな可愛らしい表現で纏めてしまえればいいのに、と百合音は心の中で呟いた。

 勿論そんな場面ではないので、軽い現実逃避を止めて百合音は視線だけでぐるりと室内を見渡す。連れてこられる時に辛うじて外観が見えたのでここが有名な東京ワールドツリーホテルの高層階の一部屋であることは分かっているが、そこがまさか吸血鬼の溜まり場になっているとは。

 室内の見える限りの全員が赤い瞳を向けているのを確認して百合音は、ゆっくりと詰めていた息を吐き出した。

 

 不本意だが、過去に風谷に色々と連れ回されたおかげで、彼女はこういう理不尽な状況には慣れていたりする。

 

 具体的に何があったかは割愛(かつあい)するが、とにかく吸血鬼だらけの場所に放り込まれることくらいは経験済みだ。

 こんな状況でも柔軟な対応をするには、まず落ち着くことである。一手間違えれば死ぬ程度の心持ちで、とにかく自分に都合の悪い展開は避ける。よって百合音は、椿とこの場の面子(めんつ)が吸血鬼であることは全力で気付かない振りをすることにした。

 そして落ち着くと人間、見える景色が変わるものである。もう一度視線を巡らせた百合音は、見覚えのある顔に気付く。

 

「……ライターのおじさん?」

 

 彼女の視線の先には確かに、いつかの登校中に見た赤い髪の男の姿があった。

 

「おや、お嬢ちゃんは確か……」

 

 あの日と同じく作業着のような服装にサンダルというスタイルで壁際に立っていた男が、少し首を傾げた後にぽんと手を叩いた。

 

「あぁそうそう、あの時の子だ」

「なぁにヒガン、知り合いだったの?」

「いやぁ、前にライターを落としたときに拾って届けてくれた子でね。椿が連れてくると言うからどんな子かと思えば、不思議な縁もあったものだなぁ」

 

 二人の口調が柔らかいせいか、部屋の空気が少しだけ緩んだのを百合音は感じ取った。その隙にもう一人見覚えのある人物に顔を向ける。

 ヒガンと呼ばれた男とは反対側の壁際に立つその少年は、目を見開いていて少し顔色が悪い。そして百合音と目が合った瞬間に、はっとしたように部屋を出て行こうとした。

 そんな彼を、容赦なく呼び止める。

 

「綿貫桜哉、くん?」

「っ!」

 

 びくりと、百合音と同じオレンジ色のブレザーを羽織った肩が揺れる。正直な話、彼がここにいることには百合音の方も驚いているのだが、なにぶん今は僅かでも知っている人物の確保が先決である。

 名を呼ばれて反射的に振り返った彼に対し、百合音は大袈裟にぱんと両手を合わせて笑顔を作る。

 

「やっぱり! 確か隣の六組の子よね?」

 

 意識して高い声を上げながら綿貫桜哉に近付き、自然な動作で百合音は彼の手を取った。

 

「なっ、」

「あぁ、直接自己紹介したことはなかったわね。私は鈴白(すずしろ)百合音、クラスは1-5ね。あ、そうそう綿貫くんのクラスは文化祭の出し物は決まった? うちは有りがちにお化け屋敷になったんだけどーーーー」

「は? ちょ、」

 

 この取っ掛かりを逃すものかと、百合音は強引に綿貫桜哉との会話を成立させようとする。

 それに対して桜哉が引きぎみに後ずさるが、彼女はその分すかさず踏み込んで距離を詰め、遂には軽く壁ドン状態になったりしたが構わず話を続ける。

 が、唐突に制服の背中部分をくいっと引っ張られ、振り返れば真顔の椿がいた。

 

「アイス、食べるんでしょ?」

「……え、待ってくださいまさかそのためだけに連れてきたんですか⁉」

 

 そういえばそんな話をしていた気がする、というレベルに頭の片隅に追いやられていた話題が戻ってきた。本当にそのためだけなら寧ろ僥倖(ぎょうこう)なのだが、それならコンビニと公園で済む話である。

