実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい   作:ピクト人
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 とても光栄なことに、最近頓に評価や感想が増えてきました。このような思いつきとノリで始まった拙作を応援していただき、本当にありがとうございます。
 しかしその一方で、最初の頃は苦ではなかった感想返しに時間を多く取られるようになってきました。返信は義務ではないとはいえ、せっかく送っていただいた感想に何も反応を返さないのは失礼なのでは……と思っていたところ、とある方に「無理しなくてええんやで」と言っていただきました。なのでそのお言葉に甘えまして、これからは本編執筆を優先して感想返しはぼちぼちやっていくという形にさせていただきます。
 しかしいただいた感想は一つ残らず拝見させていただいておりますので、今まで通り遠慮なく感想・ご意見等をよろしくお願い致します。

 前書きにて長々と失礼致しました。それでは本編をお楽しみ下さい。



緋の復讐者と蜘蛛の末路の第九話

 

「フィンクス、ボノレノフ。マチとシズクを守れ。ノブナガとフェイタンはオレと共に奴らの相手だ、手伝え」

 

 クロロが現れたことで明らかに雰囲気が変わった。這い寄る絶望に支配されつつあったノブナガ、フェイタン、マチ、シズクの四人は途端に気力を取り戻し、団長の指示に即応し陣形を変える。内心で暴れ狂う激情に無理矢理蓋をしたノブナガとフェイタンはそれぞれ刀を手に前に出る。対してマチとシズクは二人の邪魔にならないように一歩下がった。

 

「させないわ!」

 

「逃がすか!」

 

 逃走の気配を感じ取ったカオルとクラピカが動く。カオルは具足の棘を突き出して突進を敢行し、クラピカは中指の鎖を伸ばして追撃を掛けた。

 

「おっと、そうはさせねぇぜ」

 

 その間に飛び込んだジャージ姿の男、フィンクスが拳を構える。グルグルと腕を五回転させた彼の拳には既に莫大なオーラが宿っていた。

 

「"廻天(リッパー・サイクロトロン)"!」

 

 腕を回す毎にオーラと破壊力が増すフィンクスの"発"が大地を抉る。その衝撃波は接近するカオルを退け、クラピカの鎖の軌道を反らすことに成功した。

 そしてその隙に包帯で全身を覆い隠した男、ボノレノフがマチとシズクのカバーに入る。生粋の戦闘員ではない二人は、替えの利かない特殊技能を有した"蜘蛛"に欠かせぬ人材。何があっても守り切る必要があったのだ。

 

「ちっ……」

 

 フランクリンの次に優先度が高かった標的と引き離されたカオルは舌打ちを零す。遅滞なきその連携は流石、自分たちを"蜘蛛"と称するだけあって一つの生物のように有機的且つ迅速に行われた。そこに介入するだけの連携は自分たちにはない。

 

「さて」

 

 ざっ、と岩から飛び降りたクロロが砂を踏み締める。足場の状態を確認するように何度か足踏みしたクロロは口元に涼やかな笑みを浮かべてカオルを見据えた。

 

「ウボォーギンとフランクリン、シャルナークがいないな。誰がやった?」

 

「フランクリンとシャルナークは私が。ウボォーギンは彼がやったわ」

 

「シャルナークはともかく、生粋の戦闘員であるフランクリンをやったか。流石だ」

 

「殆ど不意打ちだったけどね」

 

 なるほど、と頷くクロロに動揺した様子は見られない。

 仲間をやられたにしては反応が薄い。訝しむカオルを余所にクラピカが前に出た。

 

「お前がクロロ=ルシルフルか」

 

「如何にも、クルタ族の生き残りよ。まさかウボォーギンを無傷で倒すほどの実力者とはな」

 

「……私については既に説明するまでもないようだな。ならば問おう、同胞の瞳……緋の目をどこへやった?」

 

「さて、知らんな」

 

 貴様……と気色ばむクラピカを手で制し、クロロは緋の目の在り処について語った。

 クロロは欲しいと思ったものはどんな手段を用いてでも手に入れるが、一方で所有欲というものに乏しい。そんな彼は手に入れた品を満足いくまで愛でると適当な相手に売りつけてしまうのだ。

 その相手は闇商人や金持ちの好事家、流星街の住人など多岐に渡る。そして緋の目はとある闇のブローカーに売りつけ、そこから世界中に散逸したであろうとクロロは締め括った。

 

「随分素直に話すのね」

 

「特に隠す意味もないからな」

 

