実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい(本編完結)   作:ピクト人

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 初期の頃の投稿速度は影も形もないが、取り敢えず次話投稿じゃ。


欲望の島にてプリマは踊る。跳梁する悪意の第十一話

 

 数多の念能力者たちが挑み続け、そして未だにクリアされていない幻のゲーム、グリードアイランド。その名の通り尽きることなき欲望が渦巻くこの舞台は、いよいよ末期へと突入しようとしていた。あくまでゲームであるグリードアイランドにおいて、禁忌とされる行為に踏み込む者が現れ始めたのだ。

 

 その禁忌の名は、プレイヤー狩り。ゲームの中での死が現実での死も意味するこのデスゲームにおいて、最も忌避されるべき悪意……その最たるものであった。

 

 グリードアイランドというゲームでは、あらゆるものがカードとしてプレイヤーが所持することを許される。それは特殊なアイテムや魔法であったり、そこらの石ころのような只のモノやモンスター。果てはゲーム内の人間(NPC)ですら例外なくカード化することが可能なのである。

 そしてこのゲームをクリアするためには、0から99までのナンバーが割り振られた「指定ポケットカード」を全種類集める必要がある。

 当然ながらこの100種類のカードは別格の扱いをされる特殊なカードで、取得難易度やカードが持つ特殊効果も通常のカードとは一線を画している。加えて、カード化限度枚数もまた通常のカードより遥かに少ない。通常の呪文(スペル)カードのカード化可能枚数が数十から数百枚なのに対して、指定ポケットカードは数枚から数十枚が限度だ。

 

 ……この「カード化限度枚数」がネックなのである。グリードアイランド内のものはほぼ全てがカード化できるが、どのカードにも大なり小なり枚数の制限がついているのだ。

 例えばカード化限度枚数が三枚のカードを三人が一枚ずつ持っていたとする。このままだとカード化限度枚数が最大値なため、他の人が新たにそのアイテムを入手してもカード化することができない。しかし、その三人の内一人が死亡すれば指輪とカードデータが消えるため、新たにカード化できる可能性が生まれるのだ。

 

 これこそがプレイヤー狩りが生まれた原因。暴力で相手からカードを奪う。他プレイヤーを脅し、殴り、(バインダー)を出させてカードを奪う。幾ら痛めつけても屈せず(バインダー)を出さない者は───殺す。そしてカード化可能な枠を強引に作り出すのだ。

 

 そんなプレイヤー狩りの中でも、最も名の知れた者がいる。最も悪質で狡猾なプレイヤー狩り───その名は、爆弾魔(ボマー)

 

 爆弾魔(ボマー)はその名が示すように、まるで爆弾を使用したかのように対象を爆殺する。誰一人としてその正体を知らず、しかし確実に爆弾魔(ボマー)による被害者は増えていく。誰がそう呼び始めたかも知れぬその名は、グリードアイランドにおいて恐怖の代名詞として着実に浸透してきていた───

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「オレは爆弾魔(ボマー)だ」

 

 グリードアイランド内のどこか。厳重に秘匿された洞窟の中に集う六十人ほどのプレイヤーたちの前で、サングラスを掛けた面長の男───ゲンスルーはそう告白した。

 

 彼らはハメ組───あくまでキルアの命名だが───と呼ばれる、グリードアイランド内でも最大規模を誇る集団。一人一人の実力は然程でもないが、その圧倒的な数の暴力でクリア間近にまで迫ったチームである。

 彼らはその日、遂に90種類133枚の指定ポケットカードを集めるに至った。これはツェズゲラが率いる少数精鋭のチームに匹敵する成果……正しく快挙であると言えるだろう。名実ともにトップランカーの仲間入りを果たした喜びと達成感に沸く彼らに水を差すようにして先の発言を口にしたゲンスルーは、今までの物腰穏やかな仮面を捨て去り、嘲笑も露わに高台から全員を見下ろしていた。

 

「君たち全員の身体に爆弾を仕掛けた」

 

 いち早く行動を起こし、裏切り者を背後から強襲せんとしたジスパーという男を"一握りの火薬(リトルフラワー)"で容易く撃退したゲンスルーは、騒めく彼らを一顧だにせず話を続ける。

 

「説明の順序が逆になってしまったが……ご覧のように、オレは手で掴んだものを爆破できる。これは皆さんに仕掛けた爆弾とはまた別の能力……威力は然程でもない。彼も一命は取り留めたようだ。だが皆さんに仕掛けた爆弾が爆発すれば、確実に死ぬと言っておこう」

