赤龍帝が死んだ   作:ホウラ

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あけおめです


決意の朝

 古びた布の香りに松田は目を覚ました。

 ソファーから体を起こし、寝惚け眼を擦る。

 フワフワとした手触りに気付き、見てみれば、掛け布団代わりに厚手のバスタオルが掛けられていた。

 

「何だ……? めちゃくちゃ怠いな……」

 

 ボウとする頭に手を当て松田は呟いた。

 風邪でも引いたのだろうか、体が酷く重い。

 普段は寝起きのいい方なのだが、今は大男に圧し掛かられているようである。

 不可解な気怠さと格闘することしばらく、鈍い思考もようやく動き始めたのか、松田はここが住み慣れた自室でないことに気づいた。

 教室のように広い部屋、壁一面に描かれた奇怪な呪文、そして古びた家具。

 ここが旧校舎にあるオカルト研究部の部室だと悟る。

 松田が時計に目をやると針は七時を指していた。

 窓には暗幕がかかっているが、その裾の下からは柔らかな日の光が漏れている。

 夜は既に開けているようだった。

 

「起きたのね」

 

 声をかけられ、ゆっくりと振り向く。

 向かいのソファーにリアス=グレモリーが座っていた。

 彼女は手にしていた書類を長机の上に置くと、松田に向かって座り直す。

 

「気分はどうかしら」

「……あー、それが体調が悪いみたいで」

「まあ、そうよね」

 

 松田の答えにリアスは頷くと席を立った。

 背の高いテーブルに置かれたティーセットを手に取り振り返る。

 

「紅茶はいかがか?」

「すいません、お願いします」

 

 ティーポッドが傾けられ、とくとくと白磁の器に紅茶が注がれる。

 ティーカップから白い湯気が立ち、消えていく。

 

「おまたせ」

 

 リアスは二組のティーカップをお盆に乗せて長机へと運んだ。

 小さく会釈をしてそれを受け取ると、松田は息を吹きかけた後、口をつけた。

 温かい感覚が喉を伝い落ちていく。

 ぽかぽかと体が温まり、ほっと一息ついた。気怠さも幾分かマシになった気がする。

 

「あの……姫島先輩は?」

「昨日は皆に頑張ってもらったから、休みよ。ここにいるのは私とあなただけね」

 

 そう言うとリアスは紅茶を一口飲んだ。

ごくりと彼女の嚥下する音が松田の耳に届く。

 しんとした部屋に時計の秒針の音だけが響いていた。

 

「昨晩、どうなったんですか」 

 

 沈黙を破ったのは松田の方だった。

 ただ一言だけ口にすると、松田はじっと彼女を見つめた。

 

「解決したわ」

 

 リアスはさらりと答えると、手にしていたティーカップを机の上に置いた。

 

「主犯格だった四人の堕天使、レイナーレ、ミッテルトは死亡。残る二人、ドーナシーク、カラワーナは部下のはぐれエクソシストたちと共に投降したわ。近々、彼等にもしかるべき処分が下るでしょう」

「そう、ですか」

 

 松田はぽつりと呟くと、手元のカップへと視線を落とした。

 カップの半ばまで満ちた褐色の水面がゆらゆらと揺れている。

 

「私にもあなたに聞きたいことがあるのだけれど」

「……なんですか?」

 

 リアスの問いに松田は水面を見つめたまま返事をした。 

 

「昨晩、堕天使に襲われたあなたは、自身に宿っていた神器を覚醒させて返り討ちにした。そうよね」

「はい」

「そして、あなたは何を考えたか、たった一人で堕天使が根城にしていた教会へと乗り込んだ」

 

 ふと松田が顔を上げると、彼女の碧眼と目が合った。 

 

「どうしてあんな無謀なことをしたの?」

「……あいつを問い質してやろうと、いや、殺してやろうと思ったんです。だから、あの教会に行きました」

「馬鹿ね。一度とはいえ、堕天使を倒したあなただからこそ、人間と堕天使の間にどれほど力の差があるのか分かっていたでしょう。勝ちを拾えたのは運が良かったに過ぎないなんて」 

「理屈じゃないんですよ、グレモリー先輩。俺の手で殺したかったんです。あの女はきっとイッセーの仇だったから」

 

 そう言うと松田は頭を垂れ、己の顔を両の手で覆った。

――俺は何をやっていたんだろうか――

 彼女に言われずとも、あの選択が愚かだったことなど、松田は気づいていた。

 もっと言えば、きっと成功しないだろうと分かっていたうえで選んでいた。

 だが、それでも松田は止まる気はなかった。親友がいなくなったあの日から燃え続ける怒りが、他の手段を取ることを許さなかったのだ。

 そして、その結果がこれだ。

 事件の真相を掴むことも出来ず、親友の仇には傷をつけることも出来ず、目が覚めた時には全てが終わっていた。再挑戦の機会もない、討つべき仇は既に死んでいるのだから。

 松田は親友の為に何一つ成すことができなかった。

 

