戦姫絶唱シンフォギアF to G 片翼の鳥 作:きさらぎむつみ
精神集中、ではなく、ただ
(あの“出会い”を“切っ掛け”とするか否かは己次第、か……)
あの日、彼女は“それ”を歌織に預けて去った。それ以降、彼女が再度訪れることは無く、動向を探られた様子も無い。
これが何を意味するのかは、歌織の斟酌するところではない。
歌織がどう行動しようと、彼女には関心が無いということか。或いは、歌織がこの先何をするかなど先刻承知というわけか。
(踊らされる感、は拭えんな……しかし、想いを遂げる好機に違いはなし……)
ならば、己は何とする。今一度問いかける。
是非も無い。長年燻らせ続けた秘める想いに“けり”を付けるには、この機に乗じるより他は無し。
(“蹴り”のない“
誰に見せるでもなく、含み笑う。
ゆっくりと目を開け、座を崩し立ち上がった。
「さて、客人を迎える準備をせねば、な」
今日来訪するのは久方振りに会う大事な旧友。不手際無く出迎えたい。
といっても、あちらの出立時間を鑑みれば、用意といっても昼餉の支度程度か? などと考えながら、歌織は道場を後にする。
道場の中へ差し込む日が、少しだけ明るくなった。
* * *
昼食の片付けをし水仕事を済ませた歌織が、座敷へと戻る。そこに翼の姿は無く、歌織は座敷を通り抜けた。
探すまでも無く、歌織は翼の姿を見つける。翼は縁側に腰を下ろし、和式の庭を眺めていた。
「ここからの眺望も変わらんだろう」
「ああ、いい眺めだ」
翼の隣まで進み、そこで歌織は腰を下ろす。
「風鳴の屋敷に比べればこじんまりとしたものだがな」
「うちは土塀だからな。こちらの生垣はまた違う趣で好きだ」
翼の視線は玉砂利の庭を抜け低く刈リ揃えられたカナメモチの外へと向けられていた。
生垣の向こう側は緩やかな斜面となっているので遮るものがない。
「空が青い」
「ああ、夏の色だな。清々しい」
微かに夏草の薫る風が、風鈴をちりんと鳴らす。
「しかしこうして、休暇中のお主を独り占めしているなどと余所に知れたら、私の下には剃刀入りの手紙が届きそうだな」
「な、いくら何でもそれは……」
実例を耳にしたことのある翼には、はっきりと否定がし辛かった。
「まあ、それは冗句として……翼、次の新曲は
「……聴いてくれているのか?」
「当然であろう。“ツヴァイウイング”のデビューシングルからお主の最新アルバムまで欠かさず揃えてあるぞ? ライブDVDも含めて、な」
「それは……意外だった。歌織はてっきり、そうした方の興味は薄いと思っていたから」
「はっはっは! 確かにな。それ以外に嗜む唄と言えば神楽歌や長唄程度だからな」
「しかし惜しむらくは、一度もライブの現地へ赴いておらんことか。あの“何とかライト”の一斉に振られる様は一種独特な荘厳さも感ずるのでな。一度現地で体感したいものだ」
「歌織が……か? 何だか想像できん」
「私もだ。お主の唄う曲調に私が付いてゆけるか己自身疑問だ」
今度は小さく、わずかに自嘲を含ませて歌織は笑う。
「言ってくれれば、歌織の席くらい用意できたのだが」
「そうだな……今思えば、“ツヴァイウイング”のライブは見ておきたかったと後悔
“ツヴァイウイング”、それは翼と奏の両翼が揃って天へと羽撃いていた、僅かな時間。
「しかし、奏の歌声も未だこうして記録に残り、人の記憶にも残っている。画面を通じてでも、二人が真に爽快な様子で唄っているのが分かる」
「ああ、奏は本当に気持ち良さそうに唄っていた」
「お主も含めて、だぞ? 翼」
その言葉にはっと翼が歌織を仰ぎ見る。頭半分ほど高い位置の歌織の瞳からは、翼を慈しむような情が溢れていた。
「どうやら“乗り越えた”とみえるな。叔父殿からは、「奏の話になると時折影が
「そ、そんなことまで……まぁ、私も少しは変われた、ということなのだろう」
「“切っ掛け”を得たのか。良いことだ」
翼は思い返す。あの“立花響”という少女との出会いを。それは、二年前の惨状の中で偶然に『ガングニール』の欠片と奏の遺志を受け継いだ、真っ直ぐな少女との邂逅。
彼女との出会いは確実に、翼の心を動かしていた。
心の奥で澱となっていた奏への想いに向き合う機会を、翼は彼女との交流の中で得たとも思っている。
「歌織……人との出会いというものは、不思議なものだな」
「そうだな、だからこの世は面白い」
(“切っ掛け”は“出会い”か……、私もそうなるか……)
翼へ返事を返しながら、歌織は内心で自身の“出会い”に思いを巡らせていた。
(私はその“切っ掛け”をもってして如何に変わろうと欲しているのか……己自身が一番の謎、とは真に言い得て妙だな)
