赤龍帝が死んだ   作:ホウラ

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決着の深夜

「いい加減しつこいな!」

「こっちのセリフだ、バァアアカ!! さっさと灰になってくたばれ!」

 

 はぐれ祓魔師(エクソシスト)であるフリードとの戦闘が始まってから数十分、戦況は膠着状態に陥っていた。

 フリードが光の剣で斬りかかれば、木場の魔剣がその刀身を消し去り、木場が懐へと踏み込もうとしては、フリードの放つ弾丸に阻まれる。

 互いが相手を攻め切れない。

 

「面倒くせぇな、これでも喰らえよ!」

 

 業を煮やしたフリードが何かを投げつける。

 聖水の入った小瓶だ。聖別された水は悪魔である木場には、強酸のごとき劇薬となる。

 避けるのでは間に合わず、切り落としては意味がない。

 一瞬の猶予の中、木場が出した答えは――――前進だった。

 

魔剣創造(ソードバース)!」

 

 木場の呼びかけに答え、手にした剣が形を変える。

 闇を思わせる漆黒の刀身が、暗雲を思わせる灰色へと変色する。 

 光を喰らう魔剣が嵐を宿す魔剣へと生まれ変わる。

 

「吹き荒べ!」

 

 木場が切り払うと突風が巻き起こった。

 突風は聖水を吹き飛ばし、拳銃を構えんとするフリードの動きを止める。

 勢いのままに木場は踏み込んだ。

 

「遅い!」

「ッ! F×CK(くそったれ)!」

 

 木場の放った斬撃を、フリードは拳銃で受け止めた。

 全力の斬撃は銃身を歪ませ、尚も止まらずフリードの左肩を打った。

 

「グッ!? ガアアアア!!」

 

 銃身を挟んだために斬れこそしなかったものの、フリードの肩の辺りから鈍い音が響く。

 フリードは痛みのあまりに叫ぶと木場を蹴り飛ばした。

 木場は自ら飛び退き、蹴りの威力を殺す。

 再び二人の間合いが離れた。

 

「アアアアあ゛あ゛あ゛! クソがクソがクソがクソがッ!! 『思いのままに魔剣を作る』神器(セイクリットギア)とかやってられるか! チートも大概にしろってんですよ!」

 

 フリードは怒声を張り上げるとまだ無事な右手で剣を構える。

 木場に突き付けるように剣の切先を向けた。

 

「お前の名前、確か木場、そうだ『木場裕斗』だったな。だったよなぁ!?」

 

 荒い呼吸をする彼は血走った目で木場を睨む。

 

「俺ちゃんの大事な体を傷物にしやがってよ、責任取ってもらわなきゃいけないよなぁ! その澄ました顔を剥がして、指を一本ずつ切り取って、腸をグチャグチャにして……。ああ゛ああああ! 次会った時に絶対に殺す、いいな、絶対に殺してやるからなぁ!!」

 

 そう言うが早いか、彼の垂れ下がった左手から丸い何かが零れ落ちた。

 瞬間、辺りが眩い光に包まれる。

 閃光に顔を背けた木場が視線を戻すと、フリードの姿は消えていた。

 辺りを見回した後、あの少年神父がいなくなったことを知ち、木場はほっと息ついた。

 

「……早く松田くんと合流しないと」

 

 木場はそう呟くと松田の家へと駆け出した。

 

 

 ☆

 

 教会の地下、隠された儀式場にて松田はレイナーレと相対していた。

 儀式を中断された五人の魔術師たちがレイナーレを守る様に前に出る。

 一列に並んだ彼等は杖を槍のように構え、松田へと狙いをつけた。

 

「ふふ、誰が来るかと思ったら、まさかあなたが一番乗りだったとわね。それも立った一人で……」

 

 レイナーレは不敵な笑みを浮かべると彼らを押し退け、松田へと近付いた。

 彼女が片手を上げ合図をすると、魔術師たちは杖を下ろしてその場から一歩退く。

 

「そういえば、あなたのところにミッテルトが行ったはずなのだけれど、どうしたのかしら」

「『流都』ちゃんなら、俺が倒した」

「……へぇ」

 

 松田の答えにレイナーレは目を細めた。

 冷笑を浮かべた彼女は、金属バットを構える松田へと問いを投げかける。

 

