実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい   作:ピクト人
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頭の中には鮮明に情景が浮かぶのに、それを文章化できない悲しみ。


蟻封を覆う深淵よりの影

 全ての始まりは、女王の居城たる巨大な蟻塚の前に現れた影だった。

 ソレは形容し難い姿をしており、厚みはなく、ただ影法師の如き存在感のみで以て突然に出現したのである。

 

『ギ……ggg軍団長……ネフェルピトーが、告ぐ……』

 

 ノイズ塗れの、苦悶に歪んだ声。その影から発された声は、確かにネフェルピトーのものであった。最初はその影を警戒していた兵隊蟻たちも、その影が軍団長由来のものと気付くと警戒を解き、険しい表情で静聴する。只事ではないと悟ったのである。

 

『強敵だ……!キメラアントに仇なす敵性存在を確認した!総員、戦闘配備……!』

 

 声を発する度にボロボロと崩れ落ちていく影。その血を吐くような訴えに、全てのキメラアントが戦慄した。ネフェルピトーが持つ圧倒的な力は、かつてラモットがそうであったように、相対した全ての者が知るところである。

 そのネフェルピトーが。あの絶対的強者が、今にも死にそうな声で危険を訴えている。その事実が、声を聞く全ての者に重圧となって圧し掛かった。

 

『女王を……王、を……守、れ……!』

 

 その言葉を最後に、影は完全に崩壊した。つい最近になって念能力というものに触れたばかりの彼らには知る由もなかったが、この影は今わの際にネフェルピトーが抱いた「女王に迫る危険を何としても伝えなければならない」という思いが、死者の念として具現した存在であった。

 

 ───そして、絶望が訪れる。

 

 突如として押し寄せてきたソレを見て、全てのキメラアントが共通して抱いたものは恐怖であった。曰く、黒い津波───生い茂る木々を呑み込むようにして迫り来るのは、万を超える海魔の群れであったのだ。

 

 魚類と人間の合いの子のような、全身を鱗で覆った怪物。烏賊(イカ)海星(ヒトデ)のような輪郭の、汚らしい触手を蠢かせる異形。自分たちも大概歪であるという自覚のあるキメラアントたちであったが、ソレらは輪を掛けて奇形であった。

 どれだけ奇妙な生態をしていようと、種として、そして生物として真っ当な進化、正当な系統樹の果てに生まれたキメラアントと異なり、ソレらは成り立ちからして異なるように感じられたのだ。まるで全く異なる法則、異なる秩序が支配する異星から来訪したかの如く、ソレらは存在そのものが歪であった。

 

「て……敵襲────ッ!」

 

 蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれるキメラアントの居城。圧倒的な数を有する敵勢力に抗するべく、キメラアントたちは雑兵一匹に至るまで全ての戦力を投入してこれに立ち向かわんとした。

 

 だが、間が悪かった。折しも現在は"授与式"の真っ只中。殆どのキメラアントは強制的に開かれた精孔から流出するオーラを制御できずに苦しみ悶えており、とてもではないがまともに戦える状態ではなかったのである。

 それでも、彼らは女王を守るべく立ち上がる。絶え間なく肉体を苛む苦しみを強靭な意志力で抑え込み、死体に鞭打つようにして迫る黒い津波へと挑み掛かった。

 

 蟻は自身の数十倍の重量の物を持ち上げる力を持つという。故に人間大の体躯を誇る亜人型キメラアントともなれば、大型トラック程度ならば軽々と持ち上げるだけの腕力を素で持ち合わせているということになる。オーラを制御できず、刻々と流れ出る生命エネルギーで衰弱していようと、その怪力はなお圧倒的だった。

 相手は多勢だが、一体一体は然程の強さではなかった。キメラアントのように強靭な外殻を持つでもなく、自身の数十倍の物を持ち上げるような怪力もない。およそ知性らしきものも感じられず、只々突撃してくるだけの木偶の坊。弱ったキメラアントであろうと、腕の一振りで容易く潰せる程度の弱敵でしかなかった。

 

 だがそれでも、その数量が個々の武勇を無意味に堕す。如何にキメラアントの繁殖力が図抜けていたとしても、その総数は未だ五千に満たず、戦う力を持った兵隊蟻ともなれば千を切るだろう。兵隊長級以上であれば更にそれ以下だ。

 対する海魔の数は万を超える。もはや個の力がどうこうという次元ではなかった。キメラアントが目の前の一体を殺す間に、四体の海魔が身体に取り付く。触手で絡みつき、鱗で覆われた腕で組みつき、海魔は多勢で以てキメラアントの動きを封じに掛かる。

 