 確かに隠す必要などないだろう。緋の目はもうクロロの興味の対象ではなく、しかも売り捌かれてから随分と時が経った。もはやそのブローカーを捕まえ問い詰めたとしても現在の在り処は殆ど分からないに違いない。

 結局のところ進展なし。ギリリと忌々し気に奥歯を噛み締めたクラピカはジャラリと鎖を蠢かせる。

 

「ならば今この場で私がすべきことはただ一つ……貴様を殺すことだけだ。その死を以て同胞への手向けとしよう」

 

「フッ、威勢のいいことだ。だがその前に、一つ提案がある」

 

 スッとクロロは手を差し伸べる。その視線はカオルとクラピカ、両方に向けられていた。

 

 

「オレたちと共に来る気はないか、カオル=フジワラ。そしてクルタ族の生き残りよ」

 

 

 何っ?とカオルとクラピカ、そして旅団メンバーの間からも驚愕の声が上がる。驚くべきことに、クロロはこの状況にあって敵対する二人をも仲間にしようとしていたのだ。

 

「おいおいおい、冗談だろう団長!?こいつらはオレたちの仲間を三人も殺ったんだぞ!?」

 

「だからこそ、だ。忘れたかノブナガ、オレたち"蜘蛛"は何よりも力を貴ぶ……その点、この二人は申し分ない」

 

 どの道欠員の補充はしなければならないしな、とクロロはいきり立つノブナガを宥める。そう、"蜘蛛"はそうやって続いてきた。欠員が出れば新たな戦力を補充し、そして空席がない状態で入団を希望する者が現れれば、新参は力尽くで席を奪い取ることになる。ヒソカなどは後者の方法で入団した経緯を持っていた。

 "蜘蛛"の手足は既にして血に塗れている。その上でクロロはこの二人がいいと考えていた。既に条件は満たしている。後は本人に入団の意志があるか否か、それにのみ委ねられるのだ。

 

「───ふざけるなよ……」

 

 それは地獄の底から響く亡者の怨嗟を想起させる、昏い憎悪に満ちた声。クラピカは嘗てないほど緋色の瞳を赤く染め、怒りのあまり総身を痙攣させながら眼光鋭く怨敵を睨み据えた。

 

「私は覚えているぞ……忘れるものか、あの血塗られた光景を。惨たらしく殺された同胞たちの、正視に耐えぬ末期の姿を……!

 あれほどの悪逆を為しておきながら、剰え仲間になれだと!?愚弄するにも程があるッ!」

 

 クルタ族の緋の目は、怒りや悲しみの感情によって達する緋色が最も深く鮮やかであるとされる。その特性が故、クルタ族は集落を襲った幻影旅団から凄惨な拷問を受け虐殺されたのだ。

 クラピカの脳裏を過るのは、無残を極めた忌まわしき情景だ。家族は向かい合わせに座らされ、体中を刃物で滅多刺しにされた上で最後には首を刎ねられ殺されていた。そして子供ほど傷が多いという事実に絶大な悪意を感じずにはいられない。眼球を繰り抜かれたことで空洞となった眼窩から流れる血の涙が、同胞の無念を痛いほどに伝えてきていた。

 そのとき同胞が抱いたであろう怒りを、悲しみを、無念を───クラピカは生涯忘れないだろう。

 

 限界まで振り切れた怒りにどす黒いオーラが噴出する。オーラに込められた嚇怒の念は黒き颶風となって吹き荒れ、その威圧はクロロを除く全団員の心胆をも寒からしめた。

 

「ふむ、振られてしまったか」

 

 当たり前だろう、という団員からのじとりとした視線を無視し、今度はカオルに目を向ける。

 

「お前はどうだ、カオル。特にお前はオレたちと同じ流星街の出身だ、悪くない提案だと思うが?」

 

「……そうね」

 

 確かに、カオルと幻影旅団とでは共通点が多々ある。流星街出身というのもそうだが、他者を食い物にして生きているという点で両者は同じ「悪」であると言えた。

 カオルは死にたくないという利己的な生存欲求のために。そして"蜘蛛"は満たされぬあらゆる欲求を満たすために、多くの命を啜って生きてきた。あるいは出会った時期が違えば、カオルが旅団の一員として生きる未来もあったのかもしれない。

 

 だが……所詮それはあり得たかもしれない可能性(もしも)の話。今この場において、カオルが出す答えは決まっていた。

 

「答えはNOよ、クロロ。事ここに至って、もはや和解の道はあり得ない。私は私のためにアナタたちを殺し、アナタたちはアナタたちのために私を殺す」

 

「なるほど……お前にも欲するものがあるか。ならば仕方ない」

 