「『天野夕麻』ね……。その様子だと()()()()()みたいね、松田くん」

「ああ、しっかり一週間分な」

 

 松田はレイナーレの問いに吐き捨てるように答えた。

 

 遡ること約二週間、一誠失踪まで一週間前。早朝のこと。

 いつものように元浜と挨拶を交わした松田は、彼と世間話をしながら通学路を歩いていた。

 この後、少し遅れる形で一誠が合流するのが常なのだが、その日、松田は信じられないものを目にする。

 兵藤一誠(イッセー)の隣に、他校の女子生徒が歩いていた。

 それもかなりの美少女――遠目でもわかるほどで、人間離れした美貌の――であった。

 赤い瞳の大きな目に小さな顔。黒く長い髪はさらさらと揺れるたびに、太陽の光を照り返し煌めく。何よりも目に付くのは大きな胸、いつか聞いた一誠の好みをど真ん中に撃ち抜いている。

 目がおかしくなったのかと松田は目を擦るが、依然として少女の姿が一誠の隣から消えることはない。

 それどころか、並んで歩く少女が一誠と談笑している姿が目に入る。

 イッセーが朝からナンパをしているだとか、遠近法を利用した目の錯覚で一誠の後を歩く少女と並んでいる様に見えているとかではない。

 間違いなく、少女は一誠の話に頷いたり笑ったりと相槌を打っている。

 夢でも見ているのかと松田は自分の頬をつねるが、やはり少女の姿が消えることはない。

 松田はヒリヒリと痛む頬に手を当てながら、あんぐりと口を開けて二人の姿を見つめた。

 

「おはよう、二人とも。ああ、夕麻ちゃん、紹介するぜ。こっちの眼鏡かけてるのが、元浜。こっちの丸坊主が松田っていうんだ」

 

 一誠はこちらに気付くとにこやかに手を振る。

 松田は一誠と出会って以来、ここまで上機嫌な彼を見たことが無かった。

 

「あの、イッセーさん……。そちらのお嬢さんはどなた?」

 

 我に返った元浜が一誠に尋ねる。

 カッコつけてズレた自分の眼鏡の位置を直しているが、その手は死にかけの蝉もかくやというほど震えていた。

 一誠はニンマリと笑みを深め、今にも飛んでいきそうな程に浮かれた様子で答えた。

 

「ああ、紹介するぜ。この子は天野夕麻ちゃん。まあ一応、俺の――カ・ノ・ジョ」

 

 カノジョ、カノジョ、彼女。

 彼女。あの一誠に、ほんの昨日までモテないと嘆いていた一誠に、彼女。

 雷に撃たれたような衝撃に、松田は呻き声を上げた。

 元浜も動揺したのだろう、眼鏡を指で押し上げるポーズのまま固まっている。

 彫像のようになった二人を見て、一誠はふっと息を吐くとそれぞれの肩にポンと手を置いた。

 

「まあ、お前らも早く作れよ」

 

 一誠は高笑いをすると呆然とする二人を置いて去っていった、彼の念願の恋人と供に。

 

 時は流れ、四日後の金曜日。

 兵藤一誠失踪の前日。

 

「イッセーの奴、明日は彼女とデートに行くんだってな」

「ああ、その話はやめてくれ。耳にタコができるほど聞かされたよ」

 

 松田が話を振ると、元浜はうんざりした様子で答えた。

 

「そうは言ってもさぁ、何か新しい話題とかあるか?」

「そうだな、じゃあこの前見つけた新作の……やめよう、虚しくなってきた」

 

 放課後、松田たちは帰路についていた。

 一誠はいない。

 あれ以来、一誠は彼女とばかり帰るようになり、三人で何かするということはめっきり減ったのである。

 とはいえ、一緒にいても永遠と惚気話を聞かされるだけなので、松田としてもありがたい話だったが。 

 あーあと声を出すと、松田はお手上げとばかりに天を仰いだ。 

 

「あーあ、全く羨ましい話だぜ。俺も早く彼女欲しい」

「……そうだ、一誠の彼女に女の子を紹介してもらうってのはどうだろうか。あいつを好きになった彼女の友達なら俺たちのことを好きになる可能性も高いのでは」

「おおっ! 流石だ、元浜。名案だぜ!」

「ふふ、そうだろ? さっそく来週になったら、イッセーにお願いしてみよう」

 