 

 ハメ組の面々はたった今顔面を爆破されたジスパーを見る。手で掴まれた部分は無残に焼け焦げ、爆破の衝撃でぐちゃぐちゃに破砕されている。彼らの中でも有数の戦闘力の持ち主だったジスパーを容易く返り討ちにしたことで否応なくゲンスルーの実力を理解させられた彼らは、迂闊に動くこともできずに彼の言葉に耳を傾けた。

 

「それでは、爆弾を解除する方法を教えよう。オレの能力"命の音(カウントダウン)"は、対象者(ターゲット)の爆破させたい箇所に触れながらあるキーワードを言うことで、爆弾を取り付けることができる。……そのキーワードは『爆弾魔(ボマー)』」

 

 その言葉を聞いて、彼らはようやく気付く。ゲンスルーは度々爆弾魔(ボマー)について語り警告していた。それは親切では決してなく、ただ"命の音(カウントダウン)"発動の条件を満たすための意図でしかなかったのだと。

 親しげに肩を叩きながら「爆弾魔(ボマー)に気をつけろよ」と言葉を掛けてきたゲンスルー。彼らは青褪めた顔でゲンスルーに触れられた箇所を手で押さえた。

 

「これを解除するには、オレの身体に触れながら『爆弾魔(ボマー)捕まえた』と言わなければならない。

 但し、先ほど見てもらったようにオレにはもう一つの能力……"一握りの火薬(リトルフラワー)"がある。これを使いオレは解除を阻止する……!十分に気を付けて解除を目指してくれ」

 

 そう告げた次の瞬間、この場にいるゲンスルー以外の全員の身体の一部に爆弾が浮かび上がる。刻々とカウントを刻むそれは、間違いなくかつてゲンスルーが触れた箇所に現れていた。

 

「作動したね」

 

 それを見たゲンスルーがニヤリと笑う。いよいよ本性を隠すことを止めた彼は、ニヤニヤと笑いながら大仰な仕草で腕を広げた。

 

「何故ペラペラと自分の能力について話したか不思議だろう?それが発動条件だからだ。対象者の目の前で能力についてきちんと説明すること……それが爆弾作動の条件」

 

「……そこでカードも仲間も一斉に集合する今日この日を狙っていたわけだ」

 

「まぁね、これ以上枚数が集まると別の欲張り者が現れるとも限らないしな。

 ……さて、ここで提案する。君たちの命と指定ポケットカード90種を交換したい……ああ、オレが既に九枚持っているから81種か。そうすれば『もう一つの解除方法』で皆さん全員の爆弾を一斉解除する。皆さんで相談して決めてくれ。取引場所はバッテラ氏所有の古城……つまりゲーム機が置いてある場所だ。誰でもいいが一人だけで来ること、それが条件だ」

 

 居丈高にそう告げるゲンスルー。しかし、ここにいるのは各々が一定の実力を持った念能力者たち。自分たちが圧倒的に不利であると理解しながらも、そのプライドから簡単に頷くことなどできようはずもない。怒りに肩を震わせながらも、まだ冷静さまでは失っていないプーハットとニッケスがいの一番に前に出た。

 

「お前さん頭は確かか?オレたちがあんたを捕らえて解除ワードを言えば済むこと。取引するわけがねェだろうが!」

 

「そもそも、ここから逃げられると思うのか?無事で済むと思うなよ……!」

 

 彼らの啖呵を皮切りに、徐々に強気を取り戻したハメ組の面々はジリジリと間合いを詰めだす。総勢六十人ほどの念能力者たちとまともにぶつかれば、如何に高い実力を誇るゲンスルーと雖も只では済まないだろう。

 ……まともにぶつかれば、だが。ここで戦うつもりなど端から考えていないゲンスルーは(バインダー)を取り出すと、一枚のカードを引き抜いた。

 

 相手が(バインダー)を取り出したら自分も(バインダー)を取り出す……それがグリードアイランドでの戦いの基本だ。骨の髄まで染みついたその鉄則に則り(バインダー)を出現させた彼らは、ゲンスルーが何かする前に阻止せんと間合いを詰めようとする。

 

 だが、それはゲンスルーがバッと手を翳したことで失敗に終わる。それは紛れもなく、ジスパーを瀕死に追いやった"一握りの火薬(リトルフラワー)"発動の動作。その爆発の脅威をまざまざと見せつけられた彼らは思わず足を止めてしまう。