「ごめん、イッセー」

 

 震える声で松田は懺悔した。

 

「……顔を上げなさい、松田信二」

 

 凛とした声と共に、松田は手首を掴まれると強引に顔を覆っていた両手を外された。

 彼女の整った顔が目と鼻の先に現われ、松田は息を呑んだ。

 エメラルドのような碧眼がまっすぐと松田を見つめている。

 

「あなたの友達、一誠くんは生きているかもしれない」

「えっ」

 

 彼女の口から飛び出した言葉に、松田は目を見開いた。

 

「そんな、馬鹿な。だって、あいつの家族だって皆亡くなって……」

「投降した堕天使の一人が話したのよ。この三か月攫っていたのは、全員『神器持ち』だったって」

「神器持ちって、あのイッセーも?」

 

 松田の呟いた言葉に、リアスは力強く頷く。

 

「そう。あの堕天使たちは『神器持ち』を攫っては、別の組織へと売り捌いていたそうなの。そうやって彼らは活動資金を稼いでいたのね」

「それじゃあ、イッセーはこの世界のどこかに?」

「ええ、いなくなって間もない彼なら生きている可能性は高いわ」

 

 イッセーが生きている、そう聞いて松田の心に熱いものが灯った。

 

「とはいえ、時間はあまりないわ。神器の力を抜き取るにせよ、兵士として扱われるにせよ、多く見積もって約三か月。それを過ぎれば彼が生きている可能性は極めて低くなる」

 

 そう言うとリアスは松田の両腕から手を放し、机の上にあった一枚の紙を手に取った。

 その紅の髪がふわりと揺れて、甘い香りが松田の鼻を擽った。

 

「それは……?」

「契約書よ。三か月、その期限以内に私は必ずあなたの親友を見つけ出す。その代わり、あなたは私の眷属となりなさい」

「眷属、と言うと?」

「人間を止めてもらうわ。さらに言えば、私の下僕として働いてもらうことになるわね」

 

 松田が尋ねるとリアスはすまし顔で答えた。

 その様子に松田はニヤリと笑みを浮かべると、自身の手で目頭を拭い、口を開いた。

 

「……ハッ、流石は悪魔だ。人の弱みに付け込んでとんでもないこといいやがる」

「あら、乗らないの? 私はそれでも構わないけれど」

「冗談。乗るぜ、その契約。これからよろしくな、ご主人様」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「聞いたかね、魔王の妹君のことを」

「ああ、聞いたとも。何でも木っ端堕天使に領地をいい様に荒らされたようじゃあないか。それも事態の収拾に三か月も掛かったとか、全く上級悪魔の風上にも置けんな」

 

 冥界、某所。

 宮殿にてうわさ話をする悪魔が二人。

 

「若くして領地を任せられたと聞いた時は、魔王の妹なだけはあると思ったが……。所詮は親の七光りだったということか、いや『兄の』と言うべきかな?」

「くく、全くだな。」

 

 底意地の悪い笑みを浮かべ笑い合う二人、否、三人。

 いつの間にか増えていた人影に、彼らは気づかなかった。 

 

「ほう、なかなか面白そうな話をしているようだな」

   

 突然、声を掛けられた彼らはぎょっとした様子で振り返った。

 

「ラ、ライザー殿……」

 

 そこにいたのは赤いスーツを着崩した青年。

 胸元を大きくはだけさせ、厚い胸板を惜しげもなく露出している。

 彼は金色の髪を掻き上げると、獣のような笑みを浮かべた。

 

「どうせなら俺も話に交ぜてくれないか、陰口というのは親睦を深めるのに役に立つらしいじゃあないか。……それで、俺の婚約者が何だって?」

「いえっ、と、とんでもございません。失礼いたします!」

 

 二人の悪魔は血相を変え、足早に立ち去っていった。

 

「ふん……」

 

 その背中を冷たく眺め、青年は鼻を鳴らした。

 踵を返し彼はその場から去ろうとするが、その足がふと止まった。

 顎に手を当て逡巡すると、ほどなくして右手に『念話』の魔法陣を浮かび上がらせた。

 

「レイヴェル」

「……なんでしょう、お兄様」

「良いことを思いついた、戻ったら父上に話があると伝えておいてくれ」

「わかりましたわ」

 

 念話の魔法陣が消えると機嫌がよさそうに青年は歩き始めた。




 第一巻、完ってなぁ!!
 どういうことだ、たった一話終わらすのに丸一年かかってんじゃねぇか、ああ!?(逆ギレ)
 楽しみにしている方がいらっしゃるかわかりませんが、長々とお待たせしまい、申し訳ございませんでした。
 第二巻の方も出来次第投稿していきますので、これからも付き合っていただけたらなとおもいます。
 お読みいただきありがとうございました。
 
追記;誤字修正 1/15
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