 そして身動きが取れないでいるキメラアントを、生きたまま貪り食らうのである。鋸刃のような牙で鑢に掛けるようにして外殻を削り、肉を削ぎ落し、血を啜り、果てに魂を胃の腑に収める。生きながらにして身を削られるキメラアントの絶叫が方々で響き渡った。

 

「オラァッ!」

 

 だが、流石に師団長級ともなれば地力が違った。万全には程遠くとも、海魔の十や二十を屠ることなど瞬きの間にやってのける。

 獅子のキメラアント───ハギャは荒い息を吐きながらも、鋭利な爪の備わった腕を振り回し次々と海魔を切り裂いていく。腐臭を放つどす黒い血が辺りに撒き散らされた。

 

「クソが、キリがねぇぜ!」

 

 既に麻痺して久しい鼻から血と洟を垂れ流しながら、ハギャは悪態をつく。本当にキリがない。切っても、潰しても、次から次へと新しい海魔が押し寄せてくるのだ。しかもハギャの見間違いでなければ、この気味の悪い生物は明らかに()()()()()()()()()()()()()。まるで意味が分からなかった。

 

「クソッ!『フラッタ、どうだ!?』」

 

『駄目です、続々と森の奥から押し寄せてきています!一向に減る様子がありません!』

 

 偵察役を請け負った飛行能力を持つ蜻蛉(トンボ)のキメラアント───フラッタへとテレパシーを送る。案の定返ってきたのは絶望的な現状。今でさえこれだけの数がいるのに、この上まだ増えるのか……半ば無意識の内に爪を振るいながら、ハギャは暗澹たる思いを抱く。クソが!と何度目かも分からぬ悪態を叫んだ。

 

「ネフェルピトー様はもういないしよォ……新しい軍団長サマは何をやっているんだ、ええ!?」

 

 

 

 

 

(───私とて遊んでいるわけではないのですよ。偏に手が足りない……ただそれだけのこと)

 

 背中から大きな蝶の翅を生やしたキメラアント───直属護衛軍の一人、シャウアプフは聞こえてきた師団長の言葉に内心でそう返した。その不遜を咎めはしない。自分とて同じ思いだし、そもそも部下の不満一つにかかずらっているだけの余裕などありはしなかった。

 ネフェルピトーから少し遅れて誕生したシャウアプフは、部下から念能力に関する概要を聞いてすぐに海魔の襲撃を受けた。生誕から僅か数時間後のことである。ある意味、今一番不幸なキメラアントであると言えるだろう。

 

 不幸中の幸いは、生まれた時より自身に備わる念能力について予め知ることができたことだろうか。彼は軍団長として師団長以下のキメラアントたちの指揮を執りつつ、急遽開発した念能力"蠅の王(ベルゼブブ)"によって海魔の発生源を特定すべく分身を放っていたのである。

 "蠅の王(ベルゼブブ)"───自身の身体を細胞単位で分割し、様々な大きさ・数の「蠅」を作り出す能力である。この蠅は本体と意識を共有できる分身体のようなもので、分身の数に比例して本体は脆弱になっていく。元々さほど直接戦闘能力に優れているわけではない───それでも並の念能力者や師団長を凌駕する───シャウアプフは、多数の分身を放っている現状では直接海魔掃討に関与することができないのである。

 

(この汚らわしい怪生物どもは、揃って同じ方向からやってきている。ならばその方向を辿って分身を放てば、いずれ奴らの巣なり発生源なりが見つかる筈……)

 

 方向は分かっていても、その範囲が広すぎて捜索に手間取っているわけだが。津波と評したのは比喩でもなんでもない。文字通り波の如く、数キロに渡って広がった海魔が壁となって押し寄せてきているからであった。それだけの広範囲を捜索するのは簡単ではない。

 

(───!いた……!)

 

 すると、蠅の一匹が発生源の特定に成功する。その蠅と視界を共有して見てみると、そこに映っていたのは一人の少女であった。少女は禍々しいオーラを発する本を片手に、黒髪を振り乱しながら一心不乱に海魔を銀の脚で切り刻んでいる。一見するとキメラアントと同じく海魔に襲われているだけの憐れな一人の人間にも見えるが、決定的に異なるのは少女を取り囲む海魔の様子である。

 

 不動。海魔は目の前の少女に襲い掛かるような素振りは決して見せず、ただ無抵抗に切り裂かれている。それだけではない。少女の足元を中心に広がる暗黒。まるで底なし沼のようにも見える深淵から、次々と新たな海魔が這い出てくるではないか!

 

(あの人間……あれがこの怪生物どもの発生源。そして恐らくは、ネフェルピトーを殺した張本人!)