 彼らが怯んだのは一瞬。しかしその一瞬があれば十分だった。ゲンスルーは手に取った「離脱(リーブ)」の呪文(スペル)カードを掲げ、嘲るように笑った。

 

「ハハハハハ!それでは再会を祈る!!『離脱(リーブ)使()───」

 

 グリードアイランドを抜け、現実世界に戻るための呪文(スペル)カード、「離脱(リーブ)」。今まさにそれを発動させようとゲンスルーはカードを手にした右手を掲げ───

 

 

 

 キン、と涼やかな金属音が響き渡り。次の瞬間、ゲンスルーの右手は宙を舞っていた。

 

 

 

「───え?」

 

 右手首から噴出する鮮血。何が何だか分からずよろめいたゲンスルーは、転ばないようにバランスを取りつつよたよたと後退する。バシャリ、と水溜まりを踏みつけ水飛沫が舞った。

 

「……?」

 

 おかしい、とゲンスルーは混乱する頭の中で思考する。この洞窟の中に水溜まりなどなかったはずだ。

 

「お、おい。何だこれ……」

 

「水が……!」

 

 その異変に気付いたのはゲンスルーだけではなかった。いつの間にか(くるぶし)まで浸かるほどの水が洞窟内に侵入してきており、遅れてそれに気付いたハメ組の面々が騒ぎ出す。

 

 ───だが、もはや何もかもが遅かった。この洞窟は、既にして()()の腹の中であったのだ。

 

 水面を爆発させて何かが水中より現れる。それは蠢く極細の黒い糸。細く、しかし想像を絶するほどに強靭なそれが洞窟中に伸び広がり、この場の全員を縛り上げた。

 

「なっ……!?」

 

 ギシリ、と凄まじいパワーで拘束されたゲンスルーが呻く。この場の誰よりも厳重に縛られた彼は、それがオーラで強化された髪の毛であることを立ちどころに見抜いた。

 

「貴様……何者だ!?」

 

「ふふふ……」

 

 ゲンスルーの誰何の声に応えるように"隠"による隠形が解かれ、虚空から滲み出るようにして一人の少女が現れる。その姿とオーラに見覚えのある何人かが引き攣ったような声を上げた。

 カツン、と音を立ててゲンスルーの隣に降り立ったその少女は、ニコリと微笑んでゲンスルーを見下ろした。

 

爆弾魔(ボマー)捕まえた……なんてね。この日を待ち侘びていたわ、ゲンスルー」

 

 そう。ハメ組が一堂に会し、多くのカードが出揃うこの時を待っていたのはゲンスルーだけではない。少女───カオルもまた、この時を虎視眈々と狙っていた者の一人であったのだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 カツン、と再度踵を鳴らし、陰獣"豪猪(やまあらし)"の死体からドレインし改良した能力……"豪猪のジレンマ(ショーペンハウアー・ファーベル)"で伸ばした髪の毛で拘束されたゲンスルーを見下ろした。彼はかなり背の高い男だが、それでも具足分嵩増しされている私の方が目線が高くなる。

 

「お前は……」

 

「賞金首ハンター、カオルよ。最近このゲームを始めたばかりの初心者ですけどね」

 

 賞金首ハンターと聞いて目の色を変えたゲンスルーは、すぐさま全身をオーラで強化し、伸ばされた髪の毛の拘束を引き千切りにかかる。

 が、びくともしない。当然だ、そもそも込められたオーラの量が違う。そして全身の体毛を操作可能としていた本家と異なり、操作できる対象を髪の毛に絞って改良した分、その強度や操作の自由度は格段に上昇した。例えウボォーギンレベルの強化系念能力者であっても、この拘束から逃れるのは至難の業だろう。

 

「クソッ、仲間の敵討ちか……!?」

 

「初心者だ、と言ったでしょう?アナタの被害に遭った仲間なんていないわ。別に恨みがあるわけではないけれど……私の目的のために、アナタには死んでもらうわ」

 

 落ちていたゲンスルーの右手と呪文(スペル)カードを回収。カードは本に仕舞い、拾い上げた右手にメルトウイルスを流し込み溶解させた。

 ドロドロの青いスライムへと変じ、私の掌から吸収されていく自身の右手を見て唖然とするゲンスルー。それが己の末路だと悟ったのだろう。顔を真っ赤にさせて暴れ、拘束から逃れようと全身に力を籠める。

