実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい(本編完結)   作:ピクト人

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本作のゴレイヌさんには、スキル:主人公補正(偽)が掛かっています。


激化せし死闘、対峙する者たちの第十七話

「宣言しよう。これより一度として君たちにボールを渡さない」

 

 ゴンたち……特にカオルを見据えてそう告げたレイザー。言うや否や、彼は高速のパスを外野の悪魔に向けて投げ放った。

 

「速い!」

 

 その投擲速度は、ただのパスでありながら先のゴレイヌの一投に匹敵する。その球速に全員が警戒感を強める中、レイザーからのパスを№4の悪魔が受け取った。

 

 そして、超高速のパスの応酬が始まった。

 

 №4から№1へ。そして№1から№5へ。更に№5から№4へと、内野を囲む三方に立つ外野の悪魔たちは、ゴンたちを翻弄するように高速且つ不規則なパス回しを繰り広げる。その間、驚くべきことにボールは一度として減速しなかった。ボールを受け取り、そして投げ放つまでの動作に一切の遅滞が存在しないのである。

 

「は、速すぎる……!あの悪魔共、パワーだけじゃなくテクニックまで優れているのか!」

 

 戦慄するように呻くゴレイヌ。彼の目には霞むような速度で飛翔するボールの残像が辛うじて映るのみだった。

 この場でしっかりとボールを目で追っているのは、超高速での戦闘を得手とするカオルと、純粋に達人級の能力を持つヒソカとビスケットのみ。ゴンとキルアですら、その優れた基礎能力を以てしてようやくギリギリと言ったところだ。

 

 総合的な能力ならばまだゴレイヌに一日の長がある。しかしこと敏捷性や反射神経等の基礎的な能力に関しては、ひたすらに基礎修行を積んできたゴンとキルアの方が上だった。

 

(そして、こういう時は弱い奴から蹴落としていくのが定石だ。今度こそ確実に仕留めてやろう)

 

 ゴレイヌのみがボールを目で追えていない。そのことを瞬時に察したレイザーは、ニヤリと笑うと悪魔に指示を送った。

 ギシィ、と歯を軋ませて指示を受諾した悪魔は、流れるようなパス回しから唐突に攻撃へと転じた。狙うは勿論、超高速のボールに翻弄され悪魔に背を向けているゴレイヌだ。

 

「ッ、ゴレイヌ!」

 

「後ろ!」

 

 咄嗟にキルアとゴンが声を上げるも、時既に遅し。ノータイムでキャッチから攻撃に転じた悪魔のボールは、一瞬で距離を潰し無防備なゴレイヌの背に襲い掛かった。

 

「───"黒の賢人(ブラック・ゴレイヌ)"」

 

 がら空きの背を急襲するボール。しかしそれに対処すべく動いたのは、常にゴレイヌの傍に寄り添っていた黒いゴリラだった。

 

 

 ───唐突だが、ここでゴリラという生物について説明しよう。

 

 ゴリラとは、霊長目ヒト科ゴリラ属に分類される草食動物である。基本的にその気性は穏やかで、更に知能も高く高度な社会性を構築することで知られている。

 しかしその穏やかで争いごとを厭う気性とは裏腹に、ゴリラはまさに是全身凶器とも言うべき獣性をその身に秘めている。

 

 まず、ゴリラの体長は平均170~180センチ。体重は平均150~180キロ。そしてこの体重の大部分を占めているのは、脂肪ではなくギッシリと詰め込まれた筋肉である。その圧倒的な筋肉量が齎すパンチ力は、驚くべきことに2トンにもなる。これは自動車の外装鉄板程度なら容易く粉砕し得るほどのパワーである。

 しかし、ゴリラという超生物を語る上で外せないのはやはり握力であろう。その握力たるや想像を絶するほどで、実に約500キロ。最大で1トンにも及ぶのだ。己の体重を指一本で支え木にぶら下がることすら可能にするゴリラの握力は、精々200キロが限界である人間の握力など到底及ぶものではない。