 そんなことを話していると、ふと元浜が足を止めた。

 不思議に思い、彼の視線を追ってみるとそこには見覚えのある少女の姿が。 

 

「あれって、一誠の彼女の……」

「天野さんだな、でも今頃は一誠と一緒にいるはずじゃなかったっけ」

 

 天野夕麻。噂をすれば影と言う奴だろうか、彼女はキョロキョロと辺りを見回して何かを探している様子だった。

 やがて彼女は松田たちに気付くとこちらへ駆け寄ってくる。

 

「あら。お二人とも、こんにちは」

「えっ、ああ、こんにちは」

 

 にこやかに笑い掛ける彼女に松田はびくりと震えた。

 というのも、彼女の笑みに奇妙な既視感を覚えたのである。

 小首を捻る松田を他所に、元浜が夕麻と話し始める。

 

「こんにちは。イッセーの奴はどうしたんですか、てっきりアイツと一緒にいるものかと思ってたんですが」

「えっ……? まあ、ちょっとね。イッセーくん、急用ができたみたい」

「はあ、急用ですか。……彼女より大切なことなんてあいつにあったっけ?」

 

 元浜が尋ねると夕麻は曖昧に笑った。

 それを見て松田の中の既視感がまた強くなった。つい最近、似たようなものを見たような気がする。 

 

「まあ、そんなことはいいのよ。私はあなたたちに用があったんだから」

 

 パンと手を打ち、夕麻は話を変えた。

 少々の強引さに元浜は眉をしかめた。

 

 一誠と何かあったのだろうかと心配になったが、ここで無理に聞き出すのも気が引けた。

 とりあえず、元浜は用件を尋ねることにした。

 

「俺たちに用ですか、それは一体?」

「ええ、それはね……」

 

 そう口にして彼女は元浜の額へと手を伸ばした。

 その時、松田は既視感の正体をひらめく。

 あれは松田がカツアゲを受けた時、体育館の裏で見た女子生徒が浮かべた、人を騙す時の笑みだった。

 

「あっ」

 

 夕麻の手が触れたその瞬間、ことりと元浜の意識が落ちた。

 膝から崩れ落ちて、アスファルトに横になる。

 はっとして松田は逃げ出そうとしたがもう遅い。

 瞬く間に少女に頭を掴まれると、松田は意識を失った。 

 

――次に松田は目覚めると、今日までに至る一週間の出来事をすっかり忘れていた――

 

「程度は違えど、皆と同じように俺も記憶の一部を失っていたわけだ。おかげでこんなに時間が掛かっちまった」

「あら、そう謙遜することはないわ。あの悪魔どもよりは早かったもの。人間にしては立派よ」

 

 松田が答えると、『天野夕麻』もといレイナーレは手を叩いた。

 その言葉とは裏腹に彼女の目は嘲笑に歪んでいる。  

 金属バットを強く握りしめて松田は怒声を上げた。

 

「イッセーをどこにやった!」

「そう急かさなくても、直ぐに会わせて上げるわ!」

 

 そう叫ぶとともにレイナーレは漆黒の翼を広げて飛び出した。

 松田に向けて構えた右手から光が放たれると、一瞬にして光の槍へと変わる。 

 

「セイクリットギア!」

 

 松田の呼び掛けに応え、握った左の拳に橙色の籠手が顕現する。

 その手の甲に嵌まる宝玉が緑色に強く輝く。

 

【Boost!!】

 

 宝玉から声が響き、全身に力がみなぎる。

 迫りくる堕天使を迎え撃つべく、松田は地を蹴り走り出した。

 

 

 

 

 ☆ 

 

 

 

 

 

 その戦いは一方的な展開だった。

 

「うおおおおおおおお!」

 

 矢のように飛び出し、レイナーレへと迫る。

 橙色の装甲を纏った左手を握り締め、その勢いに任せて拳を放った。

 

「へぇ、どうしてあなただけ記憶の消去が中途半端だったのかと思ったら、あなたも神器(セイクリットギア)を持っていたとはね」

 

 レイナーレが半身を傾けその一撃を躱す。

 ならばと石畳を踏みしめてブレーキをかけ、右手でアッパーを放った。

 

「謎が解けてよかったわ」

「っは?」

 

