実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい   作:ピクト人
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レイザー戦、決着。終幕の第十八話

「ゴン!!」

 

 ドゴッッ!!と盛大な激突音と共に魔球とゴンが鬩ぎ合う。

 拮抗は一瞬。ゴンの矮躯は衝突のエネルギーに耐え兼ね後方へ吹き飛び、"硬"で弾かれたボールは上方へとその軌道を変えた。

 

(防御は間に合った!ゴンはアウトになっちまうだろうが、そんなことはどうでもいい!ゴンは無事なのか───!?)

 

 ただのボールと人体がぶつかった音とは思えぬ轟音にキルアは青褪める。いくら"硬"で防御しようとも、アレだけの衝撃を無傷で凌ぐのは不可能であろうと。

 宙を舞うゴンの身体は内野を飛び出し、真っ直ぐに運動場の壁目掛けて吹き飛ぶ───そう思われた。

 

「!?」

 

 その現象に一番驚いたのはゴン自身だった。あわや壁に激突するかと思われた瞬間、ピタリとゴンの身体は空中で静止したのである。

 否、ゴンだけではない。天井目掛けて跳ね上がったボールすら、接触の間際でその動きを止めていた。

 

「これは……」

 

 驚愕するレイザーが凝視する先にいるのは、右手をゴンに、左手をボールへと向けて立つ一人の男。

 

 ───ヒソカであった。

 

「そうか、"伸縮自在の愛(バンジーガム)"!」

 

 いつの間に発動させていたのか。ヒソカの両手から伸びる"伸縮自在の愛(バンジーガム)"は、それぞれゴンとボールを接着し繋ぎ止めていた。

 

「"伸縮自在の愛(バンジーガム)"は、ガムとゴム両方の性質を持つ♠」

 

 ガムの性質でゴンとボールにくっつき……そしてゴムの性質で引き戻す!

 

「ボクも少しは活躍しないとね♥」

 

「いて!」

 

 引き戻されたボールはヒソカの手に収まり、ゴンはべちゃりと内野の床に転がった。

 

「大丈夫か、ゴン!」

 

 ヒソカのファインプレーに喜ぶのも束の間、キルアとビスケットは慌ててゴンの下に駆け寄った。

 

「全然ヘーキ!」

 

「じゃねーだろ!?」

 

 平気と嘯くゴンの眉間からはダラダラと血が流れ、直接ボールを受け止めた掌からも血が滲んでいた。

 

「すごいなぁ、カオルはあんなボールを無傷で取ったんだね」

 

「言ってる場合か!眉間は立派な急所だぜ、そんなとこでボールを受けるなんて……」

 

「大丈夫だよキルア」

 

 ゴンは心配するキルアに笑い掛けると、自身の無事を伝えるかのように勢いをつけて立ち上がった。

 流血は派手だが、実際は表皮を切った程度の軽傷。強化系の優れた自己治癒力もあり、普段通りのパフォーマンスを発揮するのに支障はない。

 

("硬"で手と頭をガードしちゃったから足の踏ん張りが全然利かなかった。ヒソカに助けられてなかったら危なかったな)

 

 出血の割に軽傷な頭と十分に動く手を見るに、全力の"硬"で守るのは些か過剰であったとゴンは感じた。ある程度の負傷は織り込んで少し弱めの"硬"か"凝"程度に留めておき、足にもオーラを回して踏ん張りを利かせるべきであると判断する。

 

(大丈夫、次は確実に取れる!……でもその前に)

 

「ヒソカ!」

 

「ん、何か手がありそうだね?」

 

 フッと笑ったヒソカがゴンにボールを投げ渡す。それを受け取ったゴンはキルアに身体を向けた。

 

「キルア、そこに立ってほしいんだ。そしたら腰を落として、しっかりボール持っててね」

 

「? あ、ああ……」

 

 ボールを手渡されたキルアはゴンに言われるがままの姿勢で構える。すると、右手を腰だめに構えたゴンがオーラを練り上げ始めた。

 

(! そういう魂胆か!)