 

 シャウアプフはそう確信した。その蠅には引き続き少女を見張らせ、それ以外の蠅を続々と呼び戻し本体と統合していく。徐々に力を取り戻していく我が身を鑑みつつ、シャウアプフは更に思案する。

 

(だが、見つけたからといってどうする?地を這う兵では奴らの波を突破できず、さりとて空を飛べる兵でもあの人間に敵うとは思えない。何しろ、私と同格のネフェルピトーを倒した程の猛者……徒に戦力を磨り減らすだけ)

 

 しかし、シャウアプフが巣を離れることもまたできない。いつ海魔の群れが兵隊蟻の防御を突破して蟻塚に押し寄せるか分からない現状、最大戦力である彼が巣を離れるわけにはいかなかった。

 

(女王は既に王を身籠っており、身動きが取れない状態にある……万が一にも王を流産することがあってはならない。もしそんなことになれば───)

 

 もしそんな事態になれば、シャウアプフは自ら首を落として命を絶つだろう。想像するだに恐ろしい。王なき世界に、果たして如何ほどの価値があろうか。

 

 その時、ドン、と地上で爆発音が響き渡った。何事かと音の発生源を見れば、つい先程シャウアプフに対して悪態をついていたハギャが身体の半分近くを吹き飛ばされて倒れている様子が目に入る。ハギャは何が起こったのか分からない様子で呆然としながら、次々と押し寄せる海魔の波に飲み込まれていった。

 それを契機にそこかしこで爆発が起こり始める。その爆発はいずれも師団長を巻き込んで発生しているようであり、その結果として戦力の低下のみならず、指揮系統の混乱から次々と海魔に突破される場所が出始めている。

 

「拙い……このままでは巣への侵入を許してしまう!」

 

 キメラアントの、それも師団長級の強靭な外殻をも破壊する爆発を起こす海魔の出現。これによってますますシャウアプフは巣を離れられなくなった。それだけではない。彼自身が戦いに出ることもまたできなくなったのである。抜けた師団長の穴を埋め、全兵隊蟻を統率して戦線を維持することができるのは、"蠅の王(ベルゼブブ)"で戦場全てを監視し指示を出せるシャウアプフだけなのだから。

 

("蠅の王(ベルゼブブ)"で生み出した分身を師団ごとに配置し、適宜指示を出す……可能ではある。可能だが、そうなれば私自身の戦闘力は著しく低下し、そもそもこの場を動けなくなる。そうなればあの人間を叩くことができる戦力は完全にいなくなり、いずれは押し潰されるのを待つだけの消耗戦になってしまう……!

 圧倒的に手が足りない!あと一手、せめて動けない私の代わりにあの人間を討つだけの戦力があれば───!)

 

 

「───おー、おー。何だ、随分と手古摺ってるみたいじゃねぇか」

 

 

「……!」

 

 背後からの聞き慣れぬ声と、自身を凌ぐ巨大な存在感(オーラ)。振り返ったシャウアプフが見たのは、赤黒い肌の巨漢であった。

 その巨漢が自身と同じ直属護衛軍であると、シャウアプフは過たず直感した。それは同じ定めを負って誕生した者同士の共感だったのかもしれない。相手も同じ思いだったのか、巨漢は乱杭歯が覗く口を獰猛に歪めて恐ろし気な……しかし見る者が見れば親しみを込めたと分かる笑みを浮かべた。

 

「モントゥトゥユピーだ。オレは何をすりゃいい?」

 

「シャウアプフです。貴方には元凶を叩いて頂きたい。案内に私の蠅を付けましょう」

 

 シャウアプフをデフォルメして小さくしたような造形の蠅が一匹、モントゥトゥユピーの周囲を回った後に先導するように飛び去る。彼は身体を変化させて馬のような下半身に作り替えると、蠅を追って巣から飛び降りていった。

 

(……何と都合が良い。現状における最高の一手が、最高のタイミングで現れるとは……やはり運命は王の誕生を祝福しているに違いない)

 

 進行方向にある海魔を容赦なく轢き潰しながら進むモントゥトゥユピーを見て、シャウアプフは一先ずの安堵を得る。元凶たる人間は彼に任せ、自身は配下の指揮に集中できるからだ。

 

「王の誕生まではまだ時間が掛かる……それまでは我々直属護衛軍が女王をお守りします。そう、たとえこの命に代えてでも───」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「不味い」

 

 銀光が閃き、立ち並ぶ海魔が数匹まとめて両断される。それは瞬く間に溶けて青い粘液へと変じ、少女へと取り込まれていった。

 

「不味い」

 

