午後六時、松田は家路に就いていた。
日は西へと沈み、朱色に焼けていた空は墨のように黒い夜の闇に圧し潰されようとしている。
遠くの家々の窓には明かりが灯り、イルミネーションさながらに輝いていた。
薄暗い住宅街を歩きながら、松田はため息を吐いた。
結局、今日の活動ではイッセーの行方に関する有力な情報を得ることはできなかった。
未だ初日とは言え、成果が出ないというのは堪えるものである。
「心構えしてたつもりなんだけど、きついな」
「ココロガマエ? What mean it ?」
呟いた言葉に前方から返事が返ってくる。
ぎょっとした松田がその場で固まっていると、前方の丁字路から人影が現れた。
人影はゆっくりと松田の方へ近づいてくる。
やがてそれは街灯の明かりの下へ至り、その姿を現した。
銀の長髪、白い肌、幼い顔立ちの少年。黒いカソックに身を包み、顔には薄っぺらな笑顔を張り付けている。
「Excuse me? アー、チョットイイデスカ。ワタシ、道に迷ったネー」
少年はヘラヘラと笑いながら歩み寄ってくる。
その姿に嫌な予感を覚えた松田は後ずさった。
「ワタシ困ってる、チョット地図見て……」
そうして少年は片言で語り掛けながら、何かを取り出そうと懐に手を伸ばした。
その瞬間、松田は勘が囁くままに横に跳んだ。
閃光が走り、松田の背後にあった電柱に風穴が空く。
――銃だ、あの少年は銃を持っている――
振り返り電柱の穴を見てそう察した松田は、鞄を投げ捨て脇目も振らずに逃げ出した。
「おいおいおいおい! 随分と動きがいいじゃねーかよ!? ただの餓鬼じゃなかったのかよ、聞いた話と違うじゃねーか、ぁあん?!」
銀髪の少年が流暢な日本語で怒声を上げた。
先ほどのあれは獲物を狩る為の擬態だったのだ。
人気の無い住宅街の道を松田が右へ左へと駆けて銃弾に当たらないように走る。
背後からは絶えず足音と怒声が響いていた。
「一体何なんだあいつ!?」
走り続けながら松田は悪態を吐く。
あの少年は何なのか、何故拳銃を持っているのか、そもそも何故自分を狙うのか。
混乱する松田の脳裏に様々な疑問が浮かんでは消える。
いずれの問いも答えが出ることはない、ただ一つ確かなのは足を止めれば死ぬことのみ。
松田はポケットから携帯電話を取り出し、ボタンの感覚を頼りに110番へダイヤルする。
助けを求めなければ未来はない。
電話を右耳に当てて警察へと繋がるのを待ちながら、松田は必死に足を動かした。
一コール、松田が角を曲がった瞬間、コンクリート塀が弾ける。
二コール、松田のすぐ横を弾丸が掠め、閃光が一直線の軌道を描いた。
着弾点が着々と松田の下へと近づいてきている、あの凶弾に捕らわれるのも時間の問題だ。
「頼む、繋がってくれ!」
息を乱しながら松田は希う。
三コール目。電子音が響き、プツリと音が途切れる。繋がった。
「もしもし、助けてくれ! 神父服の少年に襲われて……」
――お掛けになった電話は電波の届かないところにあるか――
流れてきた無機質な機械音声にはっとして、松田は携帯の画面を見る。
画面の右上にアンテナのシンボルは無く、ただ『圏外』の二文字のみ。
こんな町中にもかかわらず、どういうわけか電波が届いていない。
「そんな……」
絶望的な状況に松田の集中力が切れてしまう。
次の瞬間、松田の右足に焼けるような痛みが走る。
とうとう弾丸が当たってしまったのだ。
足をもつれさせた松田はドウと倒れ、アスファルトに叩きつけられた。
黒いアスファルトの上に鮮やかな赤色が広がっていく。
「ヒュー! 大当たりだ。 へいへいへい、手間取らせやがって‼ クソどものお仲間は大人しく死んでりゃいいんですよ!」