 

「まあ、無理なのだけど」

 

 途端、ガクンと力を失ったかのように頽れるゲンスルー。彼だけではない、この洞窟内にいる全員……侵入してきた水に触れた者すべてがオーラの殆どを吸収され崩れ落ちた。この水は私の宝具に由来する女神の水。完全発動しているわけではないため効果は限定的だが、顕在オーラをドレインする程度なら容易いことだ。

 

「それでは頂きます……の前に、アナタの持ってるカードを頂戴しましょうか。都合よく(バインダー)を出してくれていることですし」

 

「ッ!ブッ……」

 

 慌てて「ブック」と唱え、(バインダー)を消そうとするゲンスルーの口が強制的に閉じられる。髪の毛が瞬時に伸びてきて口を塞がれたのだ。

 ハメ組が集まった時点で有無を言わさず拘束しなかったのは、こうして全員が(バインダー)を出す瞬間を待っていたからだ。「離脱(リーブ)」を使うためにゲンスルーが(バインダー)を取り出し、それに触発されて全員が(バインダー)を出すまさにこのときを今の今まで隠れて狙っていたのである。

 

 ゲンスルーが持つ指定ポケットカード九枚やその他呪文(スペル)カード各種。そして他のプレイヤーたちの持つカードも全て余さず回収する。面倒臭い手作業だが、しかしこれだけのカードをみすみす見逃す手もない。有難く頂戴するとしよう。

 口を塞がれつつも必死になって「ブック」とモゴモゴ唱える彼らを無視して回収すること暫し、ようやく90種133枚のカード全てを回収し終えた私は額の汗を拭った。余った指定ポケットカードは破棄するしかないが、それでも一部はフリーポケットに入れて保管する。万が一のとき、あるいは交渉用の予備として確保しておくのだ。

 

「ふぅ……さて、ようやく本命ね」

 

 回収作業を終えた私は改めてゲンスルーに向き直る。生命エネルギーたるオーラの大部分を一度に失った彼は、青褪めた顔で力なく横たわっていた。

 ここまで来るのは実に大変だった。何せ彼らハメ組のアジトがどこにあるかは明確に描写されておらず、原作知識が役に立たなかったからだ。「恐らく魔法都市マサドラからそう離れてはいないだろう」という予想の下、自分の足で虱潰しに探すしかなかったのである。豊富なオーラ量に物を言わせた強行軍で昼夜問わず探し回り、ようやく見つけたときには諸手を挙げて喜んだものだ。

 そしてようやくこの日を迎え、こうして爆弾魔(ボマー)ことゲンスルーをドレインすることができる。しかも90種の指定ポケットカードと呪文カード各種のオマケつきだ。経験値を獲得しつつ、ゲームクリアにも近付ける……まさに一石二鳥である。

 

「それでは……頂きます」

 

「ンーッ!ンーッ!!」

 

 迫る踵から逃げるように身を捩り、イヤイヤと首を振るゲンスルー。それに構わず、私は容赦なく踵を突き刺しメルトウイルスを注入した。

 すぐさまドロドロに溶けていくゲンスルー。ここグリードアイランド内で死んだプレイヤーは死後一分もすれば現実世界に強制転移させられてしまうので、溶けたゲンスルーは迅速にドレインする必要がある。

 

 そして全て吸収したところで"総てを簒う妖婦の顎(マリス・ヴァンプ・セイレーン)"を発動。ゲンスルーの代名詞たる爆破の能力を簒奪する。

 能力をコピーし定着させるのは一瞬だ。奪った能力について直ちに理解した私は、両手に"凝"を施し一つ目の"発"───"一握りの火薬(リトルフラワー)"を発動させた。

 ボンッ!!と強烈な爆発が掌で発生する。その威力は先ほどジスパーの顔面を吹き飛ばしたとき以上のものだ。この能力は自分の掌を傷つけないよう、施した"凝"以上のオーラの爆発を起こすことはできない。しかし私のオーラの絶対量はゲンスルーより多いため、彼より強力な"凝"で掌を覆った上で更に強力な爆発を起こすことができるのだ。

 

 この能力はアタリだ。私の戦闘スタイルはその性質上足技が多く、従って攻撃手段も斬撃や刺突に限定されている。しかしこの能力なら触れるだけで相手を爆破することができる。無理に殴りに行く必要はないのだ。そしてその威力も満足のいくレベルである。