 そう、これは形の違う(エゴ)(エゴ)のぶつかり合い。そこに共存の道は存在しない。それを理解したクロロは名残惜しそうにしながらも引き下がった。彼も盗賊として、欲しいもののために譲れない気持ちはよく分かっていたからだ。

 

「ならば仕方ない……仕方ないから、よし。殺すとしようか」

 

 どこか飄々としていた様子だったクロロの纏う雰囲気が変わる。奈落の底のように黒々とした瞳に凄絶な光を宿し、"蜘蛛"を統べる団長の名に恥じぬ威風と共にオーラを総身から迸らせた。

 

「決断が遅いぜ、団長」

 

「……まあ、ある意味いつものことね」

 

 欲しいと決めた獲物を前に舌なめずりするのは盗賊の常だ。やれやれと首を振ったノブナガとフェイタンが刀を手にオーラを立ち昇らせた。

 

「あちらもいよいよ本気のようね。クラピカ、気持ちは分かるけど落ち着きなさい。そう気を昂らせ続けていると無駄にオーラを消耗するわよ」

 

「ああ、分かっている……分かっているさ」

 

 キン、キン、と踵の刃を打ち鳴らしつつカオルは好戦的な笑みを浮かべる。クラピカは受けた忠告を聞いているのかいないのか、些かも衰えることのない殺意を全身から滲ませつつ鎖を手繰り寄せた。

 

「さあ……始めようか」

 

 そして───クロロが具現化させた本を手に取ったのを合図に、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 最初に仕掛けたのはカオルだ。彼女の剣のように鋭い足は柔らかい砂の上では上手く動けない。故に足元に水流を発生させ、その上を滑るようにして突撃を掛けた。

 

「ノブナガ」

 

「応」

 

 それを迎え撃つのは、鞘に収めた刀を腰だめに構えたノブナガだ。彼はクロロの呼びかけに短く応じると、目を閉じ"円"を展開した。

 

 "円"───"纏"と"練"の応用であり、 通常時は肉体の周囲にあるオーラを円状に広げる技だ。 この"円"は一種のレーダーの役割を果たし、その圏内全てが触覚として機能する。これをより広範囲で使える者は疑う余地なく実力者であると判断できるが、一方で得手不得手が顕著な技術でもあるので、"円"が小さいからとて一概に未熟と断ずることはできない。

 

 そしてノブナガが展開した"円"の範囲は半径約四メートル。これは極端に広くもないし狭くもない、至って平均的な大きさのものであると言えよう。

 しかしノブナガの"円"は他の能力者のものとは一味違う。この四メートルという限られた範囲の中において、ノブナガの感覚は絶対のものとして機能する。相手の呼吸、心拍、血流の音から筋肉の伸縮する気配まで、およそあらゆるものがこの"円"の中では詳らかとなるのだ。

 故に視覚など不要。この"円"の内にありて、敵の挙動は全て筒抜け。限定的な未来視にも匹敵する先読みを可能とするこの技こそが、ノブナガが「タイマン勝負専門」と称される所以である。

 

「動いたら斬るぜ」

 

「動かないと斬れないでしょう?」

 

 そんな軽口と共に両者の間合いが交わる。カオルが振り上げた踵を勢いよく振り下ろし、カッと目を見開いたノブナガが煌めく白刃を鞘走らせた。

 ギイィンッ!と硬質な音が響き渡る。盛大に火花を散らし、踵と刀が切り結ばれた。そのまま斬り合いに移行し、両者は高速で刃を閃かせる。

 

 それはまるで、一種の舞のようであった。踊るように振るわれる鋼の脚が白銀の軌跡を虚空に描き、白刃が負けじとそれを猛追する。予定調和の如く二つの銀が交わり、夜空に瞬く星々のように次々と火花を落としていく。

 

「ちぃっ!」

 

 ギンッ!と一際大きく刃同士をぶつかり合わせたカオルが飛び退る。もはや魔人の領域にある身体能力に物言わせて超高速の接近戦を仕掛けたものの、ノブナガの技量が想像以上で押し切れなかったのだ。

 パワー・スピードに関しては全てカオルが上を行っている。しかしその身体能力の劣勢を覆すに足るテクニックと反射神経がノブナガにはあり、当たりさえすれば一撃で相手を殺し得るカオルの攻撃を寄せ付けない。やりづらい、とカオルは内心で舌打ちする。

 

(クソ、やりづれぇ……)

 

