戦姫絶唱シンフォギアF to G 片翼の鳥   作:きさらぎむつみ

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(まさか、普段使いの方でこちらへ来なかったことが吉と出るとはな……)

 風鳴翼は独りごちる。
 今、後ろに歌織を乗せて繰る車体、“刀”の名を持つ自動二輪車は現在では世代の古い型の物ではあったが翼のお気に入りだ。それはもう、すでに何台か使い潰したうえで、更に入手する程度に。
 翼が現在保有している車体は二台。毎回二課絡みの用件で走り回らせている方は車体各部の軽量化と出力向上のカスタムを翼自ら行っており、トータルではピーキー気味に仕上げてある。
 今日乗ってきた方はもう一台の、ほぼ市販車状態の物だ。消耗の早い部品は別に取り寄せたものがストックしてあるが、翼はいざという時(主に普段使っている方を廃車状態にしてしまった場合)のために、ともう一台保有していた。
 普段使いの方は、ただいま学園が夏季休暇中ということもあって、アーティスト活動の合間を縫って整備をしていた。
 あの“事件”が収まって以来、必要に迫られることもなく「ならば今の内に」と作業を進めていたのだ。だから今日は“予備”の方でこちらを訪ねていたのだが。

(こちらでなければ、歌織と二人乗り(タンデム)とはいかないからな)

 ほぼ市販車のこちらには付けたままの後部シートは、普段使いの方では外してある。そのうえ軽量化を施したボディには二人分の重量は負担が大きい。
 “予備”の方でなければこうはいかなかった。とはいってもこちらにはこちらでまた別の懸念がある。

(……やはり、こちらでもう一人乗せてはこの程度か)

 いつものほぼ倍の重量を乗せていては、普段から整備を怠っていない状態であろうと全速力というのは無理な話だった。

(しかたない、その無理を通すか……)

「歌織ッ! 私もシンフォギアを纏うッ! 少々眩しいぞッ!」

 翼は前方から目を逸らさないまま、エンジン音に負けない大きさの声で歌織に向けて叫ぶ。歌織は「心得た」との返事代わりか、翼の腰に回した腕で二回ほど軽く締めつけてきた。
 その反応から構わないようだと判断した翼は、一呼吸してから静かに首から下げたペンダントへ届く呟きを詠う。

--- Imyuteus(イミュテーゥス) amenohabakiri(アメノハバキリ) tron(トローン) ---





EPISODE 4 燦光の刀

      * * *

 

 聖詠を受けて、聖遺物の力が解放される。翼の全身が輝き、後ろに乗る歌織ごとバイクが光に包み込まれる。

 疾駆する光球が弾けると、そこには『天羽々斬』の“装者”となった翼がいた。

 

「それがお主の装具かッ?」

 

 翼のヘッドギアに思いがけず大きな歌織の声が届く。

 

「歌織、もう普通に話して大丈夫だ。シンフォギア同士は通信可能だ」

 

「おお。確かにお主の声が鮮明に聞こえる」

 

(しかしチャンネルを合わせる必要がなかったということは)

 

 と思うも翼は「まあ、この程度のことなら、“あの人”のすることだしな」と自らを納得させる。いま考えるべきことはそれではないと切り替える。

 翼は、いま下っている坂道の前方にしばらく対向車が来ていないことを確認すると、足首からギアの武装であるブレードを左右に広げる。

 更にブレードの裏側にあるスラスターから噴射を始め、バイクを無理やりに加速させる。

 

「歌織ッ! しっかり掴まっていてくれ……飛ぶぞッ!」

 

 なだらかな坂の途中、何度か存在する傾斜の起伏に合わせてブレードを広げ揚力を得て、更にスラスターの噴射を全開に引き上げる。

 ジャンプ台に見立てた起伏から前輪が跳ね上がり、そのまま後を続くように後輪が路面から離れた!

