赤龍帝が死んだ   作:ホウラ

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「すみません、お見苦しいところをお見せしました」 
 少年は未だ潤む目を手でこすりながら謝る。
「こちらこそ辛い話をさせてしまったわね、ごめんなさい」
「気にしないで下さい、これがあいつへの手がかりになるなら本望です」
 少女が謝罪を返すと、少年は首をゆるゆると横に振った。
「……実はその後も手がかりを探していたんですが、何も見つからなくて。ほとんど諦めていたんです。だから、皆さんがいてほっとしました」
 少年はそう言うと笑みを浮かべた。



思わぬ邂逅

 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

 号令を終えた瞬間、生徒たちの声で教室はわっと騒がしくなる。

 空腹に耐えかねて購買へと駆け出す者、仲のいい友達と集まって持ってきたお弁当を食べ始める者と様々である。

 クラス中が和気藹々とした雰囲気に包まれる中、周りから浮いた少年が一人。

 松田である。

普段の元気さはどこへやら、彼は静かに席から立ち上がると教室の外へと出ていった。

 ふらふらと松田は廊下を歩く。

 その瞳に力はなく、纏う空気は重々しい。

 いつも元気が有り余っている彼が陰鬱な様子で歩いているのだ、その異変に気付いた生徒たちは彼が脇を通り過ぎるたびに友人たちとひそひそ囁き合った。

「おかしいわね、あのエロボウズが元気ないなんて」

「あの様子だと『例の噂』は本当だったみたいね」

「『例の噂』って?」

「あら、知らないの? どうにも月曜日に教室で騒ぎを起こしたみたいでね」

「それっていつものことじゃないの」

「それが違うのよ、実はね……」

 

 ☆  

 

 松田がやってきたのは、学校の敷地内にある中庭だった。

 教室のある棟からは離れた位置にあることもあり、昼食時の生徒たちの喧騒は遠く、辺りはしんとした静寂に包まれている。

 中庭の外縁を囲うように並んだ花壇には、チューリップやヒナギクなどの様々な花々が赤や黄色に白に桃色に咲き乱れていた。

 松田は日当たりのいいベンチに腰掛けると手に持っていた弁当箱を開いた。

 一誠が居なくなって三日が経った。

 あれ以来、松田は学校では一人で過ごすようになっていた。

 仲の良かった元浜とも話さなくなって久しい。

 松田がクラスでより一層腫物扱いされるようになったこともあるが、それ以上に松田が周囲の人間を拒絶するようになったことが大きいだろう。

 今のクラスは松田にとって一種の異世界のようだった。

 一誠という大切な友人が消えているのにも関わらず、今までと何も変わらないかのように回る世界。

 その歪さを唯一知覚できる松田には、今のクラスに馴染むことなど出来なかった。

 クラス、いや学校中で嫌われている自覚のある松田だったが、友人を蔑ろにするような人間になった覚えはなかった。

 

 コツコツと弁当の底を箸先がつつく音だけが中庭に響く。

 ぼんやりと花壇を眺めながら、松田は弁当の中身を黙々と片づける。

 そんな時だった。

「やあ、君が松田くんかい?」

 突然、背後から声を掛けられる。

 驚いた松田は肩をびくりと跳ねさせた。

 こんな辺鄙な場所に誰だろうかと思いつつ、松田は後ろへ振り向いた。

 声の主が視界に映ったその瞬間、それが誰なのかに気付いた松田は目を丸くした。

 金髪の柔らかい髪に青い瞳、目鼻立ちの整った顔。

 見間違えようもない、この学園の女子生徒の視線を一心に集める少年、木場裕斗である。

 どういうわけか、言わば自身とは正反対の位置にいる存在に松田は話し掛けられていた。

「隣に座るよ」

 彼はそう言うと、松田が返事を待たずにベンチへ腰掛ける。

 松田は彼から離れるようにベンチの右側へとずれた。

――何故、あの木場裕斗がこんなところにいるんだろうか――

 松田がちらりと隣を盗み見ると木場と目が合った。

 彼は柔らかな笑みを浮かべてこちらを見つめている、さっきの口ぶりからしても何かようがあるのは確かだろう。

「……何だよ」

 松田は箸を止めるとぶっきらぼうに尋ねた。

「実は君に聞きたいことがあって、ずっと探していたんだ」

――傍迷惑なことだ、昼食の時間を邪魔しやがって――

 そんなことを松田が考えているとは露知らず、木場は松田の方へと向き直り穏やかな物腰で話し始める。

「最近、学園で流行っている噂について調べていてね」

 その言葉を聞いて松田は鼻を鳴らした。

 木場から目線を外して、再び弁当を食べ始める。

 その態度を特に気にした様子もなく,木場は話を続けた。

「最近流行り出した怪談話のことなんだ、何でも『週が明けるとロッカーに存在しないはずの生徒の名前が増えている』っていう話でね。クラスにはそんな名前の生徒なんていないはずなんだけれども、不思議なことに教室を掃除していると存在しないはずの生徒の私物が出てくるっていう話なんだよ。」