 禍々しい魔力を発する魔導書───『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』が脈動し、少女の足元から広がる暗黒から次々と海魔が這い出てくる。新たな海魔は続々と列をなしてキメラアントの巣へ向けて行進を開始した。

 

「不味い……!」

 

 それと入れ替わりになるようにして次々とやって来るのは、口元を青黒い血で染めた海魔だ。青黒い血はキメラアントの身体を流れる血液だ。この海魔たちは、キメラアントを捕食して戻ってきた個体であった。

 

「不味いッ!」

 

 少女───カオルは苛立ちのままに鋼の具足を振り回し、帰還した海魔を切り裂いた。触れると同時に送り込まれたメルトウィルスが海魔ごと腹に収められたキメラアントを溶かし尽くし、自身へと経験値として還元していく。

 加速度的に増大していく魔力とオーラ。その変換効率は人間を捕食した時の比ではない。しかし彼女はそれを喜ぶでもなく、まるで狂乱したかのように黒髪を振り乱し、目元の筋肉をビクビクと激しく痙攣させた。

 

「まッ───ずいのよこの海魔どもが……!」

 

 視界に収めるだけで正気を削る、悍ましい深淵の化外ども。それを体内に取り込むなど常軌を逸した行いだ。経口摂取しているわけではないので味を感じることはない筈なのに、カオルは身を捩りたくなるような不快感に全身を襲われていた。臓腑を汚されていくかのような錯覚、魂を凌辱されているかのような嫌悪感。言語化し難いこの忌避感を、彼女は一言「不味い」としか表現することができなかった。

 確かに効率はいいだろう。海魔は魔導書が備える魔力炉心を糧として召喚されるので、カオル自身の負担は無きに等しい。実質ノーコストで無限に供給される栄養源と言えよう。無機物有機物問わず、あらゆるものを溶かし吸収してしまえるカオルならではの禁じ手である。

 

 だが、とにかく気持ち悪いのである。見た目もそうだが、実際に体内に取り込んだ際の不快感たるや想像を絶する。流星街に住んでいた時期に一度だけ試みたことがあったが、その時などはあまりの不快感に嘔吐してしまったほどだ。それ以降は一度として試していない。

 なら何故、今までひたすらに避けていた海魔のドレインに及んだのか。答えは単純、それが最も合理的だからである。

 

 カオルの最終目標はキメラアントの王───メルエムを倒しこれを吸収すること。そして、それにはまず立ちはだかる三体の直属護衛軍を倒さなければならない。理想は全ての護衛軍を吸収し、自身を極限まで強化した上でメルエムに挑むことだ。これが最も勝率が高い。

 だが、言うは易く行うは難し……護衛軍は一体一体が一流の念能力者を凌ぐ強敵であり、メルエムは更にその上を行く強さを誇るのだ。一対一と仮定した場合、ネフェルピトー、シャウアプフ、モントゥトゥユピーと、最低でも三回の連戦を強いられることになる。その上でメルエムとも戦うのだから、相対した際の体力消耗は最低限にしなければならなかった。

 

 そのためには、そこらの木端キメラアントとの戦闘による消耗すら惜しまねばならない。故にカオルは、今まで避けてきた禁じ手をここで解放することにしたのである。

 即ち、兵隊蟻は全て召喚する海魔に任せ、自身は護衛軍と王との戦いにのみ専念する。ネフェルピトーは不意打ちで初手にウィルスを打ち込めたので終始優位に立てたが、それ以外……カオルという外敵の存在を承知で控えているであろう他の護衛軍にも奇襲が通じると考えるほど楽観はできなかった。恐らくは正面からのぶつかり合いになるだろう。強敵との戦いに備え、カオルは徹底して体力を温存する構えでいた。

 

(時期的には、恐らく既にシャウアプフとモントゥトゥユピーは生まれている……ハズ。原作の時系列が曖昧だから何とも言えないけど、多分もういるでしょう……きっと。なら、プフは海魔の発生源を特定するために"蠅の王(ベルゼブブ)"を展開していると思われる。加えて蟻塚の足元まで海魔が迫っている現状、プフの性格からして奴は巣から離れない。だとすれば、消去法的に私の下に来るのは───)

 

 ズズン、と地響きが伝わる。カオルは海魔を切り刻む足を止め、乱れた髪を軽く手で整えた。

 バキバキと木々が薙ぎ倒される音、轢殺される海魔の悲鳴、巻き上がる土煙と血煙───それらを置き去りに、半人半馬の怪物が猛烈な勢いでカオル目掛けて突き進んできた。

 

「オォッ!」

 

「問答無用かよ」

 