 一方、ノブナガもカオルに対して全く同じ感想を抱いていた。一度"円"の内に相手を捉えれば無類の強さを発揮するノブナガであったが、ことカオルが相手ではその有利が上手く働かない。

 まるで変幻自在の流体のようだ、とノブナガは思った。血は流れているし、心音もする。呼吸も感じ取れるし、筋肉が伸縮する音も聞き取れる。しかし、それらをかき消すようにして内側から響く流水の音が邪魔をするのだ。不規則に流れる水音がそれら身体情報の取得を阻害するため、ノブナガは勘や持ち前の動体視力をも総動員してようやく動きに追いつくので精一杯だった。コイツ本当に人間か?とノブナガは内心で舌打ちする。

 一瞬でも集中力を切らせば負ける。そう確信したノブナガは忌々し気に歯を食いしばった。

 

 ノブナガが本調子を出せていない、と長年の付き合いから察したフェイタンが動く。クラピカを牽制することに注力していたフェイタンだったが、カオルの動きを見てその脅威を正確に理解した彼は悪手を承知でノブナガの助太刀に入った。

 あの鎖野郎よりこの女の方が厄介。残しておいて万が一ノブナガが倒れれば止められなくなるだろうと考えたフェイタンは仕込み刀を手に背後から斬りかかった。

 目の前にはノブナガ、背後にはフェイタン。二人に前後を挟まれたカオルは───

 

踵の名は魔剣ジゼル(The name of the heel is Magic Sword Giselle)!」

 

 踵の刃に充填した魔力を回転と共に解き放った。飛翔する蒼刃は真っ直ぐにノブナガとフェイタンに迫り、二人はそれを真っ向から迎え撃つ。ノブナガは"周"で覆っていた刀を更に"凝"で強化し蒼刃を切り裂いた。一方でフェイタンは───

 

「ッ、づぅ……」

 

 僅かに身体を傾けることで致命傷は免れたものの、"凝"や"硬"どころか"堅"による防御すらせず蒼刃を受けた。切り裂かれた左の肩口から鮮血が噴出する。

 

它会受伤(痛いだろうが)这个女人(このアマ)!」

 

「それはちょっと理不尽じゃないかしら?」

 

 明らかに態と攻撃を受けたにも拘らず烈火の如く怒るフェイタンに、カオルは呆れ顔だ。しかし原作知識でフェイタンの意図が分かっているカオルは、すぐさま対処のために動いた。足元に蟠る水流が荒ぶる。

 

「"許されざる者(ペインパッカー)"!」

 

 それは、自分が受けた痛みを糧に増強させたオーラを敵に放つフェイタンの"発"。激しい怒りと共に全方位へと放たれる灼熱の波動である。その発動を機敏に察知したノブナガが飛び退る。

 

「此れなるは五弦琵琶、全ての洛を飲み込む水の柱───宝具限定開放、ってところかしら?」

 

 そして、激流と共にカオルが疾走した。その鋼の脚は大海を統べる不死の魔物レヴィアタンの鱗であり、紅海を割ったモーセの杖と同根の存在であるリタンの蛇十字の杖でもある。海の象徴であるそれは弁財天の権能を後押しして発生させた水流を自在に操り、カオルは湖面を滑るようにしてフェイタンの周囲を旋回する。

 変化はすぐに現れた。フェイタンを中心に発生した熱波は立ち昇る水の渦に忽ち吸収されていき、それだけに留まらず開放したオーラすらも瞬く間に呑み込まれていったのだ。

 

 これはシャルナークを呑み込んだものと同じ現象だと理解したときにはもう遅い。水の柱に呑み込まれたフェイタンは生命エネルギーたるオーラを根こそぎ奪われ、力を全て失って大地に倒れ伏した。

 

「フェイタン!?」

 

 その非常識的な光景に目を見開くノブナガ。その目の前で、渦に乗って跳躍していたカオルが矢のように落下してきた。───倒れ伏すフェイタンの真上へと。

 ズン、と鋭い足先がフェイタンの身体に突き刺さる。そしてすぐさま青いスライムへと変じ、フェイタンは跡形もなく消滅してしまった。

 

「これで三人目……さあ、次は誰が私の経験値になってくれるのかしら?」

 

「……ッ、…………ッッ!!」

 

 もはや怒りのあまり声もなく身体を震えさせるノブナガに、残虐な笑みを満面に浮かべたカオルが襲い掛かる。絶望的な戦いが再び幕を上げた。

 

 

 

 一方、クラピカはクロロを相手に攻めあぐねていた。フェイタンがカオルの方に向かったは良いものの、クロロとマチ、シズクを中心に陣を組むフィンクスとボノレノフがクロロへ向かうことを許さない。

 

(先ほどからクロロは開いた本を手に佇むばかりで何もしようとはしてこない。一体何を企んでいる?)