 木場はそこまで話すとポケットからメモ帳を取り出した。

「それで調べてみたら、噂の元となった事件に行きついた訳なんだけれど……。先週の月曜日、君は言ったそうだね、存在しないはずの生徒の名前――兵藤一誠の名前を」

 ピクリと米を頬張っていた松田の手が止まる。

 そしてゆっくりと振り向くと木場へ胡乱な目を向けた。

「それで? お前は何が言いたいんだ」

「力を貸してほしい」

「……なんだって?」

 彼の口から出た思わぬ言葉に松田はきょとんとした。

 驚く松田を他所に、木場は話の続きを語り出す。

「巷ではただの噂ないし悪戯と思われているけど、本当はそうじゃない。……本当にいたんだろう、彼は。この話の真実は『存在しない生徒が現れる』のではなく、『一人の生徒の存在が皆の記憶から消えてしまう』というものだ。少なくとも、僕らはそうだと確信している」

「僕ら……?」

「うん、僕の他にも調べている人たちがいてね。実は消えているのは君の友達が初めてじゃないんだ。僕たちはずっと前からこの事件を追ってきたけれども、いなくなった生徒がいること以外、全く何も掴めていなかった」

 そこまで話すと木場は松田の手を取る。

「でも、君がいたんだ。初めてなんだよ、『消えた人間』を覚えている人は。今もどんどん沢山の人たちが消えていっている、誰かが止めなければいけないんだ。だから、どうか僕たちに力を貸してほしい」

 そう語る木場は松田の手をぎゅっと握りしめていた。

 先ほどまでずっと張り付いていた笑みは彼の顔から消え去り、彼はただ真剣な面持ちで松田を見つめている。

 松田はじっと木場の顔を見返していたが、やがて松田は眼を反らすと照れくさそうに頭を掻いた。

「わかったよ、さっきまで酷い接し方して悪かったな、面白がってその話を聞きに来る奴が多くてうんざりしてたんだ」 

 松田が謝ると木場は頭を横に振りにっこりと笑う。

「気にしてないさ、それじゃあ話を聞かせてくれるかい」

 そうして松田が自分の身に起こった出来事を語ろうとした時だった。

 聞き慣れたチャイムが鳴り響く。

 昼食の時間が終わり、昼休みに入ったのだ。

 どういうことか、途端に木場が焦り出した。

「しまった……ごめん、松田くん。今日は昼休みに外せない用事があるんだった。あの、松田くんは今日の放課後空いてるかい」

「えっ、ああ、大丈夫だけど」

「よかった。それじゃあ、放課後に話を聞きに行くから教室で待っていてよ」

 木場は矢継ぎ早に話すと校舎の中へと駆けていった。

 チャイムが鳴り終わり、中庭に再び静寂が戻ってくる。

 ふと、松田は弁当を食べ終わっていないことを思い出して残りを口に掻き込んだ。

 

  ☆

 

 放課後、木場は約束通りに松田のいる二年B組にやってきた。

 松田はさっそくあの日のことを話そうとするが、木場に遮られてしまう。

「いや、実は君の話を僕の他にも聞きたい人がいるんだ、ついてきてくれるかな。それに、ここで話すのもアレだしね」

「ああ、そういうことなら」

 その提案に松田が首を縦に振るとあちらこちらから悲鳴が上がる。

 汚れてしまうわだとか、そんなカップリング許せないだとか、木場の熱烈なファンが騒ぎ出すが、常日頃から嫌悪の対象として見られてきた松田にはこんなもの屁でもない。

 木場も慣れているのだろう、彼は彼女たちを気にする様子もなく、行こうかと松田に声を掛けて教室を出ていった。

 松田もまた教室を出ると木場の後ろをついていく。

 廊下を歩いている途中で元浜の姿を見つけたが、松田が彼に声を掛けることはなかった。

 

 校舎の裏手、グラウンドからもテニスコートからも離れた奥の奥。

 敷地の端にある林の中、それは周りから隠れるように建っていた。

 苔生した石垣の上に立つ、ずんぐりとした二階建ての建物。

 旧校舎。かつて駒王学園が女子校だった頃、それもずっと昔に使われていた建物である。

 長らく風雨に晒された白色の外壁はところどころ塗装が剥げ落ちて、灰色の素肌が覗いている。

 その上には青々とした蔦の葉が血管のように這い回っていた。

 屋根には小さな時計塔が生えているが、その針が動かなくなったのは疾う()の昔のこと。

 木漏れ日の弱々しい光に照らされているその様はまさしく廃墟のようだった。

 辺りに人気はなく、しんと静まり返り、時折そよぐ風に揺れて枝葉の擦れる音だけが響いている。

 松田は木場に導かれるままにこの場所へやってきたのだが、彼の言う『先輩』がここにいるとはとても思えなかった。

「なあ、木場。本当にここなのか」

「うん、ここの二階だよ。先輩たちが待ってるよ」

 訝しむ松田を他所に木場はスタスタと入っていく。

 尻込みしていても仕方が無いので、松田も建物の中へと足を踏み入れた。

 

