しばらくして落ち着きを取り戻した松田はリアスに促されるままにソファーへと座った。
向かい側にはリアスが座っており、テーブルを挟んで松田と対面する形になっている。
松田の隣にはここまでの案内をした木場が座り、リアスの隣には塔城が座っている。
「松田くん、粗茶ですが」
「ありがとうございます」
姫島が淹れたお茶を受け取ると、松田はそれに恐る恐る口をつけた。
学園のアイドルである彼女にお茶を入れて貰えた幸運を松田は神に感謝しつつ、いつか友人たちに自慢してやろうと決意する。
「このお茶、おいしいですね」
「あらあら、ありがとうございます」
松田がお茶の感想を告げると姫島はにっこりと笑った。
「朱乃、あなたもこちらに座ってちょうだい」
「はい、部長」
リアスの言葉に従って、姫島はリアスの右隣へと腰を下ろす。
さて、と口にしてリアスは自己紹介を始めた。
「改めまして、オカルト研究部へようこそ、松田くん。私がこのオカルト研究部の部長であるリアス=グレモリーよ、よろしくね。そして私の右にいるのが、副部長の朱乃よ」
「はじめまして、姫島朱乃です。以後、お見知りおきを」
そう言うと姫島はゆっくりとお辞儀をして微笑んだ。
松田もそれに合わせて慌てて頭を下げる。
「そして私の左隣にいるのが一年生の塔城小猫、あなたの隣にいるのが二年生の木場裕斗、二人ともこの部に所属しているわ」
続けてリアスに紹介されると、塔城は無言で会釈をし、木場は「改めてよろしく」と言って笑った。
松田が双方へ挨拶をするのが終わるのを見計らって、リアスが松田に話し掛けた。
「今日はいきなり呼び出したりして悪かったわね、大丈夫だったかしら」
「いえ、とんでもないです。それにしても驚きましたよ、木場から『話を聞きたい人がいる』とは聞いていましたけれど、まさかそれが先輩方だったなんて」
「ごめんなさいね、あまり他の子に知られたくなかったものだから、裕斗には黙っていて貰っていたの」
そう言うとリアスは悪戯っぽく笑った。
その姿に見惚れてしまい、松田は顔を赤くする。
「いえ、大丈夫です」
「そう言ってくれると助かるわ。……それじゃあ、聞かせて貰えるかしら。あなたに何があったのかを」
リアスの言葉に松田は頷き、しかし、その後に「ただ」と付け加える。
「ただ、どうして皆さんが知りたがっているのかだけ教えて貰えませんか。悪ふざけでないことはわかりますが、知っておきたいので」
松田がそう言うとリアスは答える。
「そうね、では話しましょうか、この町に何が起こっているのかを……」
それからリアスは事の経緯を語り始めた。
曰く、この現象を調べるに至ったのは彼女が耳にしたある噂が切っ掛けであると。
何でも、とある学校で誰も知らない差出人からのメールがクラス中に出回り、ちょっとした騒ぎになったらしい。
この話が気になった彼女は、オカルト研究部の活動の一貫として調べ始めてみたところ、この件がただの悪戯騒ぎでは済まない大事件だと分かったのだという。
オカルト研究部の調査でわかったのは三つ。
まず、この現象はこの学園だけのものでなく、駒王町周辺にある学校全てで確認されていること。
始まったのは三か月前、今年に入ってからであり、特に新学期に入ってからは特に起きる頻度が増えていること。
駒王学園だけでも既に二件発生しており、明らかになっていないものを含めればもっと多いかも知れないということだった。
「いなくなった人間を誰も覚えていないなら、それは初めからその人が存在していないのと変わらない。そして、存在しない人間を探すために警察が動くことはありえない。だから、これに気付くことのできた私たちがやるしかないのよ。……松田くん、これで話して貰えるかしら」
リアスはそう話を締めくくると松田の顔をじっと見た。
少しの静寂の後、松田はゆっくりと頷いて口を開く。
「わかりました、ありがとうございます。……それではお話しします、俺に起こったこの事件のことを」
☆
ひとしきり語り終えると、松田は冷めきったお茶を飲み干した。
リアスは何かを考えているようで、腕を組んで黙り込んでいる。
「新しいのを御入れしますか?」
「はい、ありがとうございます」
姫島に尋ねられると松田は愛想笑いを浮かべながら頭を下げた。
彼女はティーポッドを手に取り、空になった松田のカップへお茶を注ぐ。
流れ出るお茶が湯飲みの底へと当たり、僅かに音を立てる。
湯気の立つ、透き通った緋色で満たされていく。
松田が新しいお茶を受け取ると、リアスが組んでいた腕を解いた。
「待たせたわね。改めてあなたが協力してくれたことを感謝するわ。あなたの話のお蔭でいくつか分かったことがあるの」