 

 その場に佇みジッと戦況を観察し続けるクロロ。その表情からは何も読み取れず、ただ不気味さばかりが募っていく。予めカオルからクロロの"盗賊の極意(スキルハンター)"について聞いていたクラピカは、彼が何かしらの能力を発動しようとしていることは分かっていた。だがその能力が何なのか分からず、結果として迂闊に距離を詰められずにいたのだ。

 

(自分から向かってこないことからして、奴が発動しようとしているのは……恐らくカウンター系の能力、か?)

 

「どこを見てやがる?」

 

「テメエの相手はオレたちだ!」

 

 ぐるんと大きく腕を回したフィンクスと、包帯を取り去り鎧と槍で武装したボノレノフが飛び掛かる。

 だが、強化系を極限まで極めたウボォーギンすら手玉に取ったクラピカにとって、二人は強敵ではあるが難敵というほどの脅威ではない。中指の指輪から伸びる鎖を手繰り、勢いよく振り回すことで迫り来る攻撃を捌き切った。

 

 "束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)"───クラピカ自身の命を誓約とすることで対幻影旅団限定で尋常ならざる強度を獲得した、五つの"発"の一つである。先端に鋭い鉤爪状の楔を持つこれで捕らえた旅団員を、強制的に"絶"の状態にしてしまうという強力無比な能力を有している。

 

 フィンクスとボノレノフを吹き飛ばした鎖が空を切り裂いて真っ直ぐに飛翔する。狙いは勿論クロロだ。しかし、それは両脇に控えたマチとシズクの二人によって阻まれる。

 

「ぐぅっ……!」

 

「……ッ!」

 

 張り巡らされた念糸を強引に引き千切り、具現化された掃除機「デメちゃん」を弾き飛ばしてなお突き進む鎖。しかしその二人の妨害によって僅かに軌道が逸れ、惜しくもクロロの頬を浅く抉るだけの結果に終わった。

 

(くっ、もう少し接近できればまだ狙いやすいものを……!)

 

 しかし、フィンクスとボノレノフ、マチ、シズクの四人からなる堅牢な防御陣形がそれを許さない。そして何より、鎖が掠めてもなお不気味な静寂を保つクロロが安易な接近を躊躇わせる。「何をしてくるか分からない」という恐怖が、クラピカを最大限に警戒させているのだ。

 

(私の"束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)"然り、カオルの"総てを簒う妖婦の顎(マリス・ヴァンプ・セイレーン)"然り……一度でも食らえば致命的になる能力はまず真っ先に想定し、そして最大限に警戒するべきものだ。それ故に念による戦闘の原則は「敵の攻撃を受けない」こととなる。その点、クロロの"盗賊の極意(スキルハンター)"は凄まじく厄介だ)

 

 「どんな能力をどれだけ持っているか分からない」……翻って、それは「何をしてきてもおかしくない」ことを意味している。故に警戒は常に最大限を維持せざるを得ず、それが祟ってクラピカは大胆な行動を取れずにいた。

 

 それでも、対旅団員に特化したクラピカの戦闘力は圧倒的だ。元々凄まじいポテンシャルを秘めたクルタ族の身体能力に加え、「幻影旅団以外に使用すれば死ぬ」という傍から見れば馬鹿げた重さの誓約により跳ね上がった念の威力は、四人と比較してもなお隔絶している。更にそれを後押ししているのが、クルタ族特有の特殊体質「緋の目」が齎す"絶対時間(エンペラータイム)"である。

 緋の目発動時のみに使える特殊能力、"絶対時間(エンペラータイム)"。これの発動中に限りクラピカは具現化系から特質系へと変じ、且つ全ての系統の能力を100%引き出すことができるようになるのだ。

 

 具現化系でありながら、強化系並の怪力を発揮することができる……その恩恵は計り知れない。クラピカは旅団員を相手にしていることで飛躍的に威力が向上した中指の鎖を、生粋の強化系に劣らぬパワーで振り回した。

 

「オオッ!!」

 

 目まぐるしく移ろう戦局の中、何とか三回転させることができた腕を掲げ、フィンクスは"廻天(リッパー・サイクロトロン)"で鎖を迎え撃つ───が、明らかに力負けしている。鎖の軌道を逸らすことしか叶わず、フィンクスはもんどりうって吹き飛んだ。

 

(明らかに私の方が有利だ。この陣形が崩れるのも時間の問題だろうに……何故クロロは何もしない?一体何を企んでいるんだ!?)