 素早く身を翻すカオル。半人半馬の怪物───モントゥトゥユピーが腕を変化させて生やした触手が、一瞬前までカオルがいた空間を風切り音を上げて切り裂いた。

 目にも留まらぬ速度で跳躍したカオルは、立ち並ぶ木々を足場に反転。一直線にモントゥトゥユピー目掛けて蹴りを繰り出す。

 

「ぬ……」

 

 ギン、と火花を上げて刃の踵がモントゥトゥユピーの腕を滑る。亀の甲羅を模して変化した腕は、圧倒的な強度でカオルの蹴撃を弾いたのである。

 

「硬い……」

 

「そういうお前は速ぇな!」

 

 不満げに呟いたカオルへとそう返し、二足歩行に戻ったモントゥトゥユピーは牙を剥いて笑った。闘争の興奮に武者震いを起こすモントゥトゥユピーの腕甲の上を、青い雫が滑り落ちていった。

 

 高まる怪物のオーラ。禍々しく邪悪なそれに当てられ、カオルの瞳孔が開く。ざわりと黒髪が蠢き、身体から立ち昇るオーラが増大した。

 

(……落ち着け、私。無駄にオーラを漏らすな。相手がまだ突撃思考しかないユピーなのは好都合。変な工夫を覚えられる前に、最小限の消耗で速やかに仕留める……!)

 

 小さく息を吐き、呼吸を整える。常人であれば一瞬で肺を腐らせる海魔の血霧に塗れた空気も、今やカオルの集中を削ぐ要因足り得ない。必要最低限まで抑え、且つ鋭利に収斂させたオーラを身に纏いモントゥトゥユピーと相対した。

 一方、一瞬だけ漏れ出たカオルの強大なオーラを感じ取ったモントゥトゥユピーは、直前までの好戦的な様相を一変させる。魔物の因子が強く、人間の因子が薄い彼には生来個我というものに乏しい。激情はあれど、冷めるのは一瞬であった。その図体に見合わぬ冷徹さを双眸に宿し、モントゥトゥユピーは改めて目の前の敵を観察する。

 

(強いな、コイツ。プフ以上に小さいが、オーラはアイツ以上か?)

 

 強大なオーラを身に纏い、そして自身の触手を容易く躱すほど素早い。強敵である、とモントゥトゥユピーは認識した。

 だが、オーラ量に自信があるのはモントゥトゥユピーも同じだ。そしてオーラ量が拮抗する以上、互いの勝敗を分かつのは生来の肉体的強度であると確信する。従って、強靭な肉体を誇る己と比べて明らかに華奢なこの少女は、己よりは速いが脆い。即ち、一撃でも自身の攻撃を当てれば勝ちだと結論した。

 

(ヤツの攻撃は速く、鋭い。だが軽い!なら、攻撃を受けたところを耐えて殴る!)

 

 モントゥトゥユピーが出した結論は、肉を切らせて骨を断つ、であった。頭が悪いわけではないが、考えることが苦手なキメラアント、モントゥトゥユピー。彼はまだ、この時点では圧倒的に脳筋であった。

 

 ───彼はまだ、その軽い一撃に致死の猛毒が含まれていることを知らない。

 

(普段のようにオーラを潤沢に使って防御を固めることはできない……つまり、敵の攻撃を被弾することは容認できない。奴の攻撃を掻い潜り、ウィルスを流し込む必要があるわね)

 

 そこそこ速く、とても硬く、そして腕力がずば抜けている。例えるならば、高速移動する戦車だろうか。かつてない強敵だ。自身と同じスピードファイターであるネフェルピトーの方がまだ戦い易かったと言えよう。

 

(……ネフェルピトー、か。先んじて奴を仕留められたのは僥倖だった)

 

 お陰で、カオルのオーラ量は倍近く増大している。そのオーラを、必殺と定めた一撃に込める。モントゥトゥユピーの防御をも貫く一撃で以て、その身にメルトウィルスを流し込むのだ。

 

「さあ行くぜ。掛かって来い、小娘!」

 

「言われずとも───死ね、キメラアント!」

 

 モントゥトゥユピーの右腕が肥大化、左腕は無数の刃を備えた触手へと変化する。対するカオルは、自慢の具足にオーラを込める。蒼い光輝を纏った刃を閃かせた。

 

 

 剛力を備えた蟻と、猛毒を帯びた蜂───巨人と小人の戦いが幕を開けたのである。

 




キリがいいので今回はここまでです。次回は演出のために戦闘シーンが全カットされたピトーの代わりに、ユピーが激闘(互いに一撃でも当たれば終了)を演じてくれることでしょう。



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