 

 腕の一振りで生半可な強化ガラスであれば簡単に打ち破る腕力に、細い生木程度なら容易く握り潰し圧し折る握力。そして多いもので30頭にもなる群れを構築し過不足なく運営する社会性と知能をも有する。

 

 まさに武と知を兼ね備えたスーパーファイター。個体としての性能ならば問答無用で霊長類最強に座する"森の賢人"。それこそがゴリラという生物なのである。

 

 

 ───そしてそれは、ゴレイヌの念によって生み出されたゴリラにも当て嵌まる。むしろ具現化系の性質を鑑みるに、本物に限りなく近いのは当然と言うべきか。

 そこへ更にゴレイヌからのオーラ供給を受け、並の強化系能力者を凌駕し得るパワーを発揮する。左腕を前に突き出し、大きく掌を広げる"黒の賢人(ブラック・ゴレイヌ)"。その太く強靭な五指が確とボールを鷲掴み、握り潰さんばかりのパワーで以て受け止めた。

 

「オオッ!」

 

 "黒の賢人(ブラック・ゴレイヌ)"が左腕でボールを受け止め、右腕と両足で大地を掴む。そして背中合わせに立ったゴレイヌが両足を踏ん張りそれを支える。念獣(ゴリラ)能力者(ゴリラ)が見せた抜群のコンビネーションにより、見事死角から強襲する魔球を防ぎ切ったのだった。

 

「なにッ!」

 

 驚いたのはレイザーだ。敵チームの中では最も与しやすいと踏んでいたゴレイヌの予想外の反撃に、彼は目を見開き驚愕を露わにした。

 

「侮ったなレイザー……オレとコイツら(ゴリラ)は一心同体、三位一体ッ!コイツら抜きのオレを負かしたからって、このゴレイヌの全てを見切ったと思い込んだテメェの不覚だぜ!」

 

 ゴレイヌと、彼の半身にして切り札たる"白の賢人(ホワイト・ゴレイヌ)"と"黒の賢人(ブラック・ゴレイヌ)"。この三要素が全て揃ってこそゴレイヌの真価は発揮される。レイザーが打ち負かし精神的敗北を刻ませたのは、あくまで半身を欠いたゴレイヌだ。言うなれば炭酸の抜けたコーラのようなもの。それに勝った程度で粋がって貰っては困る、とゴレイヌは啖呵を切った。

 

「すごいや、ゴレイヌさん!」

 

「ああ、予想以上だぜ」

 

 ゴンとキルアの純粋な称賛に気を良くしながらも、ゴレイヌは「いや……」と言葉を濁した。

 

「今はああ言ったが、やはり正面からあのボールを受け止めるのは堪えた。お陰で"黒の賢人(ブラック・ゴレイヌ)"の腕の骨に罅が入っちまった」

 

 言われて、ゴンとキルアはゴリラの左腕を見る。元々腕が太いのと毛深い所為で分かりにくいが、確かに右腕と比べるとやや太く見える。骨に罅が入ったために腫れあがっているのだろう。そんなところまで生身っぽく反映されるのか、とキルアは念獣というものの性質に関心を示した。

 

「レイザー本人が投げたわけじゃねぇってのにこの威力。その理由(ワケ)は……コレさ」

 

「うわっと……って、重い!」

 

 ゴリラから渡されたボールを受け取るゴン。そのボールの予想外の重量に取り落としそうになる。

 レイザーの手を離れ、悪魔に引き継がれて放たれたボール。込められたオーラは幾分か拡散していったことだろう。しかし当初の半分以下のオーラ残量であろうにも拘わらず、ゴンが感じるのはボウリングの球のような重量感。もしこれがレイザー自身の手で放たれていたら……ゴレイヌが死を覚悟してしまうのも頷ける、とゴンは戦慄した。