 

「シャムロック、お願い」

「は、かしこまりました」

 

 椿が、スーツ姿に奇抜な眼帯をした男に声を掛ける。何を畏まったのかは知らないが、きっちりとしたオールバックの男はすたすたとどこかへ行った。

 

「君はこっち」

「え」

 

 背中を引っ張られたまま誘導に乗れば、ソファに導かれる。

 

「座って」

 

 謎にずっと真顔な椿に促され、圧を感じた百合音は素直に従った。一気に居心地が悪くなりスクールバッグを抱き締める。

 当たり前のように彼女の隣に座った椿が、そこで漸く表情を緩めてナース服姿の女性の方を向いた。

 

「あぁ、オトギリ。窓、ありがとうね」

「はい」

 

 窓、という単語を耳にした百合音の頭に、一つの疑問が浮かぶ。

 

(普通、こういう高層ホテルの客室の窓って全開には出来ない仕様なんじゃ……)

 

 ふと窓の方を振り返った百合音はそこで、オトギリと呼ばれた女性が『清掃用』とタグのついた鍵で窓を閉め直しているのを目撃した。明らかに業務用のもので一般客が持つべきものではないが、どこから入手したのかは最早()くまいと密かに誓う。

 

 数分後。

 

 よく見ればスーツの方も奇抜だった男が持ってきてくれたダッツの期間限定ココナッツミルク味にスプーンを突き立てながら、百合音は少ない情報を繋ぎ合わせて今の状況を分析していた。

 先程のヒガンという男の台詞やその他の吸血鬼たちの反応を見ていれば、恐らく椿は百合音が九番目の真祖(サーヴァンプ)主人(イヴ)だという理由で拐ってきたのではないと見当がつく。もし違うならこんな風にソファで並んでアイスを食べるような状況にはならないからだ。

 そこまでは良い。だが。

 

(どうして普通に招待するんじゃなくて拉致なの…!)

 

 連れてくる方法が、何と言うか雑すぎる。どうして人外であることを全く隠そうとしないのか。というより、何故急に椿が自らの正体を明かしたのかが非常に疑問である。

 百合音が心の中で色々な考察をしていると、隣の椿が食べ終わったダッツの容器を傍らに置いて振り向いた。

 

「ねぇ百合音」

「何ですか?」

「びっくりした?」

「………………………………………………」

 

 酷く唐突で分かりづらい尋ね方だったが、それが椿の明らかに人間離れした身体能力のことについて言っているのだと、一拍遅れて彼女は理解する。

 流石にそんな切り出し方をされるとは予想しておらず、百合音は沈黙した。不気味な空気が肌を撫でる。彼女が触れたくなかった核心に、言葉遊びでもするように軽い口調で触れられたのだ。もう、気付かない振りは続けられない。

 椿の方を振り向くことも出来ず、百合音は視線だけをさ迷わせる。

 固まってしまった彼女を(いたわ)るように仕草だけは優しく、その肩に左手を添えて。椿は囁いた。

 

「僕はねーーーー吸血鬼、なんだ」

 

 ゆっくりと囁かれた言葉が鼓膜を震わせる。

 先程から椿が纏う不気味な雰囲気の中でそれを聞いた瞬間、知っていたはずのことにも関わらず百合音の背筋には怖気(おぞけ)が走った。

 

 不意を、意表を突かれたことで百合音は、完全に椿の雰囲気に呑まれていた。

 

 ひたひたと、足元から這い上がる狂気に侵食されるような、(ある)いは手の内に落とされて支配されていくような。生物的な本能が動くなと、しかし逃げろと矛盾した警告を響かせる。

 くらりと目眩がするような感覚と、浅くなっていく呼吸に(さいな)まれながら。

 

 少女は、

 

「そうですか」

 

 たった五文字の言葉だけを告げて、溶け始めていたアイスを口に運んだ。

 その声は震えていたり掠れていたりするものではなく、ただ普段通りの相槌のような感覚で発せられたものだった。

 