 惜しむらくは、サブとバラというゲンスルーの仲間がいないともう一つの能力"命の音(カウントダウン)"を十全に使いこなせないことだろうか。これは陰獣"豪猪(やまあらし)"の能力と同じように改良すべきだろう。二人の補助がなくとも即時一斉爆破できるようにするか、いっそ"命の音(カウントダウン)"は捨てて"一握りの火薬(リトルフラワー)"にリソースを回し強化するか……。

 

 あるいは、両方の良いとこ取りをして全く新しい能力に作り替えるか。

 

「……まあ、その辺は追々ね」

 

 ゲンスルーから奪った能力の考察を切り上げ、私は後ろを振り返る。そこにいるのは伸ばした髪で縛り上げられ、更にオーラまで奪われ倒れ伏すハメ組の面々だ。中には選考会のときに目にした顔も幾つかある。

 思えば彼らも散々な目に遭っている。力を合わせてなんとかクリア目前まで漕ぎ着けたかと思いきや、突然のゲンスルーの裏切りにより死に掛け。剰え私のような災害に狙われ、こうして再び生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている。まさに踏んだり蹴ったりである。

 

 まあ、かと言って容赦する気はないのだが。私のドレイン能力を見られた以上、彼らを生かしておくのは些かリスクが高い。知られたところで何が変わるというわけでもないが、しかし目撃者は少ないに越したことはないのだから。

 

「只でさえダルツォルネたちに遠目からとは言え見られているわけだし……うん、やっぱり消しておきましょう。ゲンスルーの能力分差し引かれた経験値も取り返さないといけないしね」

 

 巻き付けた髪の毛の一部を硬く尖らせ、それぞれの身体に突き刺す。そこからメルトウイルスを注入し、この場にいる六十人ほどのプレイヤー全てを溶解させた。レベルは然して高くないとは言え、念能力者は念能力者。実に貴重な経験値である。

 続々とスライム化したプレイヤーたちを吸収しつつ思う。こうして賞金首以外の人間をドレインするのは初めてのことではなかろうかと。

 

「……ああ、そういえば天空闘技場の三人組がいたか」

 

 だが、あれは身内に手を出そうとしたのだから妥当な処置だろう。今のように私と敵対したわけでもなく、犯罪者でもない人間を殺すのは確かに初めてのことだった。

 だが、やはり罪悪感などは湧いてこなかった。命の価値が低いこの世界の基準で考えれば然程珍しくもない悲劇だが、それを元一般人の私が平然と行っているのだと考えると薄ら寒いものがある。私もこの世界に馴染んできたと考えるべきか、あるいは落ちる所まで落ちたと考えるべきか。一般的な道徳観に照らし合わせるなら、私は紛うことなき極悪人なわけだが。

 

「……まあ、今更よね」

 

 そう、今更だ。少なくともキメラアントの王をドレインするまで止まる気はない。別に暗黒大陸に行く予定があるわけではないのだから、キメラアント編さえ凌いで満足いく強さを手に入れることができれば、こんな非人道的な行為から足を洗うことだって叶うだろう。要は未来に訪れる()()()()()()脅威に私が勝手に怯えているだけなのだから、一先ずの安心感を得られればそれでいいのだ。

 

 余計な思考は不要。私はただ差し迫った脅威……キメラアントの王をどうにかすることだけを考えていれば良い。そしてキメラアント編はまだ数か月は先の話だ。今はただの猶予期間(モラトリアム)なのだから、余計な事は考えず気楽に行くべきだ。

 

「よし、それじゃあゴンたちと合流しましょうか」

 

 スタート地点のシソの木で別れて以降、彼らとはご無沙汰だ。原作通りに進んでいるなら今はビスケット=クルーガーに師事して修行に励んでいる頃だと思うが、果たして元気にやっているだろうか。私は二人の友人について思いを馳せつつ、ハメ組のアジトであった洞窟を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 ───そう遠くない未来に、この島で忘れかけていた因縁と再会するなどとは。このときの私は、まるで思いもしていなかったのだ。

 




 
 タイトル:跳梁する悪意

 悪意……それはハメ組でもなければボマー組でもない!このカオルだァーッ!でお送りした第十一話でした。
 皆様、「ボンバーマンが危ない」とか「某除念師が美味しそう」とか感想欄で予想されておりましたが、まさか全員残らず平らげるなどとは思いもしなかっただろうて……(暗黒微笑)
 悲しいけどこの子、SAN値ひっくいのよね。

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