 

「でも、これで晴れてオレらのボールだぜ。あとはカオルの"爆殺女王(キラークイーン)"に触れてもらえば……」

 

「いや、悪いがまだオレの手番は終わってねぇんだ」

 

 キルアの言葉を遮り、ヒョイとゴンからボールを取り上げるゴレイヌ。彼はカオルに渡すのではなく、自分でボールを持って後ろに下がった。

 

「ち、ちょっと待てよ!カオルの能力で爆弾にしてもらった方が確実だろ?アンタのボールじゃレイザーに受け止められちまう!」

 

 「ボールは渡さない」と宣言したレイザー。その直後にボールを奪えたことで上機嫌だったキルアは、血迷ったとしか思えないゴレイヌの行動に慌てる。

 

「利き腕が壊れた"黒の賢人(ブラック・ゴレイヌ)"はもう万全のパフォーマンスを発揮することは出来ない。だが、コイツの持ち味はゴリラ由来のパワーだけじゃない。……借りを返すぜ、レイザー」

 

 コート端まで下がり助走距離を稼いだゴレイヌは、勢いよく駆け出しボールを振り被った。

 狙うは一点、怨敵たるレイザー……ではない。ゴレイヌから離れてライン際に佇む"黒の賢人(ブラック・ゴレイヌ)"だ。

 

「これが"黒の賢人(ブラック・ゴレイヌ)"の能力!」

 

 瞬間、"黒の賢人(ブラック・ゴレイヌ)"とレイザーの位置が入れ替わる。腰を落とし自陣で待ち受ける構えでいたレイザーは、突如として眼前に現れたボールに対処できなかった。

 ドゴン!と鈍い音を立ててレイザーの顔面に衝突するボール。それを見たゴレイヌは得意げな笑みを浮かべた。

 

「ざまぁみやがれ!外野へ引っ込みな、レイザー!」

 

 他人と位置を入れ替える───それが"黒の賢人(ブラック・ゴレイヌ)"の能力。具現化したものに特殊な能力を付与できるのが具現化系の強みであり、これはその特性を存分に活かした結果であると言えるだろう。見事その術中に嵌ったレイザーは、顔面への被弾を許してしまうのだった。

 

「よ、よし!最初は焦ったけど、これでレイザーの『バック』を早めに消費させられる」

 

 胸を撫で下ろすキルアは、レイザーに当たり跳ね返ったボールを捕球するべく前に出る。こちらへと飛んでくるボールに手を伸ばそうとし───しかし、突如として過った影がボールを攫っていった。

 

「……は?」

 

 ギシシ、と歯を軋ませ笑う№2の悪魔が宙を舞う。その手にはしっかりとボールが握られていた。

 

「あいつ、悪魔を投げ飛ばしたんだ!」

 

 ゴンが叫んだ通り、顔面に痛撃を貰ったレイザーは走り寄ってきた№2の悪魔を掴み、バウンドし宙を舞うボール目掛け投げ飛ばしたのである。

 片手で、しかも体勢を崩していながらもその投擲に狂いはない。投げ飛ばされた悪魔は、見事空中のボールをキャッチ、そのままレイザーに投げ返した。

 

「お見事、してやられたよ……だが惜しかったな」

 

 ルールに抵触しないよう、素早く自陣に戻って投げ返されたボールを受け取ろうと手を伸ばすレイザー。顔面に当たったボールが床に落ちるか敵チームの手に渡るかする前に捕球できれば、晴れて彼はセーフとなる。

 

 ───しかし、レイザーが飛んでくるボールに触れようとした次の瞬間。ボールは見えない手に引っ張られたかのようにゴン陣営へと逆戻りしていった。

 

「!?」

 

 否、見えない手ではない。髪の毛だ。数本の細い髪の毛がボールに絡みつき、レイザーの手に渡る前に引き戻したのだ。

 