「……………………え、それだけ?」

 

 ぽかん、と。若干間の抜けた調子で椿がそう溢した。数秒前までの妖しげな雰囲気は既にどこかへ捨ててきたらしい。

 

「いや、あんなアクロバティックなことされた後に人間ですって言い張られた方が対処に困りますけど」

 

 椿の雰囲気が正常に戻ったのを横目で確認して百合音は、そっと息を吐いた。どうにか彼の流れを乱せたらしい。

 はっきり言って、相手のペースを崩したり自分のペースに巻き込んだりすることは百合音の十八番(おはこ)のようなものである。勿論、相手のペースに合わせたり自分のペースを柔軟に変化させたりも得意だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。精神的な駆け引きで易々と押し負けるつもりは、ない。

 対して、百合音の返答を聞いた椿の口角がゆっくりと吊り上がった。

 

「ふ、あは、あははははははははははは! あはははははははは、あはははははは!!」

 

 もう()せてしまえば面白いのに、などと再び現実逃避を図った百合音の隣で椿は笑い続ける。

 

「あはははは! あは、はぁ…………面白くない、けど、確かにそうかもね?」

 

 椿の、この発作のような大爆笑に関しては既に慣れている。百合音は特に気にせずこのまま流れを変えていくことにした。

 

「ところで質問があるんですけど、椿さん」

「何かな?」

 

 一先ずは、気になっていることを聞き出す。

 

「吸血鬼って、昼間でも活動できるんですか?」

「んー、君と会っていたのはほとんど夕方だったでしょ?」

「そういう意味じゃなくてですね」

「晴れの日でも全部の道が照らされてるわけじゃないからねぇ。都心だし、建物の陰なんていくらでもあるよ?」

「そういう意味でもないですって」

「ふふふ、それより早く食べちゃいなよ。溶けてるでしょ?」

 

 どこか機嫌の良さそうな椿は、意味深に笑いながらそう促した。

 

(はぐらかされた、わね……)

 

 流石に椿と会ったときの天気を全て覚えているわけもなく、また晴れだった日に椿が上手く日陰に入っていたかなど思い出せるはずもない。

 そしてこの件に関して百合音が、実は椿より気になっているのは綿貫桜哉の方だ。彼は学生で平日は基本的に毎日登校しているはずである。隣のクラスに天気の悪い日にしか現れないレア生徒がいるなどという噂も聞かない。まさか、このホテルに住まう吸血鬼は全員日光に耐性があるとでもいうのだろうか。

 限りなく答えに近い仮説を浮かべながら、百合音は食べ終えたアイスの(から)に蓋をする。

 と、どこかへ行っていた眼帯の男が部屋に入って来た。

 

「若、申し訳ありませんが、先日仰られていた『計画』について少しご相談があります」

「そう、分かった」

 

 どうやら“ここでは出来ない話”らしく、椿がさっと立ち上がる。

 

「あ、百合音はここで待っててね?」

「善処します」

 

 百合音が即答で遠回しな断り文句を言うと、椿はまた一頻(ひとしき)り笑ってから眼帯の男と共に出て行った。

 その背を見送ってからドアが閉まって二人分の足音が遠ざかるのにじっと耳を澄ませて、百合音はちらりと窓際に腰掛けている少年へ視線を向ける。

 

(……………………さてと、)

 

 ここからが、正念場である。

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 

 相変わらず椿の隣に座らされながら、百合音はソファでシャムロックと呼ばれていた男に出された紅茶を(すす)っていた。

 椿に拉致されてきてから既に三時間ほどが経過し、壁掛け時計の短針は七時を指している。最近は随分日も長くなってきたが、流石にもう窓の外は暗い。

 

(そろそろ、有紗がおろおろしだす頃かしらね)

 

 百合音は部活動には入っていないし、今日は特に遅くなる用事はないと伝えてある。この時間になって何の連絡もなしに帰宅していないというのは不自然だ。何かあったのではと慌てる有紗の姿が目に浮かぶ。そして百合音としても慌ててもらわなければ困る。