 

 ゴンの狙いを察したキルアは、自身もまたオーラを練り上げ意識を集中させる。

 

「いつでも来い、ゴン!」

 

 そしてゴンは、瞼を閉ざし先刻の情景を思い起こす。爆弾と化したボールを受けるためにレイザーが取った手法……ドッジボール戦にあるまじき、バレーのレシーブという妙手を。

 

(あれで受けられたら威力の殆どを殺される。なら……)

 

 ───殺し切れないほどの威力を込めればいい!

 

 ゴゴゴゴゴ……と空間を震わせる程の圧力を伴い、ゴンの総身から莫大量のオーラが噴き上がる。少年の矮躯から放出されているとは思えない程の圧倒的なオーラに、相対するレイザーは目を剥いた。

 

「何というオーラの量……!」

 

 そして強化系であるゴンは、この圧倒的なオーラを全て身体強化に回すことができる。ギリギリと軋みを上げて握り込まれた拳に全オーラが収束していく。

 

「ジャン!ケン!」

 

 "練"で練り上げたオーラの全てを一点に集中させ、凝縮させる。"硬"を施した拳以外を完全な無防備状態にしてまで放つ捨て身の一撃。

 

 ───"ジャン拳"である。

 

「グー!!」

 

 極限まで圧縮されたオーラを纏った拳が、キルアが掲げるボールに勢い良く突き刺さる。キルアという銃身に支えられていたボールは、ゴンという火薬が炸裂したことにより爆発的な加速を得た。

 投げ飛ばされたと言うより殴り飛ばされたボールは、砲弾も斯くやという勢いでレイザーを襲う。当然ながらこれを手で、ましてや片手でなど受けられる筈もない。

 

(けどレシーブで受ければボールを高く跳ね上げることになる。天井や壁は床の延長と見做されるから、万が一にも天井にぶつからないよう奴はレシーブは使えないハズ。さりとて、あの勢いのボールを正面から受け止めれば身体がコート外に押し出されることは必至!これなら勝てるわさ!)

 

 ゴンが叩き出した球威を見たビスケットは勝利を確信する。それはボールを打った本人たちがよく理解しているだろう、ゴンとキルアは会心の笑みを浮かべていた。しかし───

 

(果たしてそう上手くいくかしら……?)

 

(そう易々とやられはせんよ)

 

 原作知識という反則によりこの後の展開を予測したカオルは眉を寄せ、ボールを迎え撃つレイザーは不敵な笑みを浮かべた。

 

 レイザーはどっしりと腰を落とし、組み合わせた両腕でボールを受ける。ここまでは先ほどカオルのボールを受けた時と同じ動作だ。

 しかしそもそも、先ほどのレシーブはカオルの虚を衝くためにタイミングを敢えてずらした不完全なものだった。一方でゴンの放ったボールは爆弾化していないため、任意の最適なタイミングで受けられる。レイザーは腕にボールが接触した瞬間、腕だけでなく身体ごと引き後方に下がることで衝撃の大部分を殺しに掛かった。

 

 ドゴン、と放たれたボールの威力に比して余りに小さな衝撃音。威力の殆どを吸収したレイザーは勢いに逆らわずその場で宙返りを決める。対して跳ね上がったボールはその球威を失い弱々しく打ち上がるのみだった。

 

(上手い……!刹那の狂いも許されないタイミング、それを完璧に捕えて受け流した!この男……本当に強い!)

 

 ビスケットは改めてレイザーという男の強さを認識する。その強さとはドッジボールプレイヤーとしてのものではなく、念能力者、戦闘者としての強さだ。自身もまた一流の武人であるビスケットは、目を細め鋭い眼差しをレイザーに送った。

 

「すっげェ……」

 

 一方、渾身の一投を見事に受け流されたゴンは、悔しがるよりも先に敵の見せた妙技に感動を覚えていた。ゴンはまだまだレイザーという男の力を見誤っていたのだと思い知らされる。

 否、今の一投は本当に己の"渾身"であったか?我が身を顧みたゴンは、己にまだ余力が残っていることに気付く。何という油断か。出来上がったばかりの必殺技に舞い上がりでもしたか。レイザーという明らかな格上を相手に余力を残して挑み掛かるなど、心のどこかに甘えを残していた証拠だ。

 

(「次がある」なんて考えちゃダメだ!「これで決める」という「覚悟」を籠めて打たないと、レイザーは倒せない!)