 シュルル、と静かに伸縮する髪の毛が運んできたボールをキャッチするカオル。ニタリ、と円弧を描いて吊り上がった唇が邪悪な笑みを形作った。

 

「ざぁーんねん、その行動は読んでいたわ」

 

 一度目は対処が遅れて味方が余計な心傷を負う羽目になった。だが二度目はない。原作知識というアドバンテージがありながら、そう何度も手を誤るような醜態を晒す気はカオルにはなかった。

 

「……バック!」

 

 レイザーはその場でバックを宣言し内野に居座る。その顔には変わらず微笑が浮かんでいるが、額を一筋の冷や汗が流れていった。

 一度きりの「バック」は使い果たし、レイザーのアウトを防ぐために投げ飛ばした№2の悪魔はアウト判定。開始早々に後がない状態となってしまった。

 

(何より、彼女にボールが渡ってしまった。絶体絶命……ってヤツだな、これは)

 

 案の定、ズズズ……と再びカオルの背後から獣頭の異形が現れる。その骨張った手が触れ、何の変哲もないボールを球形の爆弾へと変生せしめた。

 

「この指先はどんな『物質』だろうと『爆弾』に変えられる……そして、それに触れた者は『爆破』される!さあ、まずはその腕を吹き飛ばしてあげましょうか!」

 

 今度はちゃんと投げるために自身の腕をオーラで強化する。そして勢いをつけるために左足で床を踏み締めた。

 

 これだ、とカオルは己の両足に意識を向ける。ボールをしっかりと投げるためには足を地につけて踏み込みを行わなくてはならないが、カオルの本来の足は剣槍のように鋭く尖った鋼の脚だ。それでは踏み込みができない。一々勢いをつけるために床に穴を空けているようでは無駄が多い。

 しかし、鋼の脚を普通の足に変形させる能力、"秘密の花園(シークレット・ガーデン)"は発動中に"練"以外の行を行うことができない。ましてや他の"発"を併用するなどとても出来たものではない。ならばどうするべきか。

 

 答えは簡単だ。要は"豪猪のジレンマ(ショーペンハウアー・ファーベル)"や"爆殺女王(キラークイーン)"を作るのと同じことを"秘密の花園(シークレット・ガーデン)"にも施したのである。そもそも、"秘密の花園(シークレット・ガーデン)"はカオルが念能力に目覚めて間もない未熟な時分に作り出したもの。不必要に重い制約を始めとして、あまりにも無駄が多かったこの能力を改良したのである。

 

 生まれ変わった"秘密の花園(シークレット・ガーデン)"だが、役割は変わらず着脱不能である鋼の脚を変形させることである。しかし発動中は"練"以外の行を行うことができなかった以前までと異なり、四大行やその派生に至るまで、全ての行が併用できるようになったのだ。

 

(制約は『発動中は常に一定量のオーラを消費すること』と『脚部に"隠"を掛け続けること』の二つ。やや発動難易度は上がったけど、私も念能力者として成長している。能力発動中にも他の行にオーラを割くだけの余裕ができたことの証左だ。保有するオーラ量も桁違いに上昇しているし、以前のよりずっと使い易くなった)

 

 "秘密の花園(シークレット・ガーデン)Ⅱ"とも言うべき新たな能力の出来に満足を覚えつつ、カオルはオーラを込めたボールを投げ放った。

 

 ゴゥッ!と空気を裂いて真っ直ぐに飛翔するボール。レイザーはそれを受けず、躱すことで爆破を逃れようとした。

 

(触れさえしなければ爆破は免れる……はずだ。だが、いつまでそれを続けられる!?)

 

 何しろ外野が外野だ。あの恐ろしい少女(カオル)と髪型以外全く同じ姿をした少女が飛んできたボールを受け止め、口端を歪め獰猛に笑った。

 

「オラァッ!」

 

 今の今まで蚊帳の外だった鬱憤を晴らすかのように、ベータは荒々しく吼えボールを投擲する。自分以外誰もいなくなったことで広くなったコートを存分に使い、レイザーはこれも回避した。

 

(やはり速い!)