 

○―――――――――――○

|   騎馬ノ跳躍   |

○―――――――――――○

 

 丘陵に沿った道から家屋の点在する街道を目指し、決して低くない木々の上を二人を乗せた鋭い一閃が駆ける。

 

「はっ……ははッ! これは爽快だ!」

 

 ヘッドギアを通して歌織のあげた感歎の声が耳に届くが、翼は内心それどころでは無かった。

 空中を滑空するその姿勢制御の何と難しいことか! 両翼の代わりとしたブレード角度、スラスターの噴射量といったことを繊細に操作して安定を保ちつづける。

 

(いや、今回は二人分の重量がむしろ幸いしたのか。一人では軽過ぎて更に気を使いそうだ)

 

 もし今後実用的に用いるつもりなら相当な訓練が必要になる、と感じざるを得ない難度だった。

 一対の羽があれば飛ぶ、と単純にはいかないようだ。

 それでも、と翼は考える。以前よりギアを手足の延長として細かに操ることのできる感覚が増している。

 

(まだ私も伸び代には事欠かんということなのかな)

 

 目指す先には未だ届かず。それはまた、己を高める道が続くということになる。

 充足には至らない。これからも高みを望める。そのことが単純に翼には嬉しいことだった。

 翼は暮れなずむ紅い空を斬り裂いて進む一振りの“刀”を、全力で、そのうえで新たなことに挑める喜びを感じながら制御する。

 

「歌織、着地するぞ。おそらく衝撃を殺しきれない。備えていてくれ」

 

「相分かった」

 

 翼の胴に回す歌織の腕が心持ち強めになった。翼自身は着地点と睨んだ舗装道に障害のないことを確認しつつ、姿勢の管制に神経を集中させる。

 

(兎にも角にもと跳んではみたが……真剣勝負はこの後か)

 

 旅客機もその事故の多くは着陸時に起こると聞く。車体への、延いては二人の肉体への衝撃を極力抑えるため、ブレードとスラスター噴射の角度を知識の限りを尽くして調整する。

 

(後輪から先に……僅かに前輪を上向きで……ブレードの角度で抵抗を上げて……速度は回転数からこの程度か――これでどうだ!?)

 

 後輪、前輪とわずかな差のある二度の衝撃が翼の全身を貫いた。だが、両輪は何とか路面を捉える。着地後思っていた以上にステアリングを取られ挙動が不安定になったが、予想してはいたことなので何とか立て直すことができた。

 いま行なった飛翔が全くのぶっつけ本番だと知ったら、歌織は何と思うだろうか。おそらくは笑い飛ばすに違いない、それは翼にも容易に想像がついた。

 立花の無鉄砲さが移ったか、とも思う翼だったが、状況を好転させるため分の悪い賭けに踏み切るのも悪くないと感じる。

 思いの外に上首尾だった、とはいえるだろう。確かに、思い付きとは数字で語れるものではないようだ。

 

(しかし……多分これは、帰ったら相応のサス整備が必要になるのだろうな。全交換まで至らないと良いが)

 

 大仕事を果たしてくれた愛車を一瞬労り、翼はすぐに状況の把握に努める。

 ブレードをたたみ信号を確認しつつ車線の多い幹線道路へ飛び出して、そのまま出せる限りの速度で先を進む。

 城山(しろやま)市街の中心部へと向かう反対車線が多少渋滞を起こしているように思えるのは、やはり『特異災害(ノイズ)』出現の警報が発令されたためだろうか。

 

「翼、一体何処(いずこ)へ向かっている?」

 

「ノイズはあの山の麓を中心に発生しているようだ。ならば、人に惹かれて市街へ向かうならまず真っ先に行きつくのが」

 

「なるほど……彼処(あそこ)か」

 

 翼の言葉を引き継いだ歌織の視線が向かう先は、全国の郊外でチェーン展開している複数階で構成される大型ショッピングモール。稀に歌織も利用している場所だった。

 

「ならば不味いな。平日とはいえこの時分、相当数の人間が彼処を訪れていたはずだぞ」

 

「ああ、警報を聞いてパニックになっていなければいいが」

 

「……無理だろうな。おそらくはかなりの混乱に陥っているはず――やはりな」

 

 歌織が確信を得た言葉を発するに至った光景が翼も見て取る。

 ショッピングセンターを囲むように備えられた駐車場は、少なくない車が一度に出入り口に殺到したため玉突き事故を起こして塞がっていた。

 翼と歌織が乗るバイクは、すでに持ち主に捨てられたその車の横を抜け、車での避難を諦めて我先にと駆け出している人々を避けながら駐車場へと乗り入れた。人波から外れた場内の適当な外灯の下で停車させて歌織、続いて翼が降車する。

 

「多少の無茶をしたおかげでノイズの接近までわずかに余裕ができた。まずは一般人の避難誘導に取り掛かろう」

 