 

 自分には頼もしい仲間がいる。これは一人だけの戦いではない。ならばこそ、後先考えずに「全力で」挑むべき。そう考え直したゴンは、眦を決し前を見据えた。

 

 

 そして打ち上がったボールは天井に届かず滞空、一回転して着地したレイザーはボールが落ちてくるのを待ち受ける。

 

 ───その直後、やにわにベータが跳躍するのと、レイザーが駆け出すのは同時だった。

 

 突然床を蹴って飛び上がりボールに手を伸ばそうとしたベータ。しかしその巨体に見合わぬ瞬発力を見せたレイザーが機先を制し、ベータよりも先に空中のボールを掠め取った。

 

「チィッ!」

 

「さっきオレが悪魔を投げ飛ばしたのを見て参考にしたんだろうが、甘いな。ドッジボールではボールを目で追うばかりではなく、常に周囲にも注意を払っておくものなんだぜ」

 

 苦い顔で舌打ちしたベータの全身に、すかさずカオルが伸ばした髪の毛が絡みつく。ただの毛髪にあるまじき硬度と柔軟性を持つ"豪猪のジレンマ(ショーペンハウアー・ファーベル)"によって持ち上げられ、ベータはエリア内に踏み込むことなく外野へと戻された。

 

「ふむ、そのまま内野に着地してルール違反になってくれた方がオレとしては有り難かったんだが……しかし危なかった。あと一瞬遅れていたら君にボールを取られるところだったよ」

 

「………」

 

 額の汗を拭うような仕草をしつつ、「しかしよく伸びる髪の毛だ」と笑うレイザー。あと少しで手が届くというところでボールを逃したベータは、無言で不貞腐れたようにそっぽを向いた。

 

「カーッ、惜しい!」

 

「あとちょっとでアウトにできたのに!」

 

 ゴレイヌとキルアが悔し気に唸る。ベータが上手く捕球できていれば今のでレイザーの敗北が決まっていただけに、タッチの差で逃した勝利に忸怩たる思いを抱く。

 しかし、これでベータの手がゴンチームの外野だけではなくレイザーチームの内野にまで及ぶことが明らかとなった。カオルの伸縮自在の髪の毛によるフォローありきとはいえ、これはレイザーにとって無視できない要素だ。彼は今まで以上に外野に注意を払わねばならず、またレシーブにも一定の危険が付きまとう結果となった。

 

(オレの取り得る行動の幅がどんどん狭まっていく……カオルと言ったか、あの少女。爆弾化の能力といい、奴の能力はその悉くが非常に厄介だ。その実力も底が知れない。恐らくオーラ量ではオレより上だろう……あの若さで末恐ろしいことだ)

 

 ジリ貧、今のレイザーの状況はそれに尽きる。もはや敗北は覆せないと言えるだろう。

 だが一口に敗北と言っても、そこには様々な負け方がある。徹頭徹尾為すすべなく、手も足も出ずに負けるか───あるいは一人でも多くの流血を敵方に強いた上で、前のめりに華々しく散るか。

 

 そして当然、レイザーが選ぶのは後者である。№0を除く悪魔たちがその形を崩し、ただのオーラとなって霧散していく。

 

「レイザーの念獣が……消えていく!?」

 

「オーラがレイザーに向かって……まさか!」

 

 オーラへと還った悪魔たちは、その全てがレイザーへと吸収されていく。そして、レイザーから放たれるオーラが爆発的に増大した。

 

「分散していたオーラを自身に戻した♣️次が本当の全力というわけか♦」

 

 ビリビリと肌を叩く強大なオーラ。かつて感じたヒソカの邪悪なオーラの波動に勝るとも劣らぬそれを前に、ゴンが感じるのは多大な戦慄と高揚感だ。

 眼前に立ちはだかる敵手の、何と強大なることか。これを乗り越えてこそ───誰憚ることなく、大手を振ってジンに会いに行くことができる。ハードルは高ければ高いほど良い、そう確信するゴンは恐怖以上の確かな喜びを感じていた。

 

(レイザーは凄い……だからこそ勝ちたい!そのためには、まず何よりもボールを取り返さないと!)