 頬に当たるかと思われたその拳はレイナーレの手に止められた。

 レイナーレは拳を掴んだまま、無造作に腕を振って片手で放り投げる。

 松田の体が飛び、壁に叩きつけられ石畳の上へと落下した。

 背中を強かに打ちつけ、松田は苦悶の表情を浮かべる。

 食い縛った歯から呻き声が漏れた。 

 

あの子(ミッテルト)を倒して調子に乗っていたみたいだけれど、あの子は堕天使の中でも下級、弱い方なの。その程度じゃ()()堕天使である私の足元にも及ばないわ」

 

 這いつくばる松田を見下げ、レイナーレは退屈そうに告げた。

 

 松田とレイナーレとの間には圧倒的な差があった。

 松田は高い身体能力を持つとはいえ、それはあくまで人間の範疇の中でのこと。

 堕天使から見れば彼らの最底辺にも満たないのだ。

 そもそも、特殊な力に目覚めたとは言え、所詮、松田はただの学生に過ぎない。

 まともな喧嘩など全くしたことがなく、武術の心得もない素人である。

 そして、松田の武装と言えば神器の手甲のみ――金属バットはとうの昔に細切れにされた――。剣道三倍段という言葉がある通り、武器によるリーチの差は大きい。

 対するレイナーレは、人間を優に超える身体能力、光を束ねた強力な切断能力を誇る槍を持ち、複数回の戦闘を経験した玄人である。

 松田がレイナーレに勝てる道理などなく、むしろ彼が数分も戦えていたことすら奇跡と言えた。

 例えそれが、彼女の嗜虐心を満たすための玩具にされていただけだったとしてもだ。

 

「……ッグゥ、負けてたまるか」

 

 松田は己を叱咤して、壁を支えに立ち上がった。

 欠伸をしていたレイナーレは目を丸くする。 

 

「あら、まだ立つのね」

「当たり前だ。お前に一発でも入れなきゃ気が済まねぇ」

 

 そうは言うものの、彼の体に傷のないところはなく、風が吹けば倒れてしまいそうな様子である。

 明らかに強がりである彼の言葉をレイナーレは鼻で笑った。

 

「ふふ、だけどそろそろ時間切れでしょう?」

「……何の話だ?」

「あら、本当に何も知らないのね」

 

 レイナーレがそう言ったその時だった。

 

【Time over】

 

 籠手から電子音が響き、宝玉は光を失った。

 松田を強烈な虚脱感が襲い、石畳にどっと倒れ伏す。

 何とか起き上がろうとするも、指一本たりとも動かすことが出来ない。

 

「お前、何を……した」

「私は何もしていないわ。強いて言うなら、それはあなたの神器『竜の手(トゥワイス・クリティカル)』の代償よ」

「代償……?」

 

 鸚鵡返しに尋ねる松田を見下げ、レイナーレは目を細めた。

 

「まさか、ただの人間が何のリスクもなくそんな力を使えるとでも思っていたのかしら? あなたのその神器はね、『一定時間の間、自身の力を二倍にする』というものなの。だ・け・ど、倍になるのはあくまで力のみ、体にかかる負荷はそのままなのよ」

 

 そう言うと、レイナーレは松田の上に勢いよく腰を下ろした。

 遠慮のない重みに潰れ、松田はヒキガエルのような低い声で呻く。

 

「それにしても、人間の身体能力なんか倍にしたところで高が知れているのに、リスクと釣り合ってない欠陥品にもほどがあるわよねぇ! 何も出来てないあなたにはピッタリなんじゃない?」

 

 松田の背の上でレイナーレの高笑いが響く。

 どれほどの怒りと殺意が溢れようとも、指先さえ動かぬ松田にはもはやどうすることもできない。

 涙で滲む視界の奥で、金色の髪の少女がこちらを見つめていることに気づいた。

 その虚ろな視線に一層の情けなさが己を苛んだ。

 

「はぁーあ、笑った笑った。さて、あの子の儀式ももうすぐ終わるし、そろそろ死んでもらおうかしら」

 

 レイナーレは生み出した輝く槍を手にして立ち上がった。

 松田の命運はいよいよ尽きようとしている。

 彼に出来ることはただ祈り願うのみ。

 

――ああ、どうか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん?」

 

 目を覚ますと松田はオカルト研究部の一室にいた。

 

 

 





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