そんな思いを留めつつ、歌織は翼に向き直る。
「ところで翼、今日は
「残念だが、日の変わらぬうちに戻るつもりだ。少々無理を言って開けてもらったスケジュールなのでな」
「お主の選んだ生き様とはいえ、全く慌ただしいことだ。まあ、現代日本最高の歌女であれば、それも止む無しか」
「そういう称され様はむず痒いのだが……ともあれ、済まないな」
「構わん。それよりもっと、お主の話が聴きたい」
旧交を温めあう翼と歌織の話は尽きない。
庇の影となった縁側で、二人の会話に染み入るのは蝉の声のみ。
* * *
「今日は世話になったな、歌織。楽しかった」
「こちらもだ。こうして直に翼と会う機会が持てて嬉しい」
西の空に日が傾き始めた頃。来た時と同じライダースーツに着替えた翼を玄関先で見送ろうと、歌織も草履を履く。
「そうだ。時に翼、これから多少、時間を融通できるか?」
「ん? ああ、まだ余裕はあるが……何かあるのか?」
「うむ、まだお主と連れ立って向かうつもりだった場所があったと思ってな」
「そうか。そういうことなら是非連れていってもらいたい」
「直ぐ其処だ。何、手間を取らせんよ」
玄関を抜けて門へと向かう歌織の後を、翼はヘルメットをバイクのハンドルに掛けて付いていった。
屋敷の門を抜けて山の上へと向かう道を進む歌織の横に並んで、翼も坂を上る。
「
歌織が数歩先導し、山頂への散策路となる木組みの階段を上り始めた。
(この道は? ……ああ)
翼の記憶にも引っかかるものがあった。奏と歌織と、三人で何度も上った覚えのが翼の内で色鮮やかに蘇る。
(確か、この先で……)
「翼、こちらだ。……ん、覚えていたか?」
「ああ、懐かしいな」
開かれた散策路から外れ、獣道へと向かう歌織の言葉に翼が頷く。
生い茂る草木を分け入るようにして少し進むと、突如視界が開ける。
そこは、木々が切り開かれ下生えも刈られた地の色が剥き出しのちょっとした広場だった。
(やはりここか……以前より少し広くなった感もあるが)
「うん、やはり丁度良い頃合いであったようだな」
歌織が開けた先の風景へと目を向けながら言葉を漏らした。翼もまた彼女と同じ方へと顔を向ける。
広場はそのまま西側が開けていて、遥か遠くの山並みが望めた。
「ここも変わらず、か……綺麗だ」
「だろう」
山影に日を落とし始めた紅い日が、二人の身体を朱に染める。連れ立って広場を横切り、切り立った西側の崖へと二人は進んだ。
「ここから眺める町並みは、この時間が絶景だな」
「お主も奏も、昔からそう言っていたな。無論、私も同じだ。朝靄に霞む頃もまた中々のものだが」
「確かにそちらもいいな。……いや、ここからのこの眺めのことは失念していた」
翼の顔が思わず綻んだ。奏と歌織と、時には弦十郎とも共に眺めた懐かしい風景だった。
「ありがとう。今日の最後にいいものを見れた」
「……いや、最後では無いな」
そう言って、歌織が数歩進み、振り返る。その表情は西日が逆光となって影を作り、翼には詳しく窺えない。
ただ、その瞳にわずか、愁いが帯びたように思えた。
「もう一つ、見せたいものがある」
殊更に真剣さを増した言葉を発した歌織が、静かにゆっくりと一呼吸する。
そして紡いだ。
---
『聖詠』を。
「……ッ!?」
眼前で光の奔流に包まれる歌織の姿に、翼は驚きのあまり声が出せない。
歌織が今、普段の声音より幾分高い声で、まるで神事での祝詞のように唱えたのは――。
(間違いない……、だが、しかしッ!)
溢れる光が球となり、その輝きが凝縮していく。
(何故ッ!)
輝きが弾け、夕日を背にして立っているのは地原歌織。
(歌織が『シンフォギア』を纏えるのだッ?)
装者姿となった、歌織だった。
#2 fin.
オリジナル設定解説
『
風鳴家の分家である地原家は代々、独自の武術を受け継いでいる。
その大本は
(一部、根本思想が似通っている流派は見受けられる。)
構えを取り、攻め手としての手刀を多用して、「“天の利”“地の利”を見極め、時に自らこれを引き寄せる」としている。
現在、正統に受け継いでいるのは地原歌織のみである。
著者あとがき
聖詠、出ました。
さて、どうなるでしょう。
あ、聖詠は今回もアナグラムです。さすがにカフィズマ詩編とか手出しできないです。
いくつか予定していた翼と歌織の掛け合いが無くなりました。
会話の流れとして出そうになかったんで、仕方ないですね。
それにしても、SAKIMORIさんたちはこんなんだからこんなんなんです。
自分から招いた面倒臭さは、それはそれで楽しんでますが。
色々用意するものが増えてきたのでそれも準備しなければ。
また次回をご期待いただければ嬉しいです。