 

「キルア!ヒソカ!」

 

 ゴンは親友と宿敵の名を呼ぶ。二人は何か考えがあるのだと察し、手招きするゴンの下に近寄った。

 不思議そうな顔をする二人の耳元に顔を寄せ、ゴンは小声で何事かを囁く。それを聞いたヒソカは愉快そうに口元を歪め、キルアは目を白黒させつつ曖昧に頷いた。

 

「……なるほど、それは面白い♠」

 

「んー、けどちょっと自信ねーな……」

 

「そお?でもボクは是非やってみたいね♥」

 

 やたらと乗り気なヒソカは、ちらと名前を呼ばれなかったカオルに意味ありげな視線を送る。視線を向けられたカオルはムッと顔を顰めた。

 

「……なによ、言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ気持ち悪い」

 

「いやなに、何かお楽しみを分かち合えなくて悪いなーって♥」

 

「なんだァ?てめェ……」

 

「下らないことで争ってんじゃねーよ!……ったく、オメーはいっつもとんでもないこと考えつくよな」

 

「へへへ、頼むよキルア」

 

 ガンを飛ばし合う二人にツッコミを入れたキルアは、呆れたような眼差しでゴンを見やる。ゴンは若干気不味げに頭を掻きながらも、しかし確かな信頼を籠めた瞳でキルアを見つめ返した。

 

「……さて、準備はいいかな?」

 

「あら、こっちの相談が終わるのを待っていてくれたのかしら。随分と余裕だこと」

 

「そうでもないさ―――お陰で、十分にオーラを練る時間が得られたからね」

 

 挑戦的な視線を送るビスケットに不敵に返したレイザーは、充実したオーラを手にするボールへと注ぎ込み始めた。

 

「まさかコレをこのゲームで使うことになるとはな。久々に良い感じだぜ……!」

 

 存分に練り上げられたオーラによって施された"周"は、ボールに常軌を逸した威力を内包させる。文字通りの魔弾と化したそれを、レイザーは己の頭上へと投げ上げた。

 

「ボールを上に……レシーブを使った時点で薄々感じてはいたが、やはり奴の得意スポーツはバレー!ならアレは───」

 

 一歩二歩と助走をつけ加速したレイザーは、投げ上げたボール目掛け高く跳躍する。そしてボールに込めたものと遜色ない量のオーラを自身の右腕へと注ぎ込み───

 

 

「───バレーのスパイクだ!」

 

 

 ───右の掌を勢いよくボールへと叩きつけた。

 

 炸薬弾が炸裂したかの如き爆発音を発し、魔弾(ボール)は破滅的な加速と共に大気の壁を突き破る。発した轟音の正体は球とレイザーの掌との衝突音だけではなく、球が音速を超えたが故に発生した衝撃波(ソニックブーム)でもあったのだ。

 そして魔弾が向かう先にいるのは、ゴン、キルア、ヒソカの三人。しかし三人はそれぞれがバラけるでも横一列に並ぶでもなく、一塊となってボールを待ち受けていた。

 

 その様を一言で言い表すならば、それはまさしく"合体"であった。

 まず腰を落としたゴンが先頭に立ちボールを待ち受ける。そしてゴンと背中合わせになるようにしてキルアが立ち、二人を覆うようにして両脇から腕を伸ばすヒソカが最後列で構えていた。

 

 彼らが何をしようとしているのか、その狙いをレイザーは一目で見抜いた。その思惑を理解した上で、彼は「面白い」と口元を笑みの形に歪めた。

 

「オレのスパイクとどちらが勝つか───」

 

 

 ───勝負!!