 

 あのカオルの分身だ。決して弱くないとは思っていたが、案の定かなりの球速を叩き出した。

 前門の虎、後門の狼。前方のカオルに後方のベータ。強敵に前後を挟まれ、いよいよレイザーから余裕は失われてきた。もう後がない現状、レイザーとしては何としてもボールを奪い攻撃に転じたいところだった。

 

「だが、触れれば爆破する爆弾と化したボールがそれを許さない……このままではジリ貧だな」

 

 腹を括るしかあるまい。レイザーは避け続けていた足を止め、どっしりと迎撃の構えを取った。

 

「ようやく諦めたかしら?安心なさい、殺しはしないわ!」

 

 "爆殺女王(キラークイーン)"を背後に控えさせたカオルが大きく腕を振り被り、凶器と化したボールを投げ放った。

 

(───否、諦めてなどいない。まだ付け入る隙があるはずだ)

 

 迫るボールを前に内心そう断じたレイザーは、№14の悪魔が爆破された時のことを思い起こす。さり気ない所作ではあったが、その時カオルは確かに「ある動き」を見せていた。

 

(彼女はあの時、右手の指を握り込み、伸ばした親指で人差し指の先端を押し込んでいた。まるで遠隔操作爆弾の「スイッチ」を押すかのようにッ!)

 

 恐らくはそれが起爆のために必要な動作……"制約"なのだと見抜いたレイザーは、細い目を限界まで見開きカオルの動き全てに意識を集中させた。

 

「あの構えは!?」

 

「レシーブ、かな♠」

 

 両足を大きく広げ、組み合わせた両腕でボールを受け跳ね上げる。その際、本来ならば威力を殺すために腕を引くのが正しいレシーブのコツだ。しかしレイザーは両腕に全力で"凝"を施し、最適なタイミングよりも幾分早くボールを受け上方へと跳ね上げた。

 

「!」

 

 カオルと"爆殺女王(キラークイーン)"の動きがシンクロし、カチッと音を立てて親指が押し込まれる。その動作によって起爆し、ボールに仕掛けられた爆弾が作動した。

 そして爆発。ボールを中心に拡散した"爆殺女王(キラークイーン)"のオーラが空中で爆発し、周囲に熱と爆風を振り撒いた。

 

「……やはりな。お前の『触れた者を爆破する』能力の絡繰りは、『爆発性のオーラを対象に流し込む』こと。そして言うまでもなく、爆発性のオーラを流し込む下手人は『予めオーラを込められていた物体』そのものだ」

 

 今し方大気中に拡散し爆発したオーラこそが、本来レイザーに流し込まれるはずだった爆発性のオーラだ。このオーラを対象の身体に浸透させ、しかる後に右手のスイッチを押し込み爆破させる……爆発に至るその過程(プロセス)を見抜いたレイザーは、オーラが浸透し切る前にボールを身体から離すことで対処したのである。

 

 しかし、とレイザーは己の腕を見下ろす。スイッチが押されるよりも前にボールから手を離した上に、全力の"凝"でオーラの浸透を遅らせた。にも拘らず、ボールに接触した部分は焼け焦げ炭化していた。

 

("凝"で守っていたというのに、信じられないほどのスピードでオーラが浸透していくのを感じた……これ程の干渉力、これは互いのオーラ量に余程の開きがなければ起こり得ないはず……!彼女は一体どれ程のオーラをその身に秘めているというのだ!?)