「いや、それはお主のすることではない。私が引き受けよう。“風鳴翼”が“装者”であることは秘匿の件であろう? その点、私ならば今回限りだ。どうとでも誤魔化しが利く――というより、叔父殿たちが取り計らってくれるだろう」

 

 歌織が弦十郎への信頼を込めた微笑を浮かべて告げる。そこに翼は、歌織の心遣いも同時に感じ取った。

 

「了承した。その申し出は素直に聞き入れよう。歌織になら任せられる」

 

「うむ、任せられた。もっとも、正直なところ私も彼奴等(きゃつら)と対峙したい思いに駆られてはいるのだがな。先刻より律動する鼓動が治まらなくて堪らん」

 

 歌織の物言いに、翼は先ほど歌織と相対した際に引っ掛かった事柄を思い出す。

 

「歌織……その体験は初めてか? その鼓動は旋律を刻んでいるのではないか?」

 

「ん……問われれば確かに、これは“歌”だな。幾度かこの装具を纏ったが、この様なことは初めてだ」

 

 やはり、と翼は自身の勘が的中したと感じる。つまりは、歌織は今までに“胸の歌”を己の内に感じたことがなかったということだ。

 考えてみればそれも仕方のないことだろう。聖遺物『ヤールングレイプル』との適合がたまたま励起させる程度に相性が合ったというだけで、歌織は装者候補に名を列ねる者ではないのだから。

 いや、と翼は思い直す。それは本当に“装者候補でない”と言い切ってしまってよいことなのだろうか。都合良く、励起に至る聖遺物と巡り合う。そのような偶然は偶然と言えるのか?

 だがいまは、そうしたことに思い巡らせている(いとま)はない。歌織に装者として最低限必要なシンフォギアの扱い方を伝えておかなくてはならない。

 

「そうか……ならば歌織、その旋律のままに歌って構わない。それは歌織の想いを受けてシンフォギアが奏でるものだ。そして、それこそがシンフォギアをノイズに対抗する唯一無二の存在たらしめている所以でもある」

 

「……それは、歌を唄いながらあの化生と闘う、ということか?」

 

「ああ、ギアを装着しているだけでも身体能力は増すが、その力を更に引き上げた上でノイズに触れて打ち倒す力を得るには、ギアが装者の想いを受けて奏でる“胸の歌”が必須だ」

 

「そういうものなのか……ならば致し方あるまいな。元より慣れぬことをしている今なら、いっそ更に慣れぬことも造作ないことだ」

 

 しかしこの旋律で唄うとはな、と歌織が零す。歌織のどのような想いが彼女の内で奏でられているのか、翼も興味を引かれることであった。

 もっとも、歌織が唄う必要に迫られる状況にしてはならないのだが。

 

「では、中の人達を任せる。互いにこのまま話ができるから、何かあれば言ってくれ」

 

「心得た。まあ、お主の立ち回りならばこちらに彼奴等を寄こすことも無いのであろうが」

 

「だが、もしもや真逆(まさか)の心積もりだけは備えておいてくれ」

 

「そうだな。すでにこの地は“戦場(いくさば)”であるのだからな」

 

 僅かに笑みを浮かべてすらいた歌織は、その言葉と共に己が浮ついた気持ちを胸の内に押し込めた。

 その頼もしい様につられ、翼も己が内に覇気が漲るのを感じる。

 

「では、本陣は任せた」

 

「ああ。ではノイズを相手取って“防人(さきもり)”が唄う歌、存分に聴かせて貰おう」

 

「聴かせるほどの物でもないのだが」

 

「何を(のたも)うか。我が国を代表する若き歌女の声を独占できる機会などそうは無い。存分に堪能させて貰うぞ」

 

 歌織は気楽さを醸し出す言葉を翼に放つと背中を向け、そのままショッピングモールの出入り口へと走ってゆく。

 その後ろ姿を暫し追ったが、翼も離れてゆく歌織に背中を向け、預け、ノイズへと向き直る。

 今は未だその群れとは、幹線道と田畑を挟んで多少なりとも間合いが在る。

 その一群に向かい駆け始めた翼は、人と車が逃げ惑う道路を大きく跳び越えながら通信越しに歌織へと話しかけた。

 

「ならば聴いてくれ。これが戦場(いくさば)で唄う、防人(さきもり)の歌だ」

 