 

「いい加減にしやがれ!」

 

 激昂したボノレノフが独特の動きと共に全身に空いた穴から音楽を奏でる。やがて立ち昇るオーラが頭上にて蟠り、球状を形成して滞空した。

 "戦闘演舞曲・木星(バト=レ・カンタービレ・ジュピター)"───木星を模した巨大なオーラの塊が、クラピカを押し潰さんと落下を開始した。

 

臓腑を灼くセイレーン(Seiren burning organs)!」

 

 だがその直後、矢のように飛来したカオルの鋼の脚が木星に突き刺さる。オーラの塊であるそれは忽ち吸収されて消滅していった。

 

「カオルか!」

 

「ごめんなさい、手間取ったわ」

 

 恐らく止めを刺す間も惜しんで駆けつけたのだろう。見れば先ほどまでカオルと戦っていたであろうノブナガは右腕を切り落とされ、身体を徐々に青に侵食されながら蹲っていた。

 クラピカにとっては目で追うのもやっとという超高速の戦闘を制したのは、この頼れる友人であったらしい。行ける、とクラピカは確信を強めた。クラピカ一人では四人の牙城を中々崩せなかったが、二人ならば───その先に佇むクロロに届き得るかもしれなかった。

 

「届く……いや、届かせてみせる!」

 

 気炎を吐いたクラピカは中指の鎖を投擲する。それはようやく体勢を立て直したフィンクスに巻き付き、強靭な戒めでその動きを完全に封じ込めた。

 

「グッ、しまった!」

 

「ようやく掛かったな……"奪う人差し指の鎖(スチールチェーン)"!」

 

 中指の鎖によって拘束されたフィンクスに向かって、今度は人差し指の鎖が突き刺さる。先端に注射器状の楔を持つそれ───"奪う人差し指の鎖(スチールチェーン)"の効果は、対象から継続的にオーラを吸い取り、同時に念能力……"発"を一つ奪うこと。そして奪った能力は"絶対時間(エンペラータイム)"発動中に限り使用可能となる"人差し指の絶対時間(ステルスドルフィン)"に装填することで、一度だけクラピカにも使用することができるのだ。

 そしてクラピカが獲得したのはフィンクスの"廻天(リッパー・サイクロトロン)"だ。クラピカはその場で右腕を大きく回転させ始め、その隙をフォローすべくすぐさまカオルが前に出た。

 

「さあ行くわよ!」

 

「ほざけ!」

 

 口元を好戦的に歪めたカオルが駆け、いきり立つボノレノフをすれ違いざまに切り裂いて蹴り飛ばす。木星に込めたオーラを全て吸収されたボノレノフは明らかに動きに精彩を欠いており、高速戦闘を得手とするカオルの連撃を避けられなかったのだ。

 そして易々とボノレノフを突破したカオルを阻むように、前に出たマチが念糸を展開する。人の皮膚程度なら容易く切断する細く強靭な念糸が蜘蛛の巣状に広がり、迫るカオルを包み込むようにして張り巡らされた。

 

 だが───

 

「な!?」

 

 カオルは構わず前進した。必然として念糸が身体に食い込んでいく。まず真っ先に接触した頭部を切り裂かんとし───しかし、ずるりと何事もなかったかのように念糸はカオルの身体を通り過ぎていった。

 

「残念。私の身体は完全流体、水の器なの。アナタの糸では細すぎて止めることはできないわ」

 

 カオルという実体のある人形(ひとがた)を形成している以上、完全に物理攻撃を無効化できるというわけでもないが……しかし、マチの念糸は一ミリもない極細の糸。その程度の面積では川の流れを堰き止めることができないように、カオルの行進を阻むこともまた不可能であった。

 

「さあ───ようやく届いたわよ、クロロ!」

 

 具現化系であるシズクは変化系のマチよりもなお脅威足り得ない。"発"であるデメちゃんがカオル相手に有効打を持たないことも既に判明している。健気にも身を挺してクロロを庇うシズクごと串刺しにせんと膝の棘を煌めかせ───

 

 

 

「───待たせたな。ようやく準備が完了したぞ」

 

 

 

 遂に、クロロが動いた。目を見開き、凄まじいまでの殺気を放出する。

 

「───ッ!」

 

 そのあまりに濃密な殺意とオーラを警戒したカオルは、迷うことなく攻撃を中断し飛び退った。

 何をしてくるか分からないクロロを警戒していたのはカオルも同じだ。それにこの殺気、確実にこちらを殺す気であるに違いないとカオルは判断した。殺す気であるということは、即ち殺せるという確信をクロロが抱いているということに他ならない故に。

 

(今まで散々見せてきた私たちの戦力を鑑みた上で、なお必殺を確信する……一体どんな能力を発動する気なの!?)