 

 周囲に拡散した爆発の衝撃によって天井まで到達することなく落ちてきたボールをキャッチしつつ、レイザーは戦慄に背筋を震わせた。

 

 

 一方、能力の絡繰りを一発で見抜かれた上に敵を仕留め損ねたカオルはチッと舌打ちした。

 

「あのバスターゴリラ、予想以上に頭も切れる……油断は排したつもりだったけど、まだ警戒し足りなかったということかしら」

 

 レイザーが指摘した通り、"爆殺女王(キラークイーン)"による爆破は、まず対象に爆発性のオーラを流し込むことから始まる。それは直接間接問わず、対象を爆破する際には必ず行わなければならないプロセスだ。

 "一握りの火薬(リトルフラワー)"のようにオーラでガードされる恐れはないが、対象に触れてから爆破に至るまでの間に僅かなタイムラグが存在する。今回はそこを突かれた形だ。

 

 

 

 【爆殺女王(キラークイーン)

 

 ・具現化系、操作系、放出系複合能力

 オーラを具現化させた人型の(ビジョン)を出現させる。(ビジョン)の手に触れられ、オーラを流し込まれた対象はその性質を爆弾へと変える。その爆破方法は主に二種類。「触れたものを爆弾に変え爆破すること」と、「爆弾に変えた物体に触れた者を爆発させること」である。

 ちなみに、起爆スイッチは右手人差し指の先端にある。

 

 〈制約〉

 ・(ビジョン)が動ける範囲は能力者を中心とした半径二メートル圏内のみ。

 ・対象を爆弾に変えるためには、能力者のオーラ総量が対象のオーラ総量を上回っていなければならない。能力者のオーラ総量が対象を下回っていた場合、オーラ浸透率・爆発の威力共に大幅に減少する。

 ・一つのものを爆弾に変えた場合、それを解除するか爆破しない限り他のものを爆弾に変えることは出来ない。作れる爆弾は一度につき一つのみである。

 ・人差し指のスイッチを押さない限り、他の如何なる手段であっても爆弾は作動しない。

 

 〈誓約〉

 ・特になし

 

 

 

 以上が"爆殺女王(キラークイーン)"の能力の概要である。

 

 "爆殺女王(キラークイーン)"がそのモデルとなったとある殺人鬼の持つ(ビジョン)そのものの姿をしていないのは、想像力不足という単純な理由があった。オリジナルは筋骨隆々の男性の体躯をしているが、女性であるカオルにはそれが上手く想像出来なかったのだ。

 想像出来ないものを具現化することは出来ない。それは絶対の原則だ。故にカオルはオリジナルの意匠を残しつつも、その全身を骸骨に変えたのである。人体骨格ならば、生前であれば理科室の標本などで。転生後ならば実際にこの目で見慣れている。少なくとも複雑な構造をしている筋肉よりは想像し易く、また質量的に低コストであった。

 また、(ビジョン)に肉を持たせなかったためにこの"爆殺女王(キラークイーン)"に肉弾戦の能力は殆どない。込めたオーラのゴリ押しでダメージを与えることは出来るが、それは余りに非効率的である。基本的に、カオルが"爆殺女王(キラークイーン)"に拳でラッシュをさせることはないだろう。

 

 オリジナルの出典元的に"爆殺女王(キラークイーン)"のステータスを表記するなら、「破壊力‐C / スピード‐A / 射程距離‐D / 持続力‐A / 精密動作性‐B / 成長性‐E」といったところだろうか。ただのオリジナルの下位互換のように見えるかもしれないし実際にそうなのだが、しかしそれで良いのだ。「似ているだけの別物」と成り果てていようと、それでも一向に構わない。「これが作りたかった」……そう思ったこと、それこそが重要なのである。

 念能力開発において重要なのは、本人との相性、無意識から生まれるインスピレーションである。どれだけ強い能力を頭を捻って考え出そうと、それが本人にとって相性が良くなければ意味がない。それは時に、本人の適性系統よりも優先される重要な要素である。それ故に"爆殺女王(キラークイーン)"はオリジナルと比べても遜色ない強力な爆破を可能としているのである。

 