      * * *

 

♪「振るうは初太刀(しょだち) 雷光を裂き 空を駆ける風の如く」

 

 歌織は両耳を覆う装具から流れる翼の歌に耳を澄ませる。

 

(此れは此れは……何と言い表せばよいか)

 

♪「続く弐の太刀 静寂に満ちる 林の如し」

 

(正に、翼の勇ましき想いが前面に出た曲調だな)

 

 市販のCDやライブDVDに収録されているものから歌織が知る翼の歌の(おもむき)は、いま彼女が唄う歌とははっきりと別の物であると感じる。

 なるほど、これが“歌女”ではなく“防人”の翼か。歌織の内で合点がいく。

 確かにこれは聴く者の感情に訴える想いをのせた歌ではなく、立ちはだかるものに向かう己自身を鼓舞するための鬨の声とでもいえるだろうか。

 

戦唄(いくさうた)、とでも呼ぶのが妥当か)

 

♪「魑魅魍魎に途惑うは 己が心の翳りなり」

 

 歌織は翼の歌を心地よく感じながら、ショッピングモールの出入り口を抜け中に入る。入れ違いに数名が外へと駆け出していった。

 

「車は出入り口が塞がっていますッ! 自分の足で走って、城山の街の方へと向かってくださいッ! 慌てず、落ち着いてっ!」

 

 歌織は冷静に、必要なことだけを叫ぶ。歌織の言葉に、停めている車へと向かっていたのだろうと思われる男性が歌織の方を一瞬振り返り、翻ってそれまでとは逆の市街の方へと向きを変えた。

 

♪「我がやらずて何とする」

 

(中に居た人はまだ恐慌には至っていないな。おそらくは、ノイズそのものを見ていないからか)

 

「まだノイズとは距離がありますッ! 急げば安全ですッ! お子さん連れの方は出来れば抱えてあげてッ! 店員や警備の誘導に従って落ち着いて避難してくださいッ!」

 

♪「目覚めよ…(きよ)き魔を断つ波動」

 

 歌織は良く通る腹からの声を張り上げる。

 (つね)の歌織を知る者なら、その叫びに驚くかもしれない。それはこの声の大きさではなく、歌織の言葉遣いに。

 大学の学友らなど最近に親しくなった者から「時代劇みたい」やら「もう『歌織語』って感じ」などと揶揄される普段の語彙が一般的ではないことを、歌織自身も自覚は持っている。

 学友らもそれを皮肉や嫌味ではなく、物珍しさや個性として受け止めた上での親しみを込めた言い回しだと歌織も受け止めていた。

 しかしこの場でその“普段通り”を赤の他人に向けても意味はない。

 いま歌織が伝えるべきことが通じなければ、その言葉は用をなさない。

 

(あの二人が聞いたら「なんだ、普通に話せるんじゃん」などと言われてしまうだろうな)

 

 ふと(よぎ)った、通う大学で一際親しくしている学友たちのことをいまは頭の隅へと追いやり、歌織は出入り口正面のエスカレーターへと向かおうとする。

 無理か。今にも転げ落ちてしまう勢いで何人もが、上りのエスカレーターですら引っ切り無しに駆け下りてくる状況だった。

 では階段か、いやそちらも似たようなものか。ともかくはここからの退避に時間のかかる最上階へ向かいたいのだが。

 

♪「幾千、幾万、幾億の御魂(みたま) すべて束ね纏め 振り翳す」

 

(なら“跳んで”向かうか。幸い、ここは広いし足掛かりにも事欠かぬ)

 

 そうと決め、歌織は跳躍する。踏みつけた床の心配はいまは明後日へと放る。

 この『シンフォギア(装具)』を何度か装着して“その際に身体がどの程度まで動かせるのか”はすでに試していた。八割方と翼に告げた想いが叶うのなら、この力を十全に揮えなければ相手にならないことは自明の理であるからだ。

 

(こうしてその度に思うが、大した力だ)

 

 ワンフロア上の転落防止柵を足場として、間髪入れずに更なる上の階を臨む。吹き抜け構造のエントランスホール、今度はその反対側のやはり転落防止柵へと向けて跳ぶ。

 常人では到底不可能な高さへの連続跳躍が、歌織の身体を更なる上階へと押し上げた。更にもう一度、真向かいに跳躍。

 今度は転落防止柵に足を着くと手摺に手を掛けそれを跳び越え、フロアの床に足を着ける。最上階である4階へ、かかったのはわずかに数瞬。

 