 

 

 真っ直ぐに標的目掛け突き進むボールは、狙い違わずゴンへと迫る。それをゴンは己の両手で受け入れた。

 凄まじい衝撃がゴンの両腕を襲う刹那、後ろより伸ばされたヒソカの腕から発生した粘着質且つ弾力質なオーラがゴンの腕ごとボールを覆い尽くした。

 ゴンの腕力とヒソカの"伸縮自在の愛(バンジーガム)"による二段構え。しかしそれでも恐るべき魔弾の威力は抑え切れず彼らを襲う。その抑え切れぬ衝撃を、両者の間に立つキルアが請け負った。彼は己の身を以て緩衝材とし、ゴンが立案した作戦をより完璧なものへと仕上げに掛かる。

 

『────────ッッッ!!!』

 

 声なき声が轟き、衝撃と摩擦によって発生した白煙が彼らの姿を覆い隠す。風圧から己の顔を庇いながら、カオルとビスケット、ゴレイヌの三人は白煙の向こうへと目を凝らした。

 

「どうだ……!?」

 

 レイザーもまた結果を見届けるべく敵陣を凝視する。四対の視線が一点へと向けられる中、徐々に白煙が薄れていき―――

 

「──────……」

 

「は、はは……やりやがった……!止めやがったぜ、アイツら……!」

 

 

 

 果たして、現れたのはしっかりと自身の両手でボールを受け止めるゴンの姿だった。靴底から煙を噴き上げるキルアは半ば放心しつつ座り込み、ヒソカは満足げな表情で佇んでいる。

 

 ───ゴンたちの勝利であった。

 

 

 

「脱帽……だな」

 

 肩で息をするレイザーは、疲労感を伴いつつもどこか晴れやかな心持ちでゴンたちを見やる。今の一撃はゴレイヌやカオルに向けたものとは比較にもならぬ威力を秘めた、正真正銘「必殺」の一投であった。己の全霊を籠めて打った球を受け止められながら、しかしレイザーが感じていたのは純粋な敬意であった。

 

(敵ながら天晴れ、実に見事だ!奴らのセンスは、見事オレのパワーを上回ってみせた!悔しくはあるが、しかしそれ以上に痛快な思いだ)

 

 そして彼らの"合体"によるコンビネーション、その中核をなしたのはキルアという少年であるとレイザーは見抜いた。

 

 ゴンはレイザーのボールを確実に止めるため、手にオーラの全てを集中させた。全オーラを手に注ぎ込んだということは、他の全てが無防備になっていたということだ。にも拘らず冷静に、そして臆すことなく正確にボールを捕らえた精神力と集中力は称賛に値する。

 ヒソカはインパクトの瞬間に"伸縮自在の愛(バンジーガム)"でボールを包み込み、衝撃を和らげつつゴンの取りこぼしを防いだ。素早く強力な能力発動技術がなければボールを受け止め切れず、遥か彼方へ飛んで行ってしまった筈だ。

 

 そしてキルア。彼は二人の間に挟まれ、卓越したオーラの攻防力移動で以てクッションと踏ん張りの二役をこなしたのだ。

 もしキルアの身体を覆うオーラが少なすぎればクッションの役目を果たせず、着弾の衝撃によって全員が甚大なダメージを負ったことだろう。逆に足に込められたオーラが不十分であれば踏ん張りが利かず、ボールの勢いに負けて外野に吹き飛ばされていた筈である。

 

(身体と足への攻防力を何対何で振り分けるか……恐らく誤差一%以下の精度を要求されていた筈!オーラの攻防力移動……即ち"流"は念戦闘の基本にして奥義。これほど本人の経験とセンスが要求される技術は他にあるまいが、しかし未だ年若いキルアに経験の積み重ねなどあろう筈もない。

 だが、その経験不足を補って余りある天才的なセンスによって、キルアはこの難関を見事クリアしたのだ!)