「いいえ、こちらこそ。それで、その分かったことについて教えていただけますか」
松田が問い掛けると彼女は頷いた。
「ええ、まずはこの一連の異変は人為的な物であるということ、つまり『犯人』がいることよ」
リアスの言葉を聞いて松田は眼を剥いた。
「犯人って、この沢山の人々の記憶を消すなんて現象にですか?」
「ええ、そうよ。一見、人知の及ばない怪現象に見えるけど、実態はそうでもないの」
「というと?」
「犯人は『大勢の人から特定の記憶を消す』魔法のような力を使える。これは確かね、あなたのクラスである三年B組を見れば分かる通り。でも、犯人が特殊な力で出来るのはそれだけよ、他のことはできないと推測できるわ」
「どうしてそう思うのですか?」
「簡単よ、私たちがこの異変に気付けたのが何よりの証拠ね」
それを聞いた松田が眉間に皺を寄せて首を傾げているのを見ると、リアスはその理由を説明し始める。
「私たちがこの異変に気付いて調べることが出来ていたのは、忘れ去られた人の私物や記録が残っていたからよ。でも、松田くん、これって変だと思わない?」
「変ですか? そもそも、こんなことが起こっていること自体が変だと思いますけど」
「……それじゃあ、松田くん想像してみて。もし、あなたが魔法を使えたとして、何らかの犯罪を起こしてしまったとき、あなたはどうする?」
リアスにそう尋ねられた松田は、しばしの間考え込み、やがてあっと声を出した。
「そうか、どんな魔法でも使えるなら、犯人が証拠になりそうなものを態々残すはずがない! 記憶だけじゃなく、私物から記録まで徹底的に隠すはずなのか!」
「そうよ。さらに言えば、もしこの件が『存在した記憶ごと人間が消滅する』ただの超常現象だとしたら、説明がつかないことがあるわ」
「俺の携帯電話のデータが消えていること……」
松田の言葉にリアスが頷く。
「そう、この隠蔽工作の杜撰さこそが、犯人の存在を決定づけるその証拠。きっと隠蔽工作だけは自らの手でやる必要があるのでしょうね。……どうやら私たちが追う犯人は随分と片付けが下手な人みたいね、それとも……」
「ちょ、ちょっと待ってください。それが本当だとしたら、俺は――」
リアスの言葉を制し、松田は思考する。
この一週間、松田は携帯電話を手放した覚えはない。
寝ている間に自分の部屋に侵入して、携帯を操作した?
それはありえないだろう、何故なら今も松田の机には一誠と元浜と取った写真が飾ってあるのだから。部屋に入ってきたならあの写真を処分しないはずがない。
つまり、彼女の言っていることが指し示すことは……。
「俺は、犯人に会っている可能性がある……?」
「それは早合点ね」
ばっさりとリアスは松田の考えを切り捨てた。
「えっ、何で!?」
「携帯電話のデータを消すだけなら、わざわざ接触する必要もないわ。犯人が一誠くんの携帯電話を持っていることは想像に難くない。それなら、彼の携帯電話から『感染したら特定のデータを消し去る』コンピュータウイルスをメールで飛ばすだけで足りるもの。それにもし犯人と会っているなら覚えているはずでしょう。記憶が消えていないからあなたはこの異変に気付けたのだから」
リアスに徹底的に矛盾点を突かれ、松田はぐうの音も出なくなる。
松田が黙っているとずっと危機に徹していた姫島朱乃が口を開いた。
「それでは部長、これで一連の異変に犯人がいることが分かったわけですが、他に分かったことは無いのですか?」
「いいえ、全くよ。犯人はどんなやつなのか、犯人が何故こんなことをするのか、被害者がどこに行ったのか、そもそもどうやって記憶を消しているのか、どれこれも全くの不明」
お手上げといった具合にリアスが両手を上げる。
その拍子に、リアスの豊満な胸がぶるんと揺れた。
その瞬間を松田は眼を限界まで見開いて一フレームも逃さず目に焼き付ける。
その様子に気付いた塔城が「最低」と呟き、木場が苦笑いを浮かべた。
天を仰ぐリアスに姫島が微笑みながら尋ねた。
「それではどうするのです、部長?」
「決まっているわ、副部長。分からないことばかりでも、彼のお蔭で希望が見えてきたもの。こうなったらやることは一つ」
リアスは彼女の問いに答えるとにっこりと笑った。
「捜査の基本、聞き込みよ」
実は一番、頭を悩ませたのがこのシーンでした。
推理小説家の凄さを痛感しますね。
それはさておき、感想を頂いた ケンタウロスさま、ただのはじめさま、並びに誤字訂正の報告を頂いた 0・The Fool さま、本当にありがとうございました。
これからも拙作よろしくお願いいたします。