♪「我が身研ぎ澄ます 裂破(れっぱ)の刀身は 闇に(ひらめ)(はがね)

 

(力を求め魅せられてしまうとは我ながら俗物だな……故に、家から距離を置いているわけだが)

 

 武芸の道を極めることと世俗より離れることに繋がりはないと思い、封鎖的な考えに囚われた地原の家を自ら離れた歌織を、まさか祖父母が後見するとは思いもよらないことだった。

 おかげでいま、歌織は家を継ぐことなく大学へ進学し、遡ればそれ以前に本家筋風鳴の弦十郎氏に師事することも厭われなかった。

 思えば、何かしら考えるところがあって孫娘にそうした生き方を摸索させてくれる機会を与えてくれたのだろう。

 

(さて、確か此処は女性向け衣服と装飾品の店が揃えられた階だったか)

 

 友人と呼んで差し支えない程度に付き合いのある二人の学友に、半ば引きずられるように連れてこられた記憶がある。

 あの時は二人に各店舗を連れ回され、自分たちのことはさて置いて散々に歌織の服をそれぞれに見立てた挙句に何一つ購入に至らなかったという一日だった。

 ああいったことが年相応の日常なのだろうな、と歌織は思う。地原の家に居てはそれは、味わうことなど到底考えられぬ経験だろう。

 

♪「春日なる山に出でし月の弧は 二十六夜(にじゅうろくや)の弓の輝き」

 

 装具から流れ続ける翼の歌声に歌織の耳は幸福を得る。翼や奏との出会いも、そうした経緯が無ければ得られなかったことの一つだ。

 だからこそ、いまの自分がここに在る。故に、いまの自分が思うまま振る舞うことに歌織には何の躊躇いもない。

 

(この警報に気付かぬとも思えんが、念を入れておく必要はあるか……声に気付いてくれれば)

 

「どなたか残っていますかッ!? ノイズ発生の警報ですッ! すぐに避難をしてくださいッ!」

 

 歌織はフロアの床をカッ、カッと駆けながら声を張り上げる。そうする中でも左右に並ぶ店舗の奥を軒先から覗くことも忘れない。

 誰もいなければそれに越したことはない。この建物の中が無人であれば、翼も後顧に憂いなく存分に彼女の持つ力を揮えることだろう。

 

♪「いざ、尋常に…我が(やいば)の露と」

 

 歌織には翼の手助けとなれている我が身が誇らしくも思えた。満ち足りておらぬと今まで焦れるばかりであった己が内の充足すら感じる。

 

♪「散り果てよ」

 

 それにしても、と歌織は思う。

 

(思わず聴き惚れるな。良い歌ではないか、防人(さきもり)の歌も)

 

      * * *

 

 翼の耳にも歌織の声が聞こえていた。余程のことでもなければ声を荒げることなどない歌織が、今は有らん限りに張り上げている。

 

(頼もしいな。勝手知ったる間柄とはいえ、巻き込むことを是とは思わぬが)

 

 たとえ一時的とはいえ『シンフォギア』の“装者”となった歌織だが、だからとてその者が戦場(いくさば)に立たねばならぬという道理はない。

 翼は、だがしかしと思う。歌織であれば矢が飛び交い、剣が交わる場も理解の内だろう。肉体精神ともに鍛練を怠らない歌織にならば銃後の守りを任せられる。

 とはいえ、立花や雪音と同じように扱うわけにはいかない。

 

(歌織はあくまで“協力者”だ。この場は私だけで押し止めなければなるまい)

 

 翼は大きく跳躍し、自らの周囲に覇気を込めてギアのエネルギーを数十の“剣”と練り上げ、豪雨と降らす。

 

○――――――――――○

|   千ノ落涙   |

○――――――――――○

 

 降り注ぐ剣の雨に貫かれたノイズが次々に炭へと換える。

 翼は跳躍からの落下の勢いのままに、中型程度に分類されるノイズを一刀のもとに分かつ。そのノイズもまた炭の塊へと変わり、微風に吹かれて散っていった。

 

(しかし、やけに数が多い……遠見に感じた以上に大軍のようだ)

 

 次から次へとノイズを斬り伏せていく翼だったが、思ったほどにはその群れを押し返せずにいた。

 迫るノイズを二体、一振りで上下に両断したところで、翼は初撃から数え三度目となる“落涙”を降らせるためにわずかに後方へと退くように大きく跳ぶ。

 

(――ッ! ノイズの発生がまだ収まっていない!? それどころか、湧き上がる場所が近付いているッ!)