 木場の後に続いて松田は木造の校舎の中を進む。

 廃屋染みた外観とは裏腹に、校舎の中は意外にも綺麗に保たれていた。

 廊下に並ぶガラス窓はきちんと磨かれており、柔らかな光を室内へと取り入れて赤褐色の床板を照らしている。

 扉から見える教室の中には色褪せた木製の机と椅子が整然と並んでいる。

 松田が見回した限り、床のどこにも塵一つ落ちていなかった。

 松田が感心していると、前を歩いていた木場の足が止まる。

 目的の教室に辿り着いたようだった。

 階段を上がって二階の廊下、その奥にある教室。

 その入り口は他の教室のような引き戸とは異なり、真っ白で大きな扉で閉ざされている。

 木場は扉の前に立つとノックをした。

「部長、連れて来ました」

「ええ、入ってちょうだい」

 木場が断りを入れると中から女性の声がした。

 木場のいう先輩とやらは女子生徒らしい。ちょっぴり松田の気分が高揚する。

 扉を押し開けた木場の後に続いて部屋へと入り、そして松田は仰天した。

 その部屋は本来は教室だったとは思えないほどに様変わりしていたのだ。

 壁や天井には無数の不可解な記号が書き込まれており、床には一面を覆いつくさんばかりの巨大な魔法陣が描かれている。

 部屋の中央には重厚なアンティークの長机が置かれ、それを囲うようにして大きなソファーが三つ並んでいた。

 四角い引き戸だった窓は西洋風の観音開きをするものに変わり、そこには金の刺繍が施されたカーテンが架けられていた。

 余りの驚きにその場で立ち竦んでいた松田だったが、部屋にいた人物に気付いて叫び出しそうになる。

「こんにちは、あなたが松田くんね。私はリアス=グレモリー、三年生よ」

 正面のソファーに座っていた女性が立ち上がる。

 駒王学園三年、リアス=グレモリー。

 この学校の生徒でその名を知らない者はいないだろう。

 紅色の髪、青い瞳、雪のような白い肌にモデル顔負けの体形。

 絶世の美貌を持つ彼女は男女を問わず多くの生徒たちの憧れの的だ。

 また彼女は謎の多い女性であり、それは熱烈なファンたちを以ってしても明確な出身地を特定できない程で、そのミステリアスさが尚更に生徒たちを魅了していた。

 その後ろに控えるように佇むは、黒髪の大和撫子、姫神朱乃である。

 烏の濡れ羽色の長い髪を一つに束ね、優し気な笑みを浮かべる彼女はリアス=グレモリーと人気を二分する学園のアイドルである。

 いずれが菖蒲も杜若、併せて「二大お姉さま」と称されている二人の横には、小柄な少女がソファーに腰掛けて黙々と羊羹を食べている。

 白髪に猫の髪留め、眠たそうな表情。見間違えるはずもない、彼女は一年生の塔城小猫である。

 愛らしい童顔とその小柄な体から、一見して小学生のようにさえ見える彼女は入学当初から噂になり、男子生徒からも女子生徒からも人気を博している。

 リアス=グレモリー、姫島朱乃、塔城小猫。

 奇妙奇天烈な部屋の中、学園のマドンナが揃い踏みというこの状況。

 誰がどうして予測できるというのだろうか。

 現実とは思えない光景を前にして、松田は目を白黒させていた。

 ここは天国か何かか。

「あの、大丈夫かしら」

 リアスの声で松田は我に返ると、頭の中で一番に浮かんだ疑問を尋ねる。

「えっ、これ何部ですか」

「オカルト研究部よ」

「オカルト!? もしかして俺、夢でも見てますか?」

「現実よ」

「ふわぁあああああ!?」

 松田の頭はパンクした。いくら悪名高いエロボウズと言えど、いや、エロボウズだからこそ、己が三人の美人を前にしている状況に正気を保つ事は出来なかった。

 




 第一章を終わったあたりでぽつぽつと感想を書いてくれる人が現れるといいな……などと考えていましたが、いきなり複数人の方から感想を頂けてびっくりしてしています。
 これも原作ハイスクールD×Dという作品の人気のおかげでしょう。
 著者である石踏一榮氏の偉大さをしみじみと感じております。
 未熟な私の腕で皆さんの期待に答えられるか不安なところではありますが、精一杯頑張っていきますので、これからもよろしくお願いいたします。
 最後に、再来さま、0・The Foolさま、マクロススキーさま、改めまして感想を頂き本当にありがとうございました。
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