興奮した様子で襲撃者が捲し立てる。
閃光が走り、鮮血が舞う。
無傷だった左足も射抜かれてしまった。
焼けるような痛みに悶え、松田の口からくぐもった悲鳴が零れた。
もはや逃げることは出来ない、強烈な焦燥と絶望が松田を襲う。
「大体さぁ、人が道を聞いてんのに何で逃げちゃうかなあ!? お蔭でこんなに走る羽目になったざんしょ! わざわざ日本語で話してんだから、ビビらずに近づいて来てくださいますぅ? ひょこひょこひょこ避けやがってよォ! 誘っているんですかあ!?」
松田の背後で撃鉄が落ちる音が響く、今度は脇腹に穴が開いた。
貫かれた肉は輝く弾丸にその断面を焼かれ、その穴から血が零れることはなかった。
「ぎっいぃいい」
「いいじゃんいいじゃん、その悲鳴は得点高いですよん! 実にスカッとするぜ。でもでも、俺の手を手間取らせたことは許されなーい。だからー、徹底的に刻んでおもちゃにしちゃうぞ☆」
襲撃者はケタケタと笑いながら、痛みにもがく松田のもとへと近付いてくる。
彼は右手に持っていた拳銃を懐にしまうと、代わりにバトンのような棒を取り出した。
その棒を切り払うように振ったその瞬間、某SF映画さながらにその先端から白く煌く光の刃が伸びる。
「はっ、はは……スターウォーズかよ」
神父服の暗殺者、光弾を打ち出す拳銃に、光の剣。
あまりに非現実的な光景に松田の口から乾いた笑いが漏れた。
「ハハッ、カッコイーだろ。おい、ハゲ、特別サービスだぜぇ、ライトセイバーに斬られたらどんな気分かじっくり味わせてやんよ」
痛みのあまりに松田の意識は朦朧とし始めていた。
視界が霞み、手足から力が抜けて行く。
—―俺は死ぬのか? まだ、何も分かっていないのに。こんな奴に訳の分からないまま殺されて—―
松田の脳裏に今までの思い出が走馬灯のように流れ始めた頃、少年は剣を高く掲げた。
「それじゃあ……遊びの時間だぜえ‼」
少年がその笑みを深め、歓喜の叫びと共に剣を振り下ろした。
迫りくる凶刃から目を背け、松田は瞼を閉じる。
視界が黒一色に染まった。
その時、闇の中でキンという音が響いた。
痛みがやってこないことに気がついた松田は恐る恐る目を開く。
見れば、すぐ目の前で光の剣が新たに現れた鋼鉄の刃に受け止められていた。
刃が擦れあい、チリチリと音が鳴る。
気付いてみれば、松田の隣に誰かが立っていた。
「がっ!?」
襲撃者の少年が蹴り飛ばされて吹き飛ぶ。
鋼鉄の剣の主が松田を守るように銀髪の少年との間に立った。
見覚えのある黒い制服、松田が着ているのと同じ物だ。
自分を救ったその少年の名を松田は知っていた。
「木場……?」
「ごめん、松田くん。遅くなった!」
鋼鉄の剣の主、もとい木場は振り返らずに松田へ返答した。
木場は両刃の剣を正眼に構え、壁に叩きつけられた襲撃者を見据えている。
「F×××、折角のお楽しみを邪魔しやがって。これだから大っ嫌いなんだよ、クソ蝙蝠が!!」
よろよろと立ち上がった襲撃者が木場へと罵声を浴びせる。
「こっちのセリフだよ、はぐれ者。何故、彼を襲った? お前と同じ人間だろう」
「はあああ? クソと仲良くしてんなら同じクソでしょ。つーか、お前らになんかに教えてやるわけないだろ、バーカ!」
「そうか……。それなら、無理やりにでも言わせるまでだ!」
木場がそう叫んだ瞬間、空から何かが降ってきた。
夜空に靡く銀の髪。
塔城小猫だ。矢の如く飛来した彼女は、引き絞ったその拳を襲撃者目掛けて解き放つ。
「あぶねっ!」
寸でのところで気付いた襲撃者がその場から飛び退いた。