 

 無茶をするゴンを心配し右往左往するばかりの少年と思っていたが、こと技術力という点においては常軌を逸したものがある。レイザーは大幅にキルアの評価を上方修正した。

 しかし敵に感心してばかりではいられない。ボールは敵方に渡ってしまった。攻守が交代し、レイザーは再び窮地に立たされた状況に戻ってしまったのだ。

 

(出来ることなら今ので一人か二人は退場させて道連れにしたかったところだが……さて、悲観していても仕方がない。次は誰が来る?カオルの爆弾か、はたまた再びゴンか)

 

 何としてでももう一度ボールを確保し、そして次こそ誰かしらを仕留める。機は敵の攻撃の直後、再び合体したり能力を発動する隙すら与えぬ速攻である。レイザーは自身に残ったオーラ量を計算しつつ、再度腰を落とし身構えた。

 

 

 ───一方のゴンはというと、レイザーのようにオーラ残量を計算する思考など空の彼方に投げ飛ばしていた。

 

(後先なんて考えない)

 

 ゆらり、と身体から陽炎が立ち昇る。

 

(もっと……もっと、威力を───!)

 

 爆発が起こった、と相対するレイザーは認識した。そう認識せざるを得ないほど、ゴンの総身から噴き上がったオーラは暴力的であったのだ。

 火山の噴火も斯くやという勢いで立ち昇るオーラの奔流、爆発的な"練"。こんなものが一人の少年の身から溢れ出てきたものであるなど、いったい誰が信じられようか。レイザーですら「何かの間違いだ」と目の前の現実を現実と認識するのに時間を要した程だ。

 

(ジン、喜べ……こいつは間違いなく───)

 

 

 間違いなく、お前の息子だ───!

 

 

 鳶は鷹を生み、そして鷹は怪物を生んだ。目の前の小さな怪物は、継戦という概念を捨て去った乾坤一擲を放とうとしていた。

 

「キルア。全力でいくよ」

 

「ったりめーだ。エンリョしたらぶっとばすぞ」

 

 球を飛ばすための銃身となる役割を担っているキルアは、しかし球を支える自身の手をオーラでガードしていない。下手に手をオーラで覆うと、そのオーラが障壁となってゴンのパンチ力を殺してしまうからだ。

 キルアはゴンがボールを打ち出す度に手にダメージを負うことになる。故に保ってあと一、二回が限度。だが今のゴンが顕在させているオーラ量を鑑みるに、この一回でキルアの手は深刻な負傷を負ってしまうことだろう。

 

(だから、これが正真正銘最後の一撃だ。しくじるんじゃねーぞ、ゴン……!)

 

 そんなキルアの思いが伝わったのか、ゴンは一つ強く頷いた。その瞳を見たキルアは安堵する。力強い視線に籠められた決意と覚悟……こういう目をした時のゴンに迷いはない。無用な遠慮で覚悟を鈍らせ、拳を曇らせるような愚挙は犯さない筈だ、と。そしてその視線から垣間見える友への確かな信頼を、キルアは嬉しく思った。

 

「最初は……グー!」

 

 ギシギシと空間を軋ませ、溢れ出すオーラの波濤が右拳へと収束し圧縮されていく。それはさながら極小の太陽か。固く握りしめられた拳の中で繰り返されるオーラの圧縮、圧縮、圧縮───

 

(───だが、まだ甘い!)

 

 己すら超える莫大なオーラに一度は怖気づいたものの、レイザーはゴンの"ジャン拳"を見て「まだ甘い」と断じた。

 

(年齢不相応な圧倒的なオーラ量は見事!だがまだまだオーラの練りが甘い!あのオーラ量を余すことなく全て攻撃に転化するための技量が今のゴンには欠けている!)

 

 惜しいことだ。しかし敵として立つレイザーにとってはチャンスである。予想外の威力ではあるが……

 

(だが、まだ捕れる!)