 

 何が来ても対処できるよう、カオルはオーラ・魔力を最大限にまで活性化させて構える。クラピカも回転によるオーラ充填を終えて身構えた。

 そして"盗賊の極意(スキルハンター)"を掲げたクロロが不敵に笑い、口を開いた。

 

「良し───逃げるぞ、お前たち」

 

 ────────…………

 

「は───ハァ!?」

 

 その言葉を理解するのに幾ばくかの間を要したカオルは、目を剥いて驚愕した。

 

 あれほど堅牢な防御陣形を敷いてまで耐え忍び。

 ひたすら不気味な沈黙を保ってこちらを警戒させながら。

 剰えあれほどの殺気を放っておいて───逃げる?

 

「あ……アナタ最初からそのつもりで!?」

 

「その通りだ」

 

 しれっと答えるクロロ。そう、最初からクロロに戦うつもりなどこれっぽっちもなく、徹頭徹尾"蜘蛛"を存続させることにのみ注力していたのだ。

 カオルとクラピカを一目見て"蜘蛛"を全滅させ得る脅威だとその慧眼で看破したクロロは、まず旅団に欠かせぬ替えの利かない人材であるマチとシズクの回収を最優先目標に設定した。そのためには、周囲一帯を包囲する海魔の群れを無視できる移動能力を隠し持っているクロロの存在もまた不可欠。

 故に、この場でなすべきはクロロとマチ、シズクの生存。他の団員はクロロの移動能力発動までの時間稼ぎに徹していたのだ───偏に、"蜘蛛"を存続させるために。

 

 "蜘蛛"は足の一本でも残っていれば復活する。そのためには戦闘しかできない者(替えの利く人材)は自らを犠牲にすることすら厭わない。

 それが"蜘蛛"。それが幻影旅団。ノブナガも、フェイタンも、フィンクスも、ボノレノフも───"蜘蛛"のため、そして自らが団長と慕う男のためならば、自分たちの命すら失っても構わない。そう確信していたのだ。

 

「狂っている……」

 

「狂っているさ。それがオレたちだからな」

 

 戦慄するクラピカに素っ気なく返すと、クロロは能力を発動させる。その名は、"白鳥のように飛び立て(醜いアヒルの子)"。かつてとある詩人から簒奪した、クロロが持つ唯一の長距離を瞬間的に移動できる念能力である。

 その詩人が自覚なき念能力者だった故か、発動の条件はおいそれと戦闘中に使用できるほど簡単なものではない。まず、使用者は「周囲全てを己の敵対者に囲まれている」必要がある。これは海魔の群れに囲まれていたことで期せずとも満たしていた。

 そして「能力発動から10分間、その場から動いてはならない」という致命的な制約があるのだ。団員たちは、その10分間を確保するために己の命を賭していたのである。

 

「逃がすかァッ!!」

 

 その逃走を阻止すべくクラピカが駆ける。奪った"廻天(リッパー・サイクロトロン)"を発動させ、莫大なオーラを充填させた右腕を振りかぶる。

 

「させねぇよ……!」

 

 だが、それは立ち塞がったフィンクスによって阻まれる。能力を奪われたことでオーラを練れなくなったフィンクスは、当然ながらその一撃に耐えられず即死する。

 しかし、クラピカの妨害という最大の目的は果たせた。愕然とするクラピカを尻目に、今度はカオルが距離を詰めようとする。

 

「ぉおああっ!」

 

 カオルの前に立ち塞がったのはボノレノフだ。全身から血を撒き散らしながらも、気力のみで立ち上がり掴みかからんとする。

 

「邪魔よ!」

 

 しかし、それは一秒とてカオルの足を止めさせることはできなかった。ボノレノフは踵の刃で胴を真っ二つに切り裂かれ、その死骸を掻き分け疾走を続けるカオルを霞む視界で見送った。

 

 だが───

 

「おい、待てよ……オレはまだ死んじゃいねぇぜ……!」

 

 ガバッと何者かがカオルに背後から覆い被さる。それはメルトウイルスにより半ばまで身体を溶かされたノブナガだった。

 

「な、アナタ……!?」

 