 

 宙を舞いながら地上を捉え、そこで翼は気付く。地原家の近傍より確認した時には多少離れた山麓から発生していたノイズが、今では平地に広がる田畑の只中より溢れ出でていた。

 

(発生場所が移動したのか? いや、この量から察するに発生場所が立て続けに生まれたとみるべきか?)

 

 三度(みたび)“剣”の“落涙”を放ちながら、翼は状況を整理する。これまでの経験に照らし合わせて、一度に発生する大凡(おおよそ)の量とすでに打ち倒した分を加えた眼下に現れているノイズの量を比べ数える。

 

(そうなるとこの量、すでに三度……いや、それ以上か? 発生した勘定になるぞ!?)

 

 聖遺物『ソロモンの杖』で人為的に操りでもしなければ、“バビロニアの宝物庫”より稀にまろび出でる程度の『天災』として存在するのがノイズ。

 しかし正直なところその発生に関する仕組みや周期などは、翼どころか二課も含めた専門研究者でも解明されていないのが現状だ。

 プレートテクトニクスとマグマの活動、火山性地震から噴火と至るような仕組みが『自然災害』としてのノイズにも当てはまるのかもしれない。

 

(“群発性ノイズ”というわけか……その辺りは櫻井女史――いや、“フィーネ”なら詳しかったかもしれないな)

 

 二月ほど前、翼の眼前で塵と果てた女性にわずかばかり思いを馳せた後、着地した翼は思考の中で選択的に通信回線を繋げる。

 

《 こちら、翼です。応答願います 》

 

《 友里です。どうしましたか? 》

 

 翼の繋いだ通信先の二課で、オペレーターの友里あおいが応答した。

 

《 状況に異常を確認。ノイズが立て続けに発生しているようです。今はまだ抑えきれますが、この後も続くとなれば厳しくなります 》

 

 翼はその言葉の最中にも剣を揮い、一閃二閃とノイズを斬り払う。

 

《 了解しました。先ほど緒方さんが立花さんと雪音さんを収容、そちらへ向かっています 》

 

《 翼、しんどいだろうが(こら)えてくれ。だが、無茶はしてくれるなよ 》

 

 友里の報告の後に続いたのは、二課司令である風鳴弦十郎の言葉だった。

 

《 ええ、堪えてみせます。……幸いにして、こちらには頼もしい協力者がいますし 》

 

《 協力者……だと? 》

 

(流石にいまは仔細を話せないな)

 

《 詳しくは後ほど。一旦切ります 》

 

 ノイズを一体、袈裟切りにしながら翼は通信を切った。

 

(とは言ったものの……この物量にはいずれ押し切られかね――あれは!)

 

 様々な容姿のノイズの群れから、羽ばたくように翼を広げて飛び立つ数体が翼の目に留まる。

 

(なり)は小さいが飛行型か!)

 

 咄嗟に構え直し、握る剣を巨大な一振りへと変化させて気を込めて振り上げる。

 

○――――――――――○

|   蒼ノ一閃   |

○――――――――――○

 

 剣から放たれた蒼き光刃が、飛び立ったばかりの飛行型ノイズを二体続けて斬り貫いた。

 

(まだあちらに向かわせるわけにはいかない)

 

 ギアから聞こえる歌織の声から、まだショッピングモール内の避難完了が確認された様子はない。 そうでなくても、自分を越えた後方へ向かわせるつもりはない。

 両手で構える巨大な太刀を中央で裂くように分けて二刀の構えを取った翼は、光刃から逃れたノイズに向けて跳び上がり一太刀浴びせ、更に別の飛行型をもう一方の剣で斬って捨てる。

 

(こういう状況では『イチイバル』の手数の多さが羨ましく思えるな)

 

 翼は上昇を経たその高みから戦場(いくさば)を見渡し、四度目となる“落涙”を降り注がせる。

 しかし、溢れ広がったノイズの群れを一掃する、とはいかなかった。だが確実にその数を削ってゆく。

 

(繰り返していけばどうにか押し止めることは可能か? ……ん――あれはまさか!?)