 

「ジャン……ケン……!」

 

 ゴンの拳から放たれるオーラの光芒が最高潮に達し、空気を歪めビリビリと肌を叩く圧が発される。

 乾坤一擲、一拳入魂。今のゴンに出せる全力全開が籠められた渾身の"ジャン拳"が───

 

 

 

「グ──────!!!」

 

 

 

 ───今、唸りを上げて打ち放たれた。

 

 

 対峙するレイザーはやはりレシーブの構え。まともに捕球しようとすれば、たとえ捕れたとて球の威力に押されエリア外に飛ばされてしまうだろう。

 故に捕るのはなし。さりとてゴンの実力を測る目的でいる以上、逃げることは許されない。

 

「またレシーブ!」

 

「無駄な抵抗だぜ、今度こそカオルかベータの餌食だ!」

 

「……果たしてそうかな?」

 

 確かにゴレイヌの言う通り、レシーブでボールを跳ね上げれば今度こそベータに取られてしまうだろう。先ほどのようにベータに先んじて動ければいいが、しかし迫り来るボールの威力を考えればレシーブ後にすぐ動けるとは思えない。

 

「だがそれは───」

 

 レイザーの組み合わされた両腕にボールが着弾する。凄まじい衝撃。鍛え上げられた強靭なレイザーの両腕が軋みを上げた。

 しかし、レシーブでありながら後ろに下がって衝撃を吸収しようとする素振りが見られない。

 

「───レシーブの方向によるだろ!?」

 

 そう、レイザーは端から上に向かってレシーブする気など更々なかった。彼は己の両腕でボールを受け止めるや、力任せに来た方向へと球を弾き返したのである。

 

(上に放れば跳躍したベータか伸ばされたカオルの髪の毛にボールを攫われる。だが、これならどうしようもあるまい!)

 

 全員が驚愕に目を剥く中、弾き返されたボールは真っ直ぐにゴンへと突き進んでいく。これでゴンに避けられてしまえばレイザーのアウト判定となってしまうが、しかしゴンは絶対に避けないであろうとレイザーは確信していた。

 

(ゴンはオレの自滅による勝利で喜ぶような奴じゃない!それはこれまでの戦いでよく分かってる!アイツが望むのは、完膚なきまでの自分の手による完全勝利!故に絶対に避けない!)

 

 しかし、このままでは先ほどのように合体するような暇はない。さあどうする!?とレイザーは目を鋭くさせ───

 

 

 ふと、驚く様子もなく平然と佇んでいるカオルの姿が目に入った。

 

 

(……何だ?)

 

 カオルはレイザーの行動に驚愕するでもなく、ましてや一人で立ち向かわなくてはならなくなったゴンを心配する様子でもなくただ突っ立っている。まるで既に勝負は決まっているかのように───

 

 

 

 ───その時、カチッと信管が押し込まれるような音がレイザーの耳に届いた。

 

 

 

 パァン───……という小さな破裂音が響き渡る。それはとても小さな音だった。しかしその破裂音が切っ掛けに、ゴンへと向かう筈だったボールは突如としてその軌道を変更。直角に曲がって床へと落下した。

 

「な───!?」

 

 予想外も予想外の事態に大きく目を見開くレイザー。その視線の先では、見事に破裂し穴の開いたボールが今まさにその球体を萎ませていくところであった。

 

「破裂しただと!?馬鹿な、確かにボールにはオーラが込められ強化されていたはず!そう簡単に穴が開くことなど───!」

 

 そこまで言い掛け、ハッとしたレイザーは口を噤む。生じた小さな破裂音、そしてカオルの様子。それらの要素を組み立て、レイザーは一つの結論に至った。

 

「……爆発、させたというのか……!?いいや、あり得ん!オレは常に奴に注意を払っていた!奴が能力を発動させようとすればすぐにでも気付いたはず!一体いつ、奴は"爆殺女王(キラークイーン)"を発動させたというのだ……!?」

 

「……ふふふ、混乱しているようねレイザー。そんなアナタに一つアドバイスを送りましょう」

 

 口元を手で覆い愉快そうに笑うカオルは、右手の人差し指でレイザーの背後を指し示した。

 

六時方向に注意せよ(チェックシックス)……私の能力発動は警戒していても、(ベータ)の能力発動は見逃していたようね」

 

 ハッと振り返るレイザー。その視線の先では、ベータが腕を組みニヤニヤと笑っていた。

 ───その背後に獣頭の髑髏……"爆殺女王(キラークイーン)"を従えて。

 