「行けェ、団長!アンタさえ生きていてくれりゃあ、オレたちは……"蜘蛛"は永遠だ!生きてくれ!どうか……生きて……くれ……ッ!」

 

 右腕を中心に侵食されつつあるノブナガの右半身は、その殆どがスライムと化している。もはや生きていることさえ信じられないような状態だ。

 しかし……残された左目に宿る凄絶な光には、一切の陰りも絶望も見られない。それは覚悟の光だ。己の全てを懸けて信じたものに殉じようとする、鮮烈なまでの覚悟の念の発露。その金剛石の如き強靭な意志は、もはや死者の念など超越したオーラをノブナガに齎し、壊れかけの身体を動かしていたのだ。

 

 何という覚悟。何という意志の力。振り解こうと思えば簡単にできるはずなのに、その底知れぬ意志に気圧されたカオルは思わず足を止めてしまう。

 

「ああ、任せろ。お前の献身を、オレは生涯忘れはしない。オレたちは……"蜘蛛"は永遠だ、ノブナガ」

 

 クロロは祈るように数瞬瞑目すると、カッと目を見開いて"盗賊の極意(スキルハンター)"を掲げた。

 

「……私たちを殺すって言っていたのに。嘘つきね、アナタ」

 

「嘘つきだとも。何せ盗賊だからな」

 

 いや、強ち嘘とも言い切れないだろう。何故なら"蜘蛛"は受けた屈辱は忘れない。いつか失った手足を取り戻して蘇った"蜘蛛"は、必ずや復讐を果たしに現れるに違いないのだから。

 

 ───"白鳥のように飛び立て(醜いアヒルの子)"……この池は、お前たちの住む場所ではない───

 

 そう告げて、涙を流すマチとシズクを伴ってクロロは消え去った。

 

「……」

 

 ドサリ、と覆い被さっていたノブナガが力を失って頽れる。きっと最後の力を振り絞っていたのだろう、既に彼は完全に絶命していた。

 徐々に形を崩していくノブナガから目を逸らし、カオルは俯くクラピカに歩み寄った。

 

「……ごめんなさいね。結局、クロロは逃がしてしまったわ」

 

「いや……良いんだ。あんな行動、誰にも予想できないさ」

 

 緋色から鳶色に戻った瞳を虚ろに彷徨わせ、クラピカは死体となったフィンクスに視線を向けた。

 

「……笑っていたんだ、アイツ。奪われた自分の能力で殺されようとしていたのに、心底安心したように……笑っていたんだ」

 

「……」

 

「狂っている……でも、確かにそれは仲間を想う気持ちの表れで……それは私にも理解できてしまうものだった」

 

 クラピカは、自分が手ずから殺した旅団員の最期の顔を思い浮かべる。ウボォーギンは笑っていた。フィンクスも笑っていた。いずれも仲間を信じて、仲間を想って笑っていたのだ。

 

 そんなもの───まるで、普通の人間のようではないか。

 幻影旅団は、"蜘蛛"は───血も涙もない大量殺戮者、狂人の集団ではなかったのか?

 

 団長は逃したものの、確かにこの手で団員を殺した。仲間も一緒に殺してくれた。多くの団員を殺して、確かに一族の仇を討てたはずなのに───クラピカの心は、一向に晴れる様子はなかった。

 

「カオル……復讐とは、虚しいものなのだな」

 

 長かった夜が明け、砂漠に朝日が差し込む。

 クラピカの頬を伝った一筋の雫が、朝日を反射して煌めいていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ───そして。クロロ=ルシルフルは、この日最後の戦いに臨もうとしていた。

 

 

「やあ♥待っていたよ♠」

 

 仮のアジトである廃墟に戻ったクロロたちを待ち受けていたのは、待機を命じていたパクノダとコルトピの変わり果てた姿。

 

 ───そして、「用事がある」と言って去っていったはずの道化師の姿だった。

 

 青褪めた顔で愕然と佇むマチとシズクに見せつけるように、道化師はヒラヒラと一枚の布を指でつまんでいる。四の数字が刻印された、蜘蛛のシルエットが描かれた布を。

 ギリリ、とクロロの歯が食いしばられる。

 

「このときをずっと待っていたよ♦さあ───戦おうじゃないか、クロロ♣️」

 

「ヒソカァ────ッ!!!」

 

 クロロはベンズナイフを引き抜き、絶叫を上げて怨敵へと斬りかかる。

 裏切り者の道化師は、それを満面の笑顔で迎え撃った。

 




クラピカ「……マッチポンプ?というかグル?」
カオル「いや、真面目に覚えがないんですけど……」
ヒソカ「♥」


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