振り下ろされた彼女の拳が宙を掻き、ゴウと音を立てる。
着地した彼女は拳を構え直し、後退する襲撃者へと迫った。
対する彼は光の剣を振るい、塔城に近付かれないように牽制する。
次々と放たれる輝く剣線を塔城はひらりひらり躱して一歩一歩近づいていく。
「あっ、危ない!」
襲撃者が懐に左手を伸ばしたのを目にして、松田が声を上げた。
塔城も彼の動きに気付き、素早く距離を取るが間に合わない。
襲撃者の手にした銃のその先が彼女へと向けられて……。
次の瞬間、空から雷の矢が飛んでくる。
襲撃者はその銃口を矢の方へとずらして、後ろへと跳びながら迎撃した。
はっと松田が空へ目を向ければ、そこには姫島朱乃の姿があった。
その背には蝙蝠のような黒い翼が生えており、その翼の力で宙に浮いているようである。
彼女の手にはバチバチと放電する矢が浮かび、襲撃者へ狙いを定めていた。
「散々、手を焼かせてくれましたわね……。黒焦げにしてあげますわ」
姫島は襲撃者を見下ろして冷たく告げる。
宙に浮かぶ姫島へ銃口を向ける襲撃者、その背後から聞き覚えのある声が響いた。
「やっと尻尾を出したわね」
奥に広がる闇からコツコツと足音が近づいてくる。
襲撃者が首をわずかに回して後ろの様子を伺っていた。
やがて足音の主の姿が。
リアス=グレモリーだ。
歩く度に揺らめく紅色の髪が月光を反射して煌いている。
「まさかこの件に『はぐれエクソシスト』が関わっているとは思わなかったけれど、もしかして誰かに雇われたのかしら。まあ、いいわ。その辺りもじっくりと聞かせて貰いましょう」
歩きながらそう語っていた彼女は、やがて道の中央にて立ち止まった。
気付けば、オカルト部の面々によって襲撃者は四方から囲まれている。
「……くそがっ、結界が全く機能してねぇじゃねぇか。話が違うぞ、あのアマ……」
ぶつぶつと何かを呟いている彼にリアスが勧告する。
「袋の鼠よ、観念なさい。大人しく捕まるなら、手荒な真似はしないわ」
「はっ、クソどもの言葉なんて誰が信じるかよ! ……おい、そこのハゲ、命拾いしたな。また会いにくるから、それまでに良く首を洗っとくんだぜ。それじゃあ……バイニャラ!」
襲撃者は嘲るように言うと、猛然と塔城の方へ走り出す。
彼の手によって連射される光弾を巧みに避けながら、塔城は迎撃を試みる。
その時、襲撃者の手元から何かが零れ落ちた。
「しまった! 朱乃!」
それの正体を察したリアスが姫島へ呼び掛ける。
彼女の手から雷の矢が高速で打ち出されるがもう遅い。
落下したそれが地面に衝突する。
その瞬間、爆音とともに眩い閃光が放たれ、松田たちの視界は真白に染まった。
キーンという耳鳴りでなにも聞こえなくなる。
やがて視界が戻ったころ、松田たちの前から襲撃者は姿を消していた。
「逃げられたか。でも、そう遠くないわ。朱乃、裕斗、今すぐ奴を追いなさい!」
「部長、松田くんが!」
命を脱して気が緩んだためか、松田の意識が遠のいていく。
「まずいわね……。それなら、朱乃、私と一緒に来なさい、彼を屋敷に運び入れるわ。裕斗と小猫は奴の後を追いなさい、絶対に本拠地を突き止めるのよ」
目が霞み、目の前が暗くなっていく。音が遠くなり、何も聞こえなくなる。
『死』
無機質で冷たいそれが迫っていることが漠然とわかってしまう。
――ああ、死にたくない――
そう思ったのを最後に松田は意識を失った。
悪魔の自動翻訳能力の設定が使えなくなった結果、バイリンガルになったクソ神父。
なかなか台詞の再現が難しい彼ですが、出て来ると筆の滑りが良くなるいい子です。
書きダメが尽きたので次の投稿は二日後くらいになります。