「馬鹿な!オーラによって生み出された分身が本体の能力を行使するだと!?」

 

 それはレイザーにとって、今日一番の驚愕であった。ベータが"爆殺女王(キラークイーン)"を使う……そこにあるのは、念能力が念能力を使うという矛盾であった。

 実際のところ、ベータの正体はカオルの霊基を切り離して生み出された分裂体。生身の肉体を持ったもう一人のカオル自身でもあるのだ。しかしその絡繰りを知らないレイザーからすれば、それはカオルの念能力によって生まれたオーラの塊が念能力を行使したという驚愕の事実であったのだ。

 

「信じられん……信じられんが、しかし事実としてベータは"爆殺女王(キラークイーン)"を発動し、発生させた極小の爆発によってボールに穴が開いた。爆破の衝撃と抜ける空気の勢いによってボールはその軌道を変え、床に落下したということか……」

 

 ボールを完全に木っ端微塵にしなかったのは、ボールの消失がルール上どういう扱いになるのかが未知数だったからだろう。

 

(だが、ベータはいつ能力を発動させた?……あの時か。外野から飛び出し、ボールに手を伸ばそうとしたあの時!能力が使えるのなら本体と同じように髪を伸ばした方が確実だったのにそうしなかったのは、分身が能力を使えるという事実をギリギリまで隠蔽することと、"爆殺女王(キラークイーン)"の射程距離まで近づくことを目的としていたからか!)

 

 まさかベータが念能力を行使するなどとは予想していなかったレイザーは、みすみす彼女の能力発動の瞬間を見逃してしまった。あの時レイザーは「常に周囲にも注意を払うもの」とベータに言い放ったが、真に注意が足りなかったのはレイザーの方であったのだ!

 

「……完敗だ。してやられたぜ」

 

『レイザー選手に当たったボールが床に触れたため、レイザー選手はアウトです!よってこの試合───ゴンチームの勝利です!!』

 

 レイザーの念獣ではあるが、ルールに忠実であるようプログラムされている№0の悪魔は至って公平に判決を下す。振り上げた右腕をゴンチーム側に向け、その勝利を告げた。

 

「ぃ───ッよっしゃああああ!!」

 

「勝ったぞおおおおおお!!」

 

 大きく歓声を上げたキルアとゴレイヌは、両腕を振り上げ大の字に倒れる。ヒソカは満足げに微笑み、ビスケットは「ようやく終わったか」と言いたげにため息を吐いた。

 

「お疲れ、ゴン。最後の一撃は中々良かったわよ」

 

 最後に見せ場を貰えて上機嫌なカオルは、ゴンに歩み寄るとにこやかに肩を叩いた。

 

「……?」

 

 が、何故か反応がない。不思議に思ったカオルは、恐る恐るゴンの顔を覗き込み……そして目を見開いた。

 

「し……死んでる……」

 

「んなわけねーだろ!?気絶してるだけだ!」

 

 ガバリと起き上がったキルアが声を上げる。文字通り全てのオーラを絞り尽くしたゴンは、放った"ジャン拳"を最後に気を失ったのである。

 

(まったく、大した奴らだよホント……)

 

 やいのやいのと騒ぐ彼らを一瞥し、レイザーは愉快げに笑う。結局誰一人としてアウトにできなかった完全敗北であったが、その内心は不思議と晴れやかであった。

 

 

 

 

 ───斯くして、主役(ゴン)に意識がないという締まらない状況の中、レイザーとのドッジボール戦はその幕を閉じる。「一坪の海岸線」の入手イベントはクリアし、残るは№1「一坪の密林」と名称不明の№000のみ。長いようで短かったG・Iの終わりが、あと少しというところまで近づいていた。

 




※ゴンの念能力"ジャジャン拳"ですが、この名称が定まったのはキメラアント編のナックル戦以降であり、このG・I編時点では厳密には無名あるいは"ジャンケン"でした。しかしそれでは見栄えが悪いので、本作では便宜上"ジャン拳"とさせて頂きました。ご了承下さい。


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