 

 そのとき翼の目が捉えた光景、それは自分の真横、そこすら越えた後方に新たに出現し始めたノイズの一群だった。

 出現場所自体に突破される。翼はそこにまで思い至らなかった自身の浅慮に強く歯噛みする。

 いや、いまは悔やむ暇さえ惜しい。

 

「歌織、聞こえるかっ? 状況が悪化した! そちらはどうだ?」

 

「いま三階を見回り終えて残すは二階と一階だ。何があった?」

 

「ノイズが直接そちらで現れる恐れがある。その可能性を見落としていた! ……くっ!」

 

 地上のノイズがその一部を槍状に変化させて、翼目がけて飛来した。歌織との通話を続けながら、翼は二刀の柄を接いで振り回し向かってきた槍の連撃を弾き飛ばす。

 

「どうした翼っ!」

 

「こちらは案ずるな。それよりそちらを取り急ぎ頼む!」

 

「了解だ。急ぐ」

 

 翼の耳に歌織が屋内へ響かせる声が再びきこえる。

 出来ることなら歌織の許へと赴きたい、という気持ちに駆られるが翼がここを離れればノイズの波は幹線道を乗り越えショッピングモールすら飲み込むだろう。

 幹線道にもまだノイズを見て逃げ惑う人の姿が点在する。少しでもこの場所で押し返すより他はない。その上で、新たに出でるノイズへも牽制を向けなければならない。

 

(いつの間にか、背水を背負う羽目に陥るとはな。一人であれば身動き取れぬところだった)

 

 共に誰かが居てくれると思えるだけでも心強い。それが見知る者なら尚更、その技量を互いに認め合う仲の相手であれば更に。

 翼にとっては、この最前線を凌ぐことに集中させてくれる歌織の存在が実に有り難いものだった。

 

(全力でもってこの防人(さきもり)の剣、ノイズを防ぐ盾となろう!)

 

 先ずは“落涙”を一束、新たにノイズの湧き上がった場所へと一降らせし、続いては接いだ二刀に炎を宿らせ振り回し、踵のスラスターを噴かせ推進力にし戦場(いくさば)へ縫い付けんとばかりにノイズの合間を疾駆する。

 

○――――――――――○

|   風輪火斬   |

○――――――――――○

 

 翼は目に留まるノイズの全てに先制の一太刀を浴びせては、翼の挙動を追って攻撃を繰り出そうとするノイズにその暇を与えずに駆け回る。

 我がやらずに誰がやる。その想いのままに戦場(いくさば)を駆け、制し続ける。

 ノイズの数如きで止まるほど、風鳴翼は(やわ)ではない。

 

「不味いぞ、翼。お主の懸念が的中だ」

 

 前置き無く放たれた歌織の声が翼の耳に響く。その声音は(さなが)ら苦虫を噛み潰したようにも聞き取れた。

 

「ノイズが湧き出てきた。二階より上は無人を確認したが、一階にまだ誰かいるようだ。叫び声が上がった。いまその方へ向かっている」

 

「歌織――」

 

「已むを得まい。この装具、頼る必要に迫られたようだ」

 

 歌織の言葉には腰を据えた覚悟の重みが備わっていた。

 

 

 

#4   fin.

 




オリジナル設定解説

『騎馬ノ跳躍』

 風鳴翼がシンフォギア『天羽々斬』を用いて繰り出した技。
 アームドギアの一部である足首のブレードを翼のように左右水平に広げ、踵のスラスターを噴射し推進力を上げて空中を滑空する。
 翼が持つ知識の限りで(ブレードの形状を変え揚力を得やすくする、などの)飛行状態を維持しやすく工夫は施したが、それでも安定させるのが精一杯という状態であった。
 路面の形状を利用するなどしなければ自力での離陸も困難であったので再現性にも乏しいと思われるが、以降翼はこの機動を活かせないかと研鑚することになる



著者あとがき

 描写と文体に今までとは少々の異なるものを試してみましたが、いかがでしょうか。
 そのせいで文章が長くなっていること(普段の八割増しほど?)には気付いていませんでした。
 冗長、とはなっていないと思いますが、どのように受け止められるかは多少心配です。

 おかげで当初予定の区切りとはなりませんでしたが、引きのシーンとしては十分でしょうか。
 次回、歌織さんの初実戦や如何に。
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