 しかし、その強力無比な爆発も当たらなければ意味がない。見る限り全くの無傷というわけではないようだが、レイザーからすればあの程度の負傷など掠り傷のようなものだろう。まさかあのような方法で爆破を逃れるなど予想だにしていなかった。

 だが掠り傷でも傷は傷、同じことを何度も繰り返せばレイザーの負傷は甚大なものとなるだろう。依然としてレイザーの不利は変わらないのだ。

 

(焦って勝負を急ぐ必要はない。このままジリジリと追い詰め、確実に戦闘不能にしてくれる)

 

 

 

 

(───などと考えているんだろう。その通り、相も変わらずオレの形勢が不利なのは同じ。いずれは追い詰められ敗北するだろう。それは時間の問題だ)

 

 特に気負うこともなく、レイザーは己の敗北を予想し受け入れる。負けるのは別に良い。そもそもこれは「一坪の海岸線」を獲得するためにプレイヤーに課せられたイベントであり、いつかはクリアされなければならないものなのだ。

 そう、本来ならここまでレイザーが本気を出してプレイヤーを殺しに掛かることなどない。毎度この調子では誰もこのG・Iをクリアできなくなってしまうだろう。それはレイザーも……そしてジンも望むところではない。いつまで経ってもクリアされないゲームほど惨めなものはないのだから。

 

 ならば、何故著しくゲームバランスを欠いてまでレイザーは躍起になっているのか。そもそもの発端、レイザーが本気を出す気になった原因とは───

 

(そう、お前だよ。ゴン=フリークス)

 

 このゲームを生み出す切っ掛けとなった者。レイザーという元犯罪者を拾い上げ、ゲームマスターの一人なんぞに据えた張本人───謎多きハンター、ジン=フリークス。その一人息子たるゴンだ。

 そもそもこのG・Iというゲームは、ゴンを一人前のハンターとして成長させるべく作られたもの。それを踏まえた上で、ジンはレイザーに対してこう言った。殺す気でやれ、と。

 

 相応の実力があり、且つ真っ当にプレイしていればこのゲームで死亡することなどそうそうない。死の危険を冒さずとも実力が付くようにプログラムされているのだ。しかし、それでは()()()()の実力者にはなれても本当の実力者にはなれない。

 

 本物に至るために足りないもの。最後の一ピースは、そう───やはりと言うべきか、死と隣り合わせの中で行われる戦闘経験である。そう結論付けたジンは、その最後の一ピースをレイザーに任せた。

 

 

『殺す気でゴンと戦え。しかし泥臭いただの戦いではいけない。あくまでゲームとしてだ』

 

 

 これは念能力者のためのゲーム、グリードアイランドなのだから───と。好き勝手注文しやがって……と思わないでもないが、しかし頼まれたからにはレイザーはこの役をやり遂げるつもりだった。

 

(だから、いつまでも後ろにいないで前に出て来いよ、ゴン……と言いたいところだが、まああの様子じゃ急かさなくともじきに出てくるだろ。今もうずうずしていやがる)

 

 チラ、とレイザーはゴンの顔を見る。ゴンは子供のように───実際に子供なのだが───無邪気に目を輝かせ、待ちきれないと言わんばかりにうずうずと身体を揺らしていた。

 これまで碌にボールに触れずにいたゴンだったが、それ故に後ろからよく見ていた。彼にとって先達にあたる者たちの高次元の戦闘を。

 

 ゴレイヌ。彼は不屈の精神と持ち前の頭の切れを活かして活路を開き、強敵レイザーに一矢報いてみせた。

 

 カオル。彼女は驚くべき能力の数々を駆使し、圧倒的な実力でレイザーを追い詰めた。

 

 そしてレイザー。一分の隙もなく鍛え上げられた肉体(フィジカル)が齎す驚異的なパワーと、それによって繰り出される恐るべき威力の魔球。しかし攻撃一辺倒ではなく、優れた観察眼と洞察力で立ちどころにカオルの能力の仕組みを暴き見事対処してみせた。