 因みに椿が席を外していた間の時間はひたすら綿貫桜哉と友好を深めることに費やしていたのだが、椿が戻ってきた途端にソファに引き戻された次第である。

 口に含んだ紅茶をゆっくり飲み下して喉を潤してから、百合音は椿の方を向いた。

 

「椿さん」

「なぁに?」

「何がしたいんですか?」

 

 回りくどい聞き方ではまともな答えが返ってこないと先刻の会話で分かったので、漠然としているが直球な質問で彼女は問い掛けた。結局椿は、百合音を拉致してきて何がしたかったのか。何をしようと思っていたのか。返答によって、彼女の今後の行動が大きく左右されることになるだろう。

 数度サングラスの奥の瞳を瞬かせた後、椿は彼女の考えを正しく読み取った上で一番面倒な返答を放った。

 

「『何』だと思う?」

 

 と。

 簡単に教えてくれる気はないようだ。

 

「私に聞かれても困ります。ストックホルムとか嫌なので可及的(かきゅうてき)速やかに帰りたいんですけど」

「うーん……じゃあさ、君の血を飲ませてくれるなら、帰してあげてもいいよ?」

 

 嫌です、と反射的に口から出そうになった言葉を百合音は呑み込んだ。呑み込んで、わざと全く違う話を持ち出す。

 

「……吸血鬼が狙うのは美女の血ですよね?」

「あははっ、それはその吸血鬼の趣味嗜好の問題だよ。だから、」

 

 ぐっ、と肩を押されて百合音の身体がソファの背もたれに押し付けられる。横から身体を捻った椿が覆い被さるようにして彼女の瞳を覗き込んだ。

 

「僕は君の血でも全然構わないわけだけど」

 

 妖しく微笑む椿の雰囲気に今度は呑まれないよう気を張りながら、百合音はわざと椿から顔を逸らして定位置に座っている桜哉に声を掛ける。

 

「桜哉くーん。吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼になるって定番があるけど、これ椿さんに血を吸われたら私もアウトだったりする?」

「……いや、逆。死にかけのときに椿さんの血を飲まされたらアウト」

「ねぇ二人ともアウトって言い方やめて?」

 

 思わずといった様子でツッコミを入れた椿に、百合音は心の中でガッツポーズをした。彼女の思惑通りに数秒前までの濃い空気は霧散し、椿は不満げな表情のまま身体を離した。

 

(よし、これで椿さんの興も削げたし“吸血鬼になる条件”も聞き出せたし、一石二鳥ね)

 

 先に情報を引き出しておくことで、後々でボロが出る可能性を下げる。

 現状として椿は、百合音が吸血鬼に関わりのある人間だと知らない。つまりただの一般人の振りをするには、吸血鬼に関しての知識があることを悟られてはならない。

 序でに言えば、“帰れること”と“血を与えること”を同じ天秤に乗せてしまうことは避けたかった。相手に与えられた選択肢だけが全てだと思い込んでは相手の思うつぼなのだから。

 

 ……それにしても椿は、一貫して百合音に危害を加えるつもりがないらしい。

 

 今のやり取りにしても、血が飲みたいだけなら百合音本人を頷かせる必要などないのだ。この部屋には椿の味方をする者はいても百合音の味方をする者は存在し得ないのだから。わざわざ交換条件を提示したり、適当に茶々を入れただけで身を引いたりと、本気でやっている感じがしない。

 百合音を誘拐して帰す気もないが、無理に血を吸ったりすることもしない。一体、椿は何がしたいのだろうか。回答の得られなかった質問が、ぐるぐると彼女の頭の中を巡る。

 

 そんな時だった。

 鞄の中に入れっぱなしだった百合音のスマホが初期設定の単調な着信音を、奏で始めたのは。

 

 




公式ガイドブックのパラメーターに沿って言うなら百合音のメンタル値は9/10くらいあると思います。
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