 

 いずれもゴンより格上の経験豊富な念能力者たちだ。そんな彼らの戦いを間近で見られる幸運に感謝すると共に、彼はこう思った。自分もあの領域に至りたい、と。

 そのためにはどうするべきか?……決まっている、自分も前に出て戦いに参加するのだ。後ろに下がって見学していたところで、一体何になるというのか。

 

 百聞は一見に如かず、百見は一考に如かず。そして百考は一行に如かずである。強くなりたいのなら、見ていないで虎穴に飛び込むべし。腹を決めたゴンは、いよいよ本格参戦すべくオーラを練り上げた。

 

「……いい目だ。そう来なくちゃ」

 

 ニヤリ、と笑ったレイザーは大きく腕を振り被る。この程度の負傷が何するものぞと、激痛が走り肉が裂けるのもお構いなしに遠慮なくオーラを腕に注ぎ込んだ。

 

「ッ、来る!」

 

 キルアが警戒の声を上げる。レイザーの眼光が真っ直ぐに向かう先にいるのは、いつの間にか前に出ていたゴンであった。

 

「ちょ、お馬鹿!無闇に前に出たら───」

 

「来ないで、ビスケ!レイザーの狙いはオレだ、ならオレがやる!」

 

 咄嗟に制止しようと声を上げたビスケットを遮り、ゴンは"堅"で全身を覆い守護を固めた。

 

「来い、レイザー!受けて立つ!」

 

 ビスケットだけではない。己の意志を声に出して宣言することにより、ゴンは他の全員に「手出し無用」と言外に告げたのである。

 逃げも隠れもしない。今以て感じるレイザーの恐るべきオーラの奔流を受けてなお、ゴンは微塵も臆さず前を見据えた。

 

「いい覚悟だ!だがお前にコイツが受けられるかな!?」

 

 格上を前に怖気づかないその胆力、まずは見事。だが実力が伴っていなければそれはただの蛮勇と堕す。

 

(オレがそれを見定めてやる。行くぜゴン、お前が真にジンに追いつきたいと言うのなら───)

 

 ───まずはコイツを受けて生き残ってみせろ───

 

 ゴッッ!!と大気が唸りを上げる。その一投は、まさにゴレイヌに死を覚悟させた必殺の魔球と遜色ない威力を秘めていた。

 存分に練り上げられたオーラ。鍛え上げられた筋力。そして理に適った投球のフォーム。これらが合わさり、レイザーの放つボールはその悉くが死の魔弾と化す。戦艦の大砲と喩えられたそれが、真っ直ぐにゴン目掛け飛翔した。

 

 それを待ち受けるゴンは、掛かる圧力に屈さずただ前を見る。ゴンの脳裏を過るのは、師に口を酸っぱくして何度も言い聞かせられた言葉。強化系故か猪突猛進気味な彼に向けられた忠告だ。

 

(まずは相手をよく観察すること)

 

 単純思考に陥りがちな己を叱咤し、ゴンはレイザーの全てを観察する。目を見れば相手の意思が感じ取れる。筋肉の微細な動きを見逃さなければ相手の動きを予測できる。

 

 そして収斂する殺気(オーラ)の矛先を感じ取れば、敵の狙う箇所が手に取るように分かる。

 

(レイザーの狙いは……頭だ!)

 

 そう確信するや否や、ゴンはオーラの攻防力を鍛えた"流"を駆使して振り分ける。もしビスケットとの修行がなければ、きっと間に合わず直撃を食らっていたことだろう。

 

「"硬"!!」

 

 頭部にオーラを集める。更に掌を額の前で重ねれば準備は完了だ。

 

 

 

 ───そして、ゴンの頭にレイザーの魔球が突き刺さった。

 




おかしい、本当ならこの話でドッジボールは終了していたはずなのに……。
こんなことは許されない……何者